白いチューリップのように。
「おはよ、神山くん」
「うわっ···なんだ、渡辺さんかぁ」
「なんだって、何よ···やっぱり、聞こえない?」
彼女―[漢字]渡辺一葉[/漢字][ふりがな]わたなべかずは[/ふりがな]さんは、眉をひそめた。彼女は中学生の頃から仲がいい。
そして僕―[漢字]神山青葉[/漢字][ふりがな]かみやまあおば[/ふりがな]。高校三年生。いつだったか忘れたけれど、突発性難聴と診断され、あまり耳が聞こえない。しかも、両耳。両耳が聞こえないケースは、ごく稀らしい。いや、嬉しくないけれど。耳鳴りやめまいはいつものことで。補聴器をつけてやっと近くの音が聞こえる程だ。
「神山ー、今日サッカーしないか?」
サッカー部の[漢字]猪瀬陸[/漢字][ふりがな]いのせりく[/ふりがな]。僕の幼なじみで、いつも気遣ってくれる。
「や、今日はいいかな···」
僕は元々、運動が苦手。それに、難聴の僕にとっては、何も聞こえなくて危険だ。
「あ、そういえばそうだった。悪い、いつも耳聞こえないこと忘れちまうんだよな···」
陸は忘れっぽいし、ちょっと抜けている所も多い。『頼りない』って陸は言うけれど、僕にとってはそんなことないし···まったく、陸はいい男だ。
「あ、先生来た。じゃ、またあとで」
そう言って、陸は席に着いた。
授業やホームルームでは、先生が手話を使ってくれる。僕はあまり手話に慣れていないから、授業中は補聴器を外して手話の勉強もする。
今日の一時間目は数学だった。
『神山くん、ここの問題を解きなさい』···か。まずい、ちょっとわからないや···
[小文字]「渡辺さん、ちょっと教えて···」[/小文字]
僕は隣の席の渡辺さんに尋ねる。
『これは、ここをこうして···』渡辺さんは、手話や指差しで教えてくれる。なるほど、じゃあ答えは···
『正解です』と、先生は笑顔で手話をした。
[小文字]「ありがとう」[/小文字]と、僕は小声で渡辺さんに言った。
『大丈夫』と、渡辺さんは手話で返す。言い忘れていたけれど、渡辺さんは手話が出来る。渡辺さんの友人も耳が悪く、その為に手話を勉強していたことがあるらしい。もちろん、陸もできる。そして、二人とも僕よりも全然上手い。僕ももう少し頑張らないといけないな。そう···[漢字]全てにおいて[/漢字][ふりがな][太字][大文字]・・・・・・[/大文字][/太字][/ふりがな]。
「···な···いいんじゃ···ハハハっ···」
突発性難聴と診断されてすぐのことだった。幼い頃に父を亡くし、うちは貧乏だった。補聴器が安くても数万円あることを知って、すぐには買えなかった。だから、当時は音のない世界にいた。そして、気付けばいじめられていた。障害者。人間じゃない。可哀想。ケダモノ。
「耳が悪いからって特別扱いされた気になってんなよ···!」
はぁ?どうしてそう言い切る?バカじゃないの?僕の中に、冷たい言葉が浮かんでは消えていった。僕のことを、特別だと言うのなら···
「神山くん?」
あぁ。そうだった。渡辺さん。いつも庇ってもらったなぁ。補聴器を買うお金まで出してもらっちゃって。そういえば、僕が突発性難聴と診断されたのは、中学二年生の時だ。それで、何かあったらって···同じ高校に通うことになったんだっけ。
今思えば、渡辺さんは命の恩人だ。僕がもし、このままだったら、僕はきっと···生きることを諦めていた。ずっと『障害者』って言われるのが辛くて。死んでいたかもしれないんだから。
「神山くん」
呼んでくれる仲間がいる。大切な人がいる。僕は、それに応えないといけない。例え、差別されようが。何度踏み潰されようが、立ち直る。そして、渡辺さんに伝えないといけない。もちろん、陸にもだけれど。でもやっぱり、一番は渡辺さんだ。感謝しないと。そして、もうひとつ、伝えたいことがあったんだ。
その日の放課後、教室には僕と渡辺さんの二人だけだった。
「···ごめんね、ありがとう」
「あ、いや、そうだよね。僕なんて···」
そりゃ、無理か。僕···だもんね。
「でも、私はいつでも神山くんの味方だよ?」
うん、それでもいいよ。味方でいてくれるだけで心強いよ。ありがとう。
「おいそこっ、お似合いカップルか」
