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沖田総司の最期【微訂正版】

「土方さん、ぼくのぶんまで、戦って下さいね」
青白い顔に、それでも微笑みを絶やさず、しかし眼だけは真剣に、沖田はそう言った。
あぁ、と答える土方の瞳は、沖田の頬のこけた顔を直視出来ずに、なんの変哲も無い布団をただただ見つめるばかりだった。
縁側の下で雀が鳴いている。二人の耳にはやけに大きく、はっきりと聞こえた。
まるでお互いの思い出を探し合っているかのように、口をなかば開けたまま、二人は黙った。
数十秒、いや本当は数秒だったのかもしれない。
沈黙の音楽が、二人の間を満たしていた。
「総司」
不意に、土方が言った。
「総司、あのころは、あのころはよかったよなぁ…」
低く、絞り出すようなかすれた声で、土方はつぶやいた。
ぎゅっ、と布団の端を土方が握る。
伏せられた土方の目に涙が浮かび、はらり、と落ちるのを沖田は見た。
そこには、鬼の副長と呼ばれた土方歳三の姿は無く、試衛館で共に打ち合った、喧嘩好きの男の姿でもなく、声をこらえてむせび泣く、剣で結んだ真の仲間の姿だった。
沖田は思いを馳せる。
自分の唯一の居場所であった新撰組。
京のあの屯所に、もう戻る事はできない。
たとえ、自分が共にいられなくとも。
この先二度と会うことが出来なくとも。
それでも。
前に進んで欲しい。
「たとえ敗けるとしても、新撰組はすすむのでしょう?」
目を細めて、口を軽く歪めながら、沖田は言った。
長い付き合いの土方には、沖田が泣くのを堪えているのが分かった。
それがまた、辛かった。
「土方さん。ぼくのぶんまで戦って、生き抜いてくださいね」
「さぁな。もしかすると、お前が死ぬ時にゃおれが三途の川の向こうがわに立ってるかもしれねぇ」
「土方さんはそう簡単に死なないでしょう?」
土方は、死ぬと言う言葉をあえて使わなかった。
(あの鬼の副長に、気を遣わせるなんて)
総司は何だかおかしくなって、目をぐるりと回した。
「冗談はよして下さいよ。これからも、豊玉宗匠として世に残る名句を綴ること、期待していますよ」
(違う意味で世に残りそうだなぁ)
くすりと沖田が涙交じりに嗤うと、土方は不思議そうな顔をした。
「なーァに笑ってんだ」
「ふふふっ、べつに」
それが二人の、最後の会話となった。
沖田は最後まで、自分の痩せ細った体を土方にみせまいと布団に隠し、土方は戦で死んだ仲間達のことを一言も口にしなかった。
沖田は、去ってゆく土方の後ろ姿を笑顔で追う、いつの日かの己の姿を見たような気がした。
みんな、居なくなる。
歴史の流れに抗い、いつの間にか、ここまで来て。
「土方さん?」
不意に、土方の背中がぐにゃりとぼやけ、あたりに闇が這い出した気がした。
そして沖田は、夜の底にうかび上がる星形の城塞を見た。
「総司っ!」
土方が叫ぶ。いつの間にか抜いた和泉守兼定が、空を切る音がした、と思った途端、くるくると弧を描いて地面に突き刺さった。
闇の中に、血飛沫があがる。
沖田はなすすべもなく、その惨劇を見つめた。
「土方さんっ!!!」
自分の声が部屋の中にわんわんと響き、沖田はがばりと体を起こした。
息が荒い。はあはあと言う呼吸音に、ときおりひゅーひゅーと言う肺が限界を迎えた音がする。
(夢、か)
飛び起きたせいで、頭がくらくらした。
汗ばんだ服を整え、乱れた髪をなおしながら、沖田はやれやれと首を横に振る。
正夢だったらどうしようか、と思ったが、縁起が悪いので沖田は考えるのをやめた。
不意にがさり、と人間ではない物音と気配がした。
振り返る。
と、どこから入ってきたのか、真っ黒な猫が沖田の方を見ていた。
なあ、と一声鳴き、ゆらりと尾を振ってーー沖田の視線に気付いたのだろうーー少しだけ空いた襖の隙間から猫は出て行った。
何だ、ただの猫か、と思った沖田は口の中に違和感を感じた。
(鉄の味?)
そう思った時には、もう遅かった。
