呪い屋
立野は、一人ベンチに腰掛け、悩んでいた。
職が無いのは本当に辛いことだ、と思った。
ある程度は会社に貢献できていると思っていた。
どうやら、違ったみたいだった。
上司―――[漢字]田名井[/漢字][ふりがな]たない[/ふりがな]の口からリストラを宣告されたときは、悪夢でも見ているのではないか、と疑った。
立野は、反論した。
「今、業界は人手不足だろう」「前にやったあの企画は、僕がいなけりゃ成功できなかった」
他にも色々詰め寄ったが、無意味だった。
田名井は、いわばこの会社の中心的存在であるため、皆、逆らうことは無かった。
立野も例外ではなく、もう、従う他なかった。
意地でも残ればよかった、と、後悔している。
もう遅い……。
立野が悩んでいるのは、職が無いことでもあり、職が見つからないことでもあった。
この歳になって、雇ってくれるところない。ほとんど門前払いだ。
辛うじて、面接までたどり着くこともあるが、やはり落ちてしまう。
そんな状態が5か月ほど続いている。
車を売ればまだしばらく何とかなるのだが、それよりも職が無いことによる不安が大きい。
金より職が欲しい。
冗談交じりに、そう言った。
そんな立野に、一人の女が話しかけた。
聞かれていたかな、とびっくりしていると、
「何か悩んでいませんか?」
「私が、全部受け止めますよ」
女神の言葉が聞こえた。
ベンチ脇に生える雑草に愚痴を言うよりかは、すっきりしそうだ、と、女神に失礼ながらに思った。
その女神に、言えるだけの愚痴を言った。
田名井に対する恨み、抗えなかった自分の弱さ。すべて吐露した。
すると女神は、柔和な笑顔でこちらを向き、こう話した。
「殺したいほど恨んでいますか?その、田名井っていう人に」
突然のことに、理解が追い付かなかったが、すぐに言葉を咀嚼し、反芻する
・殺したいほど恨んでいますか?その、田名井っていう人に・
女神の真意が読めず、困惑した。
「私が、殺してあげますよ?」
「はあ?どういうことだ」
「野蛮な方法は取りません。あなたの持っている不幸を、田名井になすり付けてやればいいんですよ」
どこかのカルト宗教の教祖のような口ぶりで話すその内容は、意味不明で現実感が無いように思った。
しかし立野は、いつの間にか女神の胸ぐらを掴んで問い詰めていた。
早くしろ。殺せ。田名井を。早く!
と。
唾が飛ぶほど激しく言ったが、女神はひるむ様子もなく「じゃあ、やりましょう」と言い、「田名井に会いに行きましょう」と続けた。
「お、立野じゃないか。元気してるか?」
田名井の声だった。狙いすましたかのようにやってきた。
かけてきた言葉は。リストラを言い渡した相手に対しての挨拶には程遠いものだった。
友達でも親友でも、はたまた、上司と社員の関係でもあるまいに。
女神の口が開く。
「おっと。あなたが田名井さん?」
田名井の口も開く。マンボウみたいな、細々とした口だ。
「そうだけど……貴女は?恋人か何かか?」
お前は話すな。気分が悪くなってくる。
女神はこの忌々しい男の肩を触り、立野の手を握った。
何かするのかと思ったが、何もしなかった。
「立野さん。今日はありがとうございました。さようならです。幸せに」
女神は、田名井を連れてどこかへ行ってしまった。
ふと、不幸は、なすり付けられたのか?と思った。
女神の施しだ。成功したに違いないな。
立野はそう感じた。
女神の施しは成功した。
あの日からの人生は、驚くように好転した。
会社に勤め、嫌っていた「上司」という職に就いた。
女神に感謝せぬ日は無かった。
当たり前だ、と言わんばかりの顔をする立野がここにいる。
ある朝、立野は懐かしきベンチに腰掛けた。
ゴミが置いてあった。
ハンバーガーの包装紙や、ビールの缶、そして昨日の新聞だ。
新聞に目を惹かれたのは、久しぶりに読んでみようか、という気持ちではなく、大人としての義務感に駆られて、という訳でもなく、それは、「おくやみ」欄によるものだった。
ハハッ、と笑ってしまう。
不幸のなすり付けは成功したようだった。
余計に、仕事に力が入る。
立野は、それから1年ほど後、あの時のことを掲示板に書き込んだ。
あまり、他人に面と向かって話したくない話だったので、匿名掲示板なら……という気持ちだ。
皆の食いつきが思いのほかよかった。
しかし、それは意図せぬ盛り上がりを見せていた。
「呪い屋じゃね?」「すご」「今更感凄いけどな」
呪い屋?