「あ、陸···あのさぁ···」
僕は陸に耳打ちした。もちろん、渡辺さんには聞こえないように。
[小文字]「えっ、マジかよ?あんなに仲よかったじゃん」[/小文字]
[小文字]「うん···でも、伝えられただけよかったよ」[/小文字]
僕は振り返る。渡辺さんはこちらを見てきょとんとするだけだった。
僕は渡辺さんに向かって手話をした。さっきは口で伝えたけれど、今度は手話でも。
陸を見ると、陸は呆れた表情を浮かべた。渡辺さんは驚きながらも、手話をした。あぁ、やっぱり駄目か。
でも、味方でいてくれるのなら、僕は嬉しいよ。これは嘘じゃない。たとえフラれようが、少しでも近くで支えてくれるというのなら、別にどうってことない。
ありがとう、渡辺さん。
気付けばあの日から三年が過ぎ、僕と陸は大学三年生になっていた。僕は耳が悪いままだ。まぁ、それでもいいや。
もしいつか、どこかで会えたら、僕は君にあの日と同じことを言うのかな。次会う時には僕は空の上か。
「ほら、青葉!行くぞ!」
「待ってよ、陸!大事なこと、していないんだから···」
「ん?あぁ、そうだったな」
陸が忘れっぽいのも相変わらずだ。
僕は君が眠っている所に手話をした。『行ってきます』とだけだけど。
「それじゃ、また放課後、来るからね···[漢字]一葉[/漢字][ふりがな][太字][大文字]・・[/大文字][/太字][/ふりがな]」
僕は短く言い、陸と歩幅を合わせて歩いて行った。すると突然、大粒の雨が降ってきた。僕たちは立ち止まり、空を見上げた。晴れているのにな···あぁ、そっか。
「あれ?天気予報にはなかったのに···傘、持ってきてないぞ?」
陸はイラつきながら言った。
「···いいんだよ。きっとあの子の涙だろうから」
僕の言葉に、陸は納得したようだ。
「なるほどな、それならいいや。取り敢えず行こうぜ」
僕たちは再び歩き出した。そして、少しして、雨は止んだ。空は雲一つなくなっていた。
君はもうこの世界にはいないけれど、僕の心の中にはいるよ。
いつまでも君は僕の味方で、僕の支えになっているよ。
「うわっ···なんだ、渡辺さんかぁ」
「なんだって、何よ···やっぱり、聞こえない?」
彼女―[漢字]渡辺一葉[/漢字][ふりがな]わたなべかずは[/ふりがな]さんは、眉をひそめた。彼女は中学生の頃から仲がいい。
そして僕―[漢字]神山青葉[/漢字][ふりがな]かみやまあおば[/ふりがな]。高校三年生。いつだったか忘れたけれど、突発性難聴と診断され、あまり耳が聞こえない。しかも、両耳。両耳が聞こえないケースは、ごく稀らしい。いや、嬉しくないけれど。耳鳴りやめまいはいつものことで。補聴器をつけてやっと近くの音が聞こえる程だ。
「神山ー、今日サッカーしないか?」
サッカー部の[漢字]猪瀬陸[/漢字][ふりがな]いのせりく[/ふりがな]。僕の幼なじみで、いつも気遣ってくれる。
「や、今日はいいかな···」
僕は元々、運動が苦手。それに、難聴の僕にとっては、何も聞こえなくて危険だ。
「あ、そういえばそうだった。悪い、いつも耳聞こえないこと忘れちまうんだよな···」
陸は忘れっぽいし、ちょっと抜けている所も多い。『頼りない』って陸は言うけれど、僕にとってはそんなことないし···まったく、陸はいい男だ。
「あ、先生来た。じゃ、またあとで」
そう言って、陸は席に着いた。
授業やホームルームでは、先生が手話を使ってくれる。僕はあまり手話に慣れていないから、授業中は補聴器を外して手話の勉強もする。
今日の一時間目は数学だった。
『神山くん、ここの問題を解きなさい』···か。まずい、ちょっとわからないや···
[小文字]「渡辺さん、ちょっと教えて···」[/小文字]
僕は隣の席の渡辺さんに尋ねる。
『これは、ここをこうして···』渡辺さんは、手話や指差しで教えてくれる。なるほど、じゃあ答えは···
『正解です』と、先生は笑顔で手話をした。
[小文字]「ありがとう」[/小文字]と、僕は小声で渡辺さんに言った。
『大丈夫』と、渡辺さんは手話で返す。言い忘れていたけれど、渡辺さんは手話が出来る。渡辺さんの友人も耳が悪く、その為に手話を勉強していたことがあるらしい。もちろん、陸もできる。そして、二人とも僕よりも全然上手い。僕ももう少し頑張らないといけないな。そう···[漢字]全てにおいて[/漢字][ふりがな][太字][大文字]・・・・・・[/大文字][/太字][/ふりがな]。
