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喫茶店 雫

#2

零「レイ」の初恋クリームソーダ

「ああ、疲れた…」
とぼとぼとビル街を歩く。
疲れのせいか視界がぼやけて、足取りがおぼつかない。
いつもならがやがやと騒がしい町も、今日はどこか静まり返っていた。
頭がクラクラして、思わずその場に倒れ込みそうになる。

社会人一年目。
就活生の頃は「社会の役に立ちたい!」と明確な目標を持っていたはずなのに、今では理由も分からず働き続けている。
何度も面接に落ちて、やっと入れた会社はブラックで、毎日のように上司に文句を言われ、生きる目的さえも見失った。

……もう消えてしまおうか。
楽になってしまおうか。
そう考えて、せめて自宅へ帰ってからにしようと思い直し、帰宅する足を早めようとした。
すると、目の前に黒猫が現れた。
子供の頃に飼っていた猫にそっくりだった。
金色の目、つやのある黒い毛並み。
そして、首につけられた小さな鈴。
黒猫はしっぽをゆらゆらさせ、スタスタと細い路地に入ってしまった。
なぜだか「猫を追いかけなきゃ」と思い、僕は猫を追いかけた。






黒猫を追いかけていると、急に空が橙色になった。
橙色と紫色が入り混じった空。
とても綺麗で見惚れていたら、「ニャァーン」と、猫の鳴き声がした。
慌てて足元を見ると、あの黒猫が足にすり寄っていた。
可愛くてしゃがんで撫でると、ごろごろとのどを鳴らした。
猫がまた歩き出したので、僕はまた猫についていった。

街並みはどこか明治、大正を思い起こさせるような風景だった。

5分ほど歩いただろうか。
猫が立ち止まり、しっぽを意味ありげにゆらした。
目の前にはレトロな喫茶店が建っていた。
上の方にかけられた看板には「喫茶店 雫」と書かれていた。
どこか懐かしさが込み上げてきて、気づいたら扉に手をかけていた。

中に入ると、少し暗い店内に古臭いジャスが流れていた。
カウンターの方には白髪の混じった初老の男性が立っていて、「おや、お客さんか。いらっしゃい。好きな席にお座りよ」と深みのある声で言ってくれた。
僕は引き寄せられるかのようにカウンター席に腰を下ろした。

「はい。これがメニュー表。ここに載っているものを注文するもよし、記憶にあるものを注文するのもよし」
そう言いながら店主は革のような質感のカバーをつけられたメニューを手渡してきた。

「あの、記憶にあるものを注文するって…?」
僕がおずおずと尋ねると、店主は笑いながら教えてくれた。
「ああ、この喫茶店ではね、記憶に残っているものを注文してくれれば、それを提供することができるんだよ。例えば、"中学生の時に食べたケーキ"といったようにね」
「記憶にあるもの…」
僕はふと、思い出した。




「じゃあ、クリームソーダを、お願いします」
かたことな口調で伝えた。
店主は「少々お待ちを」と言いながらグラスを取り出した。
喫茶店によくあるようなグラス。
そこに緑色のシロップを注いで、氷をたっぷり入れた。
そこにそうっと炭酸水を注ぎ入れて、細いマドラーでゆっくりと下から上へ混ぜた。
小さな冷凍庫からアイスの入った器を取り出し、大きなスプーンでアイスを掬い上げ、ソーダの上にのせた。
そして、シロップ漬けの赤いさくらんぼをのせて、細いスプーンと共にこちらに差し出した。

一口、ソーダとアイスを口に含んでみた。
甘くひんやりとしたアイスと、甘ったるいメロンソーダの味が混ざり合った。
昔の記憶が浮かんできて、涙があふれそうになってしまった。

僕が学生の時、同じクラスに好きな女の子がいた。
その子は僕の初恋の相手だった。
笑顔の素敵な子で、優しかった。
ある日、勇気を出してその子に話しかけた。
「ね、ねぇ。放課後、一緒に勉強しない?て、テテテスト近いし」
変にぎこちなくなってしまって、恥ずかしさで顔が熱くなった。
彼女はきょとんとしていたけど、ニコッと笑って「うん!勉強しよ!零くんって頭よさそうだし、わかんないとこ教えて〜」と言ってくれた。

嬉しくて嬉しくて、その子を僕の大好きな喫茶店に連れて行った。
彼女はココアフロートを、僕はクリームソーダを注文した。
頼んだものが運ばれてきて、二人で自身の頼んだものを飲みながら、教科書を開き、勉強しつつ他愛のない話をしていた。
当時、僕はネットで小説を書いていて、彼女は小説を褒めてくれた。

その喫茶店は少し変わっていて、アイスを大きめのスプーンで掬ってのせていた。


ゆるりと過ぎていく時間。
氷が溶けて、アイスがゆっくり沈んでいく。
そろそろ帰ろうとなって、「またね!」と手を振りながら帰っていった彼女の後ろ姿は、夕焼けに照らされて形容し難いほど美しかった。




店主が言っていた「記憶にあるものを注文するのもよし」という言葉の意味が分かった気がする。
初恋の相手と一緒に過ごした時間。
そこに添えられたもの。
彼女のことを思い出して、「このままではいけない」と思い、心に決めた。
退職して、自分の夢を目指そう。
あの子が褒めてくれた小説を基に、また小説を書こう。
昔からの夢を叶えられるように頑張ろう。



店を出る際、店主に言われた。
「夢、叶うといいねぇ。応援してるよ。ずっとね」
礼を言って、店を出た。

大正モダンを感じさせる街の中を歩き続けると、普段のビル街に戻ってきた。

街灯に照らされる道を歩きながら、帰ったらどんな小説を書こうか考えた。
先ほどの不思議な体験を書いてみようかな。
そんなことを思いながら、軽くなった足取りで帰り道を歩いた。

2024/12/08 11:19

月町 桔梗
ID:≫ 7r5tHLeuz1RfY
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