その家は、街の喧騒からほんの少し外れた場所にあった。
大通りから一本外れただけなのに、空気が違う。
騒音は和らぎ、風の音がよく聞こえる。
「ここよ」
夏紀が足を止めた先にあったのは、木造の二階建ての家だった。
白壁に、少し色あせた木の扉。
派手さはないが、妙に落ち着く佇まいだ。
「……名前がある家、か」
スペルは小さく呟いた。
「“軸”は人を繋ぎ止めるもの、“柊”は魔除け、“奏”は想いを重ねるって意味なんだって」
「全部合わせて、“居場所になる家”ってことらしいよ」
夏紀は少し照れたように笑う。
佳世は無言で家を見上げていた。
その小さな手が、ぎゅっと服の裾を握っている。
「大丈夫だぞ」
そう言って、スペルは佳世の頭にそっと手を置いた。
佳世は一瞬びくっとしたが、すぐにその手の温度に身を委ねる。
コンコン
夏紀が扉を叩く。
「ただいまー!」
少し間があって、扉が開いた。
「……おかえり、夏紀」
現れたのは、短く切り揃えた黒髪の青年だった。
年齢は二十前後だろうか。
鋭そうな目をしているが、その声は穏やかだった。
「客か?」
「うん! 友達!」
そう言って、夏紀はスペルと佳世を指差す。
「初めまして、スペル・アルオクイスだよ」
「……で、この子が佳世」
佳世は一瞬迷ってから、小さく頭を下げた。
『……よ、よろしくおねがいします』
青年は少し驚いたように目を瞬かせ、それから視線を柔らかくした。
「……そうか。俺は軸柊奏の管理役みたいなもんだ」
「名前は—晴馿(せいろ)」
「管理役?」
「要は雑用係だ」
淡々と言いながらも、晴馿は二人を中へ招き入れた。家の中は想像以上に広かった。
木の匂い、微かに残る料理の香り、足音がやさしく吸い込まれる床。
「あと一人、もうすぐ戻ってくるから!」
「その人が一番……まあ、厄介だな」
その言葉に、スペルは嫌な予感を覚えた。
「厄介、とは?」
「説明するより会った方が早い」
その時だった。
バタンッ!
勢いよく奥の扉が開く。
「ただいまーー!!」
飛び込んできたのは、長い銀髪を高く結んだ少女だった。
年齢は夏紀と同じくらい。
だが——その瞬間、スペルの中の“神の感覚”がざわついた。
「……あ」
少女と視線が合う。
数秒の沈黙。
「……あれ?」
少女は首を傾げ、次の瞬間、ぱっと笑った。
「うわ、懐かしい匂い!」
「……気のせいだ」
スペルは即座に視線を逸らした。
「ねえねえ、あなた神でしょ?」
「違う」
「今、即答したよね?」
晴馿が深いため息をつく。
「だから言っただろ、厄介だって」
夏紀は慌てて割って入る。
「えっと!この子は——」
「弦音(つるね)!」
少女は元気よく名乗った。
「この家で一番長く住んでるし、一番面倒くさい住人だよ!」
「それ自分で言う?」
佳世はその様子を、ぽかんとした顔で見ていた。
「……にぎやか、ですね」
その一言に、弦音がしゃがみ込んで佳世の目線に合わせる。
「名前は?」
『……佳世、です』
「そっか。いい名前だね」
「ここ、怖くないよ。泣いても怒られないし、ご飯もある」
佳世の目が、少しだけ揺れた。
スペルはその様子を見て、胸の奥が静かに軋むのを感じた。
——時計は止まらない。
でも、ここでは針の音が、少しだけ優しく聞こえる。
「……しばらく、世話になるよ!」
その言葉に、晴馿は頷き、夏紀は笑い、弦音は満足そうに腕を組んだ。
こうして、
神と、人と、居場所を失った者たちの
奇妙で、あたたかな時間が動き始めた。
秒針は、確かに進んでいる。
だがそれは、壊すためではなく——
[太字]紡ぐ為の時間だった。[/太字]
大通りから一本外れただけなのに、空気が違う。
騒音は和らぎ、風の音がよく聞こえる。
「ここよ」
夏紀が足を止めた先にあったのは、木造の二階建ての家だった。
白壁に、少し色あせた木の扉。
派手さはないが、妙に落ち着く佇まいだ。
「……名前がある家、か」
スペルは小さく呟いた。
「“軸”は人を繋ぎ止めるもの、“柊”は魔除け、“奏”は想いを重ねるって意味なんだって」