げぼっ、と喉の奥が鳴る音がして、沖田は布団の上にくの字になり、背を丸めた。激しい発作が襲い、普段にも増して華奢になった体が震える。抑えた手のひらに、べっとりと血がついた。
ひたすらに喉の奥から突き上げる感覚に、沖田の意識は遠のきそうになり、慌てて目を見開く。
ここ最近で一番激しい咳き込みに、もしかすると夢は走馬灯だったのではないかと思った。
必死で意識を繋ぎ止め、不規則なえずきの間に空気を飲み込む。
ようやく発作がおさまった時には、沖田の手と腕は血塗れになっていた。
血を見ると、夢の中の土方を思い出した。
震える手で枕元にあった手拭いを引き寄せ、顔を背けて手を拭く。
土方の血まみれの姿が、脳裏にちらつく。
汚れた布団はそのままにして、沖田は倒れるように眠りに吸い込まれた。
それからは一度も目が覚める事なく、昼過ぎになって沖田は目を覚ました。
外で、小鳥が鳴いている。
「今朝よりは、ましになったかな」
ひとりごちて、ゆっくりと体を起こす。
朝の喀血が嘘のように、沖田の心と肺は澄んでいた。
高い声でさえずる鳥を、沖田は見てみたくなった。
そろそろと足を踏み出してみる。
が、案外沖田の体はしっかりしていた。
少しだけ自信を持って一歩を踏み出す。
そっと障子を開けると、目の前で木の実をつつく小さな小鳥の姿が目に入った。
「やあ、こんな近くに居たのか」
ゆっくりと、語りかけるように小鳥の瞳を見る。
ちちちっ、と甲高い声で小鳥が鳴いた。
(おや?)
小鳥の後ろの茂みが揺れている。
ゆうらりと、黒い影が写った。
否、影ではない。今朝見た、黒猫の漆黒の毛並みであった。
「助けてあげようか」
ゆっくり、驚かせないように部屋へ戻り、行李に仕舞ってあった佩刀、菊一文字を取り出し、急いで庭へ戻った。
今なら斬れる。
そんな気がした。
縁側に足をかけ、気配を消す。
鯉口を切った刀を一気に抜き放つ。
切先が、正確に黒猫の喉を捉えた。
はずだった。
そこで、ぐにゃりと猫の姿がぼやけた。
あの時。土方の後ろ姿がそうなったように。
(土方さんは、函館で…)
血まみれの土方。それが意味することは一つだった。
(駄目だ、想像するな)
自分が、こんな所でふせっている場合ではないのに。
沖田は己の不甲斐なさで身を震わせた。いや、本当は死に近づく震えだったのかもしれない。
ばたんと音を立てて、沖田は縁側に倒れ伏していた。
まだ、やり残した、ことが。
にゃあ、と黒猫が鳴く。ばさばさという慌ただしい羽ばたきの音が聞こえる。
まだ、まだ、新撰組としてーーー。
沖田の顔が歪む。ろくに刀もふれやしないこの体に、怒りが湧く。
頬に生温かいものが滑り落ちる。まるで、最後のぬくもりを己に伝えているかように。
もっと、仲間とーーー。
「総司」
ふわりと、霞む視界に優しげな声が降った。
毎日毎日聴いた、優しくて力強い声。
懐かしい、懐かしい、あの人の。
「トシは平気さ。お前も、よくやったよ」
ここに居るはずのない、近藤勇が、そこには立っていた。
近藤さん。沖田はそう呼びかけようとしたが、声にはならず、涙が溢れた。
やはり、近藤勇は死んでしまっていた。
その事実は、うすうす感じ取っていた。が、顔を背けて希望にしていた。
「俺は…もう死んでるんだ」
近藤が微笑む。
「でも…やることはやったんだ」
やることは、やった。
沖田の心に、近藤の声が染み通る。
やることは、やれたのかな。
ゆっくりと、沖田の顔に微笑が広がる。
抱えたままの菊一文字が、答えるように輝いた気がした。
よく晴れた日だった。
沖田総司は、帰らぬ人となった。

作者メッセージ

微訂正しました!記念すべき一作目なので、愛着もあります。
ご読了ありがとうございました。

2025/11/29 09:23

りゃんりゃん。
ID:≫ 5pplVSwPOVTKw
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捏造設定沖田総司新撰組死ネタ幕末

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