月志乃は何も言わず、無言でお膳を用意した。
その上に、二つの朱色の猪口を乗せると、その中に透明な液体を注いだ。
「それは…なんでありんすか?」
春滝が恐る恐る尋ねると、月志乃は優しく微笑んだ。
「心配することはありんせん。どうせ死ぬなら、最期に酒でも飲もうと思いんしてね」
「どうぞ」と言いながら月志乃は片方の猪口を差し出した。
春滝は手渡された猪口を眺めた。
朱色の漆塗りに、金粉で桜の花弁と交差する曲線があしらわれている。
中に注がれた酒は透明で、今から死ぬとは思えないような美しさだった。
「その酒、飲まないなら今のうちでありんすよ」
月志乃が目を細めながら呟いた。
「その酒の中には、毒が入れてありんす。
まだ生きていたいのなら、その猪口をあちきに渡しておくんなんし」
月志乃の目は、冗談を言っているようには見えなかった。
「あちきは……」
春滝は言葉を紡げなかった。
「あちきは月志乃さんと一緒にいとうござりんす。
でも……」
少し間を置いてから、春滝は猪口の中の酒を飲み干した。
月志乃は驚き、やがて笑ってから自分も酒を飲んだ。
そして、もう一杯酒を注ぐと、春滝に口を開けるように言った。
何が起こるのか分からない春滝はやや困惑していた。
月志乃は自分の口に酒を全部入れると、春滝の方に歩み寄った。
何をされるんだろう。
不思議に思っている春滝の視界が、不意に仄暗くなった。
白粉の香りと香袋の香りが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。
優しいぬくもりが心を満たした。
こくりと飲み下すと、月志乃の眼鏡の奥に隠された笑みが映った。
「そろそろ、あちきらも浮世にさよならしなきゃでありんすね」
春滝は徐々に回らなくなる口で言った。
「そうでありんすねぇ」
月志乃はけらけらと可笑しそうに笑った。
「そうだ、春滝さん。手を繋ぎんせんか?」
月志乃の突拍子もない言葉に、春滝は応じた。
部屋の街側にある少しの出っ張った空間にある手すりに寄りかかり、手を重ね合わせた。
「ねえ月志乃さん」
「なんでありんすか?」
「生まれ変わったら、何をしたいでありんすか?」
「春滝さんと、幸せになりとうござりんす」
「あちきもでありんす。
……次こそは、幸せに、なりんしょう」
「約束でありんすよ」
「もちろん」
「愛してやす」と、二人の声が重なると同時に、二人は深い海の中に沈んだ。
その上に、二つの朱色の猪口を乗せると、その中に透明な液体を注いだ。
「それは…なんでありんすか?」
春滝が恐る恐る尋ねると、月志乃は優しく微笑んだ。
「心配することはありんせん。どうせ死ぬなら、最期に酒でも飲もうと思いんしてね」
「どうぞ」と言いながら月志乃は片方の猪口を差し出した。
春滝は手渡された猪口を眺めた。
朱色の漆塗りに、金粉で桜の花弁と交差する曲線があしらわれている。
中に注がれた酒は透明で、今から死ぬとは思えないような美しさだった。
「その酒、飲まないなら今のうちでありんすよ」
月志乃が目を細めながら呟いた。
「その酒の中には、毒が入れてありんす。
まだ生きていたいのなら、その猪口をあちきに渡しておくんなんし」
月志乃の目は、冗談を言っているようには見えなかった。
「あちきは……」
春滝は言葉を紡げなかった。
「あちきは月志乃さんと一緒にいとうござりんす。
でも……」
少し間を置いてから、春滝は猪口の中の酒を飲み干した。
月志乃は驚き、やがて笑ってから自分も酒を飲んだ。
そして、もう一杯酒を注ぐと、春滝に口を開けるように言った。
何が起こるのか分からない春滝はやや困惑していた。
月志乃は自分の口に酒を全部入れると、春滝の方に歩み寄った。
何をされるんだろう。
不思議に思っている春滝の視界が、不意に仄暗くなった。
白粉の香りと香袋の香りが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。
優しいぬくもりが心を満たした。
こくりと飲み下すと、月志乃の眼鏡の奥に隠された笑みが映った。
「そろそろ、あちきらも浮世にさよならしなきゃでありんすね」
春滝は徐々に回らなくなる口で言った。
「そうでありんすねぇ」
月志乃はけらけらと可笑しそうに笑った。
「そうだ、春滝さん。手を繋ぎんせんか?」
月志乃の突拍子もない言葉に、春滝は応じた。
部屋の街側にある少しの出っ張った空間にある手すりに寄りかかり、手を重ね合わせた。
「ねえ月志乃さん」
「なんでありんすか?」
「生まれ変わったら、何をしたいでありんすか?」
「春滝さんと、幸せになりとうござりんす」
「あちきもでありんす。
……次こそは、幸せに、なりんしょう」
「約束でありんすよ」
「もちろん」
「愛してやす」と、二人の声が重なると同時に、二人は深い海の中に沈んだ。