「ヒルチャールの〜、お兄さんが〜、病気に〜、なった〜！」
[漢字]璃月[/漢字][ふりがな]リーユエ[/ふりがな]に住まう子どもたちが、歌を歌っている。
この歌の名は、ヒルチャー[漢字]夢[/漢字][ふりがな]厶[/ふりがな]。
ある葬儀屋の堂主として活動している娘が書いた一遍の詩だが、かなりの大人気作である。どんな者も、この詩を称えることだろう。
そんな詩を書いた人間は、往生堂という葬儀屋にいる。

[水平線]
「水煮魚に海老蒸し餃子〜」
のんきに何かを口ずさんでいる彼女が、あのヒルチャー夢の作者、[漢字]胡桃[/漢字][ふりがな]フータオ[/ふりがな]だ。姓が[漢字]胡[/漢字][ふりがな]フー[/ふりがな]で、名が[漢字]桃[/漢字][ふりがな]タオ[/ふりがな]という。
天才詩人、なんて聞くと、なにやら仰々しいものを感じるが、この時の彼女には、そんな雰囲気など一切なかった。

[水平線]
「よし、今日の仕事はかなり上手かった！私ってばお見事！」
今日の仕事がかなり上手く行ったことに、胡桃はかなりの喜びを覚えていた。
晩ご飯は豪華にするかな〜などとのんきな発言をしていた胡桃だが、その瞬間。
「えっ、待ってよ。風が強いよ！！」
刹那、璃月に強い風が吹いた。
胡桃は必死に、自身の帽子を抑える。
「ぼ、帽子が吹き飛んじゃう〜！」
冗談っぽく言った彼女だが、次の刹那。胡桃の帽子が、フッと飛んでいった。
「ま、待って！！帽子！」
彼女の帽子は、どことも知らない場所に飛んでいってしまった。
胡桃は絶望しきった表情を浮かべて、それから風の方へと駆けていく。
「どこに…」

[水平線]
胡桃は、自分の帽子を何よりも大切に扱う。
まるで子供を育てるかのように、脆いガラスに触るかのように、優しく優しく扱う。
その理由は、彼女が被っている帽子が、祖父の形見であるからだ。
往生堂七十五代目当主の祖父の帽子を、形見として彼女が引き継いだ。
その帽子を、胡桃は何よりも大切にしていた。

だが今、その帽子はなくなった。
「ぼ、帽子…！待って……！！」
胡桃は走る。大切な物を探すために、走っていた。
「はぁ…、どこ！」
そんな時。
「む……、声がすると思えば、お前か。ちょうど良い所に来たな」
彼女に声をかけたのは、[漢字]三眼五顕仙人[/漢字][ふりがな]さんがんごけんせんにん[/ふりがな]、魈。
「あ、仙人…」
「先程、お前の帽子がこちらに飛んできたんだ」
「え、帽子があるの！」
胡桃は一気に目の輝きを取り戻し、その蝶の形をした瞳孔が映る瞳には、同時に帽子も映っていた。
「ちょ、ちょうだい！」
「急に騒がしくなるな…ああ、これだ」
魈が胡桃の元へ行き、そっと帽子を被せた。
「これは、お前にとって必要なものなのだろう？今回は我が拾ったから良いが、次からは気を付けることだな」
そう言ってから、魈はどこかへ飛んでいってしまった。
「…」
帽子を触りながら、胡桃ははにかんだ。
空には、一羽の蝶が飛んでいた。