糖花のような恋に落つ
8月、季節は真夏。昼の気温は34度で、太陽は明るいというより、上の方に顔を向けられない程ギラついていた。
オレも、オレの隣に居る遥も、どちらもあまりの暑さに汗をかいている所だった。
「おら、アイスだ。貰え」
「貰えってなんだよ。まあ貰うけど……」
今日はオレが店番の日なので、こっそり駄菓子屋のチューペットを二本取ってきた。店の商品を取るくらいなら、在庫として余るよりマシだから、バアちゃんも許してくれるだろう。というか、こういう事は何回もやってきたから、バアちゃんにとってもオレにとっても、こんなの日常だ。
「お前、どっちが良い。普通のソーダとメロンソーダ」
「どっちでもいいよ」
遥はいつもお菓子の味に無関心。どっちでもいいが一番困るんだよ、なんて面倒くさい彼女みたいな文句を遥に言いつつ、オレは自分が好きな普通のソーダ味を選んだ。メロンソーダの方を遥に渡す。
「なんか、駄菓子屋の縁側とかに座りながらチューペット食べるって、風情だな」
「いきなり何言ってんだよ」
オレがちょっとした冗談を飛ばすと、遥はいつも飛ばした冗談を投げ返してこない。そういう所は好きと同時に、なんだか寂しい気持ちになってしまう。まあでも、オレはこれが彼の個性だと思いながら、受け入れるしかないのだが。
「そんな冷たい事言うなよー。アイスだけにな」
「寒いギャグだな」
「アイスだけに?」
そこまで言うと、遥は自分の言った事に気付いていなかったのか、一瞬目を見開いてから呆れたような表情をオレに向かってしてきた。なんだこいつ、と言わんばかりの表情で、無言でこちらを見てくるもんだから、こちらにどんな反応を求めているのかが分からない。
「まったくもう……。チューペット溶けるから早く食うぞ」
気付けば、二本のチューペットはどちらも冷や汗をかいていた。そりゃあ、真夏日の外側で人間の手に握られている状態なんだから、冷や汗だってかいてしまうだろう。
でも、チューペットというのは、少し溶けているくらいがちょうどいい。冷えすぎていても出せないし、溶けすぎたらそれはただの飲める色水だ。少し溶けているくらいの状態を吸って口にするのが、チューペットの醍醐味まであるだろう。
「早く食うぞ」
オレは、チューペットの先を噛んで開けて食べ始めた。本来、チューペットは真ん中のくぼみを割って食べるのだが、少し溶けてしまった状態でそれをするとこぼれてしまう。だから先の方を噛んで、そこからチューペットを吸う。
遥も、オレの見よう見まねで、先の方を噛みちぎって開けている。どちらのチューペットも、個体と液体の間をさまようように溶けている最中だった。
「……やべっ、開け方ミスっちまった」
ふと、隣からそんな声が聞こえる。遥の方を向くと、噛む範囲が広すぎたのか、チューペットの中身が容器から少し溢れてしまっていた。
「あーあ、失敗したな。こういうの開ける時はそういうの気を付けろって」
こちらが少し茶化すように言うと、遥はムッとしたような表情を浮かべる。
「笑うなって……」
茶化したのは悪意なしなのだが、やっぱりオレの笑顔は、コイツにとって性格が悪いように見えるらしい。少し寂しいようだけど、それでも嫌いだとは言われないのだから、まだそんなに重い気持ちにはなっていない。
「はっ、お前それどうすんだよ。こぼれたら服汚れんぞ。それ制服なのに」
「ちょっ、待ってろ……」
「はいはい。…………は?」
オレが少しからかっていると、遥は予想外な事をしだした。
赤くなっている顔をチューペットの容器に近づけて、こぼれそうになっている中身の舌ですくいだした。多分無自覚でやっているんだろう。誰にどう思われるのかも分からずに。
それを見たオレは、思わず大声を出して止めた。
「だーっ!遥お前……それやめろ!舌しまえ!待て、新しいの持ってくるから!」
ドタバタとするオレを見て、遥は頭上にハテナマークを浮かべるような顔をしていた。
「は?なんで……」
「なんでってお前……。このバカが!」
「誰がバカだって!」
「お前だよ!ああもうとにかく……。その、人前で舌出すんじゃねえ!変に思われるだろうが……!」
自分の顔のみならず、体の温度が上がっていくのが分かる。遥はオレの言葉を聞いて、なんのこっちゃと思っているのだろうが。
「お前、行儀とか気にする方だったか?」
「今回は別の問題だわ。行儀とかの次元じゃねえよ」
駄菓子屋の冷凍庫から、新しいチューペットを持ってくる。そっちは冷え切っていて、真ん中から割ってしまっても大丈夫そうだ。
「こっちどうすんだよ」
「別のに使う。とりあえずお前こっち」
遥が持っているチューペットを半強制的に回収して、新しい方を渡す。
チューペットは、もはや冷たくもない汗をかいていた。焦ったオレと同じように。
