糖花のような恋に落つ
「__であるからして、この場合は__」
遥に金平糖を渡した次の日。オレは大学には来たものの、昨日の事で講義が全く頭に入ってこなかった。こんな事なら、コマ数気にして一限なんて取らなければよかった。頭に入らない講義を受けるくらいなら、休んだ方がマシだったかもしれない。教授の話がろくに頭に入らない。
「おい、樫木くん。ちゃんと僕の話、聞いているかい?」
「えっ?あ、あの、すあせん……」
あまり話を聞いていないのがバレたか、教授に注意されてしまった。注意を受け、姿勢を改めて、ちゃんと聞こうとはしてみるのだが、やっぱり昨日の事が頭の中でループ再生され続ける。もう講義を聴いていられる状態ではないような気すらある。こっそりと途中退室してしまおうか。この教授はテストの成績重視な人だし、ここで途中退室しても良いのかな。
そうこう考えていると、教授と一瞬目が合った。睨まれているのか、ただ教授の目つきが悪いだけか、教授の視線がとても気まずい。もうここまで来たら、吹っ切れて早退しようか。メモでも書き残せば問題はないだろう。ただ出席が取り消されるかもしれないだけで。
オレはノートをリュックに入れた代わりにメモを取り出し、メモにさらっとそれっぽい事を書いておいた。頭痛とだるさがあるため早退しますと書いて、オレは静かに講義室から去っていった。
頭痛とだるさは、別に言い訳じゃない。実際ぐるぐる思考のせいでだるいし、頭は重いし、合っていると言えば合っているし、合っていないと言えば合っていないのだ。それだけだ。
「あー、コマ数どうしよ……。まあギリギリ足りるし、いっかな……」
早退した事に少しばかり悩みつつも、もう取り消せないし、講義室までは遠いし、もう疲れてしまったのでこのまま帰ろうかと思う。帰ったら、適当に遥へのお礼でも考えるか。
[水平線]
家までの帰り道には、オレがいつも店番をしている駄菓子屋がある。今日はオレが大学に行く言っていたので、バアちゃんが店番をしていた。
「……おう、バアちゃん」
オレが声をかけると、バアちゃんはびっくりしたような顔を浮かべた。そりゃそうだろう、大学に行っていると思っていたヤツが、急に目の前に現れたのだから。
「まあ、●●くん。どうしたの!」
「さっき講義早退してきたんだよ……」
「どうして……!」
「その……考え事があってよ。全然講義に集中できなかったんだわ」
バアちゃんはオレの話を聞きながら、心配そうな表情をしていた。なんでそんな顔をするんだと思いつつも、嘘は吐いていないはずなのに、オレはバアちゃんのその顔のせいで、感じなくて良いはずの罪悪感と背徳感にざわついた。
「まあそうなの。お疲れ様。お菓子食べるかい?」
「おう……」
バアちゃんは、いつもオレに心配そうな顔を向けてくる。そんな顔をする正確な理由は知らないが、それを見ていると、うっすらとワケが分かってくるような、分かってこないような、そんな気がする。
きっとバアちゃんは、もうオレに親と呼べる親がいないのを心配しているんだろう。実際、バアちゃんがオレに不安そうな眼差しを向けてきたのは、オレの親がふたりとも死んだ時からだった。
オレの親は、どちらも老衰でこの世を去った。父親も母親も、どちらも死ぬ時は眠っているようだったのをよく覚えている。でも、血の気は全く通っていなかったから、それを見た時に、オレはどんな気持ちを抱えればいいのか分からなくて、泣く事さえできなかった。それからだった。バアちゃんがオレを気遣うようになったのは。バアちゃんが心配そうな顔をするようになったのは。
「お菓子、何が良いかい?」
でも、バアちゃんはいつも優しい。無理な気遣いみたいな優しさじゃなくて、オレを理解したうえでの優しさだと感じる事ができる。
「……じゃあ、金平糖で」
「金平糖ね。●●くんは金平糖が好きね。そこにあるから、お食べ」
オレはお菓子が並ぶ棚の中から、金平糖を一袋取り出した。昨日、オレが遥に渡したのも、この金平糖だったな。
