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花魔法物語

〜おとのきえたひ〜
「音城カノンです」
自己紹介の薄っぺらさにはびっくりした。名前だけ?というのが本心だった。一ヶ月ぐらい前に転校生が来たけど、そいつもそんなもんだったっけ?
そんなことを思っていたら彼女は隣に来た。三十五しかなかったはずの席が三十六になっていた。
この席は目が悪いと嘘をつき続けて手に入れた席だ。なんでこの席が良いのかって?空が見えるからさ。さっきいった転校生が来たときも焦った。まあ、あいつは別の席に座ったんだけど。
「名前は?」
彼女に聞かれた。
席を奪われそうになったことを今回は焦らなかった。彼女の黒い髪と白い肌、きれい高たちの顎、形の良いスタイル。全てに魅了されてしまったからだ。
「と…遠野 悠成!」
朝のホームルームの少しうるさい中。梅雨入りしそうでショックだった気持ちもすぐに晴れた。

ー一ヶ月後ー
梅雨も開けて七月、僕らは旧校舎から新校舎に移動した。
音城さんは一から覚えた校舎の教室の配置をまた1から覚えなければならない。きっと大変なんだろうなぁ。
そんなことを思いながら絵の下書きを書く。
放課後の一人の教室だからのびのびと使える。
「この絵、寂しいね。」
不意に甘い声がした。ふりかえると音城華音ー彼女がいた。
「ど、どうしてそう思うの?」
美術部のコンクールに出す予定の絵の下書き。テーマは『思い出』。
ハワイの海岸を描いていた。
「だって、音がしないもん」
彼女はそういった。
そりゃ、絵だからしないでしょ!といつもだったら言っていただろう。
しかし、今日は言い返さなかった。
「音?」
疑問に思う気持ちのほうが大きくて、聞き出した。
「音って聴くと、聞くだけだと思うでしょ。」
『うん』と頷く。
「私はね、聞くって耳と目と心とかくほうがいいと思うんだ」
空に難しい方の『聴』を書く彼女。
「姿、印象、雰囲気…。色々あるけど全て〝音〟だと思わない?」
言われてみるとそうだ。
すると彼女は僕の手からノートを奪い、鉛筆を持ち、絵を書き始めた。
なんとも楽しそうな顔。
「雲の描き方、上手だね」
描きながら喋る彼女。
「あ。ありがとう…」
この絵に描いた雲はうろこ雲。小さい頃見ていいなと思ったのを思い出して描いた。
「私、この雲好きだな。」
そう言うと鉛筆とノートを机の上においた。
「じゃあね」
そう言うと彼女は帰っていった。
何を書いたのだろう?と思いながらノートを見ると
「絵、うまっ」
僕そっくりの人が描いてあった。
「美術部に誘おっかなぁ?」
そう考えると楽しくなった。

ー九月ー
夏休みが明けた。
夏休み中は彼女に会えなかった。
美術部に誘いたい。
その気持でいっぱいだった。
教室に入ろうとしたその時だった。
「よっ!」
神城咲夜だった。
「びっくりしたぁ。なんか用?」
こいつは結構美形男子でサッカー部のエース。しかも成績はピカイチだから女子にもてる。
「いや。おまえ、音城さんのことが好きなのかなぁって」
「なんでわかったのっ!?」
「やっぱり」
「あっ…」
好きな人をバラしてしまうなんてなんて恥ずかしい。
「音城さん、彼氏いないからなってあげたら?」
はぁ?なんでこいつはしようとしていることが分かるんだ?エスパーか?
「お、お前も彼女いないだろ!」
「椿菜ひよりがいる」
椿菜ひよりは僕達の二組で一番もてる陽キャ形女子。最近彼氏で来たって言ってたな。
「ま…負けた」
「何にだよ?」
「なぁに話してるの?」
明るく少しうざったらしい声。
「噂をすれば!ナンナンダヨ、お前ら!」
「まあいいじゃん」
こいつたしか、美形で成績優秀、体育も得意形女子だから持てるんだっけ?でも、O型だからテキトー。
「音城さんのこと好きなのに伝えられないんだって、こいつ」
「い、言うなぁ!」
ナンナンダヨ、こいつらの連携プレー。
「ま、頑張れよぉ」
「に、逃げるなヒキョォモノォ!!!!!!!!」
あの某漫画になっちゃった。
そう言い神城咲夜は教室に行く。きゃーと聞こえたから、きっと女子に絡まれているのだろう。
「あっ!一句思いついた!」
椿菜ひよりはなんだ?
「思っても 伝えられない 恋は秋」
…。
「あっ!秋って恋愛の季節とも言うけど、失恋の季節らしいから気をつけてねぇ!」
余計なお世話だっっっ!
そう言い椿菜ひよりも教室に入っていく。ひよちゃーんと聞こえたから、きっと男子に絡まれているのだろう。
気を取り直して教室にはいる。
「おはよっ」
そう行って教室に入った。
いつもなら彼女が先に学校について「おはよう」と返したくれるはずだった。
彼女の席がなくなっていた。
「え?」
不思議に思っていたら、友達の中山龍二がやってきた。
「お、音城さんの席は?」
龍二は不思議そうな顔をした。
「音城ぉ?誰だそれ?」
「お、覚えてないの?黒い髪の毛の女の子!6月ぐらいに引っ越してきた…」
「おいおい誰だよそれ?バカにしてんのか?」
「え?」
「変なやつ」
先生に言っても同じだった。誰に言っても同じだった。
「え?だれ?」
「誰?」
「あっ!わかった!ギャグぅ?」
「面白くないよ!」
誰も相手にしてくれない。
なんで?
結局この日は音城さんに会えなかった。
理由を考える気にもならなかった。こんな紙がズボンのポケットに入っていたからだ。

『遠野悠成さんへ
この手紙が読めるということはきっとまだ私がまた桜丘中学校に行けるかもしれないという証拠です。
私はきっと寂しい人のために生まれてきたのだと思います。きっと遠野君ではないでしょうか。
わからないかもしれませんが、近い内にまた手紙を出します。では。
音城華音』

