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喫茶店 雫

#1

愛「アイ」のプリン・アラモード

「はぁぁ〜。疲れたなぁ…」
私はふらふらした足取りで帰り道を歩いていた。
バッグに付けた黒猫のキーホルダーが揺れる。暗闇でラメが反射してキラリと光る。
「全く、あの上司仕事の期限厳しすぎんだよなぁ。あんな大量の仕事二週間で終わるかっつの」
私は悪態をつきながら足を早めた。


ふいに、キーホルダーのチェーンが切れた。
チェーンの切れた黒猫が音を立てて道に落ちる。
そして、狭く暗い路地に滑り込んでしまった。
「うわぁ!やっちゃったなぁ…。でも大事なものだし、探すしか無いよね…。なんでこんなに運悪いのよー!」
騒ぎながら、私は細い路地に足を踏み入れた。




スマホのライトで地面を照らしながらキーホルダーを探す。
「どこに落ちたのかなぁ…。あっ、あった!」
キーホルダーを拾い上げようとすると、黒猫がキーホルダーをくわえて持ち去ってしまった。
「えっ?!ちょっと、返して!」

驚いて声を上げながら猫を追いかける。
しかし、猫は身軽な様子で走って行く。
「まっ、待って…」
息切れしながらひたすら猫を追いかけた。







「はあっ、はあっ…」
私は息を切らしながら顔を上げて猫を探した。
すると、目の前にあの黒猫がいた。
しかし、先程見た猫とは違い、首に金色の鈴をつけていた。
猫は愛の前にキーホルダーを置くと、「ついてこい」と言うように尻尾を振り、歩き始めた。

黒猫の後をついていきながら、私は街の中をキョロキョロと見渡した。
「ここはどこなの?」
大正時代のモダンな雰囲気をまとった街並み、立ち並ぶ古い店、洋風の街灯、そしてオレンジ色の夕方の空。
空を見ていると、私は何故か固まっていた心がほどけていくのを感じた。

「にゃあ」
猫の声に驚き、ピクッと身体を震わせる。
正面を見ると、昭和だった時によく見るようなレトロな喫茶店があった。
古びた看板に、少し汚れがついている窓ガラス。
看板には「喫茶 雫」と書かれていた。

「喫茶店?珍しいなぁ」
そんなことを呟きながら、店のドアを押す。
中に入ると、店内は薄暗く、古臭いジャスが流れていた。
「いらっしゃい」
優しい声が聞こえて、声の方に顔を向けると、そこには白髪の店主であろう男性が立っていた。
「好きなところにお座り」
そう言われるがままに、愛は窓辺のソファ席に座った。
座った瞬間、懐かしさが一気に込み上げてきた。
でも、何故懐かしく感じたのかは分からなかった。

「ご注文は?」
穏やかな口調で尋ねられて、私は思わず「プ、プリン・アラモード、お願いします」と答えた。
そう言った直後、「二十三にもなって恥ずかしい」という感情が湧いてきて、顔が熱くなった。

店主は優しく微笑み、器を取り出した。
銀色の足付きの器にプリンを乗せ、周りに果物を盛り付ける。
プリンにクリームを乗せ、つやのあるチェリーを飾る。
「どうぞ」と優しくテーブルに置かれたスイーツを見て、深く沈んでいたはずの昔の記憶が浮かび上がってきた。



五歳の頃、愛は父親に手を引かれて喫茶店に連れて行ってもらった。
初めて行くところにわくわくして、私はあまり落ち着かなかった。
メニューに書かれた単語を、五歳の私は必死に読んでいた。
「ねえ、これなあに?」と尋ねながら指差したのは、「プリン・アラモード」だった。
父親は、「プリンに色んなフルーツとか飾ったやつだよ」と教えてくれた。
その言葉に興味が湧いてきて、私はそれを頼むことにした。
床につかない足をぶらつかせながら、私は運ばれてきたプリン・アラモードを見つめた。

上にカラメルで光る柔らかい黄色のプリン。
ルビーのように輝くチェリー。
若草のように綺麗な緑のメロン。
太陽のように明るい色をしたオレンジ。
その美しさに感動して、私は宝物を扱うかのようにそのスイーツを食べたのを覚えている。



一口食べるごとに、たくさんの思い出が頭の中を巡った。
全て食べ切ると、私はお会計をするために立ち上がった。
私が何をしようとしているのか察したのか、店主は優しく笑った。
「お代はいらないよ。君の心が癒されたのなら、それが一番のお代だからね。」
その優しい言葉に甘えて、私は「美味しかったです」と言いながら店のドアに手をかけた。



「またおいで。いつでも待ってるからね」
店主は優しく私を送り出してくれた。
私が「ありがとうござ…」と言いかけ、後ろを振り向くと、店はもう無かった。
それどころか、あの街さえもなくなっていて、私の帰り道に立っていた。
私は家に帰る道を歩きながら、「明日も頑張ろう」と思えた。
あの素敵な喫茶店のおかげで。

2024/11/30 23:04

月町 桔梗
ID:≫ 7r5tHLeuz1RfY
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