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喫茶店 雫

#5

雫「シズク」のことについて

今日も、この街は静かだ。
静かだけど、常に誰かがいる気配が満ちているのがこの街だ。浮世と別世界の狭間であるこの街だ。



近頃は、生者のお客様が多くこの店に来た。
まだ若そうなお嬢さん、元気の無さそうな顔をした青年、学生のような見た目をした少女、和装の幼い少女。
普通、この場所に生者が迷い込むことは少ないが、「ごく稀にあることだ」とここの住人たちから教えられた。
私はこの永遠に夕暮れが続く街で、喫茶店の店主をしている。

店名は「雫」で、これは亡くなった妻の名前から取っていた。
昔は妻とよくバーに行っていたが、彼女が亡くなってからは一人でバーに行っていた。
妻は生前、「いつか小さな喫茶店を開きたい」と言っていた。
私は妻の願いを叶えるために喫茶店を開いた。

メニューは普通の喫茶店によくあるような洋食や洋菓子などを出していた。
しかし、普通の喫茶店では少し微妙に感じて、来客の記憶に残っているものも提供することにした。
お客様にこのことを伝えると、皆一様に驚いたような表情を浮かべ、「それならば」と言うかのように思い出に残っているものを注文する。

私は客の記憶を頼りに、ご要望のものを作り上げている。
そして、お客様の喜ぶ顔を見て心が温まる。
雫が喫茶店を開きたがった理由も分かる気がした。



この喫茶店にはいわゆる「看板猫」がいる。
綺麗な毛並みの黒猫で、黄金色の瞳をしているから「こがね」と名づけた。

こがねはこの街に来た人たちを案内してここに連れてきているらしく、時々ふらりといなくなっては浮世の人を連れて帰ってくる。
ここに来た人は一様に「黒猫を追ってきた」と口にする。
私は喫茶店に来た人をもてなし、彼、もしくは彼女たちの話を聞く。
皆、まだ若いというのに心に深い闇を抱えていた。
その心の闇を明るく照らすというのも、私の役目なのかもしれない。



「暇だなぁ。こがね、次外に出る時は何か言っておくれよ。急にいなくなるものだから、私も驚くさ」

カウンターの上に手足を丸めて座っているこがねに対し、小言を言う。
こがねは意味を分かっているのかいないのか、月のようにくりくりした目でこちらを見つめている。

ふと、こがねは立ち上がり、外の方を向いて「にゃあ」と鳴くと、軽い足取りで外へ行ってしまった。
私は新たなお客様がいらっしゃるのを見越し、色々と準備を始めた。

カウンターの上に置いた写真の中の雫は、今日もこちらに微笑みかけてくれている。

2024/12/22 21:15

月町 桔梗
ID:≫ 7r5tHLeuz1RfY
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