そんなことないと思うよ。涙が出てきた。なんでなんだ。なんでなんだ。なんでなんだよ。

そしてしばらく経ったときのことだった。

『遠野悠成さんへ
別れの時が来るかもしれません。旧校舎の私の席まで今日の放課後来てもらえますか?
音城華音』

前よりも少ない字数だ。嫌な予感がした。だから放課後になったらすぐさま旧校舎へ向かった。

旧校舎は形はほとんど変わっていなかった。
懐かしさと戯れたかった。でも、それよりも早く音城さんに会いたかった。
そこに彼女はいた。
「遠野君。来てくれたんだ。」
彼女はなんだか前に見たときよりも大人ぽくなっていた。
消えてしまいそうな感じもした。
「いかないで!」
そうさけんで僕は彼女の手を握った。
握った感じがーした。
よかった。そう思うと急に涙が出てきた。
「遠野くん。私の音を。」
そう言い彼女は消えた。そこにいたはずなのに。
「お…音…」
そう呟くことしかできなかった。

僕の美術部の作品はハワイのビーチではなく、彼女の絵にした。
みんな最初は「あの転校生かぁ?」なんて馬鹿にしてきたけど、そんな野次第に薄れていった。
コンクールでは最優秀賞を獲得し今ではみんなが彼女の「音」を覚えている。


「中学校も今日でおしまいかぁ」
そう。今日は卒業式。卒業しても彼女を覚えていたい。そんな気持ちが心のなかで溢れていた。
帰る時が来た。
お別れだからといって少し一人で学校にいさせてもらった。
桜の花は美しくも儚く散っていく。
「高野くん!」
優しく、懐かしい声。二年前の七月ぶりかな?
きのせいかと思いながら後ろを振り返った。それでも向いていた方を向き直せなくなる。
「華音!」
「ありがとう。音を響かせてくれて。」
ニコッと微笑んでくれる彼女。
「ひさしぶり」
「あ、会いたかった。寂しかった。どうやって笑えばいいのか、わからなかった。でも、ここでわかった。君と一緒にいるだけでそう思えるんだ。」
「ずっといっしょだよ」
「うん」
こうして二人は結ばれた。

その様子を影から見ていたものがいるのを知らずにー
「ふう。任務完了と」
「でも、朔夜がいるだけでたいへんだったねぇ!」
「お前がいたせいでもあるだろっ。ひよりっ」
「そうかなぁ」
にやりと笑う椿菜ひより。
二人の魔法使いが喧嘩を始めていたのだ。
「でも、華音には本当に悪いことをした。
魔力を手に入れるために一人の音の精霊の命を無駄にしかけた。」
「〝音〟で繋いでいくなんて随分珍しい種族だったね。」
「ああ。」
頷く桜影の使徒。
「あっ!新しい任務が来たよ。また朔夜がなんかやらかしたの?」
「ばかっ!違うだろ」
「バカって言ったほうがバカなんですぅ」
「うるさい。小学生。」
「小学生なんかじゃないもん」
「ほら。先にいけ」
「はいはい」
「はいの回数が多い」
「はーい」
「ハイは短くっ」
「ハイッ」
見た目とは違ってなんだか幼稚で守りたくなるような妖花の姫。
じゃあね!とパートナーの方を見て指をくるりと回し、ゲートを作り、ゲートに入る。あとは何も残らない。
「幸せにな」
桜影の使徒も小さく呟く。

「あれ?今…」
「どうしたの高野くん?」
「ううん。なんでもない」
魔術師とは違い中仲の良さそうな桜の花びらは二人の周りをくるくると回ると空へ舞い上がり、幻想的な空間を作りました。
―完―

〜凍りついたもの〜
「時間が止まったぞ!」
もうこの声にも聞き飽きた。
ここは時間が止まる街だった。
「時空に飲み込まれないように避難しろっ」
そんな声が聞こえる。時間が止まると時空の歪みができる。
そこに飲み込まれると、死んでしまうだの、異世界に行くだのいろんな噂がある。しかし、誰も帰ってこないのでわからない。
「何やってるの、翼!逃げなさい!」
そんな母さんの声に弾き飛ばされるように走る。
大変だ。眼の前に時空の歪みができている。
「ウワァ」
体が空中に浮き始めた。
歪みに―入る

痛っ!頭打ったぁ。
母さんはどこだろう。あれ?それ、誰だ?
それよりここはどんなところなのかを調べないと。
コツコツコツコツ。足音?
ぎゃあああ!
「高城翼さんですか?」
「そ、そうだけど。」
びっくりした。眼の前には日焼けを知らなそうな白い肌、黄色いワンピースを着た人がいたからだ。
「あ、自己紹介が遅れました。自分はLiliane Blancheです。えっと…リリアンブランシュじゃなくて、うーん。リリアンって呼んでください。」
リリアン?外国人か?
「えっと、ここがどこか分かる?」
「ああ。ここは、時忘れの塔ですよ。」
「ときわすれ?」
「はい。〝時空の歪み〟というものを御存知ですか?」
ゴクリとつばを飲み込む。
「時空を超えて異空間に来てしまうことです。異空間に来ると誰かのことを忘れてしまうらしいんですけど…。心当たりはありますか?」
さっき呟いた『母さん』。きっとそれなのだろう。
「母親のことを思い出せません」
「やはりそうですか。」
うーんトリリアンは悩み始めた。
なんだか理由のわからないまま一日が始まった。

「歪みのある街にいる、母さんとか兄貴とか、友達とかはどうなるの?」
「あなたがいなくたって混乱しているでしょう」
そうなんだ。
「その街に一度戻ることはできないのか?」
「あなたはまだ魔力がないので無理でしょう」
そういうのは少しためらってから言うのが礼儀だろう。
「あなたはってことは、別の人なら行けるのか?」
「はい。」
いいなぁ。
「梅ちゃんに頼めば早いだろうけど、うーん」
「どうした?」
「独り言です!!」
そういうとリリアンは考え始めた。
「自分が入るのはどうでしょうか?」
「入れるの?」
「まあ。基礎魔法でそのぐらいはやりますからね。」
そうなんだ。

