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歴史的史実と一部異なる場合があります。
土方歳三の最後
時は明治二年。場所は箱館。
土方は数え三十五歳、戊辰戦争の終盤。
弁天台場に立て篭もる新撰組の仲間を助けに行く道のり。
ちょうど、一本木関門を通り過ぎようとした時だった。
馬上の土方を、新政府軍の兵が四人、銃と刀を持ち襲って来た。
土方はきゅっと唇を噛む。
起きてしまった事は仕方が無い。
刀を抜いて、手綱を引く。
漆黒の馬がいなないた。
「新撰組副長土方歳三、参る」
飛んできた銃弾を屈んで避け、そのまま和泉守兼定を水平に斬りつける。
一人目の首が宙を飛ぶ。
馬の足が二人目を蹴り飛ばす。
懐に隠していた小銃で三人目の胸を撃つ。
決着は一瞬でついた。
(まだ敵がいる可能性もある)
土方は馬を降りて、まだ息がある二人目に近づいた。
「おい、貴様らは後何人いる?」
「土方…歳三…貴様はもう終わりだ…」
意味深にそう呟き、男は失神した。
「くそっ…」
結局敵についての情報は何一つ得られず、周りに転がる死体がこの場の風景に足されただけだった。
終わりなんて、とっくに悟っていた。
長く生きすぎた。
幕府軍に残された道は二つしかない。
降伏するか玉砕するか。
土方は疲れていた。
(降伏なんぞ、するものか)
そうでないと、死んだ仲間が報われない。
戦死した隊士だけではない。
切腹の命令を受けて果てた者達。
裏切り者として斬られた者達。
報われないのだ。
なんのために殺したのか。
新撰組の血を吐く程厳しい訓練、実践、怒号、命令。
全ては局長近藤勇ではなく土方の口から出された。
試衛館以来の仲間以外からは、土方はとことん嫌われていた。
当たり前だ。
土方がそう仕向けた。
音を立てて刀を鞘におさめる。
土方の視界の角で、何かが光った。
摂州住人赤心沖光。
心の中で、何かが弾ける。
あれは、山南敬助の愛刀だ。
「わたしは貴方が嫌いです」
刀を抜いて土方を正眼に捉えている。
「なぜ…おまえが」
涼しげに山南が微笑む。
山南敬助は切腹して死んだ。
罪は脱走。沖田が馬で追いかけて連れ戻し、立派に切腹した勤王派の一人。
「わたしは貴方が嫌いだ」
鋭い瞳で、口を引き締めて山南が言った。
そう。土方と山南は同じ試衛館出身でありながら馬が合わない事が多々あった。
剣技の流派も違えば思想も違った。
お互い毛嫌いしていた。
二人とも、相手が自分が嫌いなのを、わかりきっていた。
「でも…貴方は常に正しかった」
ふわりと、風が通り、山南の姿はかき消えた。
最後に見た山南は、笑っていた。
(一体なんだったんだ)
土方は再び馬に乗る。
あぶみにしっかりと足を乗せ、顔をいつもの仏頂面に戻す。
ひょいっと木陰から何かがとびだしてきた。
「おいおい、そんなに不機嫌な顔をしていちゃあ、可愛いおなごも逃げてしまうぜ?」
おちゃらけているようで、どこか凛然とした雰囲気を纏う小柄な男。
「藤堂…?」
御陵衛士として新撰組と決裂した旧友、藤堂平助だった。
「なァに驚いてんだ、さっき山南さんにも会ったろ?」
「どういう事だ?」
「俺は後悔してねぇ。新撰組の隊士が俺の額を割っちまったのも、ある意味運命だ。それに…こうなるって覚悟はしてたからな」
にやりと口角を上げる。
質問をはぐらかすような答えに土方は顔を顰めた。
「何が言いたい?」
「新撰組は間違いなく、俺達の居場所だった、ってことさ」
あとはアイツらに任せよー、という軽薄な声を残して、藤堂は走り去っていった。
「疲れてるのか…?」
立て続けに死んだ奴の亡霊に出会うなんて。
(否、あいつらは)
藤堂は山南が来たことを知っていた。
「気づきましたか?」
背後から声が聞こえた。
土方は咄嗟に振り返ると、そこには…。
誰も居なかった。
その代わり、怒声が聞こえて来た。
新政府軍。
先程のような少人数ではなく、数十人の部隊であった。
「函館陸軍奉行並土方歳三は、お前だな」
土方は無言で刀を抜く。
その後は、一瞬だった。
無惨に兵達の死体が重なる。
新撰組は引かない。