「···な···いいんじゃ···ハハハっ···」
突発性難聴と診断されてすぐのことだった。幼い頃に父を亡くし、うちは貧乏だった。補聴器が安くても数万円あることを知って、すぐには買えなかった。だから、当時は音のない世界にいた。そして、気付けばいじめられていた。障害者。人間じゃない。可哀想。ケダモノ。
「耳が悪いからって特別扱いされた気になってんなよ···!」
はぁ?どうしてそう言い切る?バカじゃないの?僕の中に、冷たい言葉が浮かんでは消えていった。僕のことを、特別だと言うのなら···
「神山くん?」
あぁ。そうだった。渡辺さん。いつも庇ってもらったなぁ。補聴器を買うお金まで出してもらっちゃって。そういえば、僕が突発性難聴と診断されたのは、中学二年生の時だ。それで、何かあったらって···同じ高校に通うことになったんだっけ。
今思えば、渡辺さんは命の恩人だ。僕がもし、このままだったら、僕はきっと···生きることを諦めていた。ずっと『障害者』って言われるのが辛くて。死んでいたかもしれないんだから。
「神山くん」
呼んでくれる仲間がいる。大切な人がいる。僕は、それに応えないといけない。例え、差別されようが。何度踏み潰されようが、立ち直る。そして、渡辺さんに伝えないといけない。もちろん、陸にもだけれど。でもやっぱり、一番は渡辺さんだ。感謝しないと。そして、もうひとつ、伝えたいことがあったんだ。
その日の放課後、教室には僕と渡辺さんの二人だけだった。
「···ごめんね、ありがとう」
「あ、いや、そうだよね。僕なんて···」
そりゃ、無理か。僕···だもんね。
「でも、私はいつでも神山くんの味方だよ?」
うん、それでもいいよ。味方でいてくれるだけで心強いよ。ありがとう。
「おいそこっ、お似合いカップルか」
「あ、陸···あのさぁ···」
僕は陸に耳打ちした。もちろん、渡辺さんには聞こえないように。
[小文字]「えっ、マジかよ?あんなに仲よかったじゃん」[/小文字]
[小文字]「うん···でも、伝えられただけよかったよ」[/小文字]
僕は振り返る。渡辺さんはこちらを見てきょとんとするだけだった。
僕は渡辺さんに向かって手話をした。さっきは口で伝えたけれど、今度は手話でも。
陸を見ると、陸は呆れた表情を浮かべた。渡辺さんは驚きながらも、手話をした。あぁ、やっぱり駄目か。
でも、味方でいてくれるのなら、僕は嬉しいよ。これは嘘じゃない。たとえフラれようが、少しでも近くで支えてくれるというのなら、別にどうってことない。
ありがとう、渡辺さん。
気付けばあの日から三年が過ぎ、僕と陸は大学三年生になっていた。僕は耳が悪いままだ。まぁ、それでもいいや。
もしいつか、どこかで会えたら、僕は君にあの日と同じことを言うのかな。次会う時には僕は空の上か。
「ほら、青葉!行くぞ!」
「待ってよ、陸!大事なこと、していないんだから···」
「ん?あぁ、そうだったな」
陸が忘れっぽいのも相変わらずだ。
僕は君が眠っている所に手話をした。『行ってきます』とだけだけど。
「それじゃ、また放課後、来るからね···[漢字]一葉[/漢字][ふりがな][太字][大文字]・・[/大文字][/太字][/ふりがな]」
僕は短く言い、陸と歩幅を合わせて歩いて行った。すると突然、大粒の雨が降ってきた。僕たちは立ち止まり、空を見上げた。晴れているのにな···あぁ、そっか。
「あれ?天気予報にはなかったのに···傘、持ってきてないぞ?」
陸はイラつきながら言った。
「···いいんだよ。きっとあの子の涙だろうから」
僕の言葉に、陸は納得したようだ。
「なるほどな、それならいいや。取り敢えず行こうぜ」
僕たちは再び歩き出した。そして、少しして、雨は止んだ。空は雲一つなくなっていた。
君はもうこの世界にはいないけれど、僕の心の中にはいるよ。
いつまでも君は僕の味方で、僕の支えになっているよ。
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