密室と美しい棺
#1
その部屋は完璧な密室だった。
厚い鋼鉄の扉は内側から鍵がかけられ、窓ひとつない。監視カメラも配線もなく、外界との通信は完全に遮断されていた。
部屋の中央には、静かに横たわる白い棺。
その中で眠るように微笑む“あなた”を、私は見下ろしている。
「…なぜ、君がこんなことを?」
私は問いかける。
けれど返事はない。あなたはもう、何も話さない。
あなたの名は結城誠。
都内の中規模出版社で働く、ごく平凡な編集者だった。
朝はコンビニのコーヒーを片手に出社し、夜は猫動画を見て笑う。そんな人間だった。
そのあなたが、なぜこの棺の中で安らかな表情を浮かべているのか。
そして、なぜ自ら毒を飲んだのか。
棺の傍に置かれた小さな紙片。
そこに、あなたの手書きの文字が残っていた。
「この密室に入る鍵は、僕の命。正義とは、時に犠牲を伴うと知りました。」
私は震える指でその紙を握る。
思い出すのは、半年前――
あの日、あなたは偶然あるデータを目にした。
社の上層部が、ジャーナリストの告発記事を闇に葬り、代わりに捏造された“無害な事実”を流布していたという証拠だ。
公益性の高い重大事件。しかし、それを暴けば自分のキャリアも、身の安全も保証されない。
それでもあなたは言った。
「これは、知らなかったふりはできないことなんだ。もし僕が黙れば、また誰かが殺される。」
正義感というにはあまりにも素朴な、けれど真っ直ぐな目だった。
数週間後。あなたは突然失踪した。
同時に、告発記事が匿名のネットアカウントから全世界に発信される。
世論は騒ぎ、事件は再調査され、幹部は逮捕され、企業は崩壊した。
そして、今日。
“告発者”の遺体が、密室の棺の中から見つかったのだ。
部屋の中に毒入りのワイングラス。遺書の代わりのメモ。そしてあなたの、穏やかな顔。
あなたはきっと、こう考えたのだろう。
生きていれば潰される。殺される。けれど、死んでしまえば――この行動は、誰にも消せない。
「これが、僕の正義だ」
私は静かに棺の蓋を閉じた。
そして部屋を出て、後ろ手に鍵をかける。
この密室は、永遠に開かない。
だが、あなたの正義は世界中の誰もが知っている。
“平凡”で“平穏”だったあなたが、どれほど強かったのかも。
私は思う。
この棺は、あなたの墓ではない。
これはあなたの叫びであり、最期の証言だ。
だから私は今日もこの部屋を守り続ける。
あなたの正義が、誰にも壊されぬように。
厚い鋼鉄の扉は内側から鍵がかけられ、窓ひとつない。監視カメラも配線もなく、外界との通信は完全に遮断されていた。
部屋の中央には、静かに横たわる白い棺。
その中で眠るように微笑む“あなた”を、私は見下ろしている。
「…なぜ、君がこんなことを?」
私は問いかける。
けれど返事はない。あなたはもう、何も話さない。
あなたの名は結城誠。
都内の中規模出版社で働く、ごく平凡な編集者だった。
朝はコンビニのコーヒーを片手に出社し、夜は猫動画を見て笑う。そんな人間だった。
そのあなたが、なぜこの棺の中で安らかな表情を浮かべているのか。
そして、なぜ自ら毒を飲んだのか。
棺の傍に置かれた小さな紙片。
そこに、あなたの手書きの文字が残っていた。
「この密室に入る鍵は、僕の命。正義とは、時に犠牲を伴うと知りました。」
私は震える指でその紙を握る。
思い出すのは、半年前――
あの日、あなたは偶然あるデータを目にした。
社の上層部が、ジャーナリストの告発記事を闇に葬り、代わりに捏造された“無害な事実”を流布していたという証拠だ。
公益性の高い重大事件。しかし、それを暴けば自分のキャリアも、身の安全も保証されない。
それでもあなたは言った。
「これは、知らなかったふりはできないことなんだ。もし僕が黙れば、また誰かが殺される。」
正義感というにはあまりにも素朴な、けれど真っ直ぐな目だった。
数週間後。あなたは突然失踪した。
同時に、告発記事が匿名のネットアカウントから全世界に発信される。
世論は騒ぎ、事件は再調査され、幹部は逮捕され、企業は崩壊した。
そして、今日。
“告発者”の遺体が、密室の棺の中から見つかったのだ。
部屋の中に毒入りのワイングラス。遺書の代わりのメモ。そしてあなたの、穏やかな顔。
あなたはきっと、こう考えたのだろう。
生きていれば潰される。殺される。けれど、死んでしまえば――この行動は、誰にも消せない。
「これが、僕の正義だ」
私は静かに棺の蓋を閉じた。
そして部屋を出て、後ろ手に鍵をかける。
この密室は、永遠に開かない。
だが、あなたの正義は世界中の誰もが知っている。
“平凡”で“平穏”だったあなたが、どれほど強かったのかも。
私は思う。
この棺は、あなたの墓ではない。
これはあなたの叫びであり、最期の証言だ。
だから私は今日もこの部屋を守り続ける。
あなたの正義が、誰にも壊されぬように。
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