燃揺る魂、その刃に乗せて
強え。
あんな格好つけたセリフはいた直後だというのに、俺は地面に膝をつかされていた。
フランヴェスタ――フーも吹き飛ばされてしまったし、アイツとの距離もそう遠くはない。……死んだか。まあ、強い奴に首撥ねられるならそこまで後悔はない。強い奴と戦って華々しく散る――それが俺の望み。
しかし、ただ抵抗もできず首切られるってのはイロイロと格好がつかない。…せめて、最後に一矢報いてやりたいな。ぎり、足に力を入れて立ち上がる…立ち上がれない。肩を、何かが抑えていた。
「何故、貴様は我らに剣を向ける。――今日はそれを聞きに来た」
「…は?」
上がらない足腰を無理矢理立たせようと奮闘する俺に、そんな言葉が上から降ってきた。ふと見上げれば、鬼がもう俺の目の前に立って、その左手を俺の肩に押し付けている。ミシリと音が鳴り、骨にひびが入った。
「…は?」
「それが望みなのだ」
あまりに意味不明で、思わず聞き返してしまった。戦う理由?
魔族の価値観というものは本当にわからない。今までわかった試しもないし、ましてやわかる気もない。
お前達は――ここまできて、フーを吹き飛ばして――敵を殺せると完全に確信したとみるや、殺す間際に禅問答するのか?…せめて遺言だったら自分で内容を決めさせてくれよ。
「は、は、はと息を吐き出させるだけでは困る。正確に、寸分の違いなく答えてもらわなければ」
「魔族ってのはわからねえなあオイ…」
「茶化すな。問うているのだ」
音もせず鬼は右手を持ち上げ、俺の身長ほどありそうな大剣を天に向ける。
そうか、これで死ぬのか――と思っても、その剣が振るわれる気配はない。どうやら、とっとと答えないとすっぱり殺させてもくれないようだ。
兜の隙間から見えた赤く光る右目が、放たれる直前の矢と幻視した。張り詰めている。これ以上ないってぐらいに。
「…、………そんなの簡単だろ。お前たちが剣を振るうからだ。お前たちが魔法を使うからだ。お前たちが…!罪なき人々を殺すからだ!」
「…」
自分の内にある怒りを、抑えつつ抑えつつ言葉にしていく。言葉に怒気が孕んでいくのは、それだけ――俺が、怒っているんだろう。
「そんなことしておいて、『殺されるのはおかしい』と?十年前の大戦の禍根か己の自尊心か何か知らないが、いい加減にしてくれ!――そのちっぽけなプライドの為に殺される人々の気持ちを!家族を!お前は考えたことがあるのか!?」
段々、怒りが抑えられなくなってきた。手が震えて、左の手で地を叩く。
トシン、と目の前のアイツの踏み込みより遥かに優しい拳の音が鳴る。――ああ。許してなるものか、目の前の罪深き種族を。
握りこんだ拳から血が流れる。
薄い痛みを俺に刻み付けて、それはどんどんと傷口を広めていった。
広めた傷口から、過去の記憶が掘り起こされる。景色が、段々とモノクロ味を帯びていく。
――――――――
もう、あれから一五年になる。時の流れは早いもので、この記憶も錆びついていた。映画を見る観客のように、或いは映写機を回す小間使いのように…俺は、映像を一歩離れて眺めていた。
当時の俺は俺ではなく、今の俺は過去の俺ではない。どこか懐かしい気持ちと――拭い切れない寂しい気持ちを胸に抱き、スクリーンがよく見える席に座り込んだ俺はゆっくりと映写機を回し始めた。
小さな、村だった。暖かくて優しくて――俺は、そこに母と二人で暮らしていた。父は数年前から行方知れずだったので、母さんは女手一つで育ててくれていた。
父さんの行方を、何度か聞いたことがある。母さんは笑って「どこかで子供でも作ってるんじゃない?」と言っていた。…母さんは、いっつも笑っていた。
ある日、俺は少し帰るのが遅れてしまった。なんてことはない、近所の悪ガキと一緒に遊んでただけだった。
