冬の朝は、いつもより世界が静かに感じられる。空気が冷たく澄んでいて、吐く息が白く広がるたびに私は自分がこの街の中でひとりぼっちのような気がしていた。
それでも学校までの道を三人で歩く時間だけは、ほんの少しだけ孤独が薄まる気がした。水と山と並んで歩くその光景は、外から見れば仲の良い友達同士に見えるだろう。
けれど、私はいつも半歩後ろを歩いていた。二人の会話に入り込むタイミングがわからない。笑いのツボも違う。
それでも、三人でいるという事実が、私の心をかろうじて支えていた。
駅の階段を降りたとき、水が振り返った。
「しろしろー、二日酔いってどんな感じだと思う?」
しろしろ。そのあだ名は、最初に水がつけたものだった。リアルでも同じく苗字の前二音を二回繰り返すという単純なものだが、呼ばれるたびに胸が少し温かくなる。
けれど今日は、その声がどこか遠く聞こえた。
私はほんの少しだけ無視した。 構ってほしい気持ちが、ちょっとしたいたずら心になって表れたのだ。
「おーい、しろしろ」
水が笑いながら肩を軽く叩く。 私は「これくらいでいいか」と思い、ゆっくり顔を上げた。
「酒飲んだことないからわからないよ」
そう答えると、水は「えー、どんなかなー。三日前から頭痛くてなあ」と曖昧に笑った。
私は首をかしげる。頭痛と二日酔いの話がどうつながるのか、よくわからなかった。
すると、水が突然言った。
「酒って誰でも飲んだことあるやろ?」
は…?
その言葉は、私の胸に鋭く刺さった。
誰でも?本当に? 水は山に視線を向ける。
「なあ、山?」
「そうねー、梅酒とかねえ」
軽い調子で山が答える。 水は続けて「ノンアルコール飲んでるー。あ、ビール嫌いー」と笑った。
心臓がどくんと跳ねた。だんだんと体の底が冷えていくような感じに襲われる。
「……あんたら、やばいやつだな」
私は震える声でそう言った。軽蔑を含んだ口調になったのは驚きと恐怖と、まさか信頼していた二人が法律違反野郎だと信じることができず置いて行かれたような気持ちが混ざったからだ。
けれど、水は笑って「内緒にしてよ」と言うだけだった。
その瞬間、私は自分がどれだけ二人のことを知らなかったのかを思い知らされた。 隣を並走している車の揺れが、胸の奥のざわつきをさらにかき混ぜる。
教室に着き、私は席に座った瞬間涙がこぼれた。誰にも気づかれないように、袖でそっと拭う。 けれど、涙は止まらなかった。
一時間目の授業が始まっても、先生の声は遠く、黒板の文字はぼやけて見えた。
頭の中では、水と山の言葉が何度も何度も反芻されていた。
――どうして、私だけ知らなかったんだろう。
胸の奥に沈んでいた疑問が、今日になって一気に浮かび上がってきた。
その日の電車で、山が「水んち、近いうちに行くんだ」と話しているのを聞いたのだ。
――また、私だけ呼ばれないんだ。
悔しさと悲しさと、どうしようもない孤独が混ざり合い、気づけば頭の中でひとつの計画が立てられていた。
[水平線]
翌日、私は水に言った。
「私も水んち行きたい。連れてって」
水は少し驚いた顔をしたが、すぐに「いいよ」と笑った。 その笑顔が、私にはどこか薄っぺらく見えた。
そしてその翌日に訪れた、水の家。 リビングに入ると、私はまっすぐ冷蔵庫へ向かった。扉を開けると、ドアポケットには牛乳やジューズ、そして酒並んでいた。
私はそのうちの酒を一本を取り出し、水に差し出した。
「これ飲んでみて」
「え…」
水は受け取らない。私は机越しに身を乗り出し、微笑んだ。
「ねえ。飲んでみてよ。せっかく来たんだから」
