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耳の尖った女に鉄槌を

もう綺麗ごとは沢山だ。轢かれた妹は帰ってこない。死んで花実が咲くものか。異世界転生なんか大嘘だ。
俺は耳の尖ったコスプレ野郎を罵った。とぼけた顔をしても俺には見える。見えているんだ。壁に人の顔を見たり虫の知らせを聞いて育ってきた。死神の魂胆のなんぞお見通しだ。
一気に捲し立てたら背中に翼を生やした奴がシュンとなった。腰はキュッと締まっていて栗毛色の髪が背中まである。見た目は美人だ。しかしこいつはこの世の者じゃねえ。原型を想像したら吐き気を催すような男かもしれない。
とにかく、唯一無二の肉親を奪った奴を許せない。
歩道は血だまりが出来てパトカーや救急車や野次馬が集まってきて大騒ぎになっている。ガードレールに四トン車がめり込んでいて、運転手が事情聴取されている。妹はストレッチャーの上だ。救急車が動く気配はない。何よりこの気色悪い女が降りて来た以上、助からない。俺は罵詈雑言の限りを浴びせた。
「……寿命だったんです」
いけしゃあしゃあとする死神を俺はしかり飛ばした。
「うるせえ。お前がミスったんだろう。故意にな!」
すると女は泣き落とし戦術に出た。
「だって仕方なかったんです」
そう来ると思った。俺のあずかり知らない輪廻転生のシステムがあるんだろう。組織の末端を責めても解決しない。
「どうせ妹は生き返らないんだろ? だったらお節介はやめてくれ。安らかに成仏させてやってくれ」
「困ります!」
死神女は厳しいノルマを課せられているらしく、誰か一人を現世から切り離して人間離れした能力を授けないといけないという。
「だったら俺にチートを授けろ。異世界転生なんてふざけた制度を終わらしてやる!」
彼女は度肝を抜かれたようだ。そしてますます表情を曇らせた。
「そんなことをしたら、何もかもがめちゃくちゃになってしまいます」
「前途有望な若者を問答無用で青田買いするお前たちこそ無茶苦茶だろうが」
俺はトラックの餌食にされた無辜の人々や遺族の怒りを代弁し、最後に飴をぶら下げてみた。
「ノルマから解放ですって?!」
彼女は声を上ずらせたが、あわててトーンを落とした。
「……ここだけの話、私もしんどいんです」
「だろうな。俺と組めば悪いようにしないぜ?」
すると彼女は二つ返事で俺に必要なスキルを与えてくれた。異世界転生なんて馬鹿げた制度を終わらせる方法は簡単だ。魔王だか悪の帝王だか諸悪の根源を一掃すればいい。単純明快な理論だ。
ただ俺の提言はすんなりと通らなかった。彼女が上層部に伝えたところ、かなり揉めたあげく特例措置ということで承認された。
今まで死亡しない異世界転生はレアケースであったものの非常に困難だという。そこを俺は妹の冥福を賭けて熱意で押し切った。やがて転生を司る神々も折れ、俺はめでたく異世界の覇者として七面六臂の活躍をした。
俺がかの「中世ヨーロッパ風」世界で最強勇者として執務開始すると、魑魅魍魎死霊悪魔の類は潮が干すように地獄へ引き揚げていった。ついでに現世に蔓延るもろもろの悪もきれいさっぱり掃除した。そしてあっという間に平和が訪れた。
これを受けて異世界とこの世の本格的な交流が始まった。エルフやドワーフといったファンタジーでおなじみの人種をはじめ、見たこともないような二足歩行生物が街をリアルダンジョンと化した。
「まさか東京オリンピックに異世界の客が入るとは思いもよりませんでしたな」
俺と死神女が赤暖簾で祝杯をあげていると店のオヤジが顔をほころばせた。聞けばつい数日前に金貨の決済に対応したのだという。レジにはクレジット会社だけでなく冒険者ギルドのロゴが記されている。
「おかげさまでトラック運転手も血を見なくて助かります」
カウンター席の男にメテオストライクを喰らわせてやろうとしたら止められた。
「嘉男、ここは剣と魔法の世界じゃないのよ」
「すまなかったな。メリダ」
それで俺と彼女は異世界産の|麦酒《エール》でちびちびやっていた。店の奥には大きな水晶玉が鎮座していて温い環境映像を流している。異国情緒あふれる何処かの市場だ。割烹着のおばさんが角の生えた男に商品を売りつけている。
