帰り道、空はまだ明るいのに、夕方特有の色を帯びていた。
自転車のペダルを一定のリズムでこぎながら、私はぼんやりと前だけを見ていた。
特別なことを考えていたわけじゃない。
学校であったことや、これからの宿題のことが、頭の端に浮かんでは消えていくだけだった。
そのとき、歩道の縁石を見た瞬間、急に記憶がひらいた。
――一輪車。
なぜ思い出したのかはわからない。ただその言葉と一緒に、校庭のにおいまでが一気に蘇った。
乾いた砂の匂い。鉄棒の冷たさ。白線がところどころはげた地面。
小学生のころ、休み時間のたびに友達と校庭のすみに集まって、一輪車の練習をしていた。
最初は壁に手をつき、次は友達に背中を支えてもらい、それでも必ず転んだ。
ひざをすりむいて、手のひらが赤くなって、涙が出そうになる日もあった。
それでも、不思議とやめようとは思わなかった。
「さっきより、ちょっと進めたよ」
「今の、惜しかったじゃん」
そんな一言だけで、また挑戦する気になれた。
上手くなることよりも、「できるようになりたい」という気持ちのほうが、ずっと大きかった。
ある日、ふっと手を離して、数メートルだけ進めた瞬間があった。
風が頬に当たり、世界が少し高く見えた。
あのときの胸の高鳴りは、今でもはっきり覚えている。
自転車をこぎながら、私は思う。
あの必死さは、いつから消えたんだろう。
いい年した学生になって、できないことが増えたわけじゃない。
むしろ、できることは増えた。
でも同時に、「失敗したらどう思われるか」とか、「恥ずかしくないか」とか、そんな考えが先に立つようになった。
転ばないように。
目立たないように。
ほどほどに。
いつの間にか、全力で何かにぶつかることを、避けるようになっていた。
自転車を止めて、空を見上げる。
雲の隙間から伸びる光が、あのころの夕焼けと重なった。
ひたむきさは、なくなったわけじゃないのかもしれない。
ただ、使い方を忘れてしまっただけなのかもしれない。
また走り出す。
ペダルを踏む力を、少しだけ強くする。
今すぐ一輪車に戻れるわけじゃない。
でも、何かに本気になることは、きっとまだできる。
転んだら痛いことも、怖いことも、もう知っているけど、それでも。
あのころの自分が、今の私を見たら、何て言うだろう。
たぶん、「もう一回やってみようよ」って、笑う気がする。
その声を胸の奥で聞きながら、私は家までの坂道を上っていった。
自転車のペダルを一定のリズムでこぎながら、私はぼんやりと前だけを見ていた。
特別なことを考えていたわけじゃない。
学校であったことや、これからの宿題のことが、頭の端に浮かんでは消えていくだけだった。
そのとき、歩道の縁石を見た瞬間、急に記憶がひらいた。
――一輪車。
なぜ思い出したのかはわからない。ただその言葉と一緒に、校庭のにおいまでが一気に蘇った。
乾いた砂の匂い。鉄棒の冷たさ。白線がところどころはげた地面。
小学生のころ、休み時間のたびに友達と校庭のすみに集まって、一輪車の練習をしていた。
最初は壁に手をつき、次は友達に背中を支えてもらい、それでも必ず転んだ。
ひざをすりむいて、手のひらが赤くなって、涙が出そうになる日もあった。
それでも、不思議とやめようとは思わなかった。
「さっきより、ちょっと進めたよ」
「今の、惜しかったじゃん」
そんな一言だけで、また挑戦する気になれた。
上手くなることよりも、「できるようになりたい」という気持ちのほうが、ずっと大きかった。
ある日、ふっと手を離して、数メートルだけ進めた瞬間があった。
風が頬に当たり、世界が少し高く見えた。
あのときの胸の高鳴りは、今でもはっきり覚えている。
自転車をこぎながら、私は思う。
あの必死さは、いつから消えたんだろう。
いい年した学生になって、できないことが増えたわけじゃない。
むしろ、できることは増えた。
でも同時に、「失敗したらどう思われるか」とか、「恥ずかしくないか」とか、そんな考えが先に立つようになった。
転ばないように。
目立たないように。
ほどほどに。
いつの間にか、全力で何かにぶつかることを、避けるようになっていた。
自転車を止めて、空を見上げる。
雲の隙間から伸びる光が、あのころの夕焼けと重なった。
ひたむきさは、なくなったわけじゃないのかもしれない。
ただ、使い方を忘れてしまっただけなのかもしれない。
また走り出す。
ペダルを踏む力を、少しだけ強くする。
今すぐ一輪車に戻れるわけじゃない。
でも、何かに本気になることは、きっとまだできる。
転んだら痛いことも、怖いことも、もう知っているけど、それでも。
あのころの自分が、今の私を見たら、何て言うだろう。
たぶん、「もう一回やってみようよ」って、笑う気がする。
その声を胸の奥で聞きながら、私は家までの坂道を上っていった。