水は缶を見つめたまま、指先をぎゅっと握りしめるだけだ。胸の奥に、説明できないざわつきが広がる。
「……いらないけど」
小さく、けれどはっきりとした声だった。
その言葉に、私の中で何かが切れた。
[太字][大文字]「飲めって言ってんだよ!」[/大文字][/太字]
声が震えていた。怒りか、悲しみか、自分でもわからなかった。水は一瞬固まり、次の瞬間ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめん……ごめん、しろしろ……」
その謝罪を聞いた瞬間、私は悟った。
――ああ、やっぱり。
思い返せば、イベントに誘われなかったのはいつも自分だけだった。写真を撮るときも、私だけ少し離れた位置に立たされていた。 気づかないふりをしていたのは、自分だった。
私は次に、ゆっくりと山のほうへ視線を向けた。山は腕を組んだまま水を見下ろしていたが、私と目が合うとわずかに眉をひそめた。
「……山」
その瞬間、山の表情が固まった。 水だけでなく、自分にも火の粉が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。私は缶を山の胸元に押しつけるように差し出した。
「水が飲まないから、山飲んで。それとも、三日前の話はすべてはったりだったわけ?」
山は一歩後ずさった。
「いや、別に私は……」
「なに?」
山は言葉を失い、視線を泳がせた。私は缶を下ろし、二人を見渡す。
「そっか。水も山も、私のこと……最初から、そういう目で見てたんだ。もういいよ。」
私は静かに言った。その声は、どこか冷たく、どこか寂しかった。
[水平線]
その日を境に、私は二人と距離を置いた。廊下ですれ違っても、どうもしない。登校も一人になった。最初は胸が痛んだが、次第にその痛みは薄れていった。
代わりに、静かな朝の空気が私の心を少しずつ満たしていった。誰かに合わせる必要も、無理に笑う必要もない。自分の歩幅で歩けることがこんなにも楽だったのかと気づいた。
ある日の放課後。 夕焼けに染まる校庭を眺めながら、私は小さくつぶやいた。
「もう大丈夫だ」
その声は、誰にも届かなかったけれど、 私自身の心には、しっかりと届いていた。
それでも学校までの道を三人で歩く時間だけは、ほんの少しだけ孤独が薄まる気がした。水と山と並んで歩くその光景は、外から見れば仲の良い友達同士に見えるだろう。
けれど、私はいつも半歩後ろを歩いていた。二人の会話に入り込むタイミングがわからない。笑いのツボも違う。
それでも、三人でいるという事実が、私の心をかろうじて支えていた。
駅の階段を降りたとき、水が振り返った。
「しろしろー、二日酔いってどんな感じだと思う?」
しろしろ。そのあだ名は、最初に水がつけたものだった。リアルでも同じく苗字の前二音を二回繰り返すという単純なものだが、呼ばれるたびに胸が少し温かくなる。
けれど今日は、その声がどこか遠く聞こえた。
私はほんの少しだけ無視した。 構ってほしい気持ちが、ちょっとしたいたずら心になって表れたのだ。
「おーい、しろしろ」
水が笑いながら肩を軽く叩く。 私は「これくらいでいいか」と思い、ゆっくり顔を上げた。
「酒飲んだことないからわからないよ」
そう答えると、水は「えー、どんなかなー。三日前から頭痛くてなあ」と曖昧に笑った。
私は首をかしげる。頭痛と二日酔いの話がどうつながるのか、よくわからなかった。
すると、水が突然言った。
「酒って誰でも飲んだことあるやろ?」
は…?
