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「男なら お槍かついでお中間となって ついて行きたや 下関」
そろそろ夜も開けようかという黎明の中、明るく透き通った声が狭い部屋に反響し、ゆるゆると時間が流れていた。
「お国の大事と聞くからは 女ながらも武士の妻 まさかのときにはしめだすき 神功皇后さんの雄々しい姿が 鏡じゃないかいな オーシャリシャリ」
菜種油の行灯に、肌になじむ三味線の音。
部屋には蝶々の模様が入った着物を着た美女と、濃紺の着流しに薄い綿入れを羽織った男。
此の糸ーー愛称はおうのーーと、高杉晋作だった。
「わたしも男だったら、高杉さんの隣で戦っていたのかしら」
「お前をいくさになんぞ出すものか。野村はともかく」
「何度も申しておりますがわたくしは僧です」
野村は忌々しそうにそう言ったが、おうのは微笑み、高杉にはまったく無視をされた。
「野村さん、強そうですよねぇ」
「だからーーー」
「にしても、矢張りそなたは歌がうまいな」
わざとらしく高杉はおうのに話題をふった。
「ふふ、女のたしなみですよ」
彼女は芸妓だったので、家事は下手くそながらも詩歌、琴、碁、舞踊など、花街特有の技術を有していた。
「女なら」
べん、と三味線の弦とともに空気が震え、一筋の光があふれだすかのように、そっときらめいた。
「京の祇園か長門の萩よ 目もと千両で鈴を張る と云うて お国に大事あらば 島田くずして若衆髷 紋付袴に身をやつし 神功皇后さんのはちまき姿が 鑑じゃないかいな」
一息に歌ってから、おうのはしばらく三味線の音にそって身を震わせ、その後ふううと息をついた。
「この唄は、ニ番までなのですか」と、野村が尋ねた。
「三番は聞いたことありませんねぇ、あるのかしら」
「男なら」
今までの透き通った声ではなく、少し嗄れた低い声が朗々とあたりに響き渡った。
目をつむり、薄笑いを浮かべている高杉だった。
「三千世界の烏を死なし 主と朝寝がしてみたい」
野村は高杉の言わんとしていることを理解した。
ないなら作れば良いのだ。
この歌詞には聞き覚えがあった。高杉がおうのに送った詩である。
「酔えば美人の膝枕 冷めりゃ天下を手で握り 咲かす長州 桜花」
なかなかに出来ている、と野村は頭の中で舌を巻いた。
が、不意に高杉は三味線を操る指も、声もぷつりと止めた。
「どうしたのです」
「この先が思いつかん」
そういって、ううんと悩ましげに野村を見つめた。
野村は、ちらりとおうのの方を見た。
彼女は、理想の殿方を夢想する少女の目をしていた。
「高杉晋作さんは」
小さな唇が震え、言葉が紡ぎ出された。
「男の男よ」
おうのと野村の目が合い、ぱっと表情が華やいだ。
ほんの少しだけ、野村も微笑んだ。
「傑いじゃないかいな」
いつの間にか、朝日は地平線の上に顔を出していた。
そろそろ夜も開けようかという黎明の中、明るく透き通った声が狭い部屋に反響し、ゆるゆると時間が流れていた。
「お国の大事と聞くからは 女ながらも武士の妻 まさかのときにはしめだすき 神功皇后さんの雄々しい姿が 鏡じゃないかいな オーシャリシャリ」
菜種油の行灯に、肌になじむ三味線の音。
部屋には蝶々の模様が入った着物を着た美女と、濃紺の着流しに薄い綿入れを羽織った男。
此の糸ーー愛称はおうのーーと、高杉晋作だった。
「わたしも男だったら、高杉さんの隣で戦っていたのかしら」
「お前をいくさになんぞ出すものか。野村はともかく」
「何度も申しておりますがわたくしは僧です」
野村は忌々しそうにそう言ったが、おうのは微笑み、高杉にはまったく無視をされた。
「野村さん、強そうですよねぇ」
「だからーーー」
「にしても、矢張りそなたは歌がうまいな」
わざとらしく高杉はおうのに話題をふった。
「ふふ、女のたしなみですよ」
彼女は芸妓だったので、家事は下手くそながらも詩歌、琴、碁、舞踊など、花街特有の技術を有していた。
「女なら」
べん、と三味線の弦とともに空気が震え、一筋の光があふれだすかのように、そっときらめいた。
「京の祇園か長門の萩よ 目もと千両で鈴を張る と云うて お国に大事あらば 島田くずして若衆髷 紋付袴に身をやつし 神功皇后さんのはちまき姿が 鑑じゃないかいな」
一息に歌ってから、おうのはしばらく三味線の音にそって身を震わせ、その後ふううと息をついた。
「この唄は、ニ番までなのですか」と、野村が尋ねた。
「三番は聞いたことありませんねぇ、あるのかしら」
「男なら」
今までの透き通った声ではなく、少し嗄れた低い声が朗々とあたりに響き渡った。
目をつむり、薄笑いを浮かべている高杉だった。
「三千世界の烏を死なし 主と朝寝がしてみたい」
野村は高杉の言わんとしていることを理解した。
ないなら作れば良いのだ。
この歌詞には聞き覚えがあった。高杉がおうのに送った詩である。
「酔えば美人の膝枕 冷めりゃ天下を手で握り 咲かす長州 桜花」
なかなかに出来ている、と野村は頭の中で舌を巻いた。
が、不意に高杉は三味線を操る指も、声もぷつりと止めた。
「どうしたのです」
「この先が思いつかん」
そういって、ううんと悩ましげに野村を見つめた。
野村は、ちらりとおうのの方を見た。
彼女は、理想の殿方を夢想する少女の目をしていた。
「高杉晋作さんは」
小さな唇が震え、言葉が紡ぎ出された。
「男の男よ」
おうのと野村の目が合い、ぱっと表情が華やいだ。
ほんの少しだけ、野村も微笑んだ。
「傑いじゃないかいな」
いつの間にか、朝日は地平線の上に顔を出していた。