―一時間後―
「あの、翼さん。あなたはこれがこれをこうしておけばよかったと思うと、その日一日をやり直せ他経験は、ありますか?」
帰ってきたリリアンに言われてドキッとした。
実は俺はずっとその力を使ってきた。初めて使ったのは三歳の誕生日。もらった三輪車から落ちて、兄貴にバカにされて、悔し経っていたら、その日に戻った。能力を使った。それから八年その魔法を都合よく使ってきた。
「その能力を使いすぎて、時空に歪みができてしまったんです。」
自分のせい?
「その力をコントロールすることになりました。改めてお願いします。」
「一緒にいたら、母さんのことも思い出せるの?」
コクっと頷くリリアン。
「悲しいことを言うかもしれないんですが、もう一つ。」
悲しい―こと?
「あなたは〝戦争〟をなくしたことがありますよね」
せんそう?
「覚えていないかもしれません。あなたが五歳のときにあなたのお母さんが戦争に呼ばれ、戦死。その事実を知ったあなたは、戦争を―消した。」
消した?けした?戦争を消した?せんそうをけした?
「その証拠に時を操った記録を記している〝時の書〟にあなたの名前が書いてありました。」
「そんな、少しのことだろっ??」
「いいえ。そのせいであなたのお母さんはあなたの近くにいますが、世界の時空は大きく変わり、生まれてくるはずだった小さな少年少女たちの命もなくなりました。」
命をも消していたのか?俺は?
「今ならまだ間に合います。世界を変える勇気はあなたにありますか?」
大きな分かれ道だった。母さんがいなくなるのか、沢山の命を使うのか。
「まって。もし、戦争を消さなかったら、今ここにいる俺はどうなるんだ?」
リリアンは黙って答えない。
俯いたまま答えてくれた。
「そうか…。」
大きな事を進めるには犠牲が必要。小さい頃呼んだ絵本にも勇者がみんなを救うために消えた―そんなお話をいないはずの母さんに読んでもらったっけ。
「あなたはどうしたいですか?」
「俺は―」

「巻き戻しました。きっと、もうすぐお母さんの戦死の告知が来る頃でしょう。」
…。
ここは8歳の俺がいるころの時空の街。
「あの、電報です!」
なんか郵便配達員みたいな人が来たな。
「はい!もらいます!」
あっ。小さい頃の俺だ。今とは違って闇のない目。誠実そう。
「母さんかな?」
うきうきしていた。きっと、もうすぐ帰るという知らせが来るのだろうと思っているのかな?
「…リリアン。手紙を奪ったほうがいいのかな?」
「いいえ。少し待ちましょう。かえって危険です。」
リリアンの判断で止められた。
次の瞬間だった。
「そんなっ…。母さん…。母さん…。」
きっと亡くなってしまったという知らせを読んだのだろう。何よりも悲しい顔をしていた。
「戦争さえなければ、母さんは…。母さんは!」
まずい。過去の俺の背中で黒い渦のような物が出てきている。黒く、何もかも吸い込んでしまいそうだ。よく見ると時計のような模様がある。
「まずいです。このままだと、時が戻って意味がなくなってし―」
リリアンの声も聞けなかった。俺は走り出した。そして
「ごめんな。つらかったよな。苦しいよな。」
ちいさな〝俺〟を抱きしめた。
その途端、黒い渦は消えた。
「翼さん!すごいですね!全て消えました!」
リリアンが興奮したように言う。
「お兄ちゃん、だれ?」
くりくりした目でこちらを見るちいさな〝俺〟。

母さんが死んで葬式とか色々あるだろう。今の俺はきっといなくなる。
でもいいんだ。未来があるから―
そう思った次の瞬間、俺とリリアンは白い光に包まれた。光の中は暖かく、どんな寂しさでも飲み込んでくれそうだ。

「俺も、もう消えてしまうのか。」
なんか、時忘れの塔に戻ってきたのか。ここに来て、もう一ヶ月間リリアンにいろんなこと教えてもらったり、動物と仲良くしたり、いろんなことがあったなぁ。
「翼さん!起きてください!」
うるさいなぁ。俺はもう消えてしまうんだから、少しは静かにしてよ。
「ほら!」
リリアンが手を引っ張った。え?引っ張ったぁ?
「翼さん!良かったですね!」
「え?qieljfdsakf;jwe;:pqwiredahsf?」
「何ごちゃごちゃ言ってるんですか?早く!」
「俺、母さんがいなくなったか存在がなくなって死んじゃうんじゃ…」
「お母さん、死んでいなかったそうですよ!」
「えっ?そうなの?」
「はい!あれは間違えた手紙だったそうです。」
…。
「じゃあ、俺はもとの街に…」
「ああ。それなんですけど…。」
リリアンは迷ったように手と口をモゴモゴさせる。
「私と一緒に来ませんか?」
「リリアンと?」
コクっと頷くリリアン。
「あなたはもう魔力を持っています。その証拠に時を操れます。お母さんのところに戻れなくなってしまうかもしれません。それでもいいなら、一緒に来てくれませんか?」
リリアンはタコみたいに赤くなっている。
リリアンと一緒に行く。母さんには会えない。
「俺は―」

「へぇ。そんな事があったんだ。リリアン。」
今、一六歳ほどの見た目の赤い髪、黄色の服を着た女性と赤い髪、赤い服の七歳ほどの女の子たちがおしゃべりをしている。
「うん。結局翼は 高城 澪多として一緒に行くことになったの。」
「みおた…。水仙の魔法使い?」
「なんでわかったのっ!?」
「へへへ!まあね。」
聖百合の乙女の異名を持つLiliane Blancheは氷華の長老の異名を持つ梅谷梅と歩く。
「え?で、その水仙の魔法使いは?」
「お留守番。」
「へぇ。」
なんだかウキウキしている顔のリリアン。
「そういえば、梅ちゃんは何歳になったの?」
「それなんだけど、多分、千三百四十二歳ぐらいかな?」
見た目とは違って結構ベテラン魔術師の梅谷梅。
今度はそんな女の子―いえ、ベテラン魔術師のお話を語りましょうか?
―完―


