今日も普段と変わらない。
看護師さん達が廊下をパタパタと走っていく音が部屋にまで聞こえてくる。
この病院には幼い頃から入院していた。
中々治りやすい病ではなくて、まだ赤ん坊の時から私はこの病院で育ってきた。
私はあまり外に出られなかった。
お医者様が外出許可を出してくれないから。
でも、私は時々こっそりと病室を抜け出しては町で遊んでいた。
怒られるけど、外に出ている時間はとても楽しいものだった。
陽の当たる病室の中は退屈で、消毒液の匂いが充満していた。
あの匂いに飽き飽きして、私は今日も病室を抜け出した。
町の中をちょこちょこと歩いていると、足元に黒猫が擦り寄ってきた。
可愛くて、道の端に寄ってしゃがんで猫をまじまじと見てみた。
艶のある綺麗な毛並み。黄金色の瞳。首につけられた小さな鈴。
頭をそうっと撫でてやると、喉をごろごろと鳴らした。
そして、「ついてこい」と言うかのように私の少し前を歩きながら尻尾をゆらゆらさせた。
私が大人しく猫の後をついていくと、急に空が橙色になった。
夕暮れ時のような空で、先ほどまでの青空とは打って変わっていた。
街並みは普段見る光景とは変わらないけど、人がいなくて閑静な感じがした。
猫の後をまたしばらく歩いていると、一軒の喫茶店に辿り着いた。
ここになら誰かしらいるだろうと喫茶店の中に入ると、中には店主らしき初老の男性が立っていた。
「いらっしゃい。空いてる席に座っておくれ」
店内には私と猫、店主の三人(?)しかいなくて、お客さんは誰もいなかった。
私はひとまず窓際の席に座った。
店内ではジャズが流れていて、落ち着いた雰囲気だった。
「あ、あの…。ここはどこなんですか?」
勇気を出して尋ねてみると、店主は快く教えてくれた。
「ここは夕暮街と言ってね、浮世と別世界の狭間と言ったところかな。あの世では無いから安心しておくれ。
ここは夕暮街でも人気な喫茶店でね、普段はこの街にいる者がお客として来てくれるのさ。
時々、君のように人間が迷い込むことも稀にあるんだけどね。
まあ、ここに来たのも何かの縁だ。何か頼んでお行きよ。お代は結構だからね」
少なくとも、私に危害が加わるような場所ではないようなので、私は少し安心した。
店主は私にひょいとメニュー表を渡してくれた。
メニュー表には色々と書いてあったが、その中でも一番私の目を引いたのは、「ババロア」と書かれたものだった。
私は洋菓子等に疎く、お洒落な洋菓子なんてのは全く口にしたことがなかった。
だからこそ、この愛らしい響きのお菓子に惹かれてしまった。
「あ、あの…。ばばろあ?お願いします」と、片言になりながら店主に告げた。
店主は優しく微笑みながら店の奥へ引っ込んでいった。
一瞬、先生達が心配しているだろうかと考えたが、今はこの素敵で不思議な時間を楽しもうと思い直した。
しばし待ち、ババロアがテーブルに置かれた。
真っ白な陶器のお皿にのせられたババロアは柔らかそうで、ほんのり紫がかった色をしていた。
上にはアイスクリンがのっていて、茶色のソースがかかっていた。
スプーンですくってみると、柔らかく揺れて、口に入れてみると、優しげな甘さが広がると同時に苦味のあるソースがよくあっていた。
「美味しい…」
思わずそう呟くと、店主は嬉しそうに笑った。
丁寧に、大切に食べた。
途中で、店主が紅茶を差し出してくれた。
ここで過ごした時間は素敵で、心温まる時だった。
紅茶を飲み終えら私は立ち上がり、店主にお礼を言った。
「またおいで。いつでも待ってるからね」
微笑んでくれた店主の笑顔は、眩しかった。
私は彼に手を振って、店を出た。
扉の上に取り付けられた小さな鈴が、微かな音を立てた。
