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設定ががばがばです。
高杉の遺体は、吉田村の清水山に葬られるそうだ。
高杉が林邸に来てからずっと使っていた部屋には、天井ほどまである大きな棚がある。
そしてその棚の裏から、大量の血塗れの懐紙が見つかった。
野村はかかりつけの医者にも会った。
彼は、高杉に金を渡されて、病状を偽って報告していたと涙ながらに打ち明けた。
高杉は、ずっとずっと、隠していた。
それが何を意味するのかは_______わからない。
愛用の文机からは、沢山の詩や短歌が書き込まれていた。
気を紛らわすために書いたであろう乱雑な唄や、限界に近い高杉の心が綴られていた。
野村は明るい日差しの陰になった部屋で、一片の藁半紙を見つけた。
そこには、
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
と———。
心の中の声さえも、続かなかった。
日付は、四月一日。
あの夕日を見た時だ。
高杉が死んでから、野村は一粒の涙もこぼせなかったが、今、薄い紙にぼたぼたと水滴が落ちて、まるい跡を作った。
そして、涙声でつぶやいた。
すみなすものは心なりけり、と。
おうのは、高杉の訃報を聞いて泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
おうのは、強くて優しい、高杉が好きだった。
でも、ある時そんな高杉の姿はあっけなく崩れた。
高杉が血を吐いてはこっそり捨てているのを、おうのは見てしまった。
その時の高杉の、絶望ともとれる顔つきも。
「…お前」
「高、杉、さん?」
それから、高杉はおうのに言い聞かせるように、ゆっくりと黙っていてくれまいか、と言った。
なぜその言に従ってしまったのだろう。
黙ったまま、強くて、でも実は強がっている高杉に従って、いつも通り高杉は強いと夢想して。
何がしたかった?
結局、おうのはそのことに耐えられなくなった。
「高杉さん…私、むりです。ありのままの高杉さんを愛したい。でも…」
「おうの」
そんなおうのにも、高杉は笑って優しく答えてくれるのだ。
「…お前は優しいからな。野村にうしろめたくなったんだろう」
違うのかもしれない。
本当は、高杉がどんどん弱っていることから、目を背けたかっただけなのかもしれない。
そして、それを高杉も悟ったのかもしれない。
「ここを出るか?お前一人の居場所くらい、宿でもとって手配してやるが」
愛する人と離れるのは、この上なく辛い。
が、愛する人がもっと遠くに離れてしまうのを見続けるのは、おうのにはもっと辛く感じてしまう。
「…はい」
「高杉さんっ…」
『俺が死んだら、俺の姓を継いでくれないか』
『姓を継ぐ?』
『高杉のほうの名は、俺の息子が継ぐから、谷のほうを』
おうのは、もう遠くに感じてしまった約束を思い出した。
戸棚から小刀を取り出して、すっと頭にあてる。
『わかりました。私、高杉さん以外に、絶対に男の人は作りません』
ばさりと、おうのの長い黒髪が畳の上に落ちた。
「高杉さん、私、約束は守ります」
おうの————出家後の名は、谷梅処。
彼女の人生はここから始まる。
さらにさらに、その後。
谷は、一人の男と向かい合って座っていた。
「野村さんが…」
「ええ」
「わざわざありがとうございます、伊藤さま。お忙しいでしょうに」
伊藤と呼ばれた男は微笑んで、懐から紙切れを一枚、取り出した。
「野村望東尼さんの遺言で…これを谷さんに渡すようにと」
谷は、ゆっくりと香の匂いのする紙を広げる。
そこにはもうすっかり有名になってしまった彼の詩と、
「お前の笑う声が聴きたい」
と、走り書きが裏面にされてあった。
誰かの涙のしみが、今でも丸い跡を作っていた。
谷は、ゆっくりとそれを懐にしまう。
琥珀色の水が頬を伝ったが、谷は気づいていなかった。
高杉が林邸に来てからずっと使っていた部屋には、天井ほどまである大きな棚がある。
そしてその棚の裏から、大量の血塗れの懐紙が見つかった。
野村はかかりつけの医者にも会った。
彼は、高杉に金を渡されて、病状を偽って報告していたと涙ながらに打ち明けた。
高杉は、ずっとずっと、隠していた。
それが何を意味するのかは_______わからない。
愛用の文机からは、沢山の詩や短歌が書き込まれていた。
気を紛らわすために書いたであろう乱雑な唄や、限界に近い高杉の心が綴られていた。
野村は明るい日差しの陰になった部屋で、一片の藁半紙を見つけた。
そこには、
「おもしろきこともなき世をおもしろく」
と———。
心の中の声さえも、続かなかった。
日付は、四月一日。
あの夕日を見た時だ。
高杉が死んでから、野村は一粒の涙もこぼせなかったが、今、薄い紙にぼたぼたと水滴が落ちて、まるい跡を作った。
そして、涙声でつぶやいた。
すみなすものは心なりけり、と。
おうのは、高杉の訃報を聞いて泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
おうのは、強くて優しい、高杉が好きだった。
でも、ある時そんな高杉の姿はあっけなく崩れた。
高杉が血を吐いてはこっそり捨てているのを、おうのは見てしまった。
その時の高杉の、絶望ともとれる顔つきも。
「…お前」
「高、杉、さん?」
それから、高杉はおうのに言い聞かせるように、ゆっくりと黙っていてくれまいか、と言った。
なぜその言に従ってしまったのだろう。
黙ったまま、強くて、でも実は強がっている高杉に従って、いつも通り高杉は強いと夢想して。
何がしたかった?
結局、おうのはそのことに耐えられなくなった。
「高杉さん…私、むりです。ありのままの高杉さんを愛したい。でも…」
「おうの」
そんなおうのにも、高杉は笑って優しく答えてくれるのだ。
「…お前は優しいからな。野村にうしろめたくなったんだろう」
違うのかもしれない。
本当は、高杉がどんどん弱っていることから、目を背けたかっただけなのかもしれない。
そして、それを高杉も悟ったのかもしれない。
「ここを出るか?お前一人の居場所くらい、宿でもとって手配してやるが」
愛する人と離れるのは、この上なく辛い。
が、愛する人がもっと遠くに離れてしまうのを見続けるのは、おうのにはもっと辛く感じてしまう。
「…はい」
「高杉さんっ…」
『俺が死んだら、俺の姓を継いでくれないか』
『姓を継ぐ?』
『高杉のほうの名は、俺の息子が継ぐから、谷のほうを』
おうのは、もう遠くに感じてしまった約束を思い出した。
戸棚から小刀を取り出して、すっと頭にあてる。
『わかりました。私、高杉さん以外に、絶対に男の人は作りません』
ばさりと、おうのの長い黒髪が畳の上に落ちた。
「高杉さん、私、約束は守ります」
おうの————出家後の名は、谷梅処。
彼女の人生はここから始まる。
さらにさらに、その後。
谷は、一人の男と向かい合って座っていた。
「野村さんが…」
「ええ」
「わざわざありがとうございます、伊藤さま。お忙しいでしょうに」
伊藤と呼ばれた男は微笑んで、懐から紙切れを一枚、取り出した。
「野村望東尼さんの遺言で…これを谷さんに渡すようにと」
谷は、ゆっくりと香の匂いのする紙を広げる。
そこにはもうすっかり有名になってしまった彼の詩と、
「お前の笑う声が聴きたい」
と、走り書きが裏面にされてあった。
誰かの涙のしみが、今でも丸い跡を作っていた。
谷は、ゆっくりとそれを懐にしまう。
琥珀色の水が頬を伝ったが、谷は気づいていなかった。