小説家・[漢字]宵田酔都[/漢字][ふりがな]よいだすいと[/ふりがな]は困っていた。
自分の小説が兎にも角にも売れないのだ。
宵田自身、あまり悪くないと思っている。
編集者からの評価も悪くない。
それなのに、いざ店頭に並ぶとまあ売れ残る売れ残る。
「宵田さん……私たちも売れない作家をいつまでも抱えるわけにはいかないんですよ。ほら、業績の悪い会社に投資し続ける人はいないでしょう」
編集者から言われた。
要は「いい加減まともなのを書け、さもないと切る」と言いたいのだ。
このタイミングで切られては困る。
しかしアイデアが全く出てこない。
そんな時だった。
「バーに行けば何か見つかるんじゃない?」
友人の一言だった。
静かに酒を飲む場であれば、頭がリラックスして想像力も働くかもしれない。
宵田は紹介されたバーに全てを賭ける勢いで向かった。
秋とは言え、やはり夜は冷え込む。
羽織ったコートは揺れ、革靴がアスファルトを叩いた。
友人がくれたメモを頼りに、宵田はバーを探した。
「ここか……」
目の前には焦茶色の古びたドアがあり、上の方には小さなベルがついている。
ドアには小さな看板が掛けられていて、「バー・サニタス」と書かれている。
ここで読者諸氏のために解説しておくと、「サニタス」はラテン語で「健康」を意味する。
ヨーロッパ圏では乾杯という言葉を健康や幸運を意味する言葉で代用することが多く、それに倣ったものである。
ゆっくりとドアを押すと、カランと氷の音がした。
「いらっしゃいませ。お客様」
カウンターを見ると、初老の男性が微笑んでいた。
いかにもマスターといった風貌で、灰色の髪はオールバックに撫で付けていた。
「こちらへどうぞ」
男性はカウンター席を手のひらで指し、宵田は引き込まれるように座った。
「マスターの高峰と申します」
マスターは丁寧に挨拶をした。
その物腰柔らかな態度に、宵田は好感を持った。
「何か、カクテルのご希望はございますか?」
宵田は答えに困った。
「おすすめはありますか?」
絞り出した答えは、定型文を固めたようなものだった。
「では、私の好きなカクテルにいたしましょう」
マスターは準備を始めた。
ロンググラスにライムと砂糖を入れ、丁寧に潰す。
そこへミントを入れ、香りを出すように優しく潰し、ラムを注いで混ぜる。
ソーダを注ぎ、軽くステアしたら完成。
「"モヒート"でございます」
そっとグラスを差し出すと、宵田は興味に満ちた目で見つめた。
今まで飲んだことのないカクテルで、宵田はこのカクテルについて何も知らない。
「あっ、そういえばカクテルって一つ一つカクテル言葉?があるんですよね?」
空白を埋めるように、宵田はマスターに話しかけた。
「ええ。モヒートの場合は「心の渇きを癒して」という意味になります」
「へえ……。素敵ですね」
「そうですね。私も昔、このカクテルで好きな人に告白したことがあります。その時は相手が意味を知らず、失恋してしまいましたが」
マスターの悲しい経験に宵田は同情した。
「お客様は今後、ここに訪れる方の心を癒す存在となる気がします」
マスターの言葉の意味を、宵田はまだ知らない。
一口含むと、ライムの爽やかな味と甘み、ソーダの刺激が溢れた。
「おいしい……」
ふと溢れた言葉に、マスターは優しく微笑んだ。
ゆっくり、ゆっくりとカクテルを飲んでいく。
ただ、ゆるりと時間が過ぎていった。
カクテルを飲み干し、会計を済ませる。
宵田は心地よい気分の中、店を出ようとした。
「またお越しくださいませ」
マスターはそう言ってお辞儀をした。
宵田は頷くと、歩き出した。
自分の小説が兎にも角にも売れないのだ。
宵田自身、あまり悪くないと思っている。
編集者からの評価も悪くない。
それなのに、いざ店頭に並ぶとまあ売れ残る売れ残る。
「宵田さん……私たちも売れない作家をいつまでも抱えるわけにはいかないんですよ。ほら、業績の悪い会社に投資し続ける人はいないでしょう」
編集者から言われた。
要は「いい加減まともなのを書け、さもないと切る」と言いたいのだ。
このタイミングで切られては困る。
しかしアイデアが全く出てこない。
そんな時だった。
「バーに行けば何か見つかるんじゃない?」
友人の一言だった。
静かに酒を飲む場であれば、頭がリラックスして想像力も働くかもしれない。
宵田は紹介されたバーに全てを賭ける勢いで向かった。
秋とは言え、やはり夜は冷え込む。
羽織ったコートは揺れ、革靴がアスファルトを叩いた。
友人がくれたメモを頼りに、宵田はバーを探した。
「ここか……」
目の前には焦茶色の古びたドアがあり、上の方には小さなベルがついている。
ドアには小さな看板が掛けられていて、「バー・サニタス」と書かれている。
ここで読者諸氏のために解説しておくと、「サニタス」はラテン語で「健康」を意味する。
ヨーロッパ圏では乾杯という言葉を健康や幸運を意味する言葉で代用することが多く、それに倣ったものである。
ゆっくりとドアを押すと、カランと氷の音がした。
「いらっしゃいませ。お客様」
カウンターを見ると、初老の男性が微笑んでいた。
いかにもマスターといった風貌で、灰色の髪はオールバックに撫で付けていた。
「こちらへどうぞ」
男性はカウンター席を手のひらで指し、宵田は引き込まれるように座った。
「マスターの高峰と申します」
マスターは丁寧に挨拶をした。
その物腰柔らかな態度に、宵田は好感を持った。
「何か、カクテルのご希望はございますか?」
宵田は答えに困った。
「おすすめはありますか?」
絞り出した答えは、定型文を固めたようなものだった。
「では、私の好きなカクテルにいたしましょう」
マスターは準備を始めた。
ロンググラスにライムと砂糖を入れ、丁寧に潰す。
そこへミントを入れ、香りを出すように優しく潰し、ラムを注いで混ぜる。
ソーダを注ぎ、軽くステアしたら完成。
「"モヒート"でございます」
そっとグラスを差し出すと、宵田は興味に満ちた目で見つめた。
今まで飲んだことのないカクテルで、宵田はこのカクテルについて何も知らない。
「あっ、そういえばカクテルって一つ一つカクテル言葉?があるんですよね?」
空白を埋めるように、宵田はマスターに話しかけた。
「ええ。モヒートの場合は「心の渇きを癒して」という意味になります」
「へえ……。素敵ですね」
「そうですね。私も昔、このカクテルで好きな人に告白したことがあります。その時は相手が意味を知らず、失恋してしまいましたが」
マスターの悲しい経験に宵田は同情した。
「お客様は今後、ここに訪れる方の心を癒す存在となる気がします」
マスターの言葉の意味を、宵田はまだ知らない。
一口含むと、ライムの爽やかな味と甘み、ソーダの刺激が溢れた。
「おいしい……」
ふと溢れた言葉に、マスターは優しく微笑んだ。
ゆっくり、ゆっくりとカクテルを飲んでいく。
ただ、ゆるりと時間が過ぎていった。
カクテルを飲み干し、会計を済ませる。
宵田は心地よい気分の中、店を出ようとした。
「またお越しくださいませ」
マスターはそう言ってお辞儀をした。
宵田は頷くと、歩き出した。