二次創作
イカれたメンバーを紹介するぜ!
side カノ
ワタシはクイと一緒に二人だけでこっそりと出かけている。なぜなら、ワタシが美味しいく人肉を食べたいという願望を抑えきれず、そしてクイもそういう事ならばとワタシの護衛と好奇心を満たすためについてきた。だが、クイはどうやら不安な様子で延々と俯き歩いている。
「…どうしたんだい、クイ。」
「ノア様とヒノ様が心配で…変な輩が入ってこないか心配なんです…。」
とてもクイらしい悩みだ。元軍人で幹部クラスの彼らを舐めているのかといえばそうではないのだろうが、それでも心配なものは心配なのだろう。
「まあ、大丈夫だよ。彼らを侮ってるわけじゃないだろう?」
そうやって軽く宥めてみるが、どうやらクイはそうもいかない様子。そわそわとずっとしており、いつも威風堂々としているクイからは予想出来ないような姿だ。
「そうですが…今はお休みになられているので心配で…でも、ノア様とヒノ様ならそこら辺の輩ごとき一撃だとは思っているのですが…でも…お休みになっている間は無防備ですし…レノがいると言ってもあいつも寝ているので…誰もノア様とヒノ様を守られないのですっ!!」
クイがいつも数時間ほどお昼寝をしている理由が分かった。どうやらクイは夜はいつも不審者がいないか見張っていたらしい。クイは確かにあまり眠らずとも普通に活動できるショートスリーパーだが、それを活用しワタシ達の護衛についていたとは、思いもしなかった。
「そんなに心配ならば、家にいればよかったのに。」
そう指摘しても、狂信者と言えるほどの忠誠心があるクイはやはりそう簡単に振り切られないらしい。夜中だというのに、少々大きな声を発しながらクイは爪を噛んでいる。これはきっとノア兄さんの影響だろう。ノア兄さんが神経質になってしまった時の姿でも見たのだろうか。
「それも心配なのです!! カノ様がおひとりで出掛けるのも…ううっ。」
うめき声をあげてクイは頭を抱え始める。しゃがんで頭を抱え、本当に困っている様子だ。こんなに困り果てこんなポーズをする人間など、空想の世界だけかと思っていたが、そうではないらしい。人間は真に困った時本当にこんな事をすると知れるという意外な収穫があり満足だ。
「…いつもそんなにワタシ達の事を第一に考えていたのか。ありがたいよ。とても嬉しいね。」
少し驚いてはしまうが、守られていたり愛されていたりされて嫌な気分にはならない。まあ一応クイに対してお礼を言っておく事にした。するとクイの顔が一気に明るくなり、ワタシの方へと顔を上げる。
「お褒めに預かり光栄ですっ!!」
あまりの声の大きさに肩がびくりと跳ねた。するとまたクイの顔が暗くなり、背負っていたカバンから何かを取り出し始める。手に握られていたのはマチェーテだった。
「す、すみませんっ!!」
焦ったよう、というよりかは罪悪感を感じているらしく、眉を八の字に曲げながらクイは自身の首にマチェーテを構える。
「…自分の首は切り落とさなくていいからね? 落ち着いて?」
「はいっ!」
そう、クイは一度ヒノ兄さんにぶつかってしまったという事で首を自身のマチェーテで落とそうとした過去があるのだ。その後、ワタシ達がもういいと言うまで謝った挙句暫く更に従順になっていた。クイはいつもワタシ達に迷惑をかけたと判断した瞬間、首を落とそうとする為静止が面倒だ。だが、こういうのもいい小説のネタになると思っている。だから誰もわざと止めないのだ。
「よーし…いい子だ…いい子だからねクイ…もう謝らなくていいからね…。」
「はいっ!!」
まあ、分かってくれたのだからよしとしておこう。
「あー…話がずれたね。まずは…。」
ポケットに入れておいたメモ帳を取り出し、秘密裏に二人で立ててきた今日の計画を確認する。
「……失神させてから拉致か…よし。」
防犯が強化されている為、慎重に動かなければならない。監視カメラは壊すか何かすればいい。顔を隠す為に仮面を用意しておいたが、これで完全にバレないというわけではないだろう。顔が割れてしまえば元有名人という立ち位置で一瞬のうちに警察に狙われるのは予想できる。ワタシ達ならば警察ぐらい簡単に殺せるとは思うが、追っかけられる事だけは勘弁。出来るだけ慎重に動くか、わざと捕まって小説のネタにするかの二択しかないのだ。
「失神させると言っても、一旦ボク達の家に拉致しませんか? 拉致してから地下室で実験すれば、声も聞こえませんし…。」
「おお! その案いいね!! よし、そうしようか!!」
「お褒めに預かり光栄ですカノ様っ!!」
またクイは大声を発する。忘れていた時の不意打ちは確かに驚いてしまうが、もうワタシは慣れた。クイは確かに声量が基本もの凄いがもう大丈夫だろう。
「よし…まあ、当たり前だけど一人で歩いてる奴が狙い目だね。」
クイはいつの間にかもう標的を見つけてしまっていたらしい。じいっと誰かがいる暗闇の方へと目を凝らしている。
「…そっちにいるんだね。なるほど。」
ワタシは瞬時的に標的がいるであろう元へ向かって行った。扱いにくく薙刀とは違うが武器も携えている。これならばワタシの腕を持ってすれば男を気絶させるぐらい余裕だろう。
「あっ…カノ様っ!!」
クイは恐らくワタシを追いかけてきているのだろう。慌てた声でワタシを追う足音が聞こえる。
「カノ様っ!!」
クイはワタシより前に立った。ワタシを守るようにして。一瞬にして追い付かれたという事に少し驚いたが、直ぐにワタシは微笑む。流石クイだ。男が暴れるときにワタシに傷がついてしまう事を恐れたのだろう。そして大きな血痕がついているマチェーテが手には握られている。
「カノ様に指一本でも触れてみろ。蹴り殺してやる。」
「あああああぁぁぁああぁぁあああぁああああああぁあぁっ!!」
男は前にいたクイに見向きもせず、ワタシに一直線にやってきた。男はナイフを持っており、そのナイフを突きつけてやってくる。
「えっ___________」
クイの腑抜けた声が静かに響いた。だが、ワタシもクイも元軍人。これ如きで慌てふためき防御態勢がとれないわけがない。ド素人の攻撃などで傷つくワタシなどではない。
「おっと…うーん、薙刀に慣れてしまったからか何となく扱いにくいね。これで本当に戦えるか心配だよ。でも…あれを持ってくれば悪目立ちするし…しょうがない事なのかな。」
ワタシは持っている短刀でその攻撃を薙いだ。腕が片方無いが仮にも元幹部。こんなレベルの攻撃ならば余裕で防げる。だが、そこら辺の人間にしては少し手馴れている気もする。まあ、そんな事はどうでもいい。ワタシは、クイがどうしてもというので護身用にワタシは短刀を懐に忍ばせていたのだ。薙刀のようにリーチはないが、近接武器ならばまだ扱える方だろう。どうせ、クイがワタシに付きっ切りで守り通すのだろうが。
