アカデミア医療棟。白い光が静かに揺れ、雨の音だけが響いていた。ベッドの上で零音は静かに眠っている。青いカーディガンは破れ、喉には包帯が巻かれていた。ユウキはその横に座り、拳を握りしめていた。
(……守れなかった)
扉が静かに開いた。栞と茜が入ってくる。
「……どう?」
栞が小声で尋ねる。ユウキは目を伏せた。
「喉を痛めてる。しばらくは歌えないらしい」
茜が魔導書を抱きしめる。
「……零音さんの低音がなかったら、あの場はもっと酷いことになってた」
栞が静かに言う。
「責めるべきは、あなたじゃないわ」
ユウキは首を振る。
「……俺の固定が遅れた。もっと早く動けていれば……」
「違う」
栞の声が少しだけ強くなる。
「あなた一人で全部背負うのは、間違ってる」
茜も続ける。
「お姉ちゃんの言う通り。……あなたは中心だけど、全部じゃない」
ユウキは言葉を失った。
医療棟の外。夕方の光が傾き、影が長く伸びていた。その端でみやは壁にもたれ、膝を抱えて小さく丸まっていた。
「……僕のせいだよね」
その声は、風に消えそうなほど弱かった。さなは迷わず隣に座り、みやの肩にそっと寄り添う。
「みやセンパイのせいじゃないよ……」
みやは顔を伏せたまま、唇を噛む。
「でも僕、暴走したし……零音ちゃん、守れなかったし……」
言葉を吐き出すたびに、胸の奥の痛みがにじみ出るようだった。自分を責める気持ちが、みやの声を震わせる。
「僕、いらないのかな……」
その呟きは、聞く者の心を締めつけるほどの孤独を帯びていた。さなは勢いよく首を振る。
「そんなことないよ……! みやセンパイの声、すごかったよ……!」
必死に伝えようとするさなの声は、震えていた。みやの痛みがさなにも伝わっているのがわかる。
みやの目から、ぽたりと涙が落ちた。
「すごくなんか、ないよ……」
その涙は、悔しさと無力感の混じった、重い涙だった。
廊下の端。
冷たい蛍光灯の光が、二人の影を細く伸ばしていた。如月は壁にもたれ、肩を震わせていた。普段なら軽く笑ってごまかすはずの彼女が、今日は笑っていない。星羅はその異変に気づき、そっと覗き込む。
「おねーちゃん……?」
呼びかけは小さく、触れれば壊れそうなほど繊細だった。如月はゆっくりと目を伏せ、かすれた声で呟く。
「……ぼく、揺らぎを出しただけですよ」
その言葉は、言い訳でもなく、自己弁護でもない。ただ事実を並べただけの、乾いた響きだった。
星羅は首を振る。
「おねーちゃん、悪くないよ……」
「でも……ぼくの声で、粒子が暴れた」
如月の赤い瞳が揺れ、恐れと後悔が混ざった色を帯びる。自分の力を制御できなかった悔しさと、誰かを傷つけたかもしれない不安が胸の奥で渦巻いているのが伝わった。星羅は迷わず如月の手を握る。
「わたしがいるよ……おねーちゃん」
その声は揺らぎを包み込むように柔らかかった。如月はようやく顔を上げ、微笑む。
けれどその笑みは弱く、今にも消えてしまいそうだった。
音羽は静かに窓の外を見ていた。
「……私の判断が遅れました。雑音を排除できなかった……ごめんなさい」
その時。
「んにゃぁ……?」
零音が目を開けた。ゆっくりと身体を起こし、まだ少し震える指先でユウキの袖をつまむ。
「……ユウキ様。泣いてますよね」
ユウキは息を呑み、視線を逸らした。けれど、胸の奥に溜め込んでいたものが彼女の一言でほどけてしまいそうだった。
「泣いてない。大丈夫だ」
零音は、まるでその言葉の裏側まで見透かすようにそっと微笑んだ。
その笑みは、痛みを抱えながらも誰かを気遣うあの優しい零音そのものだった。
「……大丈夫。私……まだ歌えるから」
「無理するな。お前はもう――」
「無理じゃないんです」
零音はユウキの手を包み込むように握った。
「ユウキ様が困ってるなら……私は歌う。だって……ユウキ様が守ってくれたから、今の私がいるんです」
零音はゆっくりと目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。 その横顔は、まるで決意そのものだった。
「次は私が守る。ユウキ様も、みんなも。私の歌でちゃんと守れるようになりたいから」
その言葉は弱さではなく、確かな覚悟だった。
[水平線]
医療棟の扉が開き、博士が現れた。
「全員、集まれ。――花蝕域が拡大した」
静寂が走る。
「次は……第壱層だ」
誰もが息を潜めて博士の次の言葉を待つ。だが博士はしばらく口を開かなかった。その沈黙が、告げられる未来よりも恐ろしい。
「……第壱層の境界が、予想より早く崩れ始めている。このままでは、三日ももたない」
ざわり、と空気が揺れる。
誰かが小さく息を呑んだ。別の誰かは拳を握りしめ、爪が皮膚に食い込む音が聞こえた気がした。
(三日……?そんな猶予、あっただろうか)