「まったく最近じゃどこに行ってもこんな有様ですよ。大陸だけじゃなく異界からも人外が大挙して、民家に滞留してても誰も驚かない。ま、五輪後も安泰だし、結構なことですけどね」
オヤジは皿を拭きながら複雑な表情をした。
「そうですよね。文句を言ったら罰が当たりますよ」
俺も同調した。
蝙蝠のケチャップ煮を追加注文しようとした、その時だ。
水晶玉から爆発音が聞こえてきた。映像が切り替わり、立ち込めた煙が垣間見える。
「魔塚市中心部で連続爆発です。店舗や車両が破壊され騒乱状態となっています。死傷者の数やテロの可能性は不明です」
箒に跨った美人が現場上空からリポートしている。カメラが振り返るとオレンジ色の光がビルの谷間に炸裂した。
「おいっ、すげえことになってるぞ」
さっきの運ちゃんがカウンター席から転がり落ちた。彼がぶったまげるのも無理はない。
スマホの画面にトレンドキーワードが表示されている。
#異世界難民
#緊急会見
「どういうことだ?」
俺はマントの内側から自前の水晶玉を取り出した。定番の幻影サイトをいくつかザッピングする。小顔のピクシーや色白肌のエルフといった如何にも善良市民が長テーブルに連なって救済を求めている。
「私たちは命を脅かされています」
「姿形があまりにも違うからと言って虐めないでください」
「どうか助けてください!」
異世界難民の会を名乗るグループは言われない攻撃を受けたとして地獄の魔王に安全保障を要請している。その模様が動画サイトに転載されて爆発的に広まっている。
「そういうことか!」
気づくと俺は灰皿を振り上げていた。さいわい、マスターと運ちゃんに羽交い絞めされ、メリダの額を割らずに済んだ。
「知らなかったの。それに私は無関係よ。本当よ!」
涙ながらに訴える彼女の瞳は澄んでいた。それで俺はいったん矛先を収めることにした。だが、俺が苦心惨憺して築いた平和をぶっ壊す奴は許さない。
日本国政府は態度を硬化させた。炎上商法の限度を超えた悪質なテロには自衛隊の治安出動も含めた強制措置を検討する。そう警告した。
だが周到に用意された工作は発電所や交通網など生活に必要なインフラを次々に麻痺させていった。美術品を装ったソードや宝珠が異世界の珍品として多数輸入されており、魔法の研修に訪れた魔導士が弟子たちを洗脳してそれらを活性化させた。
タガの外れたマジックアイテムがあちこちで効力を発揮し、警察本部や自衛隊基地は使い物にならなくなった。
そして異世界のゲートから無数の翼竜が飛来した。早期警戒機はレーダーを幻惑され、スクランブルした戦闘機は迎撃ミサイルを放つ前に炙られ、イージス艦は魔法の闇に封じ込められた。
そして海の底からリヴァイアサンやクラーケンが護衛艦に襲い掛かる。
「畜生。地獄に撤退すると見せかけて伏兵を潜ませていやがった」
俺は完全に盲点を突かれた。確かにチートの力を借りて地獄を除く全世界(悪魔にも生きる権利はある)から諸悪を滅ぼした。しかし、地球特有の未確認生物(ネッシーや雪男のたぐいだ)は温存しておいた。ロマンスまで葬る必要はない。それが命取りになった。
「伝説上の生き物が狂暴化することぐらい想定しなさいよ」
メリダはまだ俺の側にいるようだ。
「策はあるんだろうな?」
俺が甘い期待を寄せると彼女は冷や水を浴びせた。
「出来るならとっくに退治している。回線を開くわよ」
メリダはずかずかと店の奥に踏み込んでいく。
「おい、何をするんだ? 店を壊す気か」
狼狽えるマスターをよそに彼女はめりめりっと水晶玉を引っぺがした。
「魔王に直談判するのよ!」
彼女が指で宙に魔法陣を描くと地獄の底から怒号が沸き上がった。
呼びたてホヤホヤの魔王はすこぶる機嫌が悪い。
「この俺様を誰だと思って……」
「英雄王ヨシヲじきじきの申し立てよ。ホラ」
俺はメリダに背中を押されて前に出た。
「かくかくしかじかで」
かいつまんで苦情を訴えると魔王は哄笑した。
「ふーはっは! 下等生物どもが本能に従っているまでの事。わざわざこの俺様に教えを乞うまでもなかろう」
いちいち腹の立つ奴だ。俺は念を押した。
「無関係だというのか」
「当然だ。俺が地上の人間をどうしようと勝手だろうが」
「だったら異世界の秩序を乱すのをやめろ」
「断る。お前らこそ俺のシマを荒らすな」
「ふざけるな」
俺は魔王の胸倉を掴んだ。
「俺はな、お前みたいな奴が大嫌いなんだ。だから俺の手で始末する」
