「夜桜姐さん、お客様のお店に参る時間です。支度をするようにと楼主様が仰っています」
夜桜花魁は口紅を差している最中で、手を止めてこちらを見た。
「あら、もうそんな時間なの?」
急がなくちゃね、と言いながら夜桜花魁はパタパタと支度を始めた。
私は夜桜花魁の荷物を持って、店を出た。
「見ろ、舞鶴屋の夜桜の花魁道中だぞ!」
「やっぱり夜桜は別嬪だなぁ。輝いて見えるぜ」
当然だ。
うちの店でも一、二を争うような美貌の夜桜花魁。
夜桜花魁は辛そうな表情を一切見せず、いつも精巧な硝子細工のような顔に自信たっぷりの笑みを携えていた。
同性の私から見ても惚れ惚れするような美人だ。
どこか暗闇を含んだ美しさを持ち合わせていた。
昔聞いた話だが、夜桜花魁はとある花魁に憧れて花魁になろうと決めたらしい。
その花魁の名は、「朝霧」。
まだ幼かった夜桜花魁は、朝霧花魁の花魁道中を目の当たりにし、その美しさに魅了されてしまったのだとか。
夜桜花魁の化粧や着物は、その花魁のものを再現したものらしい。
歩きながら、夜桜花魁の方をちらりと見た。
白粉を塗った顔、赤くぼかした目元、すうっと前を見据える琥珀色の瞳、真っ赤な花弁のような唇。
私の視線に気づくと、にこっとこっそり微笑みかけてくれた。
朝霧花魁に笑いかけてもらった時、夜桜花魁もこんな気持ちだったんだろうか。
ゆっくりと歩きながら、客の店へ向かった。
夜桜花魁が客の相手をしている間、私は暇だったので他の禿とお喋りに花を咲かせていた。
すると、誰かが唐突に朝霧花魁が今どうしているかに関する話を教えてくれた。
曰く、朝霧花魁は最近亡くなってしまったそうだ。
朝霧花魁は梅毒にかかり、若くして亡くなってしまったらしい。
「朝霧花魁、結構な美人だったらしいよ。夜桜花魁は朝霧花魁にそっくりなんだって」
夜桜花魁は朝霧花魁に憧れているというよりかは、"崇めている"と言った方が正しい気がしてならなかった。
夜桜花魁は朝霧花魁が亡くなっているのを知っているようで、遺品のうちの一つのかんざしを無理を言ってもらってきたそうだ。
夜桜花魁はそのかんざしをとても大切にしていて、黒く塗られた箱に入れて鏡台の引き出しにしまっていた。
かんざしは黄金色のべっこうでできたもので、かなりの値段らしい。
夜桜花魁は花魁道中の時にだけ、そのかんざしをつけていた。
それほど特別な物なのだろう。
朝霧花魁の話をする度に、夜桜花魁はうっとりした目で朝霧花魁について話してくれた。
まるで恋する乙女のような目で。
朝霧花魁に対する感情は恋でもなく、憧れでもないのだろう。
崇め、奉り、神のように扱っている。
私は夜桜花魁が異常だとは思っていない。
この華やかで狂った世界にいれば、何かに縋りたくなるのも理解できる。
夜桜花魁はこの世界に堕ちてしまった。
現実と幻想の差に潰れてしまった。
だからこそ、人を引き寄せる仄暗い美しさがあるのだ。
朝霧花魁に対して描いた幻想は、桜のように散ってしまった。
「夜桜」という名は悲しいほどに彼女を表していた。
夜の暗闇に美しく、儚く咲く桜。
まさに、「夜桜花魁」だ。
朝霧花魁も、こんな風に誰かに憧れ、堕ちていったのだろうか。
考えずにはいられなかった。
夜桜花魁は口紅を差している最中で、手を止めてこちらを見た。
「あら、もうそんな時間なの?」
急がなくちゃね、と言いながら夜桜花魁はパタパタと支度を始めた。
私は夜桜花魁の荷物を持って、店を出た。
「見ろ、舞鶴屋の夜桜の花魁道中だぞ!」
「やっぱり夜桜は別嬪だなぁ。輝いて見えるぜ」
当然だ。
うちの店でも一、二を争うような美貌の夜桜花魁。
夜桜花魁は辛そうな表情を一切見せず、いつも精巧な硝子細工のような顔に自信たっぷりの笑みを携えていた。
同性の私から見ても惚れ惚れするような美人だ。
どこか暗闇を含んだ美しさを持ち合わせていた。
昔聞いた話だが、夜桜花魁はとある花魁に憧れて花魁になろうと決めたらしい。
その花魁の名は、「朝霧」。
まだ幼かった夜桜花魁は、朝霧花魁の花魁道中を目の当たりにし、その美しさに魅了されてしまったのだとか。
夜桜花魁の化粧や着物は、その花魁のものを再現したものらしい。
歩きながら、夜桜花魁の方をちらりと見た。
白粉を塗った顔、赤くぼかした目元、すうっと前を見据える琥珀色の瞳、真っ赤な花弁のような唇。
私の視線に気づくと、にこっとこっそり微笑みかけてくれた。
朝霧花魁に笑いかけてもらった時、夜桜花魁もこんな気持ちだったんだろうか。
ゆっくりと歩きながら、客の店へ向かった。
夜桜花魁が客の相手をしている間、私は暇だったので他の禿とお喋りに花を咲かせていた。
すると、誰かが唐突に朝霧花魁が今どうしているかに関する話を教えてくれた。
曰く、朝霧花魁は最近亡くなってしまったそうだ。
朝霧花魁は梅毒にかかり、若くして亡くなってしまったらしい。
「朝霧花魁、結構な美人だったらしいよ。夜桜花魁は朝霧花魁にそっくりなんだって」
夜桜花魁は朝霧花魁に憧れているというよりかは、"崇めている"と言った方が正しい気がしてならなかった。
夜桜花魁は朝霧花魁が亡くなっているのを知っているようで、遺品のうちの一つのかんざしを無理を言ってもらってきたそうだ。
夜桜花魁はそのかんざしをとても大切にしていて、黒く塗られた箱に入れて鏡台の引き出しにしまっていた。
かんざしは黄金色のべっこうでできたもので、かなりの値段らしい。
夜桜花魁は花魁道中の時にだけ、そのかんざしをつけていた。
それほど特別な物なのだろう。
朝霧花魁の話をする度に、夜桜花魁はうっとりした目で朝霧花魁について話してくれた。
まるで恋する乙女のような目で。
朝霧花魁に対する感情は恋でもなく、憧れでもないのだろう。
崇め、奉り、神のように扱っている。
私は夜桜花魁が異常だとは思っていない。
この華やかで狂った世界にいれば、何かに縋りたくなるのも理解できる。
夜桜花魁はこの世界に堕ちてしまった。
現実と幻想の差に潰れてしまった。
だからこそ、人を引き寄せる仄暗い美しさがあるのだ。
朝霧花魁に対して描いた幻想は、桜のように散ってしまった。
「夜桜」という名は悲しいほどに彼女を表していた。
夜の暗闇に美しく、儚く咲く桜。
まさに、「夜桜花魁」だ。
朝霧花魁も、こんな風に誰かに憧れ、堕ちていったのだろうか。
考えずにはいられなかった。