看護師さん達が廊下をパタパタと走っていく音が部屋にまで聞こえてくる。
この病院には幼い頃から入院していた。
中々治りやすい病ではなくて、まだ赤ん坊の時から私はこの病院で育ってきた。
私はあまり外に出られなかった。
お医者様が外出許可を出してくれないから。
でも、私は時々こっそりと病室を抜け出しては町で遊んでいた。
怒られるけど、外に出ている時間はとても楽しいものだった。
陽の当たる病室の中は退屈で、消毒液の匂いが充満していた。
あの匂いに飽き飽きして、私は今日も病室を抜け出した。
町の中をちょこちょこと歩いていると、足元に黒猫が擦り寄ってきた。
可愛くて、道の端に寄ってしゃがんで猫をまじまじと見てみた。
艶のある綺麗な毛並み。黄金色の瞳。首につけられた小さな鈴。
頭をそうっと撫でてやると、喉をごろごろと鳴らした。
そして、「ついてこい」と言うかのように私の少し前を歩きながら尻尾をゆらゆらさせた。
私が大人しく猫の後をついていくと、急に空が橙色になった。
夕暮れ時のような空で、先ほどまでの青空とは打って変わっていた。
街並みは普段見る光景とは変わらないけど、人がいなくて閑静な感じがした。
猫の後をまたしばらく歩いていると、一軒の喫茶店に辿り着いた。
ここになら誰かしらいるだろうと喫茶店の中に入ると、中には店主らしき初老の男性が立っていた。
「いらっしゃい。空いてる席に座っておくれ」
店内には私と猫、店主の三人(?)しかいなくて、お客さんは誰もいなかった。
私はひとまず窓際の席に座った。
店内ではジャズが流れていて、落ち着いた雰囲気だった。
「あ、あの…。ここはどこなんですか?」
勇気を出して尋ねてみると、店主は快く教えてくれた。
「ここは夕暮街と言ってね、浮世と別世界の狭間と言ったところかな。あの世では無いから安心しておくれ。
ここは夕暮街でも人気な喫茶店でね、普段はこの街にいる者がお客として来てくれるのさ。
時々、君のように人間が迷い込むことも稀にあるんだけどね。
まあ、ここに来たのも何かの縁だ。何か頼んでお行きよ。お代は結構だからね」
少なくとも、私に危害が加わるような場所ではないようなので、私は少し安心した。
店主は私にひょいとメニュー表を渡してくれた。
メニュー表には色々と書いてあったが、その中でも一番私の目を引いたのは、「ババロア」と書かれたものだった。
私は洋菓子等に疎く、お洒落な洋菓子なんてのは全く口にしたことがなかった。
だからこそ、この愛らしい響きのお菓子に惹かれてしまった。
「あ、あの…。ばばろあ?お願いします」と、片言になりながら店主に告げた。
店主は優しく微笑みながら店の奥へ引っ込んでいった。
一瞬、先生達が心配しているだろうかと考えたが、今はこの素敵で不思議な時間を楽しもうと思い直した。
しばし待ち、ババロアがテーブルに置かれた。
真っ白な陶器のお皿にのせられたババロアは柔らかそうで、ほんのり紫がかった色をしていた。
上にはアイスクリンがのっていて、茶色のソースがかかっていた。
スプーンですくってみると、柔らかく揺れて、口に入れてみると、優しげな甘さが広がると同時に苦味のあるソースがよくあっていた。
「美味しい…」
思わずそう呟くと、店主は嬉しそうに笑った。
丁寧に、大切に食べた。
途中で、店主が紅茶を差し出してくれた。
ここで過ごした時間は素敵で、心温まる時だった。
紅茶を飲み終えら私は立ち上がり、店主にお礼を言った。
「またおいで。いつでも待ってるからね」
微笑んでくれた店主の笑顔は、眩しかった。
私は彼に手を振って、店を出た。
扉の上に取り付けられた小さな鈴が、微かな音を立てた。