アストの試練が終わったのは、空がゆっくりと夕焼けに呑み込まれはじめた頃だった。天文塔の高窓に差し込む光は、燃えるような橙から深い紅へと移ろい、石壁に長い影を落としている。
やがて、重く閉ざされていた扉が軋む音を立て、静かに開いた。
薄闇の向こうから、ひとつの影がよろめくように現れる。
「アスト!!」
フィアの声が、張りつめていた空気を裂いた。
駆け寄った彼女は、倒れ込む寸前のアストを抱きとめる。その身体は驚くほど冷たく、けれど確かに、生きている鼓動があった。
アストはかすかに笑う。
「ただいま……フィア」
その声は弱々しかったが、確かな意志を宿していた。リオも、胸の奥に溜め込んでいた息をようやく吐き出す。
「はー……無事でよかったわ。塔の上が黒く光ったときは、ほんまに終わった思たで」
夕焼けの空に、まだかすかな黒い残光が溶け残っている。あれは幻ではなかった。
塔の頂で、何かが確かに目覚めたのだ。
アストは胸に手を当てた。そこにある黒星が、微かに熱を帯びている。
「黒星の記憶を……見たんだ。千年前の戦いを……」
その言葉に、空気が凍りつく。
「千年前……?」
フィアとリオが息を呑む。アストはゆっくりと頷いた。
「黒星は……世界を救ったんだ。異界の影がこの世界を侵食したとき、黒星が“門を閉じて”影を押し返した」
夕焼けが、血の色のように濃くなる。フィアは震える声で言った。
「じゃあ……黒星は災厄なんかじゃ……」
「うん。黒星は“始まりの星”だった。世界を繋ぎ、そして守るための鍵だ」
そのときだった。
背後から、落ち着いた声が静かに響く。
「アスト。君が見たのは記憶の断片に過ぎない。だが――真実に触れるには十分だ」
振り返ると、リュシアンが夕陽を背に立っていた。アストは静かに頷いた。
「黒星は世界を守った。でも……王国はそれを恐れている」
「そうだ」
リュシアンの視線が、結界に包まれた村へと向けられる。
「千年前、黒星は世界を救った。だが同時に――“世界を繋ぐ力”を持つことも知られた。その力は、門を閉じることも、開くこともできる」
空の赤が、ゆっくりと紫へと沈みはじめる。
「王国は恐れたのだ。黒星が再び門を開き、世界同士の争いを招くことを」
アストの胸が、重く軋む。
(救ったのに……恐れられるのか……)
「だから封印の儀を行った。だが星読みの一族は反対した」
フィアがはっとする。
「星読みの一族……この村の?」
「彼らは知っていた。黒星が災厄ではなく、“守護の星”であることを。だから村ごと姿を隠し、結界を張った」
夕闇が深まり、結界が淡く光を帯びる。
まるで村そのものが、星を抱き守っているかのように。
「黒星は帰るべき場所へ戻っただけだ。君がここに来たのは偶然ではない」
アストは胸元を見下ろす。黒星が、静かに脈打っている。
(導かれていた……ずっと)
リオが腕を組む。
「でも王国は、継承者を放っておかへんやろ」
「すでに動き始めている」
リュシアンの声は低い。
「黒星が覚醒する前に、継承者を捕らえ、封じるつもりだ」
アストは拳を握りしめる。
(僕を……封じるために)
だが、胸の奥に灯るものは恐怖だけではなかった。怒りでもない。
それは――決意だった。
「僕は逃げない。黒星の力を、正しく使いたい。誰も傷つけない形で」
フィアとリオが強く手を握る。
「アストならできる。私は信じてる」
「俺もや。お前が選ぶ道なら、最後まで付き合う」
夕焼けは、やがて群青へと沈んでいく。
「ならば――村を出る時だ」
リュシアンの声が、静かな夜に溶ける。
「封印の記録は王都にある。そして、星王アルヴェインに会わねばならない」
王の名が、重く響く。アストは深く息を吸った。
胸の黒星が、ひときわ強く鼓動する。それは恐れではない。
未来を選ぶ者の鼓動だった。