「全部合わせて、“居場所になる家”ってことらしいよ」
夏紀は少し照れたように笑う。
佳世は無言で家を見上げていた。
その小さな手が、ぎゅっと服の裾を握っている。
「大丈夫だぞ」
そう言って、スペルは佳世の頭にそっと手を置いた。
佳世は一瞬びくっとしたが、すぐにその手の温度に身を委ねる。
コンコン
夏紀が扉を叩く。
「ただいまー!」
少し間があって、扉が開いた。
「……おかえり、夏紀」
現れたのは、短く切り揃えた黒髪の青年だった。
年齢は二十前後だろうか。
鋭そうな目をしているが、その声は穏やかだった。
「客か?」
「うん! 友達!」
そう言って、夏紀はスペルと佳世を指差す。
「初めまして、スペル・アルオクイスだよ」
「……で、この子が佳世」
佳世は一瞬迷ってから、小さく頭を下げた。
『……よ、よろしくおねがいします』
青年は少し驚いたように目を瞬かせ、それから視線を柔らかくした。
「……そうか。俺は軸柊奏の管理役みたいなもんだ」
「名前は—晴馿(せいろ)」
「管理役?」
「要は雑用係だ」
淡々と言いながらも、晴馿は二人を中へ招き入れた。家の中は想像以上に広かった。
木の匂い、微かに残る料理の香り、足音がやさしく吸い込まれる床。
「あと一人、もうすぐ戻ってくるから!」
「その人が一番……まあ、厄介だな」
その言葉に、スペルは嫌な予感を覚えた。
「厄介、とは?」
「説明するより会った方が早い」
その時だった。
バタンッ!
勢いよく奥の扉が開く。
「ただいまーー!!」
飛び込んできたのは、長い銀髪を高く結んだ少女だった。
年齢は夏紀と同じくらい。
だが——その瞬間、スペルの中の“神の感覚”がざわついた。
「……あ」
少女と視線が合う。
数秒の沈黙。
「……あれ?」
少女は首を傾げ、次の瞬間、ぱっと笑った。
「うわ、懐かしい匂い!」
「……気のせいだ」
スペルは即座に視線を逸らした。
「ねえねえ、あなた神でしょ?」
「違う」
「今、即答したよね?」
晴馿が深いため息をつく。
「だから言っただろ、厄介だって」
夏紀は慌てて割って入る。
「えっと!この子は——」
「弦音(つるね)!」
少女は元気よく名乗った。
「この家で一番長く住んでるし、一番面倒くさい住人だよ!」
「それ自分で言う?」
佳世はその様子を、ぽかんとした顔で見ていた。
「……にぎやか、ですね」
その一言に、弦音がしゃがみ込んで佳世の目線に合わせる。
「名前は?」
『……佳世、です』
「そっか。いい名前だね」
「ここ、怖くないよ。泣いても怒られないし、ご飯もある」
佳世の目が、少しだけ揺れた。
スペルはその様子を見て、胸の奥が静かに軋むのを感じた。
——時計は止まらない。
でも、ここでは針の音が、少しだけ優しく聞こえる。
「……しばらく、世話になるよ!」
その言葉に、晴馿は頷き、夏紀は笑い、弦音は満足そうに腕を組んだ。
こうして、
神と、人と、居場所を失った者たちの
奇妙で、あたたかな時間が動き始めた。
秒針は、確かに進んでいる。
だがそれは、壊すためではなく——
[太字]紡ぐ為の時間だった。[/太字]
- 1.「人生」
- 2.「奇跡の星」
- 3.「夏紀」
- 4.「とある隣人は」
- 5.「立場」
- 6.徒花の行方
- 7.「幼女は」
- 8.「笑顔」
- 9.「軸柊奏」
- 10.徒花の行方
- 11.「居場所」
- 12.「弦の音」
- 13.「答え」
- 14.「日常編」
- 15.「悩むものか」
- 16.「歪み」
- 17.「信頼」
- 18.「余命」
- 19.「時歌」
- 20.「日常編」
- 21.「神として」
- 22.「忘却列車」
- 23.「微熱」
- 24.「クリスマス」
- 25.「プレゼント」
- 26.「鳴っている」
- 27.「バレンタイン」
- 28.「日常」
- 29.「誰」
- 30.「戦場」
- 31.「アレス」
- 32.「日常編」
- 33.「破会議壊」
- 34.「徒花の行方」
- 35.「戦の予兆」
- 36.「日常編」