「…カノ様に、何をしようとした?」
怒っている様子でクイは男を見下ろす。激情して男を蹴り殺さなければいいのだが、まだ命令していない為安全だろう。だが、昂ぶりすぎた場合クイは我を忘れてしまう。男を殺す時はまだまだ先だ。クイが男を蹴り殺さなければいいのだが。
「っ…。」
男は息詰まったように言葉を発するのを抑える。それがもどかしかったのかクイは目を見開いて男の腹を軽く蹴った。男は軽く蹴ったと言ってもクイの体格ならば中々痛いだろう。変に痛めつけてしまえばしっかりとしたデータが取れないかもしれない為、遠慮してほしいのだが、まあいいだろう。これもデータをコンプリートする為の道のりだ。
「答えろッ! 何をしたのかと聞いているんだッ!!」
間髪入れずにクイは叫んだ。それほど激情してしまっているのだろう。当たり前だと言ってもいいが、この男を殺してしまうのはまだ惜しい。あんな他人にナイフを向ける事を躊躇せず、受け身だってまともに取れていた。ならば、小説のネタになるか調査するしかない。
「クイ…大丈夫だよ。これ以上はもういい。変にストレスをかけてしまうと肉が美味しくなくなるかもしれないからね。」
「承知いたしました。カノ様。」
クイがマチェーテをカバンに仕舞う。そして、男が元は持っていたがはじかれたナイフをマチェーテのついでにカバンに仕舞った。そうしてからクイは勢いよく男の首根っこを蹴る。
「…よし、気絶しました。」
あんなに躊躇なく弱点を蹴れるとは、やはりワタシ達が見込んだだけある。まあ戦争によってただ単に倫理観を失っただけの話かもしれないが。そうだとしても、クイに才能があるのは確かだろう。
「よし、急ごうか。だらだらすれば日が昇ってきてしまうかもしれないし、彼らとこれが起きない間に。」
・・・
ワタシ達は急いで、そして誰にも見られぬように自分の家へと足を運ばせた。いつも解剖したり好奇心を満たす為の場所、地下室へと男をはこんっできくる。男は想像以上に強い眠りについていたらしく、多少揺らそうとも起きなかった。
「うーん…起きるをの待っても暇だし彼らが先に起きてしまっても厄介だね。起こしてしまおうか。痛みを与えらればいいかな。」
「承知いたしました。」
クイは勢いよく男の腹を蹴る。逆に更に深い眠りについてしまいそうでもあるが、起きなくともまた捕まえてこればいいのだから良しとしよう。
「う…あ…?」
男がうめき声をあげて瞼を開ける。ワタシがちゃんと見えているのか確認する為、手を軽く振って見せた。
「おはよう。よく眠れたかい? 目が覚めるまで待ってあげようか?」
一応の礼儀に、おはようという挨拶だけ交わしておく。挨拶を交わさない野郎と共感を求めてくる奴はワタシが最も嫌いな人間。まだ犯罪者の方が小説のネタになるだけ好きになる余地はある。共感を求めてくる人間は自分の意思をはっきりさせていなくて嫌い。挨拶を交わさない野郎はシンプルに不快だ。
「………挨拶ぐらい返してくれないかい? 礼儀がなっていないね…。」
少しだけ不快になってしまう。まあ、寝起きでいきなり知らない場所に連れてこられたというのだから硬直してしまっても無理はない。
「まあ、しょうがないね。起きたようだけど…まだ寝ぼけているのかい? それならちゃんと目を覚ますまで待ってあげよう。」
「さっさと起きろ。カノ様が退屈しているだろうが。」
男は暫くワタシ達を見つめた直後、いきなり大きな雄叫びをあげた。ワタシ達の存在が怖いのか、部屋の隅に逃げワタシ達をじっと見つめながらびくびくと震えている。
「そんな顔する事はないだろう…まあ、小説のネタになりそうだしいいけど。」
こんな調子でしっかりと遊べるのかは不思議だが、遊べなくとも小説のネタになればいいだろう。この男如きにあまり期待していない。一応どんな反応をするのかだけメモだけしておこう。ワタシはメモとペンをポケットから取り出す。
「よし、クイ。一旦好きにしていいよ。」
「はっ。承知いたしました。」
クイに任せればほとんどの事象は面白くコーティングしてくれるであろう。正直男に対してはほとんど期待なんてしていないが、クイならもしかすればこんな野郎も面白くしてくれるかもしれないのだ。
「ならば…少しキサマに対して確認をさせてもらうなァ。キサマ、このお方の名を知っているか? 正直に答えろよォ…カノ様とボク様の目の前でそう易々と嘘をつこうだなんて企まない事だなァ。」
いつもの多少乱雑な口調に変わる。ワタシ達三兄弟にだけ、ああいう丁寧な口調と敬語を使うのだが、知らない人間に対しては警戒心が強いのか威風堂々と冷たい姿勢で話している。こんな二重人格のような裏表が激しい性格も、こんな中々ないような忠誠心なのだ。どちらもいい小説のネタになるだろう。ワタシは二人の邂逅を口を挟む事なく見つめる。
「……そこの少年の名を…俺は知っている。俺は戦場に立っていたからだ…お前も、戦場に立っていたんだろ? きっとお前は陸軍幹部のクイ…なんだろう? 知っているぞ…。」
こんな状況であまり慌てず冷や汗はかいているものの、受け答えできている様から、やはり戦場に立っていた者は違う。肝が据わっており、ワタシ好みの性格をしている。こいつは中々面白そうだ。そしてワタシを少と言っていたところから、ワタシに関する知識はあるようだ。久しぶりに少年と呼ばれたような気がして、少し嬉しくなってしまう。
「ほう…元軍人なのか。そして…ボク様が元陸軍幹部という事を…知ってるんだな。ならば他のお二方ももちろん知っているんだろうなァ…? 歴史に名を残し全人類が崇め奉らなければならないほど崇高な人物なのだぞ…知らないというのはこのボク様が許可しないからなァ。」
クイは早口で男を詰めたてる。一方男はその気迫に押されている様子だ。この様子は小説のいい参考資料になるだろう。感情表現などはリアリティがなければ面白くなく、リアリティがなければ感情移入などできない。
「…分かった。確か…ヒノ様と…カノ様…と…。」
「えっと…え…あれ…誰だっけ…?」
ワタシとヒノ兄さん、最後にノア兄さん、と来て言葉を詰まらせる。確かにノア兄さんは好成績で、確かに名は知れていたものの、決してと言っていいほど顔を見せようとしていなかった。他人に追っかけられる事を好まず、一般人として生きたがっているノア兄さんからすれば好成績だと言ったものの、あれは手を抜いている。目立ちたくないから。だが、手を抜いていても隠し切れない物はあるというもの。それに対して夜中、リビングで物悲しく一人呟いていた所をこのワタシが確認している。
「…ッ。キサマ、ノア様を知らないというのだなァ。キサマの時事に対しての知識はおざなりだという事がよく分かったぜェ…。」