その言葉は、私の胸に鋭く刺さった。
誰でも?本当に? 水は山に視線を向ける。
「なあ、山?」
「そうねー、梅酒とかねえ」
軽い調子で山が答える。 水は続けて「ノンアルコール飲んでるー。あ、ビール嫌いー」と笑った。
心臓がどくんと跳ねた。だんだんと体の底が冷えていくような感じに襲われる。
「……あんたら、やばいやつだな」
私は震える声でそう言った。軽蔑を含んだ口調になったのは驚きと恐怖と、まさか信頼していた二人が法律違反野郎だと信じることができず置いて行かれたような気持ちが混ざったからだ。
けれど、水は笑って「内緒にしてよ」と言うだけだった。
その瞬間、私は自分がどれだけ二人のことを知らなかったのかを思い知らされた。 隣を並走している車の揺れが、胸の奥のざわつきをさらにかき混ぜる。
教室に着き、私は席に座った瞬間涙がこぼれた。誰にも気づかれないように、袖でそっと拭う。 けれど、涙は止まらなかった。
一時間目の授業が始まっても、先生の声は遠く、黒板の文字はぼやけて見えた。
頭の中では、水と山の言葉が何度も何度も反芻されていた。
――どうして、私だけ知らなかったんだろう。
胸の奥に沈んでいた疑問が、今日になって一気に浮かび上がってきた。
その日の電車で、山が「水んち、近いうちに行くんだ」と話しているのを聞いたのだ。
――また、私だけ呼ばれないんだ。
悔しさと悲しさと、どうしようもない孤独が混ざり合い、気づけば頭の中でひとつの計画が立てられていた。
[水平線]
翌日、私は水に言った。
「私も水んち行きたい。連れてって」
水は少し驚いた顔をしたが、すぐに「いいよ」と笑った。 その笑顔が、私にはどこか薄っぺらく見えた。
そしてその翌日に訪れた、水の家。 リビングに入ると、私はまっすぐ冷蔵庫へ向かった。扉を開けると、ドアポケットには牛乳やジューズ、そして酒並んでいた。
私はそのうちの酒を一本を取り出し、水に差し出した。
「これ飲んでみて」
「え…」
水は受け取らない。私は机越しに身を乗り出し、微笑んだ。
「ねえ。飲んでみてよ。せっかく来たんだから」
水は缶を見つめたまま、指先をぎゅっと握りしめるだけだ。胸の奥に、説明できないざわつきが広がる。
「……いらないけど」
小さく、けれどはっきりとした声だった。
その言葉に、私の中で何かが切れた。
[太字][大文字]「飲めって言ってんだよ!」[/大文字][/太字]
声が震えていた。怒りか、悲しみか、自分でもわからなかった。水は一瞬固まり、次の瞬間ぽろぽろと涙をこぼした。
「ごめん……ごめん、しろしろ……」
その謝罪を聞いた瞬間、私は悟った。
――ああ、やっぱり。
思い返せば、イベントに誘われなかったのはいつも自分だけだった。写真を撮るときも、私だけ少し離れた位置に立たされていた。 気づかないふりをしていたのは、自分だった。
私は次に、ゆっくりと山のほうへ視線を向けた。山は腕を組んだまま水を見下ろしていたが、私と目が合うとわずかに眉をひそめた。
「……山」
その瞬間、山の表情が固まった。 水だけでなく、自分にも火の粉が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。私は缶を山の胸元に押しつけるように差し出した。
「水が飲まないから、山飲んで。それとも、三日前の話はすべてはったりだったわけ?」
山は一歩後ずさった。
「いや、別に私は……」
「なに?」
山は言葉を失い、視線を泳がせた。私は缶を下ろし、二人を見渡す。
「そっか。水も山も、私のこと……最初から、そういう目で見てたんだ。もういいよ。」
私は静かに言った。その声は、どこか冷たく、どこか寂しかった。
[水平線]
その日を境に、私は二人と距離を置いた。廊下ですれ違っても、どうもしない。登校も一人になった。最初は胸が痛んだが、次第にその痛みは薄れていった。
代わりに、静かな朝の空気が私の心を少しずつ満たしていった。誰かに合わせる必要も、無理に笑う必要もない。自分の歩幅で歩けることがこんなにも楽だったのかと気づいた。
ある日の放課後。 夕焼けに染まる校庭を眺めながら、私は小さくつぶやいた。
「もう大丈夫だ」
その声は、誰にも届かなかったけれど、 私自身の心には、しっかりと届いていた。