「行こう。王都へ――真実を確かめに」
赤く燃えていた空は、やがて無数の星に塗り替えられていった。
やがて、重く閉ざされていた扉が軋む音を立て、静かに開いた。
薄闇の向こうから、ひとつの影がよろめくように現れる。
「アスト!!」
フィアの声が、張りつめていた空気を裂いた。
駆け寄った彼女は、倒れ込む寸前のアストを抱きとめる。その身体は驚くほど冷たく、けれど確かに、生きている鼓動があった。
アストはかすかに笑う。
「ただいま……フィア」
その声は弱々しかったが、確かな意志を宿していた。リオも、胸の奥に溜め込んでいた息をようやく吐き出す。
「はー……無事でよかったわ。塔の上が黒く光ったときは、ほんまに終わった思たで」
夕焼けの空に、まだかすかな黒い残光が溶け残っている。あれは幻ではなかった。
塔の頂で、何かが確かに目覚めたのだ。
アストは胸に手を当てた。そこにある黒星が、微かに熱を帯びている。
「黒星の記憶を……見たんだ。千年前の戦いを……」
その言葉に、空気が凍りつく。
「千年前……?」
フィアとリオが息を呑む。アストはゆっくりと頷いた。
「黒星は……世界を救ったんだ。異界の影がこの世界を侵食したとき、黒星が“門を閉じて”影を押し返した」
夕焼けが、血の色のように濃くなる。フィアは震える声で言った。
「じゃあ……黒星は災厄なんかじゃ……」
「うん。黒星は“始まりの星”だった。世界を繋ぎ、そして守るための鍵だ」
そのときだった。
背後から、落ち着いた声が静かに響く。
「アスト。君が見たのは記憶の断片に過ぎない。だが――真実に触れるには十分だ」
振り返ると、リュシアンが夕陽を背に立っていた。アストは静かに頷いた。
「黒星は世界を守った。でも……王国はそれを恐れている」
「そうだ」
リュシアンの視線が、結界に包まれた村へと向けられる。
「千年前、黒星は世界を救った。だが同時に――“世界を繋ぐ力”を持つことも知られた。その力は、門を閉じることも、開くこともできる」
空の赤が、ゆっくりと紫へと沈みはじめる。
「王国は恐れたのだ。黒星が再び門を開き、世界同士の争いを招くことを」
アストの胸が、重く軋む。
(救ったのに……恐れられるのか……)
「だから封印の儀を行った。だが星読みの一族は反対した」
フィアがはっとする。
「星読みの一族……この村の?」
「彼らは知っていた。黒星が災厄ではなく、“守護の星”であることを。だから村ごと姿を隠し、結界を張った」
夕闇が深まり、結界が淡く光を帯びる。
まるで村そのものが、星を抱き守っているかのように。
「黒星は帰るべき場所へ戻っただけだ。君がここに来たのは偶然ではない」
アストは胸元を見下ろす。黒星が、静かに脈打っている。
(導かれていた……ずっと)
リオが腕を組む。
「でも王国は、継承者を放っておかへんやろ」
「すでに動き始めている」
リュシアンの声は低い。
「黒星が覚醒する前に、継承者を捕らえ、封じるつもりだ」
アストは拳を握りしめる。
(僕を……封じるために)
だが、胸の奥に灯るものは恐怖だけではなかった。怒りでもない。
それは――決意だった。
「僕は逃げない。黒星の力を、正しく使いたい。誰も傷つけない形で」
フィアとリオが強く手を握る。
「アストならできる。私は信じてる」
「俺もや。お前が選ぶ道なら、最後まで付き合う」
夕焼けは、やがて群青へと沈んでいく。
「ならば――村を出る時だ」
リュシアンの声が、静かな夜に溶ける。
「封印の記録は王都にある。そして、星王アルヴェインに会わねばならない」
王の名が、重く響く。アストは深く息を吸った。
胸の黒星が、ひときわ強く鼓動する。それは恐れではない。
未来を選ぶ者の鼓動だった。
「行こう。王都へ――真実を確かめに」
赤く燃えていた空は、やがて無数の星に塗り替えられていった。