追放された貧乏令嬢ですが特技を生かして幸せになります!
私のピアノの演奏を聴き、人々の興奮は止まないようだ。もっと弾いてくださいと言われ、私はありとあらゆる弾ける曲を弾いた。ベートーヴェンに、モーツァルトに、ショパン、バッハやシューマン……私にはなじみ深い曲だが、この世界の人々は初めて聴く曲ばかりだ。
(そうですね……
これらの音楽家は、いわゆる天才だから、初めて聴くと驚く決まってる。)
そして、喜んでもらえて嬉しい私は2時間以上も曲を弾き続け、しまいには指が悲鳴を上げ始めた。
「もうそろそろ、指が疲れて弾けません」
弱音を吐く私に、残念そうにマリーが告げた。
「将軍に聞いてもらったら、将軍も驚くかなぁと思ったのですが……」
そこで、はっと、アンドレ様の存在を思い出した。みんなで楽しくしていたからすっかり忘れていたのだが、私はアンドレ様と結婚したのだ。
だが……
(アンドレ様が、私のピアノを聴いたところでなにも変わられないでしょう)
心の中でため息をつく。きっと私は暗い顔をしてしまったのだろう。ヴェラがポツリと告げた。
(あのアンドレ様が、私のピアノを聴いたところで何も変わられないでしょう)
心の中でため息をつく。きっと私は暗い顔をしてしまったのだろう。ヴェラがぽりつり告げた。
「将軍は無視されるかもしれませんね。
私たちも、リア様と将軍がお近付きになられるのが、一番嬉しいの
ですが…」
私だってアンドレ様にもう少し近付きたい。たとえそこに愛がなくとも、普通に生活して、普通に話をして・・・・・・・そんな関係を望むのは、贅沢だろうか。
アンドレ様だって、あの様子では全てを抱え込んでおられるように見える。私は妻として、アンドレ様のよき理解者になりたかった・・・・・..
「ご、ごめんなさい。将軍があんなだから、リア様にはご負担をかけたくなかったのですが、ついお節介なことを言ってしまって」
マリーが心底申し訳なさそうに頭を下げる。
(私は、マリーやヴェラに気を遣わせて、何をしているのだろう・・・・・・)
「そんなことありません!」
私は二人に告げていた。
「確かに今はアンドレ様との距離は遠いです。ですが少しずつ、近付くことを祈っています」
使用人たちを見ていればすぐに気付いた。彼女たちは日々アンドレ様に法えて生きているのだということに。
私にはフレンドリーに話してくれているものの、アンドレ様の話をするときは決まって顔が強張っている。その様子を見ると、なんだか切ない気持ちになるのだった。
こうやって館の使用人たちと楽しい時間を過ごし、昨日と同じように一人で夕食を食べ、使用人たちに拒まれながらも食器を片付けていると…・・・・・不意にガチャリと扉が開く音がした。扉の音を聞き、使用人たちがビクッと身を震わせる。その様子を見て、察してしまった。
(アンドレ様のお帰りですね)
私はすかさず玄関へと向かう。頭の中には、私のお母様の姿が思い浮かんだのだ。どんなに貧しくとも、お父様が仕事から帰ると、笑顔
で迎えに行く・・
だから私は当然、夫が帰った際は出迎えるものだと思っていた。
「お帰りなさいませ、アンドレ様」
玄関の前には、昨日と同じグレーの騎士服を着たアンドレ様が立っていた。シャンデリアの光で、銀色の髪がきらきらと輝いている。見惚れるほどのいい男なのに、その瞳は昨日と同じく、私を拒絶するように冷たい。あまりのその冷たさに、思わず怯んでしまうが・・・・・・ここで負けてはいけないと思った。
「アンドレ様、お願いがあります」
私は彼に頭を下げていた。
「私、今日はピアノの練習をしていました。・・・・・・アンドレ様にも聴いていただきたく思います」
気まずい沈黙が訪れる。
ヴェラの言う通り、アンドレ様は私を無視するかもしれない。聴いてくれるだなんて期待もしていない。だけどこうしていつも話しかけていれば、いつかは応えてくれる日が来るかもしれない。きっとこの戦いは長期戦だ。
沈黙の私たちを、マリーとヴェラはハラハラして見ていた。マリーとヴェラだけでなく、その他大勢の使用人が手を止め、この冷酷無慈悲な将軍と哀れな妻を眺めているのだ。
(アンドレ様が聴いてくださらなくても、館の皆さんがいますね・・・・・・)
アンドレ様は私を黙殺するのかと思っていた。だが、表情一つ変え
ず、刺すような声で告げる。
「早くしてくれ。私は暇ではないんだ」
(え......それってまさか・・・・・・)
「聞いてくださるのですね!!」
予想外の反応に、私は満面の笑みを浮かべていた。拒絶されるものかと思っていたのに、まさかピアノを聴いてくださるなんて・・・・・・.
私はアンドレ様の前に立ってホールへ入り、その後にアンドレ様が続く。どこかへ行ってしまうかもしれないと思ったが、意外にも私の後についてきてくださるのだ。そして私は、アンドレ様が購入したというそのピアノの蓋を開け、椅子に腰かける、そして鍵盤に手を置いた。
(せっかく聞いてくださるのだから、失敗するわけにはいきません)
そして、将軍であるアンドレ様にぴったりだと思った『ポロネーズ第六番 英雄』を弾き始めた。