〜千年少女と心に咲いた花〜
―数年前―
もう冬か。
一月、夏休み明けからずっと不登校になっている。ふと、鏡を見ると14歳とは思えないほどやつれた顔が見える。
〝こんなのになりたくないな〟とか思ってももう遅い。
これは僕なのだから。
なぜ僕が引きこもっているのか?理由は簡単だ。
あの夏、思い出したくもないような事が起こった。
道路を渡る自分と妹。向こうからくるトラック。
まるで、スローモーションになったかのような光景だった。人は死ぬとき走馬灯を見るとか聞いたことがあってどんなのみるのかな?とか思ってたけど、そんなこと思っているどころじゃなかった。
トラックがスピードを上げてこっちに来るところしか見れなかった。
気がつくと病院にいた。近くにいた親は、泣いていた。
妹は―〝いって〟しまった。
それから妹がおばあちゃんからもらったピアノしか触らなくなった。ピアノは弾けない。だから、鍵盤をなぞる程度だ。
そんな僕の家の裏には梅林がある。そこにいつもいる7歳ぐらいの女の子は妹に似ている。
今日もいるのかな?と思って外を見た。やはりいた。
その時、彼女と目があった。
『おいで』というようにこちらに手をふる。
ふらりと僕の足が動いた。
外に出ようとしている。
何ヶ月ぶりだろう。

梅林に行くとその少女がいた。白い髪、紅色のビー玉のような目、赤いシンプルな浴衣。あったことのないはずなのに感じる懐かしさ。
少女が自分に気づいたのかこちらを見る。
少女の口が動いた。
「あなたはまだ冬ね」
言っていることの意味はわからなかった。でも、分かるような気がした。

彼女は毎日現れた。いつも木の枝に座って自分に話しかけてくる。
わかったことは彼女の名前は「梅 谷梅」。自分に話しかけてくれる。

二月になってもう冬も開けるかな?というぐらいのある日ふと思った。
「なんで君はいっつも僕の前に現れるの?」
彼女は笑顔になって答えた
「あなたの心に冬があるの。でも、その下にはね、ちゃんと春の種が眠ってるの」
その後しばらくしてわかったことだが、彼女は千年を生きる魔女だった。人の心に春を咲かせるためだけに命を削り、人に春が訪れると命が育む。
「わたしね、もうすぐおしまい。だから、最後の春を、あなたにあげたいの」
澄は叫ぶ。
「そんなのいらない!僕はもう……春なんかいらない!」
でも、心の底では、ずっと春を待っていた。

「もし願いが叶うなら―」
二月十何日か彼女は急に質問をしてきた。
「あなたは何を望む?」
のぞみ?そんなの決まっている。
〝妹に合わせてほしい〟
それ以外に何を望む?
「きっと近いうちに私は消える。だから、誰かに春を訪れさせて消えたい。それが私の望みだ。望みをいえ」
なんだかいつもよりも古風な雰囲気だ。
そんなことよりも、『消えてしまう』という言葉か引っかかる。
「消えてしまうって…なぜ?」
「言ったでしょう。誰かに春を訪れさせて消えるだけだから。」
彼女の声はいつになく冷たった。
「私が大きな春がつれてきたら私の寿命もたくさん伸びる。しかし、大きな春がなかなかやって来なかったら…」
「寿命も少ししか伸びない」
わかってしまった。
「あと何日かしかできないんです。だから、おねがい!魔力を使わせて!」
言われたらやっぱりなんて言ったらいいのかわからない。だから…
「自分―遊咲 澄は―」

夜になった。
「おやすみ。」
誰かに挨拶をして寝る。敷布団だから座らないといけない。それがめんどくさかった。
しかし、それよりも頭にあったのは昼間彼女に言われたことのみだった。
『寝るときに〝おやすみ〟といったら昼間用意しておいたペットボトルの水を枕に少し垂らして、濡れた方を下にして寝る。』
ペットボトルを取り出して水を枕に垂らす。水はミネラルウォーター。少し高かったけど、気にせず続けよう。月あたりに照らされた枕の色が白からグレーっぽい色に替わっていく。
『枕を裏返すとき、慎重にね。』
こんな細かいことまで覚えているなんて思いもしなかった。〝記憶力あんまよくないね、お兄ちゃん〟と妹によく言われたっけ?
いよいよ布団を被り、目を閉じる。梅―彼女に言われた最後にやることは確か―
『目を閉じたら呪文を唱えて。こうよ。〝$&ak#0!〟』
「$&ak#0!」
自分でも何言っているのかわからなかった。でも、これでいいのだろう。
今度こそ寝る。
星が輝いて見えたそんな気がした。


ここは梅が作る夢の中―幻想的で、現実的。対象的な言葉だけどそんな言葉がぴったりだ。
なぜって、梅が咲いているその奥で、日本風の大きな城―小さい頃見た姫路城と同じような形をしている、赤をベースにした少し派手なお城。
〝本当に叶えてくれるのか?〟
それが本心だった。
でも、彼女を信じてみよう。そう思った次の瞬間、自分は息を呑んだ。
グランドピアノが自分の後ろにあった。そこから懐かしいような曲―エリーゼのためにが聞こえてきた。
妹の好きな曲。
さらに、演奏者を見たら、もっと驚いた。
「自分?」
そう。自分が演奏者だ。
呆然としてみていたら、女の子がやってきた。
梅に似ているけど、梅ではない。
「由香っ!」
なくなったはずの由香がいた。
しかし、自分の方には来ないで、もう一人の自分の方に来た。
「お兄ちゃん、今度の曲も聞かせてね」
全然聞いていなかった、鈴の音のような声。声をかけたいと思ってそこに近寄ろうとしたら―
この〝世界〟が白く輝いた。
そこで時が止まっていたのだ。

