夜の帳が降りると、修道院の鐘楼にだけ、ひときわ強い風が吹きつける。
その風は、まるで何かを拒むように、あるいは何かを閉じ込めるように、冷たく鋭かった。
アストはその風の中、ひとり石畳の上に座り込んでいた。
膝を抱え、胸の奥に沈む黒い痛みを押し込めるように。
――また、やってしまった。
昼間の祈りの時間。
彼の胸に宿る“黒星の欠片”が、突如として脈打った。
光でも闇でもない、星のような輝きが一瞬だけ漏れ、周囲の空気を震わせた。
それだけで、修道士たちは怯えた目を向ける。
「災厄の星だ」「不吉だ」「封じておくべきだ」
そんな声が、アストの耳に刺さるように残っていた。
「アスト、ここにいたのね」
柔らかな声が、冷えた空気を温めるように響いた。
振り返ると、風星の加護を持つ少女――フィアが立っていた。
銀色の髪が夜風に揺れ、淡い光を帯びている。
彼女だけは、アストを恐れなかった。
いや、恐れながらも、そばにいてくれた。
「昼間のこと、気にしてるんでしょ?」
アストは小さくうなずく。
「……僕は、やっぱり危険なんだよ。みんなが言う通りだ。 黒星なんて持って生まれたせいで、迷惑ばかりかけてる」
「違う」
フィアは即座に否定した。
その声は、風のように軽やかで、しかし芯があった。
「アストは危険なんかじゃない。 あの光だって、誰かを傷つけたわけじゃない。 ただ……みんなが知らないだけ。黒星のことも、アストのことも」
「知らないから、怖がるんだよ」
「じゃあ、知ればいいのよ」
フィアは微笑んだ。
その笑顔は、アストの胸の痛みを少しだけ和らげる。
「私が知るよ。アストのことも、黒星のことも。 だから、アストも自分を嫌わないで」
アストは言葉を失った。
フィアの言葉は、いつも彼の心の奥に届く。
――どうして、こんな僕に優しくしてくれるんだろう。
「ねえ、アスト。地下の星図室、また光ってたよ」
「……え?」
「黒星の真名が記されてるっていう古い星図。 あれ、アストが近くにいると反応してる気がするの」
「そんなはず……」
「確かめてみよ。今なら修道士たちも寝てるし」
フィアはいたずらっぽく笑い、アストの手を引いた。 その手は温かく、アストは抵抗できなかった。
[水平線]
ふたりは鐘楼の裏手にある階段を降り、地下へ向かう。
湿った空気と古い石の匂いが漂う薄暗い通路。 その奥に、封じられた星図室がある。
「……光ってる」
扉の隙間から、淡い青白い光が漏れていた。
フィアがそっと扉を押し開ける。
そこには、古代の星々を描いた巨大な星図があった。 無数の線が交差し、星の名が古い文字で刻まれている。
そして、その中心――
黒い星を示す一点が、脈打つように光っていた。
アストが一歩踏み出すと、光はさらに強くなる。
「やっぱり……アストに反応してる」
フィアが息を呑む。
アストは胸の奥がざわつくのを感じた。
黒星の欠片が、星図の光に呼応するように震えている。
「僕……どうなってるんだろう」
「きっと、何か意味があるのよ。 黒星は災厄なんかじゃない。そうでしょ?」
フィアの言葉に、アストは答えられなかった。
ただ、星図の光に吸い寄せられるように手を伸ばす。
その瞬間――
星図全体が眩い光を放ち、風が巻き起こった。
地下室とは思えないほど強い風が、ふたりを包み込む。
「危ない!」
フィアがアストに抱きつき、風から守ろうとする。
だが風はふたりを傷つけることなく、むしろ優しく触れるように流れていく。
光の中で、アストは“声”を聞いた。
――目覚めよ、始まりの星の子。
それは誰の声でもない。 しかし、確かにアストの胸の奥に響いた。
光が収まると、星図の黒星の部分だけが淡く輝き続けていた。
「ねえ……今の、聞こえた?」
フィアが震える声で尋ねる。
アストはゆっくりとうなずいた。
「……僕を呼んでた。黒星が」
ふたりはしばらく言葉を失ったまま、星図を見つめた。
やがて、フィアが小さくつぶやく。
「アスト……ここにいたら、きっと危ない。 修道院は黒星を“封じる”ことしか考えてない。 本当のことを知ろうとしない」
フィアはアストの横顔を見つめた。
その瞳には、迷いのない決意が宿っている。
「だから……一緒に行こう。 黒星の真実を探しに」
アストの胸が熱くなる。
「僕なんかを……?」
「アストじゃなきゃダメなのよ」
フィアは微笑んだ。
「だって、黒星がアストを選んだんだから」
その言葉は、アストの心に深く刻まれた。
――僕は、選ばれた?