狭い路地裏でも、籠城でも、山の中でも、一対一の決闘でも、一対多の乱戦でも戦えるように訓練した。
土方がやった。
「これが…新撰組の威力…」
「そうだ」
「だが、もうお終いだ。援軍が来る」
口から血を吹き出しながら、兵は倒れた。
土方は疲れていた。
過去の仲間に会って、少しだけ心が揺らいでいた。
「落ち着いて下さい、土方さん」
刀から血を滴らせて荒い息をつく土方を、そっと呼ぶ声がした。
「山崎…?」
山崎丞。
新選組きっての敏腕スパイで、池田屋事件では薬師として潜入していた。
そして鳥羽伏見の戦いで重傷を負い、江戸に向かう船の途中で生き絶え、水葬される。
寡黙だが、頼りになる隊士の一人だった。
「土方さん、なんで私たちが来たか、分かりましたか」
「俺は…死ぬのか?」
己が死ぬという記念に、皆でこの世へ見物しに来たのか。
死ぬ。
立派に死ぬのが武士の信条であり使命だ。
だが、土方は違った。
誰にも言っていなかったが、土方は死にたくなかった。
いつも生に自信があったからこそ、幾つもの死戦を潜り抜けて来た。
切腹を命じることの残酷さも、分かった上でやっていた。
自分は生きているという自信。
それが喧嘩師としての土方を保っていた。[漢字][/漢字][ふりがな][/ふりがな]
「死ぬかもしれない。死なないかもしれない。
でも、一つだけ言っておきます。六日後に箱館は陥ちる。榎本武揚は降伏します」
山崎は誰もいない方向を振り返った。
まるで、名前を呼ばれているかのように。
「局長が呼んでいます。では」
袴の袖をひるがえして、山崎は木々の向こうへ消えた。
最後に、山崎が言った。
「想いは永遠に。水葬なんて豪華な事をしてくれて、嬉しかったです」
土方は俯いた。
「とうとう、この日が来たか」
幕府が負けることは、とっくに知っていた。
時代の流れには逆らえない。
新撰組の皆はきっと、己の醜い死に様を見にはるばる黄泉の国からやってきたのだろう。
規則正しい足音が聞こえてくる。
弾の装填される音も。
刀が抜かれる音も。
「これが…俺の運命」
数百の兵が、土方を囲んでいた。
(潔く、死ーー)
「駄目だーーー!!!!」
「っ!?」
堂々たる姿で撃たれようとしていた土方の前に、巨躯が立ちはだかった。
島田[漢字]魁[/漢字][ふりがな]かい[/ふりがな]。
数少ない新撰組の生き残り。
「何命捨てようとしてるんですか!!あなたは鬼の新撰組副長だ!!!」
「俺は…ここで潔い死に様を…」
それが武士の信条。
「違う!!最後まで闘うことが武士だ!!俺たちは諦めてない!!!」
最後まで闘う。
『貴方は常に正しかった』
『新撰組は間違いなく、俺の居場所だった』
『想いは永遠に』
「あなたは鬼の新撰組副長だ!』
違う。
あいつらは、見物なんてしに来たのではない。
“最後の新撰組の戦い”を見るために来たのだ。
「あああああ!!!」
武士としての誇りも信条もなかった。
新撰組として戦い抜く。
気づけば、味方が増えていた。
島田以外の新撰組隊士。
土方が率いていた部隊の隊士。
「副長に続けーーー!!」
その後は、乱戦が続いた。
戦いが終わった時、土方は刀を杖代わりに血まみれで立っていた。
どちらも、多大な犠牲を払った。
周りには刀や銃が散乱している。
どうにか、土方は繋いであった馬に乗った。
連絡を受け、この先にはさらに敵が待っているであろう。
(進まな…ければ)
仲間達の思い出と残された言葉が、今の土方の原動力だった。
最後まで戦い抜く。
空気を切り裂く音がした。
気づけば、視界が横向きになっていた。
撃たれた。
そう気づいた時には、もう遅かった。
じわりと黒地のラシャ服から血が滲み出る。
口の端からも、どす黒い血液が垂れた。
「くそっ…」
もっと闘えたのに…。
まだ、まだ、まだ…。
「土方さん」
そう呼ぶ声を捉えるために、霞む目を無理やりこじ開けて前を向く。
「お…きた?」
江戸で別れた、沖田総司だった。
「土方さん、やっぱり箱館で死んじゃうんですね」
沖田が、悲しそうな笑みを浮かべて土方を見る。
「ぼくの夢に出て来ました。あ、生前の話ですよ?」
(お前も…死んでいるのか)
にっこりと、日がさすような笑みで、沖田が言った。