どうやらクイはお怒りのようだ。マチェーテを構えて男に近づいて行っている。そんな事をされようが男は冷静で、小説に登場させる事が出来たならば、その小説の登場人物は最高峰といえるだろう。ワタシ達を目の前にしてこんなにも冷静な人物はなんやかんやで初めてではないのだろうか。テンションが段々と昂ぶってくるのが分かる。
「えー…ノア兄さんを知らない人間なんてそうそういないと思ってたけど…いるんだね。」
確かに顔を知らない人間は多いと思うが、名前さえ忘れている人間はいないとばかり思っていた。まさかこんな所で見つけるだなんて、ワタシは夢にも見ていない。それほど時事に興味がないのだろうが、せめて名前ぐらいは覚えておいてほしいものだ。
「そーだノア様だ…やっと思い出せた…。」
「フン。思い出したかマヌケがァ。今すぐにでも蹴り殺してやりたいが…カノ様がまだ遊んでいないからなァ。殺さずにおいてやるよォ。」
クイにしては確かに我慢している。こんなにも我慢できるだなんて、とてつもなく我慢しているという事が分かった。ぎゅっと拳を握りしめて我慢している。ぷるぷると拳が震えてしまうほど力を込めている。
「…それで。ご三方の立ち位置もちゃんと把握しているのだろうなァ? 一般常識だぞ…。」
クイがさらなる質問を男に与える。「さっさとしろ。」と急かすクイを横目に、男は冷静に受け答えした。
「…知っている。知っているから待て。確か…ヒノさんは幹部で…。」
一応知っているのか、それとも肝が据わっているのかホラを吹いているのかは知らないが、どちらでも小説のネタになるだろう。
「おいキサマ。何故『様』をじゃないんだ? 本当にお三方の事を敬愛しているのかァ?」
初めて出会った人間では分からないような地雷が出てくる。ワタシ達を様付けしないと怒ってしまうのだが、少し話したぐらいじゃわからないだろう。
「はあ…!? 違うっ!!」
男の驚いたような声が響いた。クイは聞く耳など持っていない様子で、男の言葉を無視し続けて声を発する。
「ところで…つい最近まで戦時中だったのだから誰もがヒノ様が幹部だという事はわかっておるわ…………。」
「…キサマ、嘘をついたという事か? カノ様の目の前で…。」
「はあ…?」
男の驚き腑抜け、怖がったような滑稽な声が虚しく響く。姿勢は強気だが、怯えているという事が声色で分かる。クイは怒った様子で、更にクイの怒りを煽りこの状況を混沌に落とす為にワタシは軽く悲しんでいるような演技をしてみる。
「…ほう。わたしの事をあまり知らないとは…よほど時事に興味がないようだ。酷いね。」
軽く泣き真似をしていると、クイのこめかみに青筋が浮かんだ。そして急いでわたしのもとに駆け寄ってくる。
「!! ノア様!! キサマァ…ノア様によくもッ!!」
「えッ…はぁ!?」
わたしを慰め、クイの手元には多少血痕がついているが綺麗なマチェーテが握られていた。昔戦場で扱っていたマチェーテだろう。クイはそのマチェーテを男の首筋に当てる。
「キサマは今すぐにでも殺してやる。」
「待って、クイ。」
クイをワタシは静止する。その姿に感動したのか男の目が少し潤む。助ける為、なんかではないのだが勘違いで直ぐに思い上がるとはなんて愚かなのだろうか。
「[太字]いつもの[/太字]を試したいんだよね。」
「…分かりました。カノ様。」
クイはそう言うとマチェーテを男の首筋に当てるのをやめ、数歩ほど後ろに下がりワタシ達を見守っているような体勢になった。今から何をしてやろうかと考えていていると、痛みが走る。男が抵抗したのだろうか。
「…こ、これは違うんだ!!」
そういう、嘘をつく希望がないのにも関わらず抵抗する様は愚かに見える。だが、そうやって希望を追い求める人間こそがワタシの求めていたもの。これぐらいで怒ってしまっては、彼に申し訳がつかない。
「…ふふっ。最後の抵抗というものかい? こういうのも楽しいね。」
「ほ、本当に違うんだ!! 信じてくれッ!!」
「ノア様の前で気やすく嘘をつくなよ! キサマァッ! 蹴り殺してくれるわッ!!」
昂ぶりやすいクイの性格が出てしまっている。これはこれで面白い挙句自分を守ってくれるのだから良しとしよう。
「カノ様ッ。」
「いいよ。やっちゃって。ワタシは後でやるよ。」
「ありがとうございますッ。」
ワタシが許可を出すと、力いっぱいにクイは相手を蹴っている。殺意を込めているようで、勢いをつけすぎて相手が血反吐を吐いていた。これも芸術の参考になるだろう。わたしはメモを取り出しスケッチを始めた。
「おーおー。バレない程度にお願いね。声は出さないでね蹴られてる人間くん。」
スケッチも小説を書く上では必要なもの。スケッチブックに血がつかぬよう多少離れた場所でスケッチを続ける。これをヒノ兄さんかレノに見せれば興奮するだろうか。独り占めというものはワタシの趣味ではない。二人揃えば見せてやる事をワタシは決めた。
「なッ…お前…さっきは泣き真似なんてしやがって!! 下衆がッ!!」
「キサマァッ!! よくもノア様を下衆扱いしたなあッ!! キサマは最も苦しんでくたばれやゲボカスがァッ!!」
更に力を込めてクイは男を蹴る。そろそろ人間から鳴ってはいけないような音が一度だけ響く。その音を聞いた瞬間、ワタシはクイを静止した。
「…もう大丈夫だよ。クイ。まだこいつで充分に遊べていない。」
「はっ…承りました。」
先ほどまで激情していた姿は何処へやら。すっかり冷静になっている。それとは対照的に、男はあの冷静さを崩して後ずさりをしていた。
「な、なにをする気だ…やめろ…。」
「大丈夫、痛い事はちょっとしかしないよ。」
ワタシは嬲った。死ぬ直前まで、辺りが血に塗れ、掃除するのが面倒くさいと思うと同時に小説のネタになりそうだという感情が湧き上がってくる。だが、こんな血塗れの手では紙を血で汚してしまう。メモだって取りたいが、ペンも汚れてしまいそうで、インクが滲んでまともに書けないのかもしれない。ワタシは記憶に強く残す事にし、その時の行為に集中した。
「もっと希望を見せてくれよ。もっと希望に塗れた姿を見せてくれっ!! 素敵な物語を見せてくれよっ!! 早くしてくれッ!! 君のあの素敵で勇敢な姿が見たいんだッ!!」
「いいよぉ暴言だって…それほど熱くなれてる証拠で、それほど生きあがこうとしてるんでしょ? そんな素晴らしいものを自分の手で殺してしまうだなんてワタシはしたくないんだよ!! だからもっと…生きあがいてワタシを殺そうとして見せてよ!! そうじゃないとこの行為に意味なんてないのさっ!!」
「ひッ…。」
