静かな声を拾う人
#1
1.春風と思い
「間に合った…」
私は思わず呟いてしまう。入学初日に遅刻なんてしたら、これから先の高校生活が思いやられてしまう。昨日調子に乗って夜更かしをしてしまったせいだ。風で崩れた前髪を直しながら、受付を済ませる。
階段を上って、右に曲がったところに集合場所だと説明された「1-A 」に入る。教室には既にこれから同級生になる顔々が集まっていた。あまりの多さに圧倒されながらも、隅にポツンと空いている席に急いで向かい、座った。居心地が悪く、ドキドキは収まらない。緊張と不安が入り混じった最悪な気分で、式が始まるのを待った。
しばらくして、引率の先生と思われる高齢の男性が教室に入ってきた。小さな歩幅で教壇まで向かうと、
「[小文字]そろそろ、体育館へ、向かいましょう[/小文字]」
とボソッと言う。あまりにもボソッとしすぎて終始聞き取れなかったが、周りがガタガタと音を立て始めたので、私も慌てて席を立った。
体育館へ向かう道中、暖かい風が頬をかすめた。前髪が揺れ、まぶたに触れる。昨日切ってもらった前髪は、短すぎて少し恥ずかしい。まあ、誰も見ていないだろうけれど。
ふと、桜の甘い香りがした。鼻の奥で広がる、甘い香り。一番春を感じられる瞬間、私の好きな季節だ。
式は時間をかけることもなく、すぐに終わった。終わったかと思うと、私たちは体育館を追い出された。
体育館を出ると、少し先に3,4人で歩いている女子たちが目に入った。中学でも同じ学校だったのか、コミュ力が高くてもう交友関係を築いたのかどうかは知らないが、私は驚く。私は、高校に入ってから、友達はできないと感じている。コミュ力がないことは自他ともに認めているし、そもそも私は人と話すことが苦手だ。目を見て話すことができない、顔は真っ赤になるし、緊張して頭は混乱する。典型的な「コミュ障」である。別に、普通に話したとも、前を歩く女子たちのようになりたいともサラサラ思っていない。ただ、平和に学校生活を送れればいいと、幼いころから思っている人間である。
私は一人で、元の教室に戻っている。しかし前からも後ろからも、大きな笑い声が聞こえる。きっと、会話の中で生まれた笑い声だ。分かっているけれど、心のどこかでは私を嘲笑しているのではないかと感じてしまう。
心に募る、不安、恐怖、焦り。思わず耳をふさぎたくなる。頭が自分で苛まれる。聞きたくないと思っているのに、頭に響く笑い声。息が切れ始めて、壁に寄りかかってしまう。教室まで、帰らないと…。
「大丈夫?」
不意に、頭上から声がした。私に向けて言っている?恐る恐る顔を上げると―そこには一人の男性がいた。予想外の相手に、混乱する。制服を着ていない、スーツ姿。けれど、私と歳が近い気がする。若い人。背が高い。ぴかぴか光る黒髪…。
はっとする。初対面の人の色々なところを凝視してしまった。相手も困った顔をして、私に手を差し伸べる。
「立てますか?」
「は、はい…。」
私は彼が差し伸べてくれた手をつかまずに、壁を伝って立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。わ、私は大丈夫なので…」
とかなんとか言って、私はその場を切り抜けた。相手には申し訳ないと思ったが、周りに変に思われたくないので、早くあの場を立ち去りたかった。
やっとのことで教室に戻り、元の席に着く。それから、あの高齢先生が入ってきて、
「[小文字]じゃあね、クラス割をね、発表します。[/小文字]」
と、再びぼそぼそと話し始める。教室内がさっきより騒がしいせいでますます聞き取れなかった。
何もわからないまま、前の席から紙が周って来る。そこには生徒のものらしき名前が規則正しく並んでいる。とりあえず私の名前を探す。…あった。教室は…「1-A」。ここではないか。よかった。あまり移動しなくてよさそうだ。教室名の横にも、名前が書いてあった。多分、担任の名前だろう。…「九条零」。「くじょう れい」?何だか厨二病めいた名前だ。
「[小文字]じゃあ、移動してね。あ、あと入学おめでとう。[/小文字]」
高齢先生は、そう言い残して教室を後にした。
みんなが移動を始める。私も席だけは移動しなければならなく、教室の隅の方の列へ。前から3番目の席に着くと、扉が開く音がした。みんなは一気に注目する。さっきの高齢先生とは違い、勢いよく教室に入ってくる。
「初めまして。今日からこのクラスの担任になります、九条零です。よろしく。」
聞いたことがある声。私は、先生の顔をよく見る。
制服を着ていない、スーツ姿。多分私と歳が近い、若い人。背が高い。ぴかぴか光る黒髪…。