「お疲れ様です、土方さん」
「嫌だ…まだ、まだこれからなのに」
「土方さんて、意外と頑固ですよね。おーい」
沖田が木々の向こうに手を振る。
わらわらと、浅葱色の羽織を着た男達が寄ってくる。
原田左之助。
井上源三郎。
芹澤鴨や、新見錦も居た。
先ほど会った山南や藤堂や山崎も居た。
皆、居た。
近藤が、進み出て言った。
「ありがとう」
「感謝されるようなこたァしてねぇ…よ」
土方がにぶい顔で否定する。
「ぼくたちは幕末に散る花だった」沖田が言う。
「散る運命だった」芹澤が言う。
「それでも、綺麗に花弁を散らし、誰かの目に留めてくれるよう精一杯闘った」山崎が言う。
「百年後の誰かも、きっと俺たちの話をしてくれる」藤堂が言う。
「官軍の敵だからって存在が消えるわけじゃねぇ」
原田が言う。
「俺たちの想いは永遠だ」
井上が言う。
「俺たちは戦いを何より生き甲斐にしていた。でもこれからは、違う。知性がものをいう時代になるんだ。トシ」
近藤が、土方に笑いかける。
時代に抗えない。
幼馴染の笑顔。
ずっと、隣で守りたかった。
あんな風に死なせるつもりじゃなかった。
「もう良いんだ。やれることは、やった」
力強い近藤の言葉に、土方の頬に涙が伝う。
土方は、死んだ。
そして六日後、函館は政府軍の手に陥ちる。
時は流れ。
斉藤一は、腰に軍刀を差し街中を歩いていた。
島田から土方の死の知らせを受け取った時、斉藤は思った。
自分が新撰組を語り継ぐ。
新撰組の魂は明治の時でも生きているのだ。
と。
同じような事を、永倉新八も思っていた。
いつか明治でさえも終わる日に、次なる時代の人間に新撰組の魂を受け継がなくてはいけない。
百年後に、彼らの思いが届くように。
その後永倉は、大正の時まで生きた。
さらに時は流れ。
一人の少女が下に広がる景色を見つめる。
五稜郭タワー。
星型の城塞に、今はそんな建物が建っていた。
「ねぇ、この人は誰?」
「その人はねーー」
タワーの最上階に、いつも通りの仏頂面の、軍服を着た土方の像がある。
[明朝体]想いは永遠に。[/明朝体]
土方は数え三十五歳、戊辰戦争の終盤。
弁天台場に立て篭もる新撰組の仲間を助けに行く道のり。
ちょうど、一本木関門を通り過ぎようとした時だった。
馬上の土方を、新政府軍の兵が四人、銃と刀を持ち襲って来た。
土方はきゅっと唇を噛む。
起きてしまった事は仕方が無い。
刀を抜いて、手綱を引く。
漆黒の馬がいなないた。
「新撰組副長土方歳三、参る」
飛んできた銃弾を屈んで避け、そのまま和泉守兼定を水平に斬りつける。
一人目の首が宙を飛ぶ。
馬の足が二人目を蹴り飛ばす。
懐に隠していた小銃で三人目の胸を撃つ。
決着は一瞬でついた。
(まだ敵がいる可能性もある)
土方は馬を降りて、まだ息がある二人目に近づいた。
「おい、貴様らは後何人いる?」
「土方…歳三…貴様はもう終わりだ…」
意味深にそう呟き、男は失神した。
「くそっ…」
結局敵についての情報は何一つ得られず、周りに転がる死体がこの場の風景に足されただけだった。
終わりなんて、とっくに悟っていた。
長く生きすぎた。
幕府軍に残された道は二つしかない。
降伏するか玉砕するか。
土方は疲れていた。
(降伏なんぞ、するものか)
そうでないと、死んだ仲間が報われない。
戦死した隊士だけではない。
切腹の命令を受けて果てた者達。
裏切り者として斬られた者達。
報われないのだ。
なんのために殺したのか。
新撰組の血を吐く程厳しい訓練、実践、怒号、命令。
全ては局長近藤勇ではなく土方の口から出された。
試衛館以来の仲間以外からは、土方はとことん嫌われていた。
当たり前だ。
土方がそう仕向けた。
音を立てて刀を鞘におさめる。
土方の視界の角で、何かが光った。
摂州住人赤心沖光。
心の中で、何かが弾ける。
あれは、山南敬助の愛刀だ。
「わたしは貴方が嫌いです」
刀を抜いて土方を正眼に捉えている。
「なぜ…おまえが」
涼しげに山南が微笑む。
山南敬助は切腹して死んだ。
罪は脱走。沖田が馬で追いかけて連れ戻し、立派に切腹した勤王派の一人。
「わたしは貴方が嫌いだ」