思い出すと、またあの気持ちが蘇ってきた。本当に、この気持ちはなんなのだろうか。これが俗に言う恋や愛というものなのなら、なんだか拍子抜けだ。というか、そもそもオレは男に恋をするのか。それが嫌という訳ではないのだが、信じたくないような感じがする。でも、もしこれが恋慕からくる愛情だったとしたら、それを信じるしかないのか。
「うーん……」
気付けば考え事をしてしまう。そしてアイツの事を思い出してしまう。止められそうにはないのかもしれない。
「……●●くん。さっきから悩んで、どうしたの?」
「バアちゃん。恋ってさ、どんな気持ちになるんだ……?」
「え?」
「ん……。ああ、わりい!そのさ、色々考え事あってよ……」
オレは気付けば、バアちゃんに質問してしまった。この人に聞いてどうなるかは知らないが、とりあえず人に聞きたいと本能が言ったのだろう。
バアちゃんは、少し考えてから、こう答えた。
「そうだね……。私が恋した時はね、胸がドキドキして、この人を大切にしたいっていう気持ちになったね。あとは、少し不安な気持ちにもなるかな」
バアちゃんが言った内容は、おおかたオレが遥に感じた事と共通していた。守りたい、というのは少し違うが。だって、アイツは自分で自分の身を守るだろうし、オレが守ろうもんなら逆に嫌われそうだし。
守りたいは無かったが、それ以外はほとんど同じだ。ドキドキして、不安な気持ちになる。
もしかしたら、これは本当に恋なのかもしれない。
「●●くん。もしかして、恋したの?」
バアちゃんはいきなりそんな事を言う。急すぎるもんだったから、オレはびっくりして金平糖の袋を落とした。拾いながら返事する。
「いきなりんな事言うなよ…………。その、バアちゃん」
そこまで言いかけて、オレは一瞬言葉を詰まらせた。同性に恋したかもしれない、しかも相手は高校一年生だなんて、本当に言っていいのだろうか。言って幻滅されたらと考えると、少し怖いような気もする。
でも、ここで助言を求めないとまずいような気もした。幻滅されるかもしれないのは怖かったけど、オレはとりあえず、一歩だけ踏み出してみる事にした。
「その、オレさ……。男に恋しちまったかもしれねえ」
予想通りと言うべきか、バアちゃんはオレの言葉を聞くやいなや、唖然としていた。失望されてしまっただろうか。
「相手はさ、風鈴の……一年……なんだけど」
バアちゃんは静かにこっちを見つめる。その視線は、今までの迷いあるような不安な目とは違って、驚いているものの、迷いがない目だった。どんな感情なのか分からない。
「その……バアちゃん、ごめ」
「●●くん……!すごいねぇ!」
「え?」
しかし予想に反して、バアちゃんから出てきた言葉は、オレを肯定するような、暖かい言葉だった。
「す、すごいって?」
「男の子でも、年下の子でもね、恋するっているのはおめでたい事だし、間違っていないよ。それで考えていたのかい?大丈夫だよ。恋っていうのはね、人を傷つけない限りは、どんな形であってもいいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中のわだかまりが一気にほどけたような、そんな感覚がした。ほどくための鍵は、答えはシンプルだったのだ。
「そっか。間違ってないのか」
「そうだよ。応援してるよ!」
バアちゃんのきらきらとした目を見たのは、いつぶりなんだろう。いつも以上に清んだ瞳を向けてくるから、こっちが感動してしまう。
こんなちっぽけな事で思い悩んでいたのが、なんだかバカみたいだった。
「応援してくれるのか」
「うん!」
「じゃあ期待には応えねえとな」
オレは立ち上がった。店の外を見ると、青空が[漢字]燦然[/漢字][ふりがな]さんぜん[/ふりがな]と輝いていた。きらきらとしていた。
「早速遥に会いてえな……」
「その子は、遥くんっていうのかい?素敵なお名前だねぇ」
「そうだな」
なんだか、気持ちに一段落ついた気がした。
オレは恋をした。
