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「お早う御座います」
台所に向かうと、既にそこには雅子がいた。
何故だろうか、ちょっとだけ心がぴりついたが、気にしない、気にしない。いつも通りの明るい笑顔をうかべて、おうのはてきぱきと朝餉の用意を手伝い始めた。
甘さと優しさがおうのの長所。自分の心にその言葉を叩きつける。
「昨日の夕餉の鯛は、お昼にしましょうか?」
おうのは雅子に尋ねる。高杉の好物の煮付けにするには、朝餉には間に合わない。
「あぁ、それなら」
雅子は手を止めずに言った。
「昨夜のうちに漬けておいたので、お出ししてくださいな」
また、心がぴりっとした。
「…そうですか。ありがとうございます」
「気分が優れないのですか?」
おうのの声の暗さに気づいたのか、雅子はまだ手を止めずに尋ねた。
「いえ…」
美しくて、強くて、賢くて、気遣いも出来る[漢字]女[/漢字][ふりがな]ひと[/ふりがな]
全て、自分にはないものだ。
妓楼でおうのの美貌を褒める人は、多分外面だけの、愛想笑いをしているおうのしか見ていない。
雅子のような芯のある美しさは持っていないし、何かを跳ね返せるような強さも、武家の教養も、些細な気配りができるような余裕もない。
「私、高杉さんを起こしてきます」
あの日から、気にしないと決めていたのに。
おうのが、彼の寝ている部屋の前まで来ると、中から入れ、という声がした。
「もう、起きてらしたんですね」
「お前、大丈夫か?」
「へ?」
思わず間の抜けた声が出たのは、心の奥ではわかってもらいたかったからなのかもしれない。
高杉は、不意にまじまじとおうのの事を見つめた。
「はぁん、お前お雅のやつに嫉妬したな?」
「し、嫉妬なんてそんな…」
「あいつと比べるんじゃあない。お前にはお前の良さがあるんだから」
思ったよりもありきたりな返答に、おうのは少しがっかりした。
「私の私の良いところって…私、雅子さんみたいに強くて立派な人ではありませんし」
「それが良いんだ」
「はい?」
「あんな気の強い奴とずっと一緒に居てみろ。気後れしちまう事だってあるし」
高杉でもそんなことがあるのか、とおうのは目を見張った。
「それに比べてお前は」
高杉はちょんとおうのの鼻に指先を当てた。
少し、ひんやりしていて、細い人差し指だった。
「なんつうか、こう、守ってやりたくなるような弱さがあるんだよな」
男ってのはな、と高杉は続ける。
「守ってやりたくなるような女が好きなんだ。だからあいつが例外。雅子は雅子でお前に嫉妬しとるんだろうからな。分かったか?」
はい、としかおうのは言えなかった。が、どことなく心が清水で浄化されたような、さっぱりした感覚になった。
高杉には正妻がいる。子供も、ちゃんとした家柄もある。
それでも、彼はおうのを選んでくれたのだ。
「女たらしな人」
おうのが過ぎ去ってから、朝餉を運んできた野村が言った。
「そうか」
それ以上は、二人とも何も言わなかった。
それは二人が男と女だからではなく、単におうのを思い遣っていただけであろう。
野村がいなくなった後、高杉はほんの少しだけ手をつけた膳を押しやった。
「げほっ、げほっ、ごほ」
おうのと野村がいた間、ずっと堪えていた咳が肺を蝕む音がした。
「ぐっ…」
激しい発作に襲われそうになって、高杉は身を縮めた。
あまり大きな音を出すと野村が戻ってくるかもしれないので、下手に咳き込めなかった。
血は懐紙に吐いて戸棚の裏に隠し、ゆっくり呼吸を落ち着かせる。
狭い筐の中の生活に、終焉の時が近づいていた。
台所に向かうと、既にそこには雅子がいた。
何故だろうか、ちょっとだけ心がぴりついたが、気にしない、気にしない。いつも通りの明るい笑顔をうかべて、おうのはてきぱきと朝餉の用意を手伝い始めた。
甘さと優しさがおうのの長所。自分の心にその言葉を叩きつける。
「昨日の夕餉の鯛は、お昼にしましょうか?」
おうのは雅子に尋ねる。高杉の好物の煮付けにするには、朝餉には間に合わない。
「あぁ、それなら」
雅子は手を止めずに言った。
「昨夜のうちに漬けておいたので、お出ししてくださいな」
また、心がぴりっとした。
「…そうですか。ありがとうございます」
「気分が優れないのですか?」
おうのの声の暗さに気づいたのか、雅子はまだ手を止めずに尋ねた。
「いえ…」
美しくて、強くて、賢くて、気遣いも出来る[漢字]女[/漢字][ふりがな]ひと[/ふりがな]
全て、自分にはないものだ。
妓楼でおうのの美貌を褒める人は、多分外面だけの、愛想笑いをしているおうのしか見ていない。
雅子のような芯のある美しさは持っていないし、何かを跳ね返せるような強さも、武家の教養も、些細な気配りができるような余裕もない。
「私、高杉さんを起こしてきます」
あの日から、気にしないと決めていたのに。
おうのが、彼の寝ている部屋の前まで来ると、中から入れ、という声がした。
「もう、起きてらしたんですね」
「お前、大丈夫か?」
「へ?」
思わず間の抜けた声が出たのは、心の奥ではわかってもらいたかったからなのかもしれない。
高杉は、不意にまじまじとおうのの事を見つめた。
「はぁん、お前お雅のやつに嫉妬したな?」
「し、嫉妬なんてそんな…」
「あいつと比べるんじゃあない。お前にはお前の良さがあるんだから」
思ったよりもありきたりな返答に、おうのは少しがっかりした。
「私の私の良いところって…私、雅子さんみたいに強くて立派な人ではありませんし」
「それが良いんだ」
「はい?」
「あんな気の強い奴とずっと一緒に居てみろ。気後れしちまう事だってあるし」
高杉でもそんなことがあるのか、とおうのは目を見張った。
「それに比べてお前は」
高杉はちょんとおうのの鼻に指先を当てた。
少し、ひんやりしていて、細い人差し指だった。
「なんつうか、こう、守ってやりたくなるような弱さがあるんだよな」
男ってのはな、と高杉は続ける。
「守ってやりたくなるような女が好きなんだ。だからあいつが例外。雅子は雅子でお前に嫉妬しとるんだろうからな。分かったか?」
はい、としかおうのは言えなかった。が、どことなく心が清水で浄化されたような、さっぱりした感覚になった。
高杉には正妻がいる。子供も、ちゃんとした家柄もある。
それでも、彼はおうのを選んでくれたのだ。
「女たらしな人」
おうのが過ぎ去ってから、朝餉を運んできた野村が言った。
「そうか」
それ以上は、二人とも何も言わなかった。
それは二人が男と女だからではなく、単におうのを思い遣っていただけであろう。
野村がいなくなった後、高杉はほんの少しだけ手をつけた膳を押しやった。
「げほっ、げほっ、ごほ」
おうのと野村がいた間、ずっと堪えていた咳が肺を蝕む音がした。
「ぐっ…」
激しい発作に襲われそうになって、高杉は身を縮めた。
あまり大きな音を出すと野村が戻ってくるかもしれないので、下手に咳き込めなかった。
血は懐紙に吐いて戸棚の裏に隠し、ゆっくり呼吸を落ち着かせる。
狭い筐の中の生活に、終焉の時が近づいていた。