夜の帳が静かに降りると、街は息を潜めた。ネオンの残光すら遠慮がちに瞬き、ビル群は巨大な墓標のように沈黙している。
虎杖悠仁は廃ビルの屋上に立ち、夜風を真正面から受けていた。冷えた風が頬を撫でるたび、胸奥に潜む異質な気配が微かに嗤う。
また、誰かが呪われている。それは直感ではない。体内に棲む“何か”が告げる、確信に近い感覚だった。
慣れたはずだ。このざらつくような違和感にも。他人の絶望が、血流に混じるような不快さにも。
それでも――慣れたくはなかった。
「……行くしかねぇよな」
呟きは風に攫われる。
足元の影が揺らぎ、黒い靄が滲み出す。人の負の情念が凝縮し、澱となって顕現した呪霊。
虎杖は拳を握る。骨が軋むほど強く。
“人外の怪物みたいだ”
そう評されても否定はできない。自分の内側には、確かに怪物が巣食っている。
だが――
「俺は、俺だ」
低く、しかし揺るがぬ声音。呪霊が咆哮し、空気が震える。虎杖は躊躇なく、闇の中心へと飛び込んだ。
[水平線]
戦闘の余韻が、瓦礫の間に残響していた。
虎杖は膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。呪霊を祓ったはずなのに、胸の奥の鈍痛は消えない。
――俺は、何者なんだ。
人間か。
それとも呪いか。
宿儺の器として生きる自分は、いったいどこに立っている。光の側か、闇の縁か。
「……また無茶してる」
背後から届く、抑制の効いた声。振り返らずとも分かる。伏黒恵だ。
「無茶しねぇと、誰かが死ぬんだよ」
言葉は荒いが、そこに嘘はない。
「それでお前が死んだら意味がない」
静かな声音の奥に、焦燥と苛立ちが滲む。
「虎杖。お前は“呪いを祓うための道具”じゃない。自分を切り捨てるな」
胸が、鋭く痛む。“道具ではない”と告げられるほど、自分が空虚になる。
「……でも、俺にはこれしかねぇんだよ」
救える手段があるのなら、差し出すしかない。
それが自分の命だとしても。
伏黒は目を細める。
「それでも、お前は人間だ。その事実を忘れた瞬間、宿儺に呑まれる」
その言葉は、心の奥の脆弱な部分を正確に射抜いた。
息が詰まる。反論できないからこそ、苦しい。
[水平線]
次の任務は、街の中心部に発生した特級呪霊の討伐。二人は並び立つ。
目の前に屹立するそれは、闇そのものが形を得た存在だった。人々の絶望と恐怖が幾層にも折り重なり巨大な意志を持った怪物へと昇華している。
重圧が空気を押し潰す。虎杖は拳を構え、低く呟く。
「……俺は、呪いに呪われた未来なんていらねぇ」
伏黒が横目で見る。
「なら、創れよ。お前の未来を」
一瞬、沈黙。そして虎杖は笑った。
痛みを抱えたまま、それでも前を向く笑み。
「行くぞ、恵」
「おう」
呪霊が咆哮し、世界が軋む。虎杖は胸奥の光を解き放つ。
恐怖も迷いも抱えたまま、それでも一歩を踏み出す。
「俺は――呪いに負けねぇ!」
その叫びは、夜の残滓を切り裂いた。
[水平線]
戦いの後。夜明けが空を淡く染め始める。
虎杖は静かに空を見上げた。
「……俺はまだ、何者にもなれてねぇけどさ」
伏黒が隣に立つ。
「それでいい。お前は“なろうとしてる”」
その言葉は、肯定だった。呪いも、痛みも、消えはしない。自分の中の怪物も、消えることはない。
それでも、前へ進む理由がある。
「俺は、俺の未来を……自分で創る」
決意は静かだったが、確かに揺るがなかった。
その声は、夜明け前の空に溶け込み、新しい一日の光へと変わっていった。
虎杖悠仁は廃ビルの屋上に立ち、夜風を真正面から受けていた。冷えた風が頬を撫でるたび、胸奥に潜む異質な気配が微かに嗤う。
また、誰かが呪われている。それは直感ではない。体内に棲む“何か”が告げる、確信に近い感覚だった。
慣れたはずだ。このざらつくような違和感にも。他人の絶望が、血流に混じるような不快さにも。
それでも――慣れたくはなかった。
「……行くしかねぇよな」
呟きは風に攫われる。
足元の影が揺らぎ、黒い靄が滲み出す。人の負の情念が凝縮し、澱となって顕現した呪霊。
虎杖は拳を握る。骨が軋むほど強く。
“人外の怪物みたいだ”
そう評されても否定はできない。自分の内側には、確かに怪物が巣食っている。
だが――
「俺は、俺だ」
低く、しかし揺るがぬ声音。呪霊が咆哮し、空気が震える。虎杖は躊躇なく、闇の中心へと飛び込んだ。
[水平線]
戦闘の余韻が、瓦礫の間に残響していた。
虎杖は膝に手をつき、荒い呼吸を繰り返す。呪霊を祓ったはずなのに、胸の奥の鈍痛は消えない。
――俺は、何者なんだ。
人間か。
それとも呪いか。
宿儺の器として生きる自分は、いったいどこに立っている。光の側か、闇の縁か。
「……また無茶してる」
背後から届く、抑制の効いた声。振り返らずとも分かる。伏黒恵だ。
「無茶しねぇと、誰かが死ぬんだよ」
言葉は荒いが、そこに嘘はない。
「それでお前が死んだら意味がない」
静かな声音の奥に、焦燥と苛立ちが滲む。
「虎杖。お前は“呪いを祓うための道具”じゃない。自分を切り捨てるな」
胸が、鋭く痛む。“道具ではない”と告げられるほど、自分が空虚になる。
「……でも、俺にはこれしかねぇんだよ」
救える手段があるのなら、差し出すしかない。
それが自分の命だとしても。
伏黒は目を細める。
「それでも、お前は人間だ。その事実を忘れた瞬間、宿儺に呑まれる」
その言葉は、心の奥の脆弱な部分を正確に射抜いた。
息が詰まる。反論できないからこそ、苦しい。
[水平線]
次の任務は、街の中心部に発生した特級呪霊の討伐。二人は並び立つ。
目の前に屹立するそれは、闇そのものが形を得た存在だった。人々の絶望と恐怖が幾層にも折り重なり巨大な意志を持った怪物へと昇華している。
重圧が空気を押し潰す。虎杖は拳を構え、低く呟く。
「……俺は、呪いに呪われた未来なんていらねぇ」
伏黒が横目で見る。
「なら、創れよ。お前の未来を」
一瞬、沈黙。そして虎杖は笑った。
痛みを抱えたまま、それでも前を向く笑み。
「行くぞ、恵」
「おう」
呪霊が咆哮し、世界が軋む。虎杖は胸奥の光を解き放つ。
恐怖も迷いも抱えたまま、それでも一歩を踏み出す。
「俺は――呪いに負けねぇ!」
その叫びは、夜の残滓を切り裂いた。
[水平線]
戦いの後。夜明けが空を淡く染め始める。
虎杖は静かに空を見上げた。
「……俺はまだ、何者にもなれてねぇけどさ」
伏黒が隣に立つ。
「それでいい。お前は“なろうとしてる”」
その言葉は、肯定だった。呪いも、痛みも、消えはしない。自分の中の怪物も、消えることはない。
それでも、前へ進む理由がある。
「俺は、俺の未来を……自分で創る」
決意は静かだったが、確かに揺るがなかった。
その声は、夜明け前の空に溶け込み、新しい一日の光へと変わっていった。