母さんは、それはもう心配してたよ。泥んこになった俺を見て、確か――ちょっと泣いてたような気さえする。
そこから、一つ約束ができた。『日没までに帰ってくること』。至極全う、表も裏もないただの約束だった。
俺は、ちゃーんと守っていた。でもそれは起こった。
あれほど、約束というものをを呪った日はない。
母さんは毎日、日が落ちるまで畑作業に精を出していた。冬はなんか…覚えてないけどいろいろなものを作ってそれを売り出し、何とか家計を回していたと思う。大分記憶があやふやだ。
ちょうどいいということで、遊びから帰ってきた俺が畑に行き、母さんと一緒に家へ帰る。家に帰ってご飯を食べ、朝また遊びに行く――というルーティンが、俺の中で確立していた。
あの日もルーティンに則り、一緒に帰ろうと畑へ走っていた。体を動かすのとイタズラするのが何よりも好きな、一端の悪ガキだったよ。
「母さん!」
「あら、もうそんな時間?帰ろっか」
俺が声をかけると、屈んで何やら作業をしていた母さんは手を止め、こちらを振り返った。農作物の影が伸びて、顔に影を落としている。もう暑くないからと背負った麦わら帽子の質感が、何故か俺にこびりついて離れなかった。
「うん!帰ろ――え?」
突如として、母の頭が吹き飛んだ。ぺしゃり、俺の足元に転がった球体。目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、耳が二つ。紛れもない、母だった。[打消し]あれは、誰だ。額に角があって、俺に手を差し伸べてる――アレは。魔族?[/打消し]
そこからのことは――あまり覚えていない。ただ死にたくないと叫びながら手を伸ばす悪ガキ仲間――そして、その両目から流れる涙と引きずりおろされる腸。
あの時、俺が五分でも十分でも多く遊びたいと言っていれば。約束なんて破ってしまえば。
俺は、もうとっとと死ねたのだろう。悪ガキ仲間が三、四人まとめて並ばされて色々と弄ばれていたのは、彼らが遅くまで遊んでいたからだった。――彼らは、日没の後も遊んでいたのだった。俺も交わっていれば、地獄を味わわずに済んだのかもしれない。
夢のようにぼんやりとしか思い出すことができない。二か月後には養子として引き取られ今の父母と暮らしているはずなのだが、劇的なはずの出会いもサッパリだ。でも確かに、母の死に顔も、近所の兄ちゃんたちの死に顔もハッキリと覚えている。
間違いなく、その時に――俺は、魔族をこの手で滅ぼしてやる、と誓ったのだった。
そして、[漢字]時[/漢字][ふりがな]・[/ふりがな]は訪れる。
「我ら人間連合軍は!魔族への宣戦布告を行い!長い禍根に終止符を打つため…今!侵攻を始める!」
俺は、少年兵になっていた。
あんな格好つけたセリフはいた直後だというのに、俺は地面に膝をつかされていた。
フランヴェスタ――フーも吹き飛ばされてしまったし、アイツとの距離もそう遠くはない。……死んだか。まあ、強い奴に首撥ねられるならそこまで後悔はない。強い奴と戦って華々しく散る――それが俺の望み。
しかし、ただ抵抗もできず首切られるってのはイロイロと格好がつかない。…せめて、最後に一矢報いてやりたいな。ぎり、足に力を入れて立ち上がる…立ち上がれない。肩を、何かが抑えていた。
「何故、貴様は我らに剣を向ける。――今日はそれを聞きに来た」
「…は?」
上がらない足腰を無理矢理立たせようと奮闘する俺に、そんな言葉が上から降ってきた。ふと見上げれば、鬼がもう俺の目の前に立って、その左手を俺の肩に押し付けている。ミシリと音が鳴り、骨にひびが入った。
「…は?」
「それが望みなのだ」
あまりに意味不明で、思わず聞き返してしまった。戦う理由?
