追放された貧乏令嬢ですが特技を生かして幸せになります!
シャンドリー王国領へ入るまでに五日間、そこから王都までさらに五日間の旅路だった。さすがに最後のほうは疲れてきて、馬車の扉が開かれた時は、檻の外に出られる猛獣の気分だった。
馬車の扉の外は、暖かい太陽の光が降り注ぐ地だった。先端が見えないような、大きな王城。王城を囲む、巨大な堀。頑強な橋に、王城を囲むように並ぶ石造りの家。どれも立派でバリル王国の王都の規模を遥かに超えている。シャンドリー王国は、噂通りの大国だったのだ。
「わぁ……」
思わず見惚れていると、
「ブランニョール嬢」
黒いスーツを着た男性に呼ばれた。
「お疲れのところ申し訳ございませんが、このまま結婚式を執り行います」
唐突な言葉に、思わず
「えっ!?」
と声を上げてしまった。
(ちょっと待って……いきなり結婚式ですか?)』
聞けるはずもなく、はいと笑顔で頷く。すると、スーツの男性は申し訳なさそうに告げた。
「将軍様は多忙です。結婚の手続きを終えたら、勤務に戻られます」
「承知しました」
笑顔で答えつつも、なんだか胸がチクチクする。結婚式と言えば、両親や友人に囲まれ、素敵なドレスを着て挙げるものだ。式が終われば披露宴で、美味しい料理を食べ、ダンスパーティーなんかもあったりする。花嫁にとって、人生最大のイベントだ。
それなのに、今このまま結婚式……?事務的な結婚だということを、ありありと感じる。
(結婚には期待しちゃ、いけませんね)
気を取り直して、口角を上げてスーツの男性の後を追った。
スーツの男性は、白い大きな建物の前で止まった。建物の上部にはステンドグラスが輝いている。きっとここは教会なのだろう。そして、この中に夫となるアンドレ将軍がいるのだろうか。
冷酷無慈悲な将軍と聞き、私はアンドレ将軍の姿を勝手に予想していた。
(彼はきっと大男で、髭なんて生えている。戦いが全てだから身なりも気にしなくて、お世辞にもかっこいいとは言えないでしょう)
でも、それでいいと思っていた。もちろんこの結婚に恋愛感情はないし……慎司も大柄な男性だったから。ひと目で体育会系だと分かり、見た目も暑苦しい男だった。だが、前世の私は慎司の見た目なんてどうでも良かった。見た目よりも、慎司の内面に惹かれていたのだ。
(でも、今世では、惹かれるなんてことはないかもしれないなぁ)
色々思いを巡らせている間に扉は開かれ、教会の中に光が差し込んだ。
燭台が置かれたテーブルの向こうには、年老いて眼鏡をかけた神父が見える。その手前にタキシードでも礼服でもなく、グレーの騎士服装の男性が立っていた。すらっと背が高く、白銀色の髪が輝いている。そして、遠くからでも彼が整った顔立ちをしていることが見てとれる。
(まさかの美男ですか!?)
思わず舞い上がりそうになったが、彼の瞳を見て察した。
(美男ですが、拒絶されているようです。)
そう。彼は、鋭い瞳で思いっきり私を睨んでいるのだ。冷酷無慈悲な将軍と言われるのも頷けた。
「は……はじめまして。リアと申します。」
出来る限り笑顔を作り、彼に頭を下げる。すると彼は、冷たい瞳を私からそらし、ぶっきらぼうに告げた。
「アンドレ・ルピシエンス」
(やっぱり、この方がアンドレ将軍なんですね)
まじまじと夫になる男性を見ていると、彼は再びぶっきらぼうに告げた。
「何をしている。早く婚姻関係を結べ」
「は……はいっ!!」
それから行われた結婚式は、憧れていた。結婚式とは全く違うものだった。事務的に婚姻届を記載し、神父が認めて、祈るだけの簡素なものだった。ゲストもいないし、気まずい沈黙が続くのみ。神父に至っては、アンドレ将軍に怯えてるようだ。青ざめた顔で、将軍を見て、彼の怒りを買わないように、一言、一言、慎重に言葉を発する。
(予想以上に凄い人と結婚してしまいました……)
でも、夫婦になるからには、歩み寄らなければならないと思うのも事実。怖いからと避けていたら、何も始まらないだろう。
婚姻届に神父がサインをすると、アンドレ将軍は踵を返して出て行こうとする。
(怖いけど、ここは……)
「アンドレ将軍!」
そこでふと思った。彼は将軍だが、私にとっては夫だ。将軍なんて他人行儀な呼び方は、いけないのかもしれない。
「アンドレ様」
彼は相変わらず冷めた瞳で私を睨むが、私だって負けない。
「これから、よろしくお願いします!」
まるで何かの面接のようだ。アンドレ様は、頭を下げる私を、冷めた瞳でじっと見ていた。しばらくして、彼はようやく口を開いた。そして案の定、その言葉は私の胸を抉るものだった。
「そういうものは、いらない」
顔を上げると、彼の冷たい瞳と視線がぶつかる。
「あなたは知っているだろう。この結婚は、私の体裁を保つためのものだ。
もちろん、私はあなたに興味はない」
わかっているが、面と向かって言われると、正直へこむ。そして彼は容赦なく、私に辛い言葉を吐き続けるのだった。
「これは契約だ。
あなたが妻という仕事を引き受けてもらえば、何をしても構わない。あなたが他の男と恋に落ち、子供が出来たとすれば、私は私の子供と認知して育てよう。
仮に他の男との子供ができなければ、養子をとっても構わない」
何という言葉だろう。アンドレ様は、私が他の男と子供を作ることを望んでいるのだろうか。私と子供を作ることは考えもしないのだろうか。愛のない結婚ということを、ありありと思い知った
(だけど私、まだまだ頑張ります!!)
「承知しました」
ありったけの笑顔でアンドレ様に応えた。だが、アンドレ様は踵を返し、私に見向きもせずに去っていった。その背中全体で私を拒絶しているようだった。