きりのいいとこで夢から目が覚めるってアニメとかだけの話だと思ってたけど、そうでもなかったっぽい。
頭の上に梅がいた。
「ごめんって言わなくていいよ。ただ、あなたがまた音を出せるようになったら……その子も、笑うと思う」
そういう梅の姿はキラキラと輝いていた。
「あなたの心に春が訪れた。その春は大きかった。そのおかげで私はまた何千年も生きられる。ありがとう。」
「どこかにいくの?」
「うん。リリアン―友だちと会う予定もあるからね。」
「そっか。」
自分は少し悲しそうに頷いた。梅がガラッと開けていなかった窓を開ける。
「あなたの春、綺麗だった。」
そう言うと彼女は窓から飛び降りた。
慌ててを都を見たときは何もなかった。
外の梅林は梅が満開だった。

―数年後―
自分は音楽教師となり、卒業演奏会でオリジナル曲を披露する。
タイトルは「君がくれた春」。
音が流れる。
ピアノの横には、小さな梅の花の髪飾りが置かれている。
演奏が終わったあと、教え子が彼に尋ねる。
「先生、その髪飾り、誰のですか?」
澄は一言、静かに微笑んで言う。
「……春の魔法をくれた、友達のだよ」
風が吹く。
窓の外で、一輪の梅がそっと揺れていた。

「梅ちゃん、そんな事があったんだ。」
「うん。でも、あの、男の子には助かったよ」
「そっかぁ。」
二人は梅林を通る。梅の花は満開できれいだ。
ふと、梅が話す。
「実はね、助かったのは、あの男の子のおかげだけじゃなくって、誰か私の知り合い?の心に春がやってきたかららしい。それのおかげでもあるんだって。」
「偶然かぁ。よかったね。」
「一個不思議なことがあるんだ。」
「何?」
「実は、恋に落ちたことで心に春がやってきたらしい。で、不思議なのはね、恋に落ちたとこって、時忘れの塔らしい。もしかして、リリアン…」
「わ、私なわけないっ!」
ブンブンとふる顔が赤いリリアンブランシュ。まるで、白いゆりが赤い百合に替わったようだ。
二人が立ち止まった―次の瞬間、急に回りの風景が替わった。
「これは…胡蝶蘭?」
ふんわりとした朝のようなイメージをさせられる胡蝶蘭。そんな胡蝶卵が沢山ある花畑の中に移動していた。
『胡蝶蘭といったらあの子しかいない』―と二人の魔女が考えた。
〝胡蝶の舞〟の異名を持つ一人の魔女。
「おーい!ふたりとも!ひさしぶり!」
そう。
「世間話?よかったら入れてよ!」
こうしてまた、女の子たちの楽しいおしゃべり会が始まったのであった。
あの女の子のお話は次回で。
―完―


「氷華の長老」の異名を持つ「梅谷梅」、「聖百合の乙女」の異名を持つ「Liliane Blanche」や、「胡蝶の舞」の異名を持つ「白蘭蝶」。
〝結構強い魔力を持つ女子団〟の集合所のようだ。

想像力の強く、空気の読めない藤白玲音がこの場にいたら、指を折り曲げながら
「ツァーリ・ボンバとB41とキャッスル・ブラボーと水素爆弾とコバルト爆弾(最初から順に世界でも強い爆弾ランキング上から)(とくに旧ソビエトロ連邦で作られたツァーリ・ボンバは危険すぎて実験できないレベルの爆弾)の上で戦争をやるよりすごいことだ」
と言うだろう。

「どういうお話がある?」
楽しそうに聴く梅。
「そんなことより、時空移動魔法できるようになったって、蝶ちゃんも成長したね。」
―時空移動魔法は私が得意としているから、教わりに来たことがあったなぁ。一ヶ月ぐらい前に人の心   に触る魔法も教えたっけ?―
しれっと話題を変えた。みんなが「おい、話題変えたな?」という顔をしている。そんなの気にせずに心のなかで独り言をしながら指をくるりと回して、ティーカップ三つと大きめのポット、美味しそうなパイ(梅はアップルパイだと予想する)を出して、お茶を注ぎ始める、リリアン。鼻歌交じりで、誰が見ても楽しいと思っているのが分かる。が、あまり良くないことをしたとは気づいていなさそうだ―
ティーカップを取りながら梅が考える―
―リリアンって女子に対する穏やかそうな態度とか、見た目とかとは違って、半グレ集団の大半のチーム―魔法マ●ィアとか、魔法殺●屋とか、魔法暴●族とか、魔法ヤ●キー団とか、魔法●ャル団とかと喧嘩した事があるって聞いたことがあるけど、こうやって人から恨みを買うんだな―
そう心から思ってしまう。
お茶はアップルティーなのだろう、飲みやすい上に、心が落ち着く。
パイはアップルパイで当たっていたようだ。それも美味しい。
お茶とパイを飲んだ梅と蝶は気持ちがほぐれて、誰が見ても心が落ち着いたことが分かるぐらいリラックスした顔になる。
「お茶、美味しいね。」
「ん?あー。こないだ勝負したマ●ィアから戦利品としてもらったからねぇ。そこのマ●ィア、アップルティー専門店だったからね。ちなみに、アップルパイは殺●屋からもらったものなんだ。えっと、確か、毒使いのグループで、シンデレラの物語に出てくる毒リンゴを〝殺せるレベル〟まで実現させ、アレンジさせてたグループだっけ。これも戦利品。」
梅が紅茶を吹きそうになったのか、むせている。
蝶はアップルパイを口に運んでいた手を止める。
お茶を飲みながら涼し気な表情で答えるリリアン。
―私の辞書とリリアンの辞書の〝戦利品〟は同じ意味なのかが気になるよっ!てか、マ●ィアの作るアップルティーって大丈夫なの!?殺●屋の作ったアップルパイをって大丈夫なの!?美味しいけどさ!?―
「毒は私が飲んで、食べて大丈夫だったから、安心して。」
そうリリアンが言った次の瞬間、二人の脳裏にはリリアンがこの前のお茶会で言っていた言葉、その時のリリアンの表情、どんなところだったかなどをすべて思い出し、それが新しい映画の映像のようにきれいに映し出された
―実はね、私は、毒耐性能力があるの。だからね、大抵の毒は平気なの。塩酸も美味しいと思うぐらいだし―
〝しっかりときれい〟に梅は少し吐き気がしてきた。蝶も同じことを感じているのだろう、死人のような顔色だ。
―やばい―
そう感じた梅は〝どんな毒でも無効化できる解毒剤になる魔草〟を慌てて出す。
眼の前がくらくらしてきたときに慌てて口に突っ込む―セーフだった。
安心した梅は蝶の話を聞こうと話し出す―
「で、どんなことがあったの?」
「こ、こんな事があったんだ―」