恐れられる存在ではなく、 封じられるべき災厄でもなく、 ただの孤独な少年でもなく。
何かの“始まり”として。
アストはゆっくりと立ち上がった。
「……行こう、フィア。
僕は、真実を知りたい」
フィアは嬉しそうにうなずき、アストの手を握った。
こうして、ふたりの旅は始まった。
黒星の真名を求めて。
世界の秘密を紡ぐために。
夜の修道院の鐘が、静かに鳴り響く。
それはまるで、ふたりの旅立ちを告げる合図のようだった。
その風は、まるで何かを拒むように、あるいは何かを閉じ込めるように、冷たく鋭かった。
アストはその風の中、ひとり石畳の上に座り込んでいた。
膝を抱え、胸の奥に沈む黒い痛みを押し込めるように。
――また、やってしまった。
昼間の祈りの時間。
彼の胸に宿る“黒星の欠片”が、突如として脈打った。
光でも闇でもない、星のような輝きが一瞬だけ漏れ、周囲の空気を震わせた。
それだけで、修道士たちは怯えた目を向ける。
「災厄の星だ」「不吉だ」「封じておくべきだ」
そんな声が、アストの耳に刺さるように残っていた。
「アスト、ここにいたのね」
柔らかな声が、冷えた空気を温めるように響いた。
振り返ると、風星の加護を持つ少女――フィアが立っていた。
銀色の髪が夜風に揺れ、淡い光を帯びている。
彼女だけは、アストを恐れなかった。
いや、恐れながらも、そばにいてくれた。
「昼間のこと、気にしてるんでしょ?」
アストは小さくうなずく。
「……僕は、やっぱり危険なんだよ。みんなが言う通りだ。 黒星なんて持って生まれたせいで、迷惑ばかりかけてる」
「違う」
フィアは即座に否定した。
その声は、風のように軽やかで、しかし芯があった。
「アストは危険なんかじゃない。 あの光だって、誰かを傷つけたわけじゃない。 ただ……みんなが知らないだけ。黒星のことも、アストのことも」
「知らないから、怖がるんだよ」
「じゃあ、知ればいいのよ」
フィアは微笑んだ。
その笑顔は、アストの胸の痛みを少しだけ和らげる。
「私が知るよ。アストのことも、黒星のことも。 だから、アストも自分を嫌わないで」
アストは言葉を失った。
フィアの言葉は、いつも彼の心の奥に届く。
――どうして、こんな僕に優しくしてくれるんだろう。
「ねえ、アスト。地下の星図室、また光ってたよ」
「……え?」
「黒星の真名が記されてるっていう古い星図。 あれ、アストが近くにいると反応してる気がするの」
「そんなはず……」
「確かめてみよ。今なら修道士たちも寝てるし」
フィアはいたずらっぽく笑い、アストの手を引いた。 その手は温かく、アストは抵抗できなかった。
[水平線]
ふたりは鐘楼の裏手にある階段を降り、地下へ向かう。
湿った空気と古い石の匂いが漂う薄暗い通路。 その奥に、封じられた星図室がある。
「……光ってる」
扉の隙間から、淡い青白い光が漏れていた。
フィアがそっと扉を押し開ける。
そこには、古代の星々を描いた巨大な星図があった。 無数の線が交差し、星の名が古い文字で刻まれている。
そして、その中心――
黒い星を示す一点が、脈打つように光っていた。
アストが一歩踏み出すと、光はさらに強くなる。
「やっぱり……アストに反応してる」
フィアが息を呑む。
アストは胸の奥がざわつくのを感じた。
黒星の欠片が、星図の光に呼応するように震えている。
「僕……どうなってるんだろう」
「きっと、何か意味があるのよ。 黒星は災厄なんかじゃない。そうでしょ?」
フィアの言葉に、アストは答えられなかった。
ただ、星図の光に吸い寄せられるように手を伸ばす。
その瞬間――
星図全体が眩い光を放ち、風が巻き起こった。
地下室とは思えないほど強い風が、ふたりを包み込む。
「危ない!」
フィアがアストに抱きつき、風から守ろうとする。
だが風はふたりを傷つけることなく、むしろ優しく触れるように流れていく。
光の中で、アストは“声”を聞いた。
――目覚めよ、始まりの星の子。
それは誰の声でもない。 しかし、確かにアストの胸の奥に響いた。
光が収まると、星図の黒星の部分だけが淡く輝き続けていた。
「ねえ……今の、聞こえた?」
フィアが震える声で尋ねる。
アストはゆっくりとうなずいた。
「……僕を呼んでた。黒星が」
ふたりはしばらく言葉を失ったまま、星図を見つめた。
やがて、フィアが小さくつぶやく。
「アスト……ここにいたら、きっと危ない。 修道院は黒星を“封じる”ことしか考えてない。 本当のことを知ろうとしない」
フィアはアストの横顔を見つめた。
その瞳には、迷いのない決意が宿っている。
「だから……一緒に行こう。 黒星の真実を探しに」
アストの胸が熱くなる。
「僕なんかを……?」
「アストじゃなきゃダメなのよ」
フィアは微笑んだ。
「だって、黒星がアストを選んだんだから」
その言葉は、アストの心に深く刻まれた。
――僕は、選ばれた?
恐れられる存在ではなく、 封じられるべき災厄でもなく、 ただの孤独な少年でもなく。
何かの“始まり”として。
アストはゆっくりと立ち上がった。
「……行こう、フィア。
僕は、真実を知りたい」
フィアは嬉しそうにうなずき、アストの手を握った。
こうして、ふたりの旅は始まった。
黒星の真名を求めて。
世界の秘密を紡ぐために。
夜の修道院の鐘が、静かに鳴り響く。
それはまるで、ふたりの旅立ちを告げる合図のようだった。