女神のことを、そう悪く言うんじゃない。
それこそ、呪われるぞ。
女神は、私の為に殺しを施してくれたのだ。
救いの殺しの女神様だ。
呪い屋なんて、言うな。
職が無いのは本当に辛いことだ、と思った。
ある程度は会社に貢献できていると思っていた。
どうやら、違ったみたいだった。
上司―――[漢字]田名井[/漢字][ふりがな]たない[/ふりがな]の口からリストラを宣告されたときは、悪夢でも見ているのではないか、と疑った。
立野は、反論した。
「今、業界は人手不足だろう」「前にやったあの企画は、僕がいなけりゃ成功できなかった」
他にも色々詰め寄ったが、無意味だった。
田名井は、いわばこの会社の中心的存在であるため、皆、逆らうことは無かった。
立野も例外ではなく、もう、従う他なかった。
意地でも残ればよかった、と、後悔している。
もう遅い……。
立野が悩んでいるのは、職が無いことでもあり、職が見つからないことでもあった。
この歳になって、雇ってくれるところない。ほとんど門前払いだ。
辛うじて、面接までたどり着くこともあるが、やはり落ちてしまう。
そんな状態が5か月ほど続いている。
車を売ればまだしばらく何とかなるのだが、それよりも職が無いことによる不安が大きい。
金より職が欲しい。
冗談交じりに、そう言った。
そんな立野に、一人の女が話しかけた。
聞かれていたかな、とびっくりしていると、
「何か悩んでいませんか?」
「私が、全部受け止めますよ」
女神の言葉が聞こえた。
ベンチ脇に生える雑草に愚痴を言うよりかは、すっきりしそうだ、と、女神に失礼ながらに思った。
その女神に、言えるだけの愚痴を言った。
田名井に対する恨み、抗えなかった自分の弱さ。すべて吐露した。
すると女神は、柔和な笑顔でこちらを向き、こう話した。
「殺したいほど恨んでいますか?その、田名井っていう人に」
突然のことに、理解が追い付かなかったが、すぐに言葉を咀嚼し、反芻する
・殺したいほど恨んでいますか?その、田名井っていう人に・
女神の真意が読めず、困惑した。
「私が、殺してあげますよ?」
「はあ?どういうことだ」
「野蛮な方法は取りません。あなたの持っている不幸を、田名井になすり付けてやればいいんですよ」
どこかのカルト宗教の教祖のような口ぶりで話すその内容は、意味不明で現実感が無いように思った。
しかし立野は、いつの間にか女神の胸ぐらを掴んで問い詰めていた。
早くしろ。殺せ。田名井を。早く!
と。
唾が飛ぶほど激しく言ったが、女神はひるむ様子もなく「じゃあ、やりましょう」と言い、「田名井に会いに行きましょう」と続けた。
「お、立野じゃないか。元気してるか?」
田名井の声だった。狙いすましたかのようにやってきた。
かけてきた言葉は。リストラを言い渡した相手に対しての挨拶には程遠いものだった。
友達でも親友でも、はたまた、上司と社員の関係でもあるまいに。
女神の口が開く。
「おっと。あなたが田名井さん?」
田名井の口も開く。マンボウみたいな、細々とした口だ。
「そうだけど……貴女は?恋人か何かか?」
お前は話すな。気分が悪くなってくる。
女神はこの忌々しい男の肩を触り、立野の手を握った。
何かするのかと思ったが、何もしなかった。
「立野さん。今日はありがとうございました。さようならです。幸せに」
女神は、田名井を連れてどこかへ行ってしまった。
ふと、不幸は、なすり付けられたのか?と思った。
女神の施しだ。成功したに違いないな。
立野はそう感じた。
女神の施しは成功した。
あの日からの人生は、驚くように好転した。
会社に勤め、嫌っていた「上司」という職に就いた。
女神に感謝せぬ日は無かった。
当たり前だ、と言わんばかりの顔をする立野がここにいる。
ある朝、立野は懐かしきベンチに腰掛けた。
ゴミが置いてあった。
ハンバーガーの包装紙や、ビールの缶、そして昨日の新聞だ。
新聞に目を惹かれたのは、久しぶりに読んでみようか、という気持ちではなく、大人としての義務感に駆られて、という訳でもなく、それは、「おくやみ」欄によるものだった。
ハハッ、と笑ってしまう。
不幸のなすり付けは成功したようだった。
余計に、仕事に力が入る。
立野は、それから1年ほど後、あの時のことを掲示板に書き込んだ。
あまり、他人に面と向かって話したくない話だったので、匿名掲示板なら……という気持ちだ。
皆の食いつきが思いのほかよかった。
しかし、それは意図せぬ盛り上がりを見せていた。
「呪い屋じゃね?」「すご」「今更感凄いけどな」
呪い屋?
女神のことを、そう悪く言うんじゃない。
それこそ、呪われるぞ。
女神は、私の為に殺しを施してくれたのだ。
救いの殺しの女神様だ。
呪い屋なんて、言うな。
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