俺は毎日夢を見る。
夢の中で奇妙な白い庭園に迷い込む。
そこには一面の胡蝶蘭と蝶のような優しい女の子―白蘭 蝶がいる。
一十二歳ぐらいの見た目だった。きれいにポニーテールされた淡い水色の髪の毛、赤い瞳、白い服。人間離れしていると思っていたら、「実は、私、魔女だよ。」とか言われて、ビビったこともあったっけ。
現実では心を閉じてしまう自分―飛来正成(とびらいまさしげ)。
ここにいるとなんだか素直でいれる。
そこで蝶とは話ができる。
それが、嬉しかった。

「あなたの心は壊れている」
ある日言われた言葉だった。
―こわれている?―
疑問だった。なぜ、そんなことを言われるのかが。
「壊れているって、どういうこと?」
何が壊れているのだろう。
「壊れている、それを直さないとあなたは、人間として生きられない―」
は?
蝶と過ごして奇妙なことがあったが、こんな事言われるのは初めてだった。
「壊れてる―取り方は色々あると思う。ただ、あなたの〝壊れている〟は〝記憶がかけている〟そう捉えてもらったほうがわかりやすいのかもしれない。」
そうなんだ。
「知らなかったかもしれないけど、あなたがここにいられるのって、私達の指導者と生みの親である―花咲紬様―いわば会長なのかな?が、直々に命令してくださったんだって。まあ、ラッキー(?)と思っていいよ」
ラッキー…なのか?
そんなことより気になったのが「花咲紬」という名前だ。
父さん―飛来疾風は今じゃ世界的な走者だが、中学校のとき、陸上部で戸惑いがあったらしい。その時に励ましてくれた人の名前は―
「花咲紬」

蝶はコクっと頷く。
「私はあなたの記憶に喋りかけたの。それでこの庭にはいっつもきれいな胡蝶蘭が咲いている。ここにある胡蝶蘭はあなたの記憶の数。殆どの花が咲いたんだけど…。一輪だけ咲かない花があるの。少し前にリリ―、私の友達が記憶のない子を預かったらしいけど、そのこともあなたは違うみたいなの。ない記憶に心当たりはない?」
「えっとね…。」
喋りかけようとした瞬間、蝶と庭がぐんぐんと遠くに見えていく。
―夢から覚める時間が近づいてきたようだ―
嫌だな。なんとなくもう少し話したかった。
しかし、そんな夢は届かず、俺は目覚めた

まだ朝の五時だった。
なんだかモヤモヤとする気持ちを胸に、俺は目覚めた。
窓の外は暗かった。町の身の回りにある胡蝶蘭と正反対の、漆黒と言ってもいいぐらいのきれいで艶のある黒だった。
まるで、闇と光が戦っているシーンを見せつけられたような気持ちになった。

俺の頬には涙が流れていることを〝俺〟は知らなかった。
頬を伝って落ちた涙は、少しずつ出てきた太陽に照らされて、ダイヤモンドのように光り輝いていた。
しかし、俺の心はまだ暗い宇宙(そら)――空の色のようだった。

目を閉じると、再びあの白い庭が浮かんできた。
あの静かな空気と、あの言葉。

『あなたの心は壊れている』

あの言葉の意味。
本当は、少しだけ分かっている気がする。
でも、分かりたくない気もする。
それが怖くて、朝になったら全部忘れてしまえばいい、そう思っていた。

けれど。

「……また来たんだね」
いつのまにか、俺はまた庭に立っていた。
あの白い胡蝶蘭が揺れる、静かな場所に。
眠って会おうとしていた。情けなかった。
そして、そこにいたのは――蝶だった。
昨日と同じ白い服。けれど、どこか雰囲気が違う。
少しだけ、表情が柔らかくなっていた。

「まさしげ、顔ちょっとマシになってるじゃん。昨日より」
俺は思わず、苦笑した。
この庭にいると、不思議と自分がしゃべれる。何も隠さなくていい気がする。
「おまえ、今日も来たのか」
「そっちでしょ。こっちはずっとここにいるんだってば」
蝶は、ふわっと笑う。
「……前に言ってたよな。“壊れてる”って」
「うん。けどさ、それが悪いとか、ダメだとかは言ってないじゃん」
蝶は白い胡蝶蘭の花を一つ、そっと撫でるように指先を添えた。
「壊れるのってさ、なにかを大事にしてたってことだよ。
がんばってたから、傷つくんだし。
それに……そういうの、隠して生きてる人、たくさんいるよ」
「……俺も?」
「うん。まさしげも。たぶん自分で気づいてないだけで、いろんなものを抱えてたんだと思う。
無理に“いい子”やろうとして、ほんとはちょっと疲れてたでしょ?」
胸の奥が、ぎゅっとなった。
「正直……分かんない。俺、自分のこと、よく分かんない。
誰かを嫌ったり、傷ついたりしてるのに、気づかないフリしてて……」
「気づいてる時点で、ちゃんとしてるよ」
蝶は俺の言葉を遮らず、否定もせず、ただそこにいてくれる。

「でさ、ひとつ伝えたいことがあるんだけど――」

蝶は、立ち止まって、空を見上げた。
「今日で、この庭に来るの、たぶん最後なんだよね」
その言葉が、庭の空気を変えた。

「……え?」
「ほら、さっき泣いてたでしょ? 朝。
ちゃんと自分で涙を流せたってことはさ、“自分の気持ち”にちゃんと触れたってことじゃん。
だから、この庭、もう必要ないんだと思う」
蝶は俺のほうを見た。
まっすぐな目だった。子どものようで、でもどこかすごく遠くを見てるような目。
「この庭はね、誰かが心の奥で閉じ込めた気持ちが、そっと咲く場所なんだ。
ここに来る人って、みんなちょっとだけ壊れてるけど…。
でもね、壊れたままでも咲く花ってあるんだよ」