「作戦は後で伝える」
博士はそう言い残し、再び扉の向こうへ消えていった。
残されたのは、湿った空気と胸の奥に沈む重い予感だけだった。
(……守れなかった)
扉が静かに開いた。栞と茜が入ってくる。
「……どう?」
栞が小声で尋ねる。ユウキは目を伏せた。
「喉を痛めてる。しばらくは歌えないらしい」
茜が魔導書を抱きしめる。
「……零音さんの低音がなかったら、あの場はもっと酷いことになってた」
栞が静かに言う。
「責めるべきは、あなたじゃないわ」
ユウキは首を振る。
「……俺の固定が遅れた。もっと早く動けていれば……」
「違う」
栞の声が少しだけ強くなる。
「あなた一人で全部背負うのは、間違ってる」
茜も続ける。
「お姉ちゃんの言う通り。……あなたは中心だけど、全部じゃない」
ユウキは言葉を失った。
医療棟の外。夕方の光が傾き、影が長く伸びていた。その端でみやは壁にもたれ、膝を抱えて小さく丸まっていた。
「……僕のせいだよね」
その声は、風に消えそうなほど弱かった。さなは迷わず隣に座り、みやの肩にそっと寄り添う。
「みやセンパイのせいじゃないよ……」
みやは顔を伏せたまま、唇を噛む。
「でも僕、暴走したし……零音ちゃん、守れなかったし……」
言葉を吐き出すたびに、胸の奥の痛みがにじみ出るようだった。自分を責める気持ちが、みやの声を震わせる。
「僕、いらないのかな……」
その呟きは、聞く者の心を締めつけるほどの孤独を帯びていた。さなは勢いよく首を振る。
「そんなことないよ……! みやセンパイの声、すごかったよ……!」
必死に伝えようとするさなの声は、震えていた。みやの痛みがさなにも伝わっているのがわかる。
みやの目から、ぽたりと涙が落ちた。
「すごくなんか、ないよ……」
その涙は、悔しさと無力感の混じった、重い涙だった。
廊下の端。
冷たい蛍光灯の光が、二人の影を細く伸ばしていた。如月は壁にもたれ、肩を震わせていた。普段なら軽く笑ってごまかすはずの彼女が、今日は笑っていない。星羅はその異変に気づき、そっと覗き込む。
「おねーちゃん……?」
呼びかけは小さく、触れれば壊れそうなほど繊細だった。如月はゆっくりと目を伏せ、かすれた声で呟く。
「……ぼく、揺らぎを出しただけですよ」
その言葉は、言い訳でもなく、自己弁護でもない。ただ事実を並べただけの、乾いた響きだった。
星羅は首を振る。
「おねーちゃん、悪くないよ……」
「でも……ぼくの声で、粒子が暴れた」
如月の赤い瞳が揺れ、恐れと後悔が混ざった色を帯びる。自分の力を制御できなかった悔しさと、誰かを傷つけたかもしれない不安が胸の奥で渦巻いているのが伝わった。星羅は迷わず如月の手を握る。
「わたしがいるよ……おねーちゃん」
その声は揺らぎを包み込むように柔らかかった。如月はようやく顔を上げ、微笑む。
けれどその笑みは弱く、今にも消えてしまいそうだった。
音羽は静かに窓の外を見ていた。
「……私の判断が遅れました。雑音を排除できなかった……ごめんなさい」
その時。
「んにゃぁ……?」
零音が目を開けた。ゆっくりと身体を起こし、まだ少し震える指先でユウキの袖をつまむ。
「……ユウキ様。泣いてますよね」
ユウキは息を呑み、視線を逸らした。けれど、胸の奥に溜め込んでいたものが彼女の一言でほどけてしまいそうだった。
「泣いてない。大丈夫だ」
零音は、まるでその言葉の裏側まで見透かすようにそっと微笑んだ。
その笑みは、痛みを抱えながらも誰かを気遣うあの優しい零音そのものだった。
「……大丈夫。私……まだ歌えるから」
「無理するな。お前はもう――」
「無理じゃないんです」
零音はユウキの手を包み込むように握った。
「ユウキ様が困ってるなら……私は歌う。だって……ユウキ様が守ってくれたから、今の私がいるんです」
零音はゆっくりと目を閉じ、静かに息を吸い込んだ。 その横顔は、まるで決意そのものだった。
「次は私が守る。ユウキ様も、みんなも。私の歌でちゃんと守れるようになりたいから」
その言葉は弱さではなく、確かな覚悟だった。
[水平線]
医療棟の扉が開き、博士が現れた。
「全員、集まれ。――花蝕域が拡大した」
静寂が走る。
「次は……第壱層だ」
誰もが息を潜めて博士の次の言葉を待つ。だが博士はしばらく口を開かなかった。その沈黙が、告げられる未来よりも恐ろしい。
「……第壱層の境界が、予想より早く崩れ始めている。このままでは、三日ももたない」
ざわり、と空気が揺れる。
誰かが小さく息を呑んだ。別の誰かは拳を握りしめ、爪が皮膚に食い込む音が聞こえた気がした。
(三日……?そんな猶予、あっただろうか)
「作戦は後で伝える」
博士はそう言い残し、再び扉の向こうへ消えていった。
残されたのは、湿った空気と胸の奥に沈む重い予感だけだった。