「ああそうやって怯え絶望する様子もいいね…小説のネタになりそうだよ。自分よりもイカれてる人間を目の前にしたから? それとも、もう生きられないと知って絶望してるのかい? それともそのどちらも? それとも違うのかい? ワタシに教えてくれよ。小説のネタになれないじゃないか。そして、ワタシが望んでいるものじゃなくなるだろう。」
「もっと詳しく聞き出さなければ小説のネタとして成立しないだろう? 早くしてくれよ…ワタシはもっと訊きたいんだよッ!! その話をさァッ!! 死ぬ前に頼むよッ!! 君の素晴らしい話を!!」
ついついテンションが上がってしまう。夢中になりマシンガントークをしようが男は何一つ口を開いてくれやしない。こちらが待ち望んでいるというのに、情報がない時間なんて少しだって耐えきれない。
「早くしてくれよ…面白くないだろう? 時間はたくさん用意してあげよう…早くワタシに今体験している感情というものを教えてくれッ!!」
何度も何度も訊いても男は反応しない。もう話してくれる情報がないというなら、もうこいつは用済みと言って申し分ないだろう。
「……………面白くないね。結局はみんなこうなるんだよねえ…じゃあ、殺しちゃっていいよ。やっちゃって。クイ。」
「承知いたしました。」
「…キサマ、先ほどから見ていれば…カノ様の質問に少しだって答える事が出来ていないじゃないか。カノ様に言われればすぐに這いつくばって質問に答えなければならないはずだ。」
クイはそう軽蔑したような顔を浮かべた。そして、何故かもごもごと動き始めワタシの傍にやってくる。懇願するのかと思ったのも束の間。その思考はすぐに振り切られる事となった。
「っ痛い…?」
ワタシの脛が痛む。最後の抵抗だろうか。力は入っていないがどうやら蹴られてしまったようだ。それも生きあがき相手をイラつかせようと屈辱的な気分を晴らそうとしているのがひしひしと伝わってくる。ワタシは面白く楽しんでいるが、クイはそうだといかないだろう。
「キサマァッ!! 先ほどまではカノ様のご厚意とまだ扱えるかもしれんと手加減し抑えてやっていたがもう我慢ならんッ!! カノ様、こいつを蹴り殺してしまっていいでしょうかッ?」
怒り心頭で、これはもうワタシ達三兄弟以外は止められないであろう。拒否する理由も特筆してない。そしていつもワタシ達に無礼を働いたと判断した者をどうしているのか気になっているところだ。
「…いいや、少しだけ待ってくれないかい? 彼に賛辞の言葉を贈ってあげようと思ってね。」
「とても素敵だよ。敵わないと知っているはずなのに無様に生きあがくのは。とっても素敵だけど、とっても愚かで可愛いね♡ そうやって希望を見出して生きあがく姿はとても美しい…もっと見せてほしいけど、クイを待たせているからね…君みたいな素晴らしい人間は早々いないんだけど…輪廻転生というものがあるとするならば、次は君と素敵な出会い方をするのを望んでいるよ。」
それだけ語ると、男の瞳がまた怯えたようになり、体が強張っている。ぶるぶるとバイブレーションのように震え、機械のようだ。この様子はもう見飽きてしまっている。先ほどの様子はとてつもなく嬉しい収穫だったが、こんな所はそこらへんにいる人間と同じという事らしい。
「待たせてしまってすまないね。もういいよ。どうせもう面白味のない行為と見飽きた事しかしないんだから。怒りが収まるまで好きに嬲ってあげようか。」
「カノ様、こんなカノ様から見ればくだらないような事に許可を下ろしてくださった事、感謝いたします…。」
かばりと頭を下げたクイは、数秒ほど頭を下げた直後、直ぐに踵を返し男の方へと顔を向ける。
「さて…カノ様に許可をいただいたのだ…今からどう気持ちを晴らしてやろうか…。」
クイはいつもよりドスの効いた声で男を脅した。言ってしまうが、クイの昂ぶりっぷりはいつ見ても面白い。カノならば確実に小説のネタになると、ヒノなら絵画のインスピレーションに扱い、レノはビビるか絵画のネタにするだろう。こうやって容易く予想がついてしまうのは、あいつらの心が読みやすいのか、長くいた事で育まれた感なのかどちらなのだろうか。
「このゲボカス野郎がァッ!! カノ様にッ!! よくも傷をつけようとたくらんだなァッ!! 蹴り嬲り殺してやるわァッ!!」
ぐしゃ、ごしゃ、と鈍い音が響く。もう流れ出すものはないと思っていたが意外にもまだ血が流れている。大した量はないものの、まだ出ている事は確かだ。男は肉片になってしまっており、これじゃあもうキメラの材料としては扱えないだろう。ついでに調理する用の肉にしてしまってもいいが、骨が折れていて処理が難しいだろう。もう、燃えカスにするしかないのだ。クイは肉片となった人間だったもの暫し蹴っていた。そして、息を荒げながら顔を上げる。
「はぁっ…はぁっ……………ふぅ…これでいい…あ、カノ様っ!」
「すみませんッ!! ボクのせいでッ!!」
クイはマチェーテを自分の首に構える。
「首は落とさなくていい…まあ、しょうがないよ。」
今回は昂ぶり男を嬲ってしまったワタシが殆どの原因だ。クイは多少男を蹴ってしまったというぐらいであまり悪くはないだろう。
「お許しいただきありがとうございますカノ様ッ!!」
大きな声を上げながらクイは勢いよく頭を下げる。最近はもうクイが感謝する度に大声を上げるので、もう鼓膜が大声に慣れてしまっている節があった。
「やっぱり、レノじゃないと拉致誘拐って難しいね…ワタシ達は少なくとも向いていないようだね。」
ワタシは口を尖らせながら頭の後ろで手を組む。そして、いつものようにクイがワタシにフォローを入れた。
「いえっ! カノ様はそんな事ありません! この事態はボクの感情が昂ってしまったからです! お詫び申し上げますっ!」
クイはあまり悪くないだろうし、もう謝る必要はない。ワタシはクイに向かって「もう大丈夫だよ。まあしょうがないし掃除しようか。」と言う。クイはモップとホース、雑巾などを取ってきた。
「はいっ。カノ様は先にお休みくださいっ。」
「いや…この血だまりの大半はワタシのせいだよ。逆に、クイが見ててもいいんじゃないかな?」
「いえ…ううっ…カノ様が言うのだから、休んでおくべきか…いや、カノ様ひとりに働かせる…それはボクの心が許さない…。」
またクイは頭を抱え始める。その様子を見て、ワタシを妥協案として少し提案をした。
「ま、そんなに言うなら強要はしないよ。一緒にやろうか。」
「分かりました。カノ様。」
ワタシはクイからホースを受け取り、クイはモップで地下室を綺麗に清潔にする為汚れを取り始めた。
「そういえば、彼の名を訊くのを忘れていたね。中々面白そうな人物だっただけに、悲しいよ。」
「ボクが昂ってしまったばかりに…すみません。」
「まあ、ワタシも忘れていたし、しょうがないよ。しかも、名前なんて新聞で確認できるかもだし。」
「そうですね。カノ様の言う通りです。」