オレも、オレの隣に居る遥も、どちらもあまりの暑さに汗をかいている所だった。
「おら、アイスだ。貰え」
「貰えってなんだよ。まあ貰うけど……」
今日はオレが店番の日なので、こっそり駄菓子屋のチューペットを二本取ってきた。店の商品を取るくらいなら、在庫として余るよりマシだから、バアちゃんも許してくれるだろう。というか、こういう事は何回もやってきたから、バアちゃんにとってもオレにとっても、こんなの日常だ。
「お前、どっちが良い。普通のソーダとメロンソーダ」
「どっちでもいいよ」
遥はいつもお菓子の味に無関心。どっちでもいいが一番困るんだよ、なんて面倒くさい彼女みたいな文句を遥に言いつつ、オレは自分が好きな普通のソーダ味を選んだ。メロンソーダの方を遥に渡す。
「なんか、駄菓子屋の縁側とかに座りながらチューペット食べるって、風情だな」
「いきなり何言ってんだよ」
オレがちょっとした冗談を飛ばすと、遥はいつも飛ばした冗談を投げ返してこない。そういう所は好きと同時に、なんだか寂しい気持ちになってしまう。まあでも、オレはこれが彼の個性だと思いながら、受け入れるしかないのだが。
「そんな冷たい事言うなよー。アイスだけにな」
「寒いギャグだな」
「アイスだけに?」
そこまで言うと、遥は自分の言った事に気付いていなかったのか、一瞬目を見開いてから呆れたような表情をオレに向かってしてきた。なんだこいつ、と言わんばかりの表情で、無言でこちらを見てくるもんだから、こちらにどんな反応を求めているのかが分からない。
「まったくもう……。チューペット溶けるから早く食うぞ」
気付けば、二本のチューペットはどちらも冷や汗をかいていた。そりゃあ、真夏日の外側で人間の手に握られている状態なんだから、冷や汗だってかいてしまうだろう。
でも、チューペットというのは、少し溶けているくらいがちょうどいい。冷えすぎていても出せないし、溶けすぎたらそれはただの飲める色水だ。少し溶けているくらいの状態を吸って口にするのが、チューペットの醍醐味まであるだろう。
「早く食うぞ」
オレは、チューペットの先を噛んで開けて食べ始めた。本来、チューペットは真ん中のくぼみを割って食べるのだが、少し溶けてしまった状態でそれをするとこぼれてしまう。だから先の方を噛んで、そこからチューペットを吸う。
遥も、オレの見よう見まねで、先の方を噛みちぎって開けている。どちらのチューペットも、個体と液体の間をさまようように溶けている最中だった。
「……やべっ、開け方ミスっちまった」
ふと、隣からそんな声が聞こえる。遥の方を向くと、噛む範囲が広すぎたのか、チューペットの中身が容器から少し溢れてしまっていた。
「あーあ、失敗したな。こういうの開ける時はそういうの気を付けろって」
こちらが少し茶化すように言うと、遥はムッとしたような表情を浮かべる。
「笑うなって……」
茶化したのは悪意なしなのだが、やっぱりオレの笑顔は、コイツにとって性格が悪いように見えるらしい。少し寂しいようだけど、それでも嫌いだとは言われないのだから、まだそんなに重い気持ちにはなっていない。
「はっ、お前それどうすんだよ。こぼれたら服汚れんぞ。それ制服なのに」
「ちょっ、待ってろ……」
「はいはい。…………は?」
オレが少しからかっていると、遥は予想外な事をしだした。
赤くなっている顔をチューペットの容器に近づけて、こぼれそうになっている中身の舌ですくいだした。多分無自覚でやっているんだろう。誰にどう思われるのかも分からずに。
それを見たオレは、思わず大声を出して止めた。
「だーっ!遥お前……それやめろ!舌しまえ!待て、新しいの持ってくるから!」
ドタバタとするオレを見て、遥は頭上にハテナマークを浮かべるような顔をしていた。
「は?なんで……」
「なんでってお前……。このバカが!」
「誰がバカだって!」
「お前だよ!ああもうとにかく……。その、人前で舌出すんじゃねえ!変に思われるだろうが……!」
自分の顔のみならず、体の温度が上がっていくのが分かる。遥はオレの言葉を聞いて、なんのこっちゃと思っているのだろうが。
「お前、行儀とか気にする方だったか?」
「今回は別の問題だわ。行儀とかの次元じゃねえよ」
駄菓子屋の冷凍庫から、新しいチューペットを持ってくる。そっちは冷え切っていて、真ん中から割ってしまっても大丈夫そうだ。
「こっちどうすんだよ」
「別のに使う。とりあえずお前こっち」
遥が持っているチューペットを半強制的に回収して、新しい方を渡す。
チューペットは、もはや冷たくもない汗をかいていた。焦ったオレと同じように。
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