鋭い瞳で、口を引き締めて山南が言った。
そう。土方と山南は同じ試衛館出身でありながら馬が合わない事が多々あった。
剣技の流派も違えば思想も違った。
お互い毛嫌いしていた。
二人とも、相手が自分が嫌いなのを、わかりきっていた。
「でも…貴方は常に正しかった」
ふわりと、風が通り、山南の姿はかき消えた。
最後に見た山南は、笑っていた。
(一体なんだったんだ)
土方は再び馬に乗る。
あぶみにしっかりと足を乗せ、顔をいつもの仏頂面に戻す。
ひょいっと木陰から何かがとびだしてきた。
「おいおい、そんなに不機嫌な顔をしていちゃあ、可愛いおなごも逃げてしまうぜ?」
おちゃらけているようで、どこか凛然とした雰囲気を纏う小柄な男。
「藤堂…?」
御陵衛士として新撰組と決裂した旧友、藤堂平助だった。
「なァに驚いてんだ、さっき山南さんにも会ったろ?」
「どういう事だ?」
「俺は後悔してねぇ。新撰組の隊士が俺の額を割っちまったのも、ある意味運命だ。それに…こうなるって覚悟はしてたからな」
にやりと口角を上げる。
質問をはぐらかすような答えに土方は顔を顰めた。
「何が言いたい?」
「新撰組は間違いなく、俺達の居場所だった、ってことさ」
あとはアイツらに任せよー、という軽薄な声を残して、藤堂は走り去っていった。
「疲れてるのか…?」
立て続けに死んだ奴の亡霊に出会うなんて。
(否、あいつらは)
藤堂は山南が来たことを知っていた。
「気づきましたか?」
背後から声が聞こえた。
土方は咄嗟に振り返ると、そこには…。
誰も居なかった。
その代わり、怒声が聞こえて来た。
新政府軍。
先程のような少人数ではなく、数十人の部隊であった。
「函館陸軍奉行並土方歳三は、お前だな」
土方は無言で刀を抜く。
その後は、一瞬だった。
無惨に兵達の死体が重なる。
新撰組は引かない。
狭い路地裏でも、籠城でも、山の中でも、一対一の決闘でも、一対多の乱戦でも戦えるように訓練した。
土方がやった。
「これが…新撰組の威力…」
「そうだ」
「だが、もうお終いだ。援軍が来る」
口から血を吹き出しながら、兵は倒れた。
土方は疲れていた。
過去の仲間に会って、少しだけ心が揺らいでいた。
「落ち着いて下さい、土方さん」
刀から血を滴らせて荒い息をつく土方を、そっと呼ぶ声がした。
「山崎…?」
山崎丞。
新選組きっての敏腕スパイで、池田屋事件では薬師として潜入していた。
そして鳥羽伏見の戦いで重傷を負い、江戸に向かう船の途中で生き絶え、水葬される。
寡黙だが、頼りになる隊士の一人だった。
「土方さん、なんで私たちが来たか、分かりましたか」
「俺は…死ぬのか?」
己が死ぬという記念に、皆でこの世へ見物しに来たのか。
死ぬ。
立派に死ぬのが武士の信条であり使命だ。
だが、土方は違った。
誰にも言っていなかったが、土方は死にたくなかった。
いつも生に自信があったからこそ、幾つもの死戦を潜り抜けて来た。
切腹を命じることの残酷さも、分かった上でやっていた。
自分は生きているという自信。
それが喧嘩師としての土方を保っていた。[漢字][/漢字][ふりがな][/ふりがな]
「死ぬかもしれない。死なないかもしれない。
でも、一つだけ言っておきます。六日後に箱館は陥ちる。榎本武揚は降伏します」
山崎は誰もいない方向を振り返った。
まるで、名前を呼ばれているかのように。
「局長が呼んでいます。では」
袴の袖をひるがえして、山崎は木々の向こうへ消えた。
最後に、山崎が言った。
「想いは永遠に。水葬なんて豪華な事をしてくれて、嬉しかったです」
土方は俯いた。
「とうとう、この日が来たか」
幕府が負けることは、とっくに知っていた。
時代の流れには逆らえない。
新撰組の皆はきっと、己の醜い死に様を見にはるばる黄泉の国からやってきたのだろう。
規則正しい足音が聞こえてくる。
弾の装填される音も。
刀が抜かれる音も。
「これが…俺の運命」
数百の兵が、土方を囲んでいた。
(潔く、死ーー)
「駄目だーーー!!!!」
「っ!?」
堂々たる姿で撃たれようとしていた土方の前に、巨躯が立ちはだかった。