ワタシはクイと一緒に二人だけでこっそりと出かけている。なぜなら、ワタシが美味しいく人肉を食べたいという願望を抑えきれず、そしてクイもそういう事ならばとワタシの護衛と好奇心を満たすためについてきた。だが、クイはどうやら不安な様子で延々と俯き歩いている。
「…どうしたんだい、クイ。」
「ノア様とヒノ様が心配で…変な輩が入ってこないか心配なんです…。」
とてもクイらしい悩みだ。元軍人で幹部クラスの彼らを舐めているのかといえばそうではないのだろうが、それでも心配なものは心配なのだろう。
「まあ、大丈夫だよ。彼らを侮ってるわけじゃないだろう?」
そうやって軽く宥めてみるが、どうやらクイはそうもいかない様子。そわそわとずっとしており、いつも威風堂々としているクイからは予想出来ないような姿だ。
「そうですが…今はお休みになられているので心配で…でも、ノア様とヒノ様ならそこら辺の輩ごとき一撃だとは思っているのですが…でも…お休みになっている間は無防備ですし…レノがいると言ってもあいつも寝ているので…誰もノア様とヒノ様を守られないのですっ!!」
クイがいつも数時間ほどお昼寝をしている理由が分かった。どうやらクイは夜はいつも不審者がいないか見張っていたらしい。クイは確かにあまり眠らずとも普通に活動できるショートスリーパーだが、それを活用しワタシ達の護衛についていたとは、思いもしなかった。
「そんなに心配ならば、家にいればよかったのに。」
そう指摘しても、狂信者と言えるほどの忠誠心があるクイはやはりそう簡単に振り切られないらしい。夜中だというのに、少々大きな声を発しながらクイは爪を噛んでいる。これはきっとノア兄さんの影響だろう。ノア兄さんが神経質になってしまった時の姿でも見たのだろうか。
「それも心配なのです!! カノ様がおひとりで出掛けるのも…ううっ。」
うめき声をあげてクイは頭を抱え始める。しゃがんで頭を抱え、本当に困っている様子だ。こんなに困り果てこんなポーズをする人間など、空想の世界だけかと思っていたが、そうではないらしい。人間は真に困った時本当にこんな事をすると知れるという意外な収穫があり満足だ。
「…いつもそんなにワタシ達の事を第一に考えていたのか。ありがたいよ。とても嬉しいね。」
少し驚いてはしまうが、守られていたり愛されていたりされて嫌な気分にはならない。まあ一応クイに対してお礼を言っておく事にした。するとクイの顔が一気に明るくなり、ワタシの方へと顔を上げる。
「お褒めに預かり光栄ですっ!!」
あまりの声の大きさに肩がびくりと跳ねた。するとまたクイの顔が暗くなり、背負っていたカバンから何かを取り出し始める。手に握られていたのはマチェーテだった。
「す、すみませんっ!!」
焦ったよう、というよりかは罪悪感を感じているらしく、眉を八の字に曲げながらクイは自身の首にマチェーテを構える。
「…自分の首は切り落とさなくていいからね? 落ち着いて?」
「はいっ!」
そう、クイは一度ヒノ兄さんにぶつかってしまったという事で首を自身のマチェーテで落とそうとした過去があるのだ。その後、ワタシ達がもういいと言うまで謝った挙句暫く更に従順になっていた。クイはいつもワタシ達に迷惑をかけたと判断した瞬間、首を落とそうとする為静止が面倒だ。だが、こういうのもいい小説のネタになると思っている。だから誰もわざと止めないのだ。
「よーし…いい子だ…いい子だからねクイ…もう謝らなくていいからね…。」
「はいっ!!」
まあ、分かってくれたのだからよしとしておこう。
「あー…話がずれたね。まずは…。」
ポケットに入れておいたメモ帳を取り出し、秘密裏に二人で立ててきた今日の計画を確認する。
「……失神させてから拉致か…よし。」
防犯が強化されている為、慎重に動かなければならない。監視カメラは壊すか何かすればいい。顔を隠す為に仮面を用意しておいたが、これで完全にバレないというわけではないだろう。顔が割れてしまえば元有名人という立ち位置で一瞬のうちに警察に狙われるのは予想できる。ワタシ達ならば警察ぐらい簡単に殺せるとは思うが、追っかけられる事だけは勘弁。出来るだけ慎重に動くか、わざと捕まって小説のネタにするかの二択しかないのだ。
「失神させると言っても、一旦ボク達の家に拉致しませんか? 拉致してから地下室で実験すれば、声も聞こえませんし…。」
「おお! その案いいね!! よし、そうしようか!!」
「お褒めに預かり光栄ですカノ様っ!!」
またクイは大声を発する。忘れていた時の不意打ちは確かに驚いてしまうが、もうワタシは慣れた。クイは確かに声量が基本もの凄いがもう大丈夫だろう。
「よし…まあ、当たり前だけど一人で歩いてる奴が狙い目だね。」
クイはいつの間にかもう標的を見つけてしまっていたらしい。じいっと誰かがいる暗闇の方へと目を凝らしている。
「…そっちにいるんだね。なるほど。」
ワタシは瞬時的に標的がいるであろう元へ向かって行った。扱いにくく薙刀とは違うが武器も携えている。これならばワタシの腕を持ってすれば男を気絶させるぐらい余裕だろう。
「あっ…カノ様っ!!」
クイは恐らくワタシを追いかけてきているのだろう。慌てた声でワタシを追う足音が聞こえる。
「カノ様っ!!」
クイはワタシより前に立った。ワタシを守るようにして。一瞬にして追い付かれたという事に少し驚いたが、直ぐにワタシは微笑む。流石クイだ。男が暴れるときにワタシに傷がついてしまう事を恐れたのだろう。そして大きな血痕がついているマチェーテが手には握られている。
「カノ様に指一本でも触れてみろ。蹴り殺してやる。」
「あああああぁぁぁああぁぁあああぁああああああぁあぁっ!!」
男は前にいたクイに見向きもせず、ワタシに一直線にやってきた。男はナイフを持っており、そのナイフを突きつけてやってくる。
「えっ___________」
クイの腑抜けた声が静かに響いた。だが、ワタシもクイも元軍人。これ如きで慌てふためき防御態勢がとれないわけがない。ド素人の攻撃などで傷つくワタシなどではない。
「おっと…うーん、薙刀に慣れてしまったからか何となく扱いにくいね。これで本当に戦えるか心配だよ。でも…あれを持ってくれば悪目立ちするし…しょうがない事なのかな。」
ワタシは持っている短刀でその攻撃を薙いだ。腕が片方無いが仮にも元幹部。こんなレベルの攻撃ならば余裕で防げる。だが、そこら辺の人間にしては少し手馴れている気もする。まあ、そんな事はどうでもいい。ワタシは、クイがどうしてもというので護身用にワタシは短刀を懐に忍ばせていたのだ。薙刀のようにリーチはないが、近接武器ならばまだ扱える方だろう。どうせ、クイがワタシに付きっ切りで守り通すのだろうが。