「やってみろ。お前如きの力で俺を倒せると思うな」
「やってやるさ」
俺が拳を固めると魔王も応戦してきた。「止めて!」
メリダが割って入った。
「私、貴方のことが好きなの。お願い、殺さないで!」
「な、何を言い出すんだ」
魔王が動揺した隙を突いて俺は間合いを取り、腰に差した剣を抜き放った。「異世界の魔王を成敗する」
「やめてくれ。俺を斬ったらお前の妹は二度と戻らないぞ」
「どういう意味だ」
「俺は異世界の管理者だ。俺を斬れば妹は永久に転生できない」
「嘘をつけ。お前はただの死神だ」
「いや、女神だ」
「どっちだっていい。とにかく斬ってやる」
「待て。話を聞け。今ならまだ間に合う。異世界の平和のために死んでくれ」
「嫌だね。お前を倒して世界を救うのさ」
「そうか、残念だ。では、死ねい」
俺は渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
ところがだ。いくら振り回しても手ごたえがない。
「あれ?」
おかしい。俺は魔王を斬りつけたはずだ。
なのに感触がまるでない。「うっかりしていたな。俺を実体のない影法師だと見抜いていたとは恐れ入る」
「な、なんとぉ」
まんまと一杯喰わされた。
「だが、もう遅い。貴様の魂はすでに俺の手中にある」
「く、糞ったれ」
「さあ、お前も俺の眷属になれ」
「やなこった」
「ならば、強制的に仲間にしてやるまで」
「そんなの、お断り……ん? これは?」
「どうした。何か起きたのか」
「ああ、体が勝手に動きやがる」
「どうやら俺の魔力が通じたらしいな」
「しまった」
「フハハッ、これで俺の勝ちだ」
「畜生。卑怯だぞ」
「勝てば官軍だ。潔く諦めろ」
「やだぁ」
俺は必死に抵抗したが無駄だった。
「おらおら、もっと暴れろ」
「ちくしょう、やめてぇ」
こうして、俺は異世界の魔王の配下に加わった。
「お前は俺のシモベだ。これからは忠実に働いてもらうぞ」
「誰が働くか。俺は妹の仇を討つまでは絶対にあきらめない」
「そうか、では、こうしよう」
魔王は俺の額に手をかざした。
「む、むぅ」
俺は身動きが取れなくなった。「どうだ、動けまい」
「や、やめろ」
「安心しろ。俺の奴隷になれば、お前は無敵になる」
「そんなの信じないぞ」
「試してみるか」
魔王は俺の胸に掌を置いた。「あっ」
全身が燃え上がるような熱に包まれる。俺はその場に崩れ落ちた。
気がつけば、俺は魔王の膝の上に抱かれていた。
俺の体は小さく縮み、顔つきも幼くなっている。
そして、なぜか胸が育っている。
俺は恐怖した。このままじゃ、俺は男でなくなってしまう。
だが、魔王は優しく語りかけた。
俺はお前の味方だ。お前の望みは何でも叶えてやれる。
俺は迷わず答えた。
異世界を滅ぼしてください。魔王は満足げに微笑んだ。
それから半年後、地球は異世界難民によって支配された。
彼らは異世界の珍品を地球の各地にバラ撒いて文明を崩壊させた。
異世界難民は地球上のあらゆる国や組織を支配下に置いた。
魔王は彼らを率いて宇宙に進出した。そして、太陽系に君臨すると、他の惑星を次々と制圧していった。
地球が滅ぶ日は近い。
俺は魔王の玉座の前にひざまづいていた。
彼の足元には、俺が愛用していた剣が置かれている。
彼は言った。「俺の臣下となって、この世界を統べる気はないか」
俺は即答した。
「喜んで従います」
魔王はニヤリと笑うと俺の頭を撫でた。
「よくぞ言ってくれた。褒美に願いを一つだけかなえてやろう」
「それなら、元の姿に戻してほしい」
「よかろう。ただし、条件がある」
「どんなことです?」
「俺の妻になってほしい」
「えっ?」
「駄目か?」
「いえ、とんでもない」
「なら決まりだ。俺と一緒に来てくれるか」
「はい」
俺は差し出された腕にすがりついた。
「嬉しいよ。お前は最高だ」

魔王は俺を抱きしめると唇を奪った。
「俺の女になった以上、お前は一生離さない」
「覚悟しています」
「いい子だ。なら、早速、子供を作ろうか」
「はい」
俺は魔王の伴侶となった。

2023/08/24 11:18

ピロリン酸ナトリウム
ID:≫ 5wxNu5yOkEVg2
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