遥に金平糖を渡した次の日。オレは大学には来たものの、昨日の事で講義が全く頭に入ってこなかった。こんな事なら、コマ数気にして一限なんて取らなければよかった。頭に入らない講義を受けるくらいなら、休んだ方がマシだったかもしれない。教授の話がろくに頭に入らない。
「おい、樫木くん。ちゃんと僕の話、聞いているかい?」
「えっ?あ、あの、すあせん……」
あまり話を聞いていないのがバレたか、教授に注意されてしまった。注意を受け、姿勢を改めて、ちゃんと聞こうとはしてみるのだが、やっぱり昨日の事が頭の中でループ再生され続ける。もう講義を聴いていられる状態ではないような気すらある。こっそりと途中退室してしまおうか。この教授はテストの成績重視な人だし、ここで途中退室しても良いのかな。
そうこう考えていると、教授と一瞬目が合った。睨まれているのか、ただ教授の目つきが悪いだけか、教授の視線がとても気まずい。もうここまで来たら、吹っ切れて早退しようか。メモでも書き残せば問題はないだろう。ただ出席が取り消されるかもしれないだけで。
オレはノートをリュックに入れた代わりにメモを取り出し、メモにさらっとそれっぽい事を書いておいた。頭痛とだるさがあるため早退しますと書いて、オレは静かに講義室から去っていった。
頭痛とだるさは、別に言い訳じゃない。実際ぐるぐる思考のせいでだるいし、頭は重いし、合っていると言えば合っているし、合っていないと言えば合っていないのだ。それだけだ。
「あー、コマ数どうしよ……。まあギリギリ足りるし、いっかな……」
早退した事に少しばかり悩みつつも、もう取り消せないし、講義室までは遠いし、もう疲れてしまったのでこのまま帰ろうかと思う。帰ったら、適当に遥へのお礼でも考えるか。
[水平線]
家までの帰り道には、オレがいつも店番をしている駄菓子屋がある。今日はオレが大学に行く言っていたので、バアちゃんが店番をしていた。
「……おう、バアちゃん」
オレが声をかけると、バアちゃんはびっくりしたような顔を浮かべた。そりゃそうだろう、大学に行っていると思っていたヤツが、急に目の前に現れたのだから。
「まあ、●●くん。どうしたの!」
「さっき講義早退してきたんだよ……」
「どうして……!」
「その……考え事があってよ。全然講義に集中できなかったんだわ」
バアちゃんはオレの話を聞きながら、心配そうな表情をしていた。なんでそんな顔をするんだと思いつつも、嘘は吐いていないはずなのに、オレはバアちゃんのその顔のせいで、感じなくて良いはずの罪悪感と背徳感にざわついた。
「まあそうなの。お疲れ様。お菓子食べるかい?」
「おう……」
バアちゃんは、いつもオレに心配そうな顔を向けてくる。そんな顔をする正確な理由は知らないが、それを見ていると、うっすらとワケが分かってくるような、分かってこないような、そんな気がする。
きっとバアちゃんは、もうオレに親と呼べる親がいないのを心配しているんだろう。実際、バアちゃんがオレに不安そうな眼差しを向けてきたのは、オレの親がふたりとも死んだ時からだった。
オレの親は、どちらも老衰でこの世を去った。父親も母親も、どちらも死ぬ時は眠っているようだったのをよく覚えている。でも、血の気は全く通っていなかったから、それを見た時に、オレはどんな気持ちを抱えればいいのか分からなくて、泣く事さえできなかった。それからだった。バアちゃんがオレを気遣うようになったのは。バアちゃんが心配そうな顔をするようになったのは。
「お菓子、何が良いかい?」
でも、バアちゃんはいつも優しい。無理な気遣いみたいな優しさじゃなくて、オレを理解したうえでの優しさだと感じる事ができる。
「……じゃあ、金平糖で」
「金平糖ね。●●くんは金平糖が好きね。そこにあるから、お食べ」
オレはお菓子が並ぶ棚の中から、金平糖を一袋取り出した。昨日、オレが遥に渡したのも、この金平糖だったな。