「…カノ様に、何をしようとした?」
怒っている様子でクイは男を見下ろす。激情して男を蹴り殺さなければいいのだが、まだ命令していない為安全だろう。だが、昂ぶりすぎた場合クイは我を忘れてしまう。男を殺す時はまだまだ先だ。クイが男を蹴り殺さなければいいのだが。
「っ…。」
男は息詰まったように言葉を発するのを抑える。それがもどかしかったのかクイは目を見開いて男の腹を軽く蹴った。男は軽く蹴ったと言ってもクイの体格ならば中々痛いだろう。変に痛めつけてしまえばしっかりとしたデータが取れないかもしれない為、遠慮してほしいのだが、まあいいだろう。これもデータをコンプリートする為の道のりだ。
「答えろッ! 何をしたのかと聞いているんだッ!!」
間髪入れずにクイは叫んだ。それほど激情してしまっているのだろう。当たり前だと言ってもいいが、この男を殺してしまうのはまだ惜しい。あんな他人にナイフを向ける事を躊躇せず、受け身だってまともに取れていた。ならば、小説のネタになるか調査するしかない。
「クイ…大丈夫だよ。これ以上はもういい。変にストレスをかけてしまうと肉が美味しくなくなるかもしれないからね。」
「承知いたしました。カノ様。」
クイがマチェーテをカバンに仕舞う。そして、男が元は持っていたがはじかれたナイフをマチェーテのついでにカバンに仕舞った。そうしてからクイは勢いよく男の首根っこを蹴る。
「…よし、気絶しました。」
あんなに躊躇なく弱点を蹴れるとは、やはりワタシ達が見込んだだけある。まあ戦争によってただ単に倫理観を失っただけの話かもしれないが。そうだとしても、クイに才能があるのは確かだろう。
「よし、急ごうか。だらだらすれば日が昇ってきてしまうかもしれないし、彼らとこれが起きない間に。」
・・・
ワタシ達は急いで、そして誰にも見られぬように自分の家へと足を運ばせた。いつも解剖したり好奇心を満たす為の場所、地下室へと男をはこんっできくる。男は想像以上に強い眠りについていたらしく、多少揺らそうとも起きなかった。
「うーん…起きるをの待っても暇だし彼らが先に起きてしまっても厄介だね。起こしてしまおうか。痛みを与えらればいいかな。」
「承知いたしました。」
クイは勢いよく男の腹を蹴る。逆に更に深い眠りについてしまいそうでもあるが、起きなくともまた捕まえてこればいいのだから良しとしよう。
「う…あ…?」
男がうめき声をあげて瞼を開ける。ワタシがちゃんと見えているのか確認する為、手を軽く振って見せた。
「おはよう。よく眠れたかい? 目が覚めるまで待ってあげようか?」
一応の礼儀に、おはようという挨拶だけ交わしておく。挨拶を交わさない野郎と共感を求めてくる奴はワタシが最も嫌いな人間。まだ犯罪者の方が小説のネタになるだけ好きになる余地はある。共感を求めてくる人間は自分の意思をはっきりさせていなくて嫌い。挨拶を交わさない野郎はシンプルに不快だ。
「………挨拶ぐらい返してくれないかい? 礼儀がなっていないね…。」
少しだけ不快になってしまう。まあ、寝起きでいきなり知らない場所に連れてこられたというのだから硬直してしまっても無理はない。
「まあ、しょうがないね。起きたようだけど…まだ寝ぼけているのかい? それならちゃんと目を覚ますまで待ってあげよう。」
「さっさと起きろ。カノ様が退屈しているだろうが。」
男は暫くワタシ達を見つめた直後、いきなり大きな雄叫びをあげた。ワタシ達の存在が怖いのか、部屋の隅に逃げワタシ達をじっと見つめながらびくびくと震えている。
「そんな顔する事はないだろう…まあ、小説のネタになりそうだしいいけど。」
こんな調子でしっかりと遊べるのかは不思議だが、遊べなくとも小説のネタになればいいだろう。この男如きにあまり期待していない。一応どんな反応をするのかだけメモだけしておこう。ワタシはメモとペンをポケットから取り出す。
「よし、クイ。一旦好きにしていいよ。」
「はっ。承知いたしました。」
クイに任せればほとんどの事象は面白くコーティングしてくれるであろう。正直男に対してはほとんど期待なんてしていないが、クイならもしかすればこんな野郎も面白くしてくれるかもしれないのだ。
「ならば…少しキサマに対して確認をさせてもらうなァ。キサマ、このお方の名を知っているか? 正直に答えろよォ…カノ様とボク様の目の前でそう易々と嘘をつこうだなんて企まない事だなァ。」
いつもの多少乱雑な口調に変わる。ワタシ達三兄弟にだけ、ああいう丁寧な口調と敬語を使うのだが、知らない人間に対しては警戒心が強いのか威風堂々と冷たい姿勢で話している。こんな二重人格のような裏表が激しい性格も、こんな中々ないような忠誠心なのだ。どちらもいい小説のネタになるだろう。ワタシは二人の邂逅を口を挟む事なく見つめる。
「……そこの少年の名を…俺は知っている。俺は戦場に立っていたからだ…お前も、戦場に立っていたんだろ? きっとお前は陸軍幹部のクイ…なんだろう? 知っているぞ…。」
こんな状況であまり慌てず冷や汗はかいているものの、受け答えできている様から、やはり戦場に立っていた者は違う。肝が据わっており、ワタシ好みの性格をしている。こいつは中々面白そうだ。そしてワタシを少と言っていたところから、ワタシに関する知識はあるようだ。久しぶりに少年と呼ばれたような気がして、少し嬉しくなってしまう。
「ほう…元軍人なのか。そして…ボク様が元陸軍幹部という事を…知ってるんだな。ならば他のお二方ももちろん知っているんだろうなァ…? 歴史に名を残し全人類が崇め奉らなければならないほど崇高な人物なのだぞ…知らないというのはこのボク様が許可しないからなァ。」
クイは早口で男を詰めたてる。一方男はその気迫に押されている様子だ。この様子は小説のいい参考資料になるだろう。感情表現などはリアリティがなければ面白くなく、リアリティがなければ感情移入などできない。
「…分かった。確か…ヒノ様と…カノ様…と…。」
「えっと…え…あれ…誰だっけ…?」
ワタシとヒノ兄さん、最後にノア兄さん、と来て言葉を詰まらせる。確かにノア兄さんは好成績で、確かに名は知れていたものの、決してと言っていいほど顔を見せようとしていなかった。他人に追っかけられる事を好まず、一般人として生きたがっているノア兄さんからすれば好成績だと言ったものの、あれは手を抜いている。目立ちたくないから。だが、手を抜いていても隠し切れない物はあるというもの。それに対して夜中、リビングで物悲しく一人呟いていた所をこのワタシが確認している。
「…ッ。キサマ、ノア様を知らないというのだなァ。キサマの時事に対しての知識はおざなりだという事がよく分かったぜェ…。」
