いつかを追いかける
放課後。授業が全て終わり、皆部活や帰宅など各々やることを始める頃。
下校のチャイムが鳴ってから5分、誰も教室にはいない。賑やかだった教室は静まり返っていて、遠くから話し声が聞こえてくる程度。ほのかに橙に色づく教室は、まるで机や椅子が息づいているみたいだった。
そんな時、突然教室のドアが開く。私は驚いてドアの方に目を向けた。…クラスメイトだった。いつも物静かで、平凡な感じの男子。直接話したことはないけど、幼稚園が同じだったことは覚えている。それくらいの関係なので、気を使う必要はない。そう思ったけれど、なぜか放課後の落ち着いた大人っぽい空気が、なぜか背中を押してくれている気がした。私は口を開く。
「あのさ」
出たのは思ったよりつんとした声だった。彼は少し驚いたようで、肩をびくりと震わせた後私を見た。
「将来のこととか、なんか考えてる?」
なんでいきなりそんなこと、と思った。けど、この夕暮れの教室での空気感は、そういう会話をするのにぴったりだった。さりげなく机に腰掛けた。もちろん自分の。普段はやってたら怒られるけど、今だけは良い、そう思った。
「…将来のこと?」そう言いながら彼も机に同じように腰掛けた。
「大人になるってこと」
「大人」
彼は少し声がつまっていた。私は構わず続ける。
「大人になるってどんな感じなんだろうって、最近考えるの」
普段は比較的明るく無邪気な印象を持たれやすい私だが、こうして心の内を明かすのは初めてだった。大人にはなれなくても、形だけでも大人になれた気がした。なりたかった。
「意外と難しいこと考えてるんだ」
「意外かな」
「将来とかそういうの、あんまり考えてないと思ってた」
「なにそれ」
頬がいつのまにか緩んでいた。ていうか、私のことそんな風に思ってたんだ______
「大人になりたいけどなりたくない気持ち」
彼はいきなり声を出した。
「それってきっと、自由になりたい気持ちなんだ」
「子供のままでいる方がきっと楽だけど」
「いつか大人にならなくちゃいけない時が来るのも知ってる」
彼はぽつり、ぽつりこぼしながら喋った。
「あなた結構喋るんだね、意外」
彼は少しはにかんだ後、「僕そんな風に思われてたんだ」と答えた。私と同じこと考えてるな、って心で思う。
「なんか大人になってる気がする」思ったことをそのまま声にする。
「それな」
「この空気だからだろうね、明日にはもう無くなってる」
「こういう時間を切り取るために写真っていうのがあるんだと思う」
「確かに」私はほのかに笑う。
そのうち、先生の「教室にいる奴はそろそろ帰れよー」という声が聞こえてくる。
「そろそろ帰らなきゃ」私はカバンを背負う。
「お暇だね」
私は机から飛び上がり、ドアめがけて勢いのまま走った。そのまま教室を出ようかと思ったが、ふと立ち止まる。
「また明日」
なんて言葉が出せたのは、今の空気のおかげだった。
教室を出たあと、中から「またね」と小さく聞こえてきたのは気のせいだろうか。
◇◇◇
今日も学校に登校する。あの「大人になれた気がする」日の翌日。
教室はいつも通り賑やかだしうるさい。昨日とはまるで違う。
彼も見かけたけど、昨日のことは忘れているのかいつも通り友達と会話していた。多分これからは昨日みたいに喋れる日二度無いし、彼も「子供」のままだろう。
けどそのことを覚えているのは、私だけでいい。
あの日見たいつになく眩しい太陽も、ノスタルジックな教室も、あの日の会話も全て、心のシャッターに切り取られているから。私は教室の窓辺に立つ。朝が始まる音がする。
下校のチャイムが鳴ってから5分、誰も教室にはいない。賑やかだった教室は静まり返っていて、遠くから話し声が聞こえてくる程度。ほのかに橙に色づく教室は、まるで机や椅子が息づいているみたいだった。
そんな時、突然教室のドアが開く。私は驚いてドアの方に目を向けた。…クラスメイトだった。いつも物静かで、平凡な感じの男子。直接話したことはないけど、幼稚園が同じだったことは覚えている。それくらいの関係なので、気を使う必要はない。そう思ったけれど、なぜか放課後の落ち着いた大人っぽい空気が、なぜか背中を押してくれている気がした。私は口を開く。
「あのさ」
出たのは思ったよりつんとした声だった。彼は少し驚いたようで、肩をびくりと震わせた後私を見た。
「将来のこととか、なんか考えてる?」
なんでいきなりそんなこと、と思った。けど、この夕暮れの教室での空気感は、そういう会話をするのにぴったりだった。さりげなく机に腰掛けた。もちろん自分の。普段はやってたら怒られるけど、今だけは良い、そう思った。
「…将来のこと?」そう言いながら彼も机に同じように腰掛けた。
「大人になるってこと」
「大人」
彼は少し声がつまっていた。私は構わず続ける。
「大人になるってどんな感じなんだろうって、最近考えるの」
普段は比較的明るく無邪気な印象を持たれやすい私だが、こうして心の内を明かすのは初めてだった。大人にはなれなくても、形だけでも大人になれた気がした。なりたかった。
「意外と難しいこと考えてるんだ」
「意外かな」
「将来とかそういうの、あんまり考えてないと思ってた」
「なにそれ」
頬がいつのまにか緩んでいた。ていうか、私のことそんな風に思ってたんだ______
「大人になりたいけどなりたくない気持ち」
彼はいきなり声を出した。
「それってきっと、自由になりたい気持ちなんだ」
「子供のままでいる方がきっと楽だけど」
「いつか大人にならなくちゃいけない時が来るのも知ってる」
彼はぽつり、ぽつりこぼしながら喋った。
「あなた結構喋るんだね、意外」
彼は少しはにかんだ後、「僕そんな風に思われてたんだ」と答えた。私と同じこと考えてるな、って心で思う。
「なんか大人になってる気がする」思ったことをそのまま声にする。
「それな」
「この空気だからだろうね、明日にはもう無くなってる」
「こういう時間を切り取るために写真っていうのがあるんだと思う」
「確かに」私はほのかに笑う。
そのうち、先生の「教室にいる奴はそろそろ帰れよー」という声が聞こえてくる。
「そろそろ帰らなきゃ」私はカバンを背負う。
「お暇だね」
私は机から飛び上がり、ドアめがけて勢いのまま走った。そのまま教室を出ようかと思ったが、ふと立ち止まる。
「また明日」
なんて言葉が出せたのは、今の空気のおかげだった。
教室を出たあと、中から「またね」と小さく聞こえてきたのは気のせいだろうか。
◇◇◇
今日も学校に登校する。あの「大人になれた気がする」日の翌日。
教室はいつも通り賑やかだしうるさい。昨日とはまるで違う。
彼も見かけたけど、昨日のことは忘れているのかいつも通り友達と会話していた。多分これからは昨日みたいに喋れる日二度無いし、彼も「子供」のままだろう。
けどそのことを覚えているのは、私だけでいい。
あの日見たいつになく眩しい太陽も、ノスタルジックな教室も、あの日の会話も全て、心のシャッターに切り取られているから。私は教室の窓辺に立つ。朝が始まる音がする。
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