思い出すと、またあの気持ちが蘇ってきた。本当に、この気持ちはなんなのだろうか。これが俗に言う恋や愛というものなのなら、なんだか拍子抜けだ。というか、そもそもオレは男に恋をするのか。それが嫌という訳ではないのだが、信じたくないような感じがする。でも、もしこれが恋慕からくる愛情だったとしたら、それを信じるしかないのか。
「うーん……」
気付けば考え事をしてしまう。そしてアイツの事を思い出してしまう。止められそうにはないのかもしれない。
「……●●くん。さっきから悩んで、どうしたの?」
「バアちゃん。恋ってさ、どんな気持ちになるんだ……?」
「え?」
「ん……。ああ、わりい!そのさ、色々考え事あってよ……」
オレは気付けば、バアちゃんに質問してしまった。この人に聞いてどうなるかは知らないが、とりあえず人に聞きたいと本能が言ったのだろう。
バアちゃんは、少し考えてから、こう答えた。
「そうだね……。私が恋した時はね、胸がドキドキして、この人を大切にしたいっていう気持ちになったね。あとは、少し不安な気持ちにもなるかな」
バアちゃんが言った内容は、おおかたオレが遥に感じた事と共通していた。守りたい、というのは少し違うが。だって、アイツは自分で自分の身を守るだろうし、オレが守ろうもんなら逆に嫌われそうだし。
守りたいは無かったが、それ以外はほとんど同じだ。ドキドキして、不安な気持ちになる。
もしかしたら、これは本当に恋なのかもしれない。
「●●くん。もしかして、恋したの?」
バアちゃんはいきなりそんな事を言う。急すぎるもんだったから、オレはびっくりして金平糖の袋を落とした。拾いながら返事する。
「いきなりんな事言うなよ…………。その、バアちゃん」
そこまで言いかけて、オレは一瞬言葉を詰まらせた。同性に恋したかもしれない、しかも相手は高校一年生だなんて、本当に言っていいのだろうか。言って幻滅されたらと考えると、少し怖いような気もする。
でも、ここで助言を求めないとまずいような気もした。幻滅されるかもしれないのは怖かったけど、オレはとりあえず、一歩だけ踏み出してみる事にした。
「その、オレさ……。男に恋しちまったかもしれねえ」
予想通りと言うべきか、バアちゃんはオレの言葉を聞くやいなや、唖然としていた。失望されてしまっただろうか。
「相手はさ、風鈴の……一年……なんだけど」
バアちゃんは静かにこっちを見つめる。その視線は、今までの迷いあるような不安な目とは違って、驚いているものの、迷いがない目だった。どんな感情なのか分からない。
「その……バアちゃん、ごめ」
「●●くん……!すごいねぇ!」
「え?」
しかし予想に反して、バアちゃんから出てきた言葉は、オレを肯定するような、暖かい言葉だった。
「す、すごいって?」
「男の子でも、年下の子でもね、恋するっているのはおめでたい事だし、間違っていないよ。それで考えていたのかい?大丈夫だよ。恋っていうのはね、人を傷つけない限りは、どんな形であってもいいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中のわだかまりが一気にほどけたような、そんな感覚がした。ほどくための鍵は、答えはシンプルだったのだ。
「そっか。間違ってないのか」
「そうだよ。応援してるよ!」
バアちゃんのきらきらとした目を見たのは、いつぶりなんだろう。いつも以上に清んだ瞳を向けてくるから、こっちが感動してしまう。
こんなちっぽけな事で思い悩んでいたのが、なんだかバカみたいだった。
「応援してくれるのか」
「うん!」
「じゃあ期待には応えねえとな」
オレは立ち上がった。店の外を見ると、青空が[漢字]燦然[/漢字][ふりがな]さんぜん[/ふりがな]と輝いていた。きらきらとしていた。
「早速遥に会いてえな……」
「その子は、遥くんっていうのかい?素敵なお名前だねぇ」
「そうだな」
なんだか、気持ちに一段落ついた気がした。
オレは恋をした。
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