どうやらクイはお怒りのようだ。マチェーテを構えて男に近づいて行っている。そんな事をされようが男は冷静で、小説に登場させる事が出来たならば、その小説の登場人物は最高峰といえるだろう。ワタシ達を目の前にしてこんなにも冷静な人物はなんやかんやで初めてではないのだろうか。テンションが段々と昂ぶってくるのが分かる。
「えー…ノア兄さんを知らない人間なんてそうそういないと思ってたけど…いるんだね。」
確かに顔を知らない人間は多いと思うが、名前さえ忘れている人間はいないとばかり思っていた。まさかこんな所で見つけるだなんて、ワタシは夢にも見ていない。それほど時事に興味がないのだろうが、せめて名前ぐらいは覚えておいてほしいものだ。
「そーだノア様だ…やっと思い出せた…。」
「フン。思い出したかマヌケがァ。今すぐにでも蹴り殺してやりたいが…カノ様がまだ遊んでいないからなァ。殺さずにおいてやるよォ。」
クイにしては確かに我慢している。こんなにも我慢できるだなんて、とてつもなく我慢しているという事が分かった。ぎゅっと拳を握りしめて我慢している。ぷるぷると拳が震えてしまうほど力を込めている。
「…それで。ご三方の立ち位置もちゃんと把握しているのだろうなァ? 一般常識だぞ…。」
クイがさらなる質問を男に与える。「さっさとしろ。」と急かすクイを横目に、男は冷静に受け答えした。
「…知っている。知っているから待て。確か…ヒノさんは幹部で…。」
一応知っているのか、それとも肝が据わっているのかホラを吹いているのかは知らないが、どちらでも小説のネタになるだろう。
「おいキサマ。何故『様』をじゃないんだ? 本当にお三方の事を敬愛しているのかァ?」
初めて出会った人間では分からないような地雷が出てくる。ワタシ達を様付けしないと怒ってしまうのだが、少し話したぐらいじゃわからないだろう。
「はあ…!? 違うっ!!」
男の驚いたような声が響いた。クイは聞く耳など持っていない様子で、男の言葉を無視し続けて声を発する。
「ところで…つい最近まで戦時中だったのだから誰もがヒノ様が幹部だという事はわかっておるわ…………。」
「…キサマ、嘘をついたという事か? カノ様の目の前で…。」
「はあ…?」
男の驚き腑抜け、怖がったような滑稽な声が虚しく響く。姿勢は強気だが、怯えているという事が声色で分かる。クイは怒った様子で、更にクイの怒りを煽りこの状況を混沌に落とす為にワタシは軽く悲しんでいるような演技をしてみる。
「…ほう。わたしの事をあまり知らないとは…よほど時事に興味がないようだ。酷いね。」
軽く泣き真似をしていると、クイのこめかみに青筋が浮かんだ。そして急いでわたしのもとに駆け寄ってくる。
「!! ノア様!! キサマァ…ノア様によくもッ!!」
「えッ…はぁ!?」
わたしを慰め、クイの手元には多少血痕がついているが綺麗なマチェーテが握られていた。昔戦場で扱っていたマチェーテだろう。クイはそのマチェーテを男の首筋に当てる。
「キサマは今すぐにでも殺してやる。」
「待って、クイ。」
クイをワタシは静止する。その姿に感動したのか男の目が少し潤む。助ける為、なんかではないのだが勘違いで直ぐに思い上がるとはなんて愚かなのだろうか。
「[太字]いつもの[/太字]を試したいんだよね。」
「…分かりました。カノ様。」
クイはそう言うとマチェーテを男の首筋に当てるのをやめ、数歩ほど後ろに下がりワタシ達を見守っているような体勢になった。今から何をしてやろうかと考えていていると、痛みが走る。男が抵抗したのだろうか。
「…こ、これは違うんだ!!」
そういう、嘘をつく希望がないのにも関わらず抵抗する様は愚かに見える。だが、そうやって希望を追い求める人間こそがワタシの求めていたもの。これぐらいで怒ってしまっては、彼に申し訳がつかない。
「…ふふっ。最後の抵抗というものかい? こういうのも楽しいね。」
「ほ、本当に違うんだ!! 信じてくれッ!!」
「ノア様の前で気やすく嘘をつくなよ! キサマァッ! 蹴り殺してくれるわッ!!」
昂ぶりやすいクイの性格が出てしまっている。これはこれで面白い挙句自分を守ってくれるのだから良しとしよう。
「カノ様ッ。」
「いいよ。やっちゃって。ワタシは後でやるよ。」
「ありがとうございますッ。」
ワタシが許可を出すと、力いっぱいにクイは相手を蹴っている。殺意を込めているようで、勢いをつけすぎて相手が血反吐を吐いていた。これも芸術の参考になるだろう。わたしはメモを取り出しスケッチを始めた。
「おーおー。バレない程度にお願いね。声は出さないでね蹴られてる人間くん。」
スケッチも小説を書く上では必要なもの。スケッチブックに血がつかぬよう多少離れた場所でスケッチを続ける。これをヒノ兄さんかレノに見せれば興奮するだろうか。独り占めというものはワタシの趣味ではない。二人揃えば見せてやる事をワタシは決めた。
「なッ…お前…さっきは泣き真似なんてしやがって!! 下衆がッ!!」
「キサマァッ!! よくもノア様を下衆扱いしたなあッ!! キサマは最も苦しんでくたばれやゲボカスがァッ!!」
更に力を込めてクイは男を蹴る。そろそろ人間から鳴ってはいけないような音が一度だけ響く。その音を聞いた瞬間、ワタシはクイを静止した。
「…もう大丈夫だよ。クイ。まだこいつで充分に遊べていない。」
「はっ…承りました。」
先ほどまで激情していた姿は何処へやら。すっかり冷静になっている。それとは対照的に、男はあの冷静さを崩して後ずさりをしていた。
「な、なにをする気だ…やめろ…。」
「大丈夫、痛い事はちょっとしかしないよ。」
ワタシは嬲った。死ぬ直前まで、辺りが血に塗れ、掃除するのが面倒くさいと思うと同時に小説のネタになりそうだという感情が湧き上がってくる。だが、こんな血塗れの手では紙を血で汚してしまう。メモだって取りたいが、ペンも汚れてしまいそうで、インクが滲んでまともに書けないのかもしれない。ワタシは記憶に強く残す事にし、その時の行為に集中した。
「もっと希望を見せてくれよ。もっと希望に塗れた姿を見せてくれっ!! 素敵な物語を見せてくれよっ!! 早くしてくれッ!! 君のあの素敵で勇敢な姿が見たいんだッ!!」
「いいよぉ暴言だって…それほど熱くなれてる証拠で、それほど生きあがこうとしてるんでしょ? そんな素晴らしいものを自分の手で殺してしまうだなんてワタシはしたくないんだよ!! だからもっと…生きあがいてワタシを殺そうとして見せてよ!! そうじゃないとこの行為に意味なんてないのさっ!!」
「ひッ…。」
「ああそうやって怯え絶望する様子もいいね…小説のネタになりそうだよ。自分よりもイカれてる人間を目の前にしたから? それとも、もう生きられないと知って絶望してるのかい? それともそのどちらも? それとも違うのかい? ワタシに教えてくれよ。小説のネタになれないじゃないか。そして、ワタシが望んでいるものじゃなくなるだろう。」
