「やぁ、いらっしゃい」
マスターのしゃがれた声が耳朶を打つ。
しわがれているのに、安心する、懐かしい声。
「今日は大切な日なんじゃないのかい?祝ってあげようか?」
少しおどけたような声に、はっとする。
今日は妻の誕生日だ。何故忘れてしまうんだろう。6月25日。
妻の誕生日で、私たちの結婚記念日。
とても大切な日。
「まさか、忘れていたのかい?まだ若いんだから、物忘れをするほどの年じゃないだろう。とは言っても、もう43か…ふふふ」
何が面白いのか、一人で笑っているマスターを横目に、私は何を注文しようか考えていた。
「マスター、愛に関するカクテルはあるか?」
自分でも気づかぬうちに、そう尋ねていた。
「愛?愛に関するカクテル言葉を持つカクテルはたくさんある。私が選んでもいいのかな?」
「ああ、お願いするよ」
私が小さな声でそう答えると、マスターはカシスリキュール、桜桃から作られるブランデーのキルシュワッサー、ソーダをグラスに入れ、軽くステアしてから私の方に差し出してきた。
一口飲んでみるとカシスの濃厚なベリーの味が広がり、キルシュワッサーのものであろう桜桃の風味と混ざり合って上品な味わいだった。
マスターは「これはキルシュカシスと呼ばれるカクテルでね。カクテル言葉は"愛の芽生え"だ。二人の愛が芽生えた今日にはぴったりなカクテルだろう?」と説明してくれた。
愛の芽生え。
確かに、今日は私と妻の結婚記念日だが、今日を愛の芽生えと言うのは少し語弊があった。
正確には、私と妻の間に愛が芽生えたのは「5月9日」だった。
私たちが出会って、恋に落ちた日。
だが、マスターの自身ありげな表情を前に、わざわざ訂正する気にもなれず、今日を愛が芽生えた日としておこうと決めた。
「それにしても、結婚記念日にこのカクテルを出してくれるだなんて、随分とロマンチックなことをするな。てっきりマスターはそういったロマンチックとか恋愛とかには無関心だと思っていたよ」
私が何気なくそう言うと、マスターは少し驚いたような表情を浮かべ、「おや、私は愛の話は聞くのも話すのも好きだぞ?愛は素晴らしいものだよ。百合のように美しく、ガラスのように儚いものだからね」と楽しげに語った。
私には愛の美しさや儚さがあまり理解できていなかった。
「愛、か…」
意味もなく呟くと、グラスを拭いていたマスターはこちらに目を向け、「どうかしたのかい?」と尋ねてきた。
私は、先ほど抱いた疑問の答えを聞くため、「さっき、愛は美しく儚いものだと言っていただろう。それは一体どういう意味なんだ?いまいち理解ができなくてね」と返答すると、マスターは「私の言い方が悪かったね。"愛は儚いから美しい"と言った方が正しいかな」と言った。
儚いから美しい。
私は脳内でその言葉を反芻した。
私の中では、儚さと美しさは無関係だったが、マスターの中では儚さと美しさは深い関係があるのだろう。
あくまで個人の考えだから、深く考える必要はないのだろう。
会計を終え、マスターに別れを告げる。
後ろで微かに響く鈴の音を聞きながら、私は細い道を歩き出した。
愛は美しいかと聞かれれば、私は肯定的な意見を示す。
しかし、愛は醜いものかと聞かれても、私は肯定的な意見を示す。
私は愛は美しくもあるが、醜いものでもあると考えていた。
しかし、愛は儚いものかと言われれば私は確信したように肯定する。
愛は壊れやすく、脆い。
だからこそ、美しく輝くとマスターは言いたかったのだろうか。
マスターのしゃがれた声が耳朶を打つ。
しわがれているのに、安心する、懐かしい声。
「今日は大切な日なんじゃないのかい?祝ってあげようか?」
少しおどけたような声に、はっとする。
今日は妻の誕生日だ。何故忘れてしまうんだろう。6月25日。
妻の誕生日で、私たちの結婚記念日。
とても大切な日。
「まさか、忘れていたのかい?まだ若いんだから、物忘れをするほどの年じゃないだろう。とは言っても、もう43か…ふふふ」
何が面白いのか、一人で笑っているマスターを横目に、私は何を注文しようか考えていた。
「マスター、愛に関するカクテルはあるか?」
自分でも気づかぬうちに、そう尋ねていた。
「愛?愛に関するカクテル言葉を持つカクテルはたくさんある。私が選んでもいいのかな?」
「ああ、お願いするよ」
私が小さな声でそう答えると、マスターはカシスリキュール、桜桃から作られるブランデーのキルシュワッサー、ソーダをグラスに入れ、軽くステアしてから私の方に差し出してきた。
一口飲んでみるとカシスの濃厚なベリーの味が広がり、キルシュワッサーのものであろう桜桃の風味と混ざり合って上品な味わいだった。
マスターは「これはキルシュカシスと呼ばれるカクテルでね。カクテル言葉は"愛の芽生え"だ。二人の愛が芽生えた今日にはぴったりなカクテルだろう?」と説明してくれた。
愛の芽生え。
確かに、今日は私と妻の結婚記念日だが、今日を愛の芽生えと言うのは少し語弊があった。
正確には、私と妻の間に愛が芽生えたのは「5月9日」だった。
私たちが出会って、恋に落ちた日。
だが、マスターの自身ありげな表情を前に、わざわざ訂正する気にもなれず、今日を愛が芽生えた日としておこうと決めた。
「それにしても、結婚記念日にこのカクテルを出してくれるだなんて、随分とロマンチックなことをするな。てっきりマスターはそういったロマンチックとか恋愛とかには無関心だと思っていたよ」
私が何気なくそう言うと、マスターは少し驚いたような表情を浮かべ、「おや、私は愛の話は聞くのも話すのも好きだぞ?愛は素晴らしいものだよ。百合のように美しく、ガラスのように儚いものだからね」と楽しげに語った。
私には愛の美しさや儚さがあまり理解できていなかった。
「愛、か…」
意味もなく呟くと、グラスを拭いていたマスターはこちらに目を向け、「どうかしたのかい?」と尋ねてきた。
私は、先ほど抱いた疑問の答えを聞くため、「さっき、愛は美しく儚いものだと言っていただろう。それは一体どういう意味なんだ?いまいち理解ができなくてね」と返答すると、マスターは「私の言い方が悪かったね。"愛は儚いから美しい"と言った方が正しいかな」と言った。
儚いから美しい。
私は脳内でその言葉を反芻した。
私の中では、儚さと美しさは無関係だったが、マスターの中では儚さと美しさは深い関係があるのだろう。
あくまで個人の考えだから、深く考える必要はないのだろう。
会計を終え、マスターに別れを告げる。
後ろで微かに響く鈴の音を聞きながら、私は細い道を歩き出した。
愛は美しいかと聞かれれば、私は肯定的な意見を示す。
しかし、愛は醜いものかと聞かれても、私は肯定的な意見を示す。
私は愛は美しくもあるが、醜いものでもあると考えていた。
しかし、愛は儚いものかと言われれば私は確信したように肯定する。
愛は壊れやすく、脆い。
だからこそ、美しく輝くとマスターは言いたかったのだろうか。