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君に捧げるカクテル

#4

四杯目  コープスリバイバー

仕事を終え、荷物を片付けながら何気なく窓の外を見る。
冷たい雨が降って、街を濡らしていた。
私はエレベーターに乗って一階に降りて、外に出た。
雨が傘の上に落ちて、軽やかな音を立てる。
バーに向かう途中、私はマスターへの手土産としてマスターの好きなフィナンシェを買って持っていくことにした。
洋菓子屋に寄って、フィナンシェを購入する。
細い道を進んで、バーにたどり着く。










「いらっしゃい、今日は何を注文するんだ?」
店の奥から、しゃがれた深みのある声が響く。
「おや、手土産を持ってくるだなんて珍しいねェ。だから今日は雨が降ってるのかね?なんてね、あはは。」
勝手に一人で笑っているマスターを横目に、椅子に座り、フィナンシェをカウンターに置く。
「おお、フィナンシェじゃないか!しかも俺が好きな洋菓子屋のじゃないか。気が利くなぁ。どうして買ってきたんだ?」と問われて、「別に深い意味は無い。ただの気まぐれだよ」と少しそっけなく答えた。
マスターはフィナンシェをしまい、注文を聞いてきた。
少し考えていると、妻がフィナンシェ好きだったのを思い出した。
病に身を蝕まれても、ここに来ていた。
最後にここに二人で来たのは、どのくらい前のことだっただろうか。
記憶が曖昧になっている自分に嫌気が差してくる。
でも、妻が最後に頼んだカクテルの名前だけは、はっきりと覚えていた。




「コープスリバイバー」
つかえていたものを吐き出すように伝えると、マスターは「奥さんが最後に来た時に頼んでいたねェ。懐かしいよ」と誰に言うでもなく呟いた。
そして、ブランデー、カルバドス、スイートベルモットをステアして、グラスに注いだ。
今なら、妻が最後にこれを頼んだ理由が分かる気がする。
コープスリバイバーのカクテル言葉は、「死んでもあなたと」だ。
自分がこの世を去っても隣にいるよと言われている気がして、いつの間にか涙が出ていた。
一人になることに対する不安を抱えていた私に優しく寄り添ってくれた彼女。
自分の方が辛かったはずなのに、私の心配ばかりしていた。
妻がいなくなった後の生活や、一人で生きていくことへの不安は拭い切れなかった。
病に身を侵された妻は、みるみる痩せていって、医者も匙を投げるような状態だった。



「もう長くないでしょう」
医者にそう言われた時、目の前が暗くなった。
妻はまだ若いのに。妻は病に苦しむべき人じゃなかったのに。
投薬治療も効果を発揮せず、とうとう妻は治療を打ち切って、生きていられるうちに行きたいところに行っておこうと言って、私は妻を連れて色々なところに行った。
デートで行った場所、ずっと行きたかった旅行先、そして、このバー。
あと何回ここで酒を飲めるか分からない。
私はそう思って、妻をあのバーに連れて行った。




妻は何杯かカクテルを飲んだ後、「これが最後のお酒ね」と寂しそうに笑って、コープスリバイバーを注文したのだ。
私はただ単に妻が好きなカクテルを頼んだだけだと思っていたが、今思えばあれは妻なりの愛情だったのだろう。
妻は最後にカクテルを飲んだ半年後にこの世を去ってしまった。
安らかに、苦しむ事なく。
妻が亡くなって以降、寂しさを忘れるためにここに毎週のように通った。
ここには妻との思い出が詰まっているから。




妻がまだ生きている時に、愛していると伝えればよかった。
今はそう後悔している。
だが、後悔してももう遅い。
死者が蘇ることはない。
そう分かっていたから、妻が好きだったカクテルを頼んで、私は妻を思い出しているのだ。

2024/11/08 07:15

月町 桔梗
ID:≫ 7r5tHLeuz1RfY
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