「……俺の花も?」

「うん。いっぱい咲いてるじゃん」
 蝶は少し笑って、俺の肩を軽くたたいた。
「まさしげ、もう大丈夫だよ。
もう、自分でちゃんと歩けるって、心が言ってる。
それだけで、もう十分じゃん」

俺は、言葉を失った。
でも、不思議と寂しくはなかった。
ただ――何かが胸の奥で、あたたかくなる。

「ありがとうな。…蝶」
「どーいたしまして。
まさしげがまた困ったら、胡蝶蘭に聞いてみなよ。風の音にまぎれて、ちゃーんと咲いてるからさ」

そのとき、庭に一筋の風が吹いた。
胡蝶蘭の花がふわりと舞い上がり、空へと昇っていく。
蝶の姿も、花の光に包まれるように、だんだん薄れていった。

「じゃあね。またね、とは言わないよ」
「え?」

「“また会おう”って言ってくれたら、そのときは、こっちから行くから」

そう言って、蝶は笑った。
風が庭を抜け、光が満ちる。

俺は、ゆっくりと目を開けた。
朝の六時。
世界が目を覚ます音が、少しずつ部屋の中にも届いてくる。

窓の外を見ると、小さな植木鉢に、一輪だけ白い胡蝶蘭が咲いていた。
植えた覚えなんて、ない。
けれど、それを見た瞬間、胸の奥がすっと軽くなった。

「苦しい」と思ったら思い切り泣いていい。
「悲しい」と思ったら思い切り甘えていい。
「楽しい」と思ったら思い切り笑っていい。

そして何よりも大切なのは―

「気持ちが抑えきれなくなったら」―思い出していい。
「気持ちが抑えきれなくなったら」―また会おうといえばいい。

きっと今でもあの庭では蝶と胡蝶蘭が笑っている。

今日は少しだけ、誰かに「おはよう」って言ってみようと思った。
たぶん、うまく言えない。でも、うまく言えなくてもいい。
いつでも心のなかに胡蝶蘭の花はきれいに咲き誇っている。
心のなかでそう呟くと、胡蝶蘭が白い花をその言葉に反応するように静かに、優しく頷くようにゆれた。
いつだって胡蝶蘭の花はどこかで咲き誇って、悲しんでいる誰かを癒やしている。

―これが始まりだ―

そう感じた少年は笑って今日の準備を始めた。

「いつでも胡蝶蘭は咲き誇っているの」
話し終えた蝶はくすりと笑いながら〝自分で〟召喚したお茶を飲む。
聞き終えた梅はくすりと笑いながら〝自分で〟召喚したパイを食べる。
「アップルパイとアップルティー、美味しくなかった?」
リリアンが悲しそうに聴く。
「そ、そんなことなかったよ。ね、梅?」
「う、うんそうだよね、蝶。」
気まずそうに誤魔化す二人の魔女。
「よかった。じゃあ、私はこのあと、なんか暴●団との対決があるだ。というわけで、おいとまします。」
そう言い、ふわりと消えるリリアン。
「私も、少し用事あるから…。」
梅はそう言い消えた。
残った蝶は回って胡蝶蘭の庭を見る。
奥には小さな女の子がいる。
そして、蝶は語りかける

―あたなの心はこわれている―


〜風が吹いた日、花が咲いた〜
花魔法使いたちがどのようにして生まれていくのか―三つの生まれ方があります。
一つは高城澪―元高城翼のようにパートナーとして認められ、一緒に生活し、魔力を得る・コントロールし、一人前となる方法する方法。
もう一つは、システムが難しいため、説明に時間がかかりそうなので申し訳ございませんが、少しスルーします。
そしてもう一つは…―


放課後のグラウンドに、夕焼けが落ちていく。
タイムはまた、目標を切れなかった。体は動くのに、足が重い。
それでも、自分―飛来 疾風(とびらいはやて)はスパイクの紐を結び直し、もう一本、トラックに向かって踏み出そうとした。
「行けっ」
自分でいうだけで、やる気を出そうと頑張る俺。なんかカッコ悪い。
―センパイとかは、一人で走っているだけでかっこいい。友達に一緒にと言われてはいって、みんなあっという間に上手になって、センパイを越している人もいる。なのに…。俺だけ…。
いつの間にか涙目になっていた。
それに気づき始めると走る足もガクガクと震えてくる。怖い。

「今日はもう、走らないほうがいいと思うわ」
声がして振り向くと、木の下に女の人が立っていた。
制服でもなければ、先生でもない。みつあみなのに、腰ぐらいまである長い黒髪に、淡い黄色の羽織。まるで映画の中から抜け出したような、不思議な存在感。こんな人、学校にいたっけ?

「あなた、走る理由が分からなくなってるでしょ」
初対面のはずなのに、そう言われて言葉が詰まった。
「グッ…。」
図星だった。
それが、「花咲 紬(はなさきつむぎ)」との出会いだった。

翌日も、その翌日も、俺はなんとなく彼女に会いに、校舎裏の小さな庭に立ち寄った。
古い石畳、苔の生えた灯籠。
入学式のときに教頭先生だっけ?が言っていたな。昔は校舎の裏が花畑だったけど、戦争で焼けちゃって、その後小さな庭になった。それが使われなくなって、今もそのまま。それがここなのだろう。住人来たらいっぱいになってしまうだろう。
誰も来ないその場所に、彼女はいつもいた。
「あなたの心には、今日、こんな花が咲いていたわ」
そう言って、彼女は掌を開く。
そこにあるのは、花の姿をした光だった。

「これは“リンドウ”。自分を責めてるときに咲く、ちょっと意地っ張りな花」

彼女は“花の魔女”だった。本人はそう言っていたわけではなかったけど、なんとなくそんなイメージ。〝女神様〟のほうが近いのかな?
見る者の感情を、花の姿に映す魔法を持っていた。といっても、それを誰かに見せびらかすでも、教えを説くでもない。ただ、そっと、寄り添うだけ。