間違いない。あのとき私に手を差し伸べた、あの男性こそが、「九条零」だった。
続く。
私は思わず呟いてしまう。入学初日に遅刻なんてしたら、これから先の高校生活が思いやられてしまう。昨日調子に乗って夜更かしをしてしまったせいだ。風で崩れた前髪を直しながら、受付を済ませる。
階段を上って、右に曲がったところに集合場所だと説明された「1-A 」に入る。教室には既にこれから同級生になる顔々が集まっていた。あまりの多さに圧倒されながらも、隅にポツンと空いている席に急いで向かい、座った。居心地が悪く、ドキドキは収まらない。緊張と不安が入り混じった最悪な気分で、式が始まるのを待った。
しばらくして、引率の先生と思われる高齢の男性が教室に入ってきた。小さな歩幅で教壇まで向かうと、
「[小文字]そろそろ、体育館へ、向かいましょう[/小文字]」
とボソッと言う。あまりにもボソッとしすぎて終始聞き取れなかったが、周りがガタガタと音を立て始めたので、私も慌てて席を立った。
体育館へ向かう道中、暖かい風が頬をかすめた。前髪が揺れ、まぶたに触れる。昨日切ってもらった前髪は、短すぎて少し恥ずかしい。まあ、誰も見ていないだろうけれど。
ふと、桜の甘い香りがした。鼻の奥で広がる、甘い香り。一番春を感じられる瞬間、私の好きな季節だ。
式は時間をかけることもなく、すぐに終わった。終わったかと思うと、私たちは体育館を追い出された。
体育館を出ると、少し先に3,4人で歩いている女子たちが目に入った。中学でも同じ学校だったのか、コミュ力が高くてもう交友関係を築いたのかどうかは知らないが、私は驚く。私は、高校に入ってから、友達はできないと感じている。コミュ力がないことは自他ともに認めているし、そもそも私は人と話すことが苦手だ。目を見て話すことができない、顔は真っ赤になるし、緊張して頭は混乱する。典型的な「コミュ障」である。別に、普通に話したとも、前を歩く女子たちのようになりたいともサラサラ思っていない。ただ、平和に学校生活を送れればいいと、幼いころから思っている人間である。
私は一人で、元の教室に戻っている。しかし前からも後ろからも、大きな笑い声が聞こえる。きっと、会話の中で生まれた笑い声だ。分かっているけれど、心のどこかでは私を嘲笑しているのではないかと感じてしまう。
心に募る、不安、恐怖、焦り。思わず耳をふさぎたくなる。頭が自分で苛まれる。聞きたくないと思っているのに、頭に響く笑い声。息が切れ始めて、壁に寄りかかってしまう。教室まで、帰らないと…。
「大丈夫?」
不意に、頭上から声がした。私に向けて言っている?恐る恐る顔を上げると―そこには一人の男性がいた。予想外の相手に、混乱する。制服を着ていない、スーツ姿。けれど、私と歳が近い気がする。若い人。背が高い。ぴかぴか光る黒髪…。
はっとする。初対面の人の色々なところを凝視してしまった。相手も困った顔をして、私に手を差し伸べる。
「立てますか?」
「は、はい…。」
私は彼が差し伸べてくれた手をつかまずに、壁を伝って立ち上がった。
「あ、ありがとうございます。わ、私は大丈夫なので…」
とかなんとか言って、私はその場を切り抜けた。相手には申し訳ないと思ったが、周りに変に思われたくないので、早くあの場を立ち去りたかった。
やっとのことで教室に戻り、元の席に着く。それから、あの高齢先生が入ってきて、
「[小文字]じゃあね、クラス割をね、発表します。[/小文字]」
と、再びぼそぼそと話し始める。教室内がさっきより騒がしいせいでますます聞き取れなかった。
何もわからないまま、前の席から紙が周って来る。そこには生徒のものらしき名前が規則正しく並んでいる。とりあえず私の名前を探す。…あった。教室は…「1-A」。ここではないか。よかった。あまり移動しなくてよさそうだ。教室名の横にも、名前が書いてあった。多分、担任の名前だろう。…「九条零」。「くじょう れい」?何だか厨二病めいた名前だ。
「[小文字]じゃあ、移動してね。あ、あと入学おめでとう。[/小文字]」
高齢先生は、そう言い残して教室を後にした。
みんなが移動を始める。私も席だけは移動しなければならなく、教室の隅の方の列へ。前から3番目の席に着くと、扉が開く音がした。みんなは一気に注目する。さっきの高齢先生とは違い、勢いよく教室に入ってくる。
「初めまして。今日からこのクラスの担任になります、九条零です。よろしく。」
聞いたことがある声。私は、先生の顔をよく見る。
制服を着ていない、スーツ姿。多分私と歳が近い、若い人。背が高い。ぴかぴか光る黒髪…。
間違いない。あのとき私に手を差し伸べた、あの男性こそが、「九条零」だった。
続く。