魔族の価値観というものは本当にわからない。今までわかった試しもないし、ましてやわかる気もない。
お前達は――ここまできて、フーを吹き飛ばして――敵を殺せると完全に確信したとみるや、殺す間際に禅問答するのか?…せめて遺言だったら自分で内容を決めさせてくれよ。
「は、は、はと息を吐き出させるだけでは困る。正確に、寸分の違いなく答えてもらわなければ」
「魔族ってのはわからねえなあオイ…」
「茶化すな。問うているのだ」
音もせず鬼は右手を持ち上げ、俺の身長ほどありそうな大剣を天に向ける。
そうか、これで死ぬのか――と思っても、その剣が振るわれる気配はない。どうやら、とっとと答えないとすっぱり殺させてもくれないようだ。
兜の隙間から見えた赤く光る右目が、放たれる直前の矢と幻視した。張り詰めている。これ以上ないってぐらいに。
「…、………そんなの簡単だろ。お前たちが剣を振るうからだ。お前たちが魔法を使うからだ。お前たちが…!罪なき人々を殺すからだ!」
「…」
自分の内にある怒りを、抑えつつ抑えつつ言葉にしていく。言葉に怒気が孕んでいくのは、それだけ――俺が、怒っているんだろう。
「そんなことしておいて、『殺されるのはおかしい』と?十年前の大戦の禍根か己の自尊心か何か知らないが、いい加減にしてくれ!――そのちっぽけなプライドの為に殺される人々の気持ちを!家族を!お前は考えたことがあるのか!?」
段々、怒りが抑えられなくなってきた。手が震えて、左の手で地を叩く。
トシン、と目の前のアイツの踏み込みより遥かに優しい拳の音が鳴る。――ああ。許してなるものか、目の前の罪深き種族を。
握りこんだ拳から血が流れる。
薄い痛みを俺に刻み付けて、それはどんどんと傷口を広めていった。
広めた傷口から、過去の記憶が掘り起こされる。景色が、段々とモノクロ味を帯びていく。
――――――――
もう、あれから一五年になる。時の流れは早いもので、この記憶も錆びついていた。映画を見る観客のように、或いは映写機を回す小間使いのように…俺は、映像を一歩離れて眺めていた。
当時の俺は俺ではなく、今の俺は過去の俺ではない。どこか懐かしい気持ちと――拭い切れない寂しい気持ちを胸に抱き、スクリーンがよく見える席に座り込んだ俺はゆっくりと映写機を回し始めた。
小さな、村だった。暖かくて優しくて――俺は、そこに母と二人で暮らしていた。父は数年前から行方知れずだったので、母さんは女手一つで育ててくれていた。
父さんの行方を、何度か聞いたことがある。母さんは笑って「どこかで子供でも作ってるんじゃない?」と言っていた。…母さんは、いっつも笑っていた。
ある日、俺は少し帰るのが遅れてしまった。なんてことはない、近所の悪ガキと一緒に遊んでただけだった。
母さんは、それはもう心配してたよ。泥んこになった俺を見て、確か――ちょっと泣いてたような気さえする。
そこから、一つ約束ができた。『日没までに帰ってくること』。至極全う、表も裏もないただの約束だった。
俺は、ちゃーんと守っていた。でもそれは起こった。
あれほど、約束というものをを呪った日はない。
母さんは毎日、日が落ちるまで畑作業に精を出していた。冬はなんか…覚えてないけどいろいろなものを作ってそれを売り出し、何とか家計を回していたと思う。大分記憶があやふやだ。
ちょうどいいということで、遊びから帰ってきた俺が畑に行き、母さんと一緒に家へ帰る。家に帰ってご飯を食べ、朝また遊びに行く――というルーティンが、俺の中で確立していた。
あの日もルーティンに則り、一緒に帰ろうと畑へ走っていた。体を動かすのとイタズラするのが何よりも好きな、一端の悪ガキだったよ。
「母さん!」
「あら、もうそんな時間?帰ろっか」
俺が声をかけると、屈んで何やら作業をしていた母さんは手を止め、こちらを振り返った。農作物の影が伸びて、顔に影を落としている。もう暑くないからと背負った麦わら帽子の質感が、何故か俺にこびりついて離れなかった。
「うん!帰ろ――え?」
突如として、母の頭が吹き飛んだ。ぺしゃり、俺の足元に転がった球体。目が二つ、鼻が一つ、口が一つ、耳が二つ。紛れもない、母だった。[打消し]あれは、誰だ。額に角があって、俺に手を差し伸べてる――アレは。魔族?[/打消し]
そこからのことは――あまり覚えていない。ただ死にたくないと叫びながら手を伸ばす悪ガキ仲間――そして、その両目から流れる涙と引きずりおろされる腸。
あの時、俺が五分でも十分でも多く遊びたいと言っていれば。約束なんて破ってしまえば。
俺は、もうとっとと死ねたのだろう。悪ガキ仲間が三、四人まとめて並ばされて色々と弄ばれていたのは、彼らが遅くまで遊んでいたからだった。――彼らは、日没の後も遊んでいたのだった。俺も交わっていれば、地獄を味わわずに済んだのかもしれない。
夢のようにぼんやりとしか思い出すことができない。二か月後には養子として引き取られ今の父母と暮らしているはずなのだが、劇的なはずの出会いもサッパリだ。でも確かに、母の死に顔も、近所の兄ちゃんたちの死に顔もハッキリと覚えている。
間違いなく、その時に――俺は、魔族をこの手で滅ぼしてやる、と誓ったのだった。
そして、[漢字]時[/漢字][ふりがな]・[/ふりがな]は訪れる。
「我ら人間連合軍は!魔族への宣戦布告を行い!長い禍根に終止符を打つため…今!侵攻を始める!」
俺は、少年兵になっていた。
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