気づかないうちに〝俺〟は誰にも言えなかった本音を、彼女には少しずつこぼせるようになっていた。

「なんか最近、走っても楽しくないんです。
タイムとか先輩とか、監督の期待とか、誰かの目ばっかり気にしてて。
友達の凱人とか、鷲介センパイとか、奧平監督とか。なんでみんな俺にプレッシャーをかけるんだろう。
本当は、ただ走るのが好きだったのに、いつの間にかそれを忘れてた気がする」

紬は黙って聞いていた。やがて、また手を差し出す。
そこに浮かんだのは、まだつぼみのままの小さな花だった。

「これは“ナズナ”。気づかれずに踏まれても、静かに咲こうとする花。
きっとあなたは今、自分を取り戻す途中なのよ」

そう言われて、初めて胸の奥が少し、あたたかくなった気がした。

季節が少しずつ進む。
陸上部では、夏の県大会に向けての選抜メンバーが発表された。
俺の名前は、

―なかった。

心がざわついた。でも、不思議と絶望ではなかった。
紬にあって励ましてもらいたい。そうすれば、こんなことなんか、気になることはない。そう思ってこらえた。

放課後、裏庭に行くと、紬はもういなかった。

次の日も、また次の日も、彼女は現れなかった。

心に穴が開いたような喪失感。それでも、もう一度だけと思って、裏庭に向かった。

そこにあったのは、一冊のスケッチブックと、一輪のマリーゴールドだった。
スケッチブックをめくると、そこには今まで見せられた花たちの絵が描かれていた。
手描きで、色鮮やかで、でもどこか、誰にも見せたことのない感情のようだった。

最後のページには、小さな文字でこう書かれていた。

「咲かない日も、あなたの中に花はあった。
私はただ、それを見つけるのを手伝っただけ。
これからは、自分で見つけられる。もう、大丈夫。」

その場にしゃがみこんで、俺は初めて泣いた。
頑張っても、頑張っても、支えてもらっても、彼女に励ましてもらっても、期待に答えなきゃという気持ちしかなかった。
ずっと我慢していた。自分の気持ちをずっと置き去りにしていた。

でも、それでも咲こうとしていた心があった。
誰にも気づかれなくても、踏まれても、それでも咲こうとしていた。

夏の大会の日。
補欠として同行した朔は、スタンドの最上段で、試合を見つめていた。
風が吹いた。ほんの一瞬だけ、視界の端に、あのマリーゴールドの花が揺れた気がした。

走る理由は、まだはっきりとは見つからない。
でも、きっとこれからも走る。いつか、自分だけの花を咲かせるために。

心のどこかに、風に揺れるあの黄色い花を思い出しながら。

その様子を疾風の座っている反対側の最上段の椅子の客席から見ていた女性が「ふっ」と笑う。まるで、そのときは観客席から大会の様子を見ていた少年―疾風が四年後世界に名をとどろかせるような陸上選手になるという未来が見えているのに、誰にも教えないで黙っている。それを楽しんでいる、そんな幼い少女のようだ。彼女は指を「パチン」と鳴らすとを大きな時空の穴作り、前に広がる謎の大きな穴の中へと入っていく。人がたくさんいるのに、誰一人と彼女には気づかない。まるで誰もいないようだ。

「お帰りなさいませ。」
その一声で屋敷の前にいた全員が道をあける。
「ただいま。久しぶりに楽しかった。新しい子ができたよ。」
そう言いながら屋敷に入っていく女性―花咲紬。先程の学校にいたときとは違い、威圧感と存在感が際立つ、恐ろしげなイメージだ。
紬は屋敷に入り、大広間へ向かう。

広間は集会場よりもこじんまりとした、テーブルとたくさんの椅子しかなかったがそれだけで十分だった。

入口から中央へ向かう紬は一三歳ほどの見た目から二十五歳ほどの見た目へと替わっていった。そして中央につく頃には、全くの別人のような人になっていた。
「今回は〝マリーゴールド〟ねぇ。」
〝紬〟は机の上にポケットから取り出したマリーゴールドの花を出す。
「さて、どうなるかな?」
楽そうにマリーゴールドを見ていると…
花が白い光で輝いた。
すると、マリーゴールドが大きくなり、十四歳ほどの女の子が現れた。
柔らかい茶色のミディアム・ロング髪、黄味がかった琥珀色、和洋折衷のローブ風。袖は広がっていて、マリーゴールドの花びらのような縁取りの服、袴。
紬も幻想的だが、この子も幻想的だった。
「ここは?あなたは?」
女の子は喋る。
「私は花咲紬。あなたを作ったものです。あなたは…。そうね。神原 万莉(かんばら まり)という名前はどうかしら?」
「かんばら…まり?」
「そう。あなたはこれから、人を癒やしてください。」
「は…。はい。」
そう言い、万梨は頷いた。

いかがでしたか?魔法使いの生まれ方、わかりましたか?
そうそう。〝花咲紬〟さんは〝万花の女神〟と呼ばれる花の女神です。
花咲紬は偽名。霞ノ宮 琴音(かすみのみや ことね)というのが本名なのですが、長過ぎるため、やめたそうです。なんか、〝女神様〟っぽくないですね。現実的で。
神原 万莉が金陽の継承者と呼ばれ、活躍するのは、また、別のお話で。
おっと。言い忘れるところでした。今日の朝刊の記事を見ましたか?百メートルの新記録が出たんですって。その選手は一番自分を励ましてくれた人は誰ですか?という記者の質問に
「名前は言えないのですが、短期間中、とても励ましてくれた人がいました。T.H.さんです。今でも自分以外の誰かを励ましていると思います」
と答えたんですって。彼も咲かせるべき花を見つけたんでしょうね。
では。
―完―

作者メッセージ

頑張って書きました。ぜひ読んでください。

2025/10/09 17:00

kanon
ID:≫ e4TzDw35b3PiQ
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