「もっと詳しく聞き出さなければ小説のネタとして成立しないだろう? 早くしてくれよ…ワタシはもっと訊きたいんだよッ!! その話をさァッ!! 死ぬ前に頼むよッ!! 君の素晴らしい話を!!」
ついついテンションが上がってしまう。夢中になりマシンガントークをしようが男は何一つ口を開いてくれやしない。こちらが待ち望んでいるというのに、情報がない時間なんて少しだって耐えきれない。
「早くしてくれよ…面白くないだろう? 時間はたくさん用意してあげよう…早くワタシに今体験している感情というものを教えてくれッ!!」
何度も何度も訊いても男は反応しない。もう話してくれる情報がないというなら、もうこいつは用済みと言って申し分ないだろう。
「……………面白くないね。結局はみんなこうなるんだよねえ…じゃあ、殺しちゃっていいよ。やっちゃって。クイ。」
「承知いたしました。」
「…キサマ、先ほどから見ていれば…カノ様の質問に少しだって答える事が出来ていないじゃないか。カノ様に言われればすぐに這いつくばって質問に答えなければならないはずだ。」
クイはそう軽蔑したような顔を浮かべた。そして、何故かもごもごと動き始めワタシの傍にやってくる。懇願するのかと思ったのも束の間。その思考はすぐに振り切られる事となった。
「っ痛い…?」
ワタシの脛が痛む。最後の抵抗だろうか。力は入っていないがどうやら蹴られてしまったようだ。それも生きあがき相手をイラつかせようと屈辱的な気分を晴らそうとしているのがひしひしと伝わってくる。ワタシは面白く楽しんでいるが、クイはそうだといかないだろう。
「キサマァッ!! 先ほどまではカノ様のご厚意とまだ扱えるかもしれんと手加減し抑えてやっていたがもう我慢ならんッ!! カノ様、こいつを蹴り殺してしまっていいでしょうかッ?」
怒り心頭で、これはもうワタシ達三兄弟以外は止められないであろう。拒否する理由も特筆してない。そしていつもワタシ達に無礼を働いたと判断した者をどうしているのか気になっているところだ。
「…いいや、少しだけ待ってくれないかい? 彼に賛辞の言葉を贈ってあげようと思ってね。」
「とても素敵だよ。敵わないと知っているはずなのに無様に生きあがくのは。とっても素敵だけど、とっても愚かで可愛いね♡ そうやって希望を見出して生きあがく姿はとても美しい…もっと見せてほしいけど、クイを待たせているからね…君みたいな素晴らしい人間は早々いないんだけど…輪廻転生というものがあるとするならば、次は君と素敵な出会い方をするのを望んでいるよ。」
それだけ語ると、男の瞳がまた怯えたようになり、体が強張っている。ぶるぶるとバイブレーションのように震え、機械のようだ。この様子はもう見飽きてしまっている。先ほどの様子はとてつもなく嬉しい収穫だったが、こんな所はそこらへんにいる人間と同じという事らしい。
「待たせてしまってすまないね。もういいよ。どうせもう面白味のない行為と見飽きた事しかしないんだから。怒りが収まるまで好きに嬲ってあげようか。」
「カノ様、こんなカノ様から見ればくだらないような事に許可を下ろしてくださった事、感謝いたします…。」
かばりと頭を下げたクイは、数秒ほど頭を下げた直後、直ぐに踵を返し男の方へと顔を向ける。
「さて…カノ様に許可をいただいたのだ…今からどう気持ちを晴らしてやろうか…。」
クイはいつもよりドスの効いた声で男を脅した。言ってしまうが、クイの昂ぶりっぷりはいつ見ても面白い。カノならば確実に小説のネタになると、ヒノなら絵画のインスピレーションに扱い、レノはビビるか絵画のネタにするだろう。こうやって容易く予想がついてしまうのは、あいつらの心が読みやすいのか、長くいた事で育まれた感なのかどちらなのだろうか。
「このゲボカス野郎がァッ!! カノ様にッ!! よくも傷をつけようとたくらんだなァッ!! 蹴り嬲り殺してやるわァッ!!」
ぐしゃ、ごしゃ、と鈍い音が響く。もう流れ出すものはないと思っていたが意外にもまだ血が流れている。大した量はないものの、まだ出ている事は確かだ。男は肉片になってしまっており、これじゃあもうキメラの材料としては扱えないだろう。ついでに調理する用の肉にしてしまってもいいが、骨が折れていて処理が難しいだろう。もう、燃えカスにするしかないのだ。クイは肉片となった人間だったもの暫し蹴っていた。そして、息を荒げながら顔を上げる。
「はぁっ…はぁっ……………ふぅ…これでいい…あ、カノ様っ!」
「すみませんッ!! ボクのせいでッ!!」
クイはマチェーテを自分の首に構える。
「首は落とさなくていい…まあ、しょうがないよ。」
今回は昂ぶり男を嬲ってしまったワタシが殆どの原因だ。クイは多少男を蹴ってしまったというぐらいであまり悪くはないだろう。
「お許しいただきありがとうございますカノ様ッ!!」
大きな声を上げながらクイは勢いよく頭を下げる。最近はもうクイが感謝する度に大声を上げるので、もう鼓膜が大声に慣れてしまっている節があった。
「やっぱり、レノじゃないと拉致誘拐って難しいね…ワタシ達は少なくとも向いていないようだね。」
ワタシは口を尖らせながら頭の後ろで手を組む。そして、いつものようにクイがワタシにフォローを入れた。
「いえっ! カノ様はそんな事ありません! この事態はボクの感情が昂ってしまったからです! お詫び申し上げますっ!」
クイはあまり悪くないだろうし、もう謝る必要はない。ワタシはクイに向かって「もう大丈夫だよ。まあしょうがないし掃除しようか。」と言う。クイはモップとホース、雑巾などを取ってきた。
「はいっ。カノ様は先にお休みくださいっ。」
「いや…この血だまりの大半はワタシのせいだよ。逆に、クイが見ててもいいんじゃないかな?」
「いえ…ううっ…カノ様が言うのだから、休んでおくべきか…いや、カノ様ひとりに働かせる…それはボクの心が許さない…。」
またクイは頭を抱え始める。その様子を見て、ワタシを妥協案として少し提案をした。
「ま、そんなに言うなら強要はしないよ。一緒にやろうか。」
「分かりました。カノ様。」
ワタシはクイからホースを受け取り、クイはモップで地下室を綺麗に清潔にする為汚れを取り始めた。
「そういえば、彼の名を訊くのを忘れていたね。中々面白そうな人物だっただけに、悲しいよ。」
「ボクが昂ってしまったばかりに…すみません。」
「まあ、ワタシも忘れていたし、しょうがないよ。しかも、名前なんて新聞で確認できるかもだし。」
「そうですね。カノ様の言う通りです。」
このボタンは廃止予定です