島田[漢字]魁[/漢字][ふりがな]かい[/ふりがな]。
数少ない新撰組の生き残り。
「何命捨てようとしてるんですか!!あなたは鬼の新撰組副長だ!!!」
「俺は…ここで潔い死に様を…」
それが武士の信条。
「違う!!最後まで闘うことが武士だ!!俺たちは諦めてない!!!」
最後まで闘う。
『貴方は常に正しかった』
『新撰組は間違いなく、俺の居場所だった』
『想いは永遠に』
「あなたは鬼の新撰組副長だ!』
違う。
あいつらは、見物なんてしに来たのではない。
“最後の新撰組の戦い”を見るために来たのだ。
「あああああ!!!」
武士としての誇りも信条もなかった。
新撰組として戦い抜く。
気づけば、味方が増えていた。
島田以外の新撰組隊士。
土方が率いていた部隊の隊士。
「副長に続けーーー!!」
その後は、乱戦が続いた。
戦いが終わった時、土方は刀を杖代わりに血まみれで立っていた。
どちらも、多大な犠牲を払った。
周りには刀や銃が散乱している。
どうにか、土方は繋いであった馬に乗った。
連絡を受け、この先にはさらに敵が待っているであろう。
(進まな…ければ)
仲間達の思い出と残された言葉が、今の土方の原動力だった。
最後まで戦い抜く。
空気を切り裂く音がした。
気づけば、視界が横向きになっていた。
撃たれた。
そう気づいた時には、もう遅かった。
じわりと黒地のラシャ服から血が滲み出る。
口の端からも、どす黒い血液が垂れた。
「くそっ…」
もっと闘えたのに…。
まだ、まだ、まだ…。
「土方さん」
そう呼ぶ声を捉えるために、霞む目を無理やりこじ開けて前を向く。
「お…きた?」
江戸で別れた、沖田総司だった。
「土方さん、やっぱり箱館で死んじゃうんですね」
沖田が、悲しそうな笑みを浮かべて土方を見る。
「ぼくの夢に出て来ました。あ、生前の話ですよ?」
(お前も…死んでいるのか)
にっこりと、日がさすような笑みで、沖田が言った。
「お疲れ様です、土方さん」
「嫌だ…まだ、まだこれからなのに」
「土方さんて、意外と頑固ですよね。おーい」
沖田が木々の向こうに手を振る。
わらわらと、浅葱色の羽織を着た男達が寄ってくる。
原田左之助。
井上源三郎。
芹澤鴨や、新見錦も居た。
先ほど会った山南や藤堂や山崎も居た。
皆、居た。
近藤が、進み出て言った。
「ありがとう」
「感謝されるようなこたァしてねぇ…よ」
土方がにぶい顔で否定する。
「ぼくたちは幕末に散る花だった」沖田が言う。
「散る運命だった」芹澤が言う。
「それでも、綺麗に花弁を散らし、誰かの目に留めてくれるよう精一杯闘った」山崎が言う。
「百年後の誰かも、きっと俺たちの話をしてくれる」藤堂が言う。
「官軍の敵だからって存在が消えるわけじゃねぇ」
原田が言う。
「俺たちの想いは永遠だ」
井上が言う。
「俺たちは戦いを何より生き甲斐にしていた。でもこれからは、違う。知性がものをいう時代になるんだ。トシ」
近藤が、土方に笑いかける。
時代に抗えない。
幼馴染の笑顔。
ずっと、隣で守りたかった。
あんな風に死なせるつもりじゃなかった。
「もう良いんだ。やれることは、やった」
力強い近藤の言葉に、土方の頬に涙が伝う。
土方は、死んだ。
そして六日後、函館は政府軍の手に陥ちる。
時は流れ。
斉藤一は、腰に軍刀を差し街中を歩いていた。
島田から土方の死の知らせを受け取った時、斉藤は思った。
自分が新撰組を語り継ぐ。
新撰組の魂は明治の時でも生きているのだ。
と。
同じような事を、永倉新八も思っていた。
いつか明治でさえも終わる日に、次なる時代の人間に新撰組の魂を受け継がなくてはいけない。
百年後に、彼らの思いが届くように。
その後永倉は、大正の時まで生きた。
さらに時は流れ。
一人の少女が下に広がる景色を見つめる。
五稜郭タワー。
星型の城塞に、今はそんな建物が建っていた。
「ねぇ、この人は誰?」
「その人はねーー」
タワーの最上階に、いつも通りの仏頂面の、軍服を着た土方の像がある。
[明朝体]想いは永遠に。[/明朝体]
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