深夜、基地の廊下を静かな足音が響く。月明かりが薄く差し込む中、ひとりの少女が歩いていた。名前は冥月（めいげつ）。見た目は普通の少女のようだが、その目元には青白い痕が残り、歩き方もどこかぎこちない。まるで生きているものではないかのような、冷たさをまとっていた。

冥月が所属するのは、秘密の特殊任務部隊。この部隊には、死者や霊的存在、異能者たちが集められ、常人では果たせない任務をこなしている。だが彼女たち、彼らの存在が世間に知られることはない。

「残業代出るなら、やるアル。」

冥月は小さく呟きながら、モニターを睨んでいた。今日も監視任務が長引いている。やる気はまるでなく、目の前に広がるデータや映像が頭に入るわけでもなかった。だが、終わらなければ帰れない。それが死者である自分にとって、避けられない宿命だ。

その時、背後から声がかかる。

「冥月、まだやってるのか？」

振り向くと、上司の景虎（かげとら）が立っていた。厳しい顔つきに、少し疲れたような表情を浮かべている。彼もまた、普通の人間ではないが、冥月とは異なり生きている存在だ。

冥月は一瞬視線を投げかけ、少し苛立ちをにじませながら答える。

「終わり？ナラはよ帰レ。」

無意識に言葉が口をついて出る。だが景虎の冷徹な目には、冥月の心の葛藤も見抜かれているようだった。彼は少しの間、黙っていた後、言葉を続ける。

「休んだほうがいいぞ。お前も、たまには息抜きした方がいい。」

冥月は無表情で肩をすくめ、ふっと息をついた。

「休むアル？そんな暇、ないアル。」

景虎は微かに苦笑し、その視線を冥月の肩越しにモニターに向けた。その目には、冥月が抱えるものを少し理解しているような優しさが浮かんでいる。

「お前さ、他の部隊の連中とはちょっと違うな。もっと普通に、休んだり遊んだりしてもいいんじゃないか？」

冥月はその言葉に反応せず、無言でモニターに目を戻す。その目は、どこか遠くを見つめているようだった。彼女にとって、普通の人間の生活はもう遠い過去のもの。死者である自分には、そんな生活を望む資格もないと思っていた。

「普通？そんなモノ、ありえないアル。」

景虎はその言葉を聞いても、すぐに答えることはなかった。冥月が何を考えているのか、それは彼にも分からない。ただ、彼女がその目を閉じたくても閉じられないほど深い悲しみを抱えていることは知っていた。

その時、モニターに異常信号が現れた。警告音が鳴り響き、基地内のシステムに不安定な兆候が見えた。

「なんだ、これ？」

冥月が瞬時にモニターに目を凝らすと、画面に映し出されたのは異様な影の動きだった。次々と現れる影は、ただのハッキングや誤作動ではなく、まるで死者の霊のような存在が動き回っている様子を映し出していた。

「基地が、何かおかしいアル。」

冥月は冷徹な声で言った。景虎もすぐに状況を把握し、冷静に指示を出す。

「即座に調査しろ。冥月、お前も行け。」

冥月は一瞬、少し迷ったような表情を浮かべるも、すぐに頷く。彼女は死者であり、こうした異常には敏感に反応する。そして、その異常の中に何かが見えたのだ。

「非現実的なモノが、今この世界に現れているネ。」

冥月は自分に言い聞かせるように呟いた。異次元から来たものなのか、それとも人知を超えた存在なのか。だが、それが何であれ、冥月はその先に進まなければならないと感じていた。

その瞬間、警報が一層大きく鳴り響き、非常事態が宣言された。基地内の全ての兵士が急いで戦闘準備に入る。

「警戒レベル最大。全員、即時対応！」

景虎が冥月に向かって叫ぶ。

「冥月、少し待て！お前一人で行くな！」

だが、冥月は一切立ち止まらなかった。影に向かって突き進む。その目は、今まで見たことがないほど冷徹で、何かを覚悟しているように見えた。

「私が、行くアル。」

その言葉を最後に、冥月は基地内を駆け抜け、影の中に身を投じていった。