燃揺る魂、その刃に乗せて
正義というのは、簡単に揺れて消えてしまう。或いは果てに、或いは最初から、掲げるものは破綻しているのかもしれない。
でも、我々は信じたいのだ。確かな答えがあると。
10年経とうと、100年経とうと、我ら一族が求めた希望は潰えはしない。消えやしない。
だからどうか、見つけてくれ。未来に生きる我が同胞たちよ。
[水平線]
地面を埋め尽くすほどに、キンポウゲが咲いていた。
毒の植物として名が知られるトリカブト。妖しく美しいその姿形とは大きく離れた、正に可憐の二文字が似合う、この河合らしい黄色い花は実のところトリカブトに近い種である。
――即ち、こちらもまた無視できない毒を持っている。此処は入ってはいけない毒の花園なのだ。
咲く花たちは知っているのか知らないのか――それは定かではないが、事実太陽に照らされたこの花畑も不自然さが溢れている。
男が一人、真黄色に咲いたキンポウゲの花畑で呻いていた。
背後に接した土の壁は、まるで大きな力で叩きつけられたかの如く、放射状に罅割れている。
男の寄りかかっている背後の壁。何より、男の腹から流れ地面を濡らした血糊が、事の重大さを演出していた。
幻想的な黄色の花畑と、そこで血を流しながら倒れる男。その[漢字]意外性[/漢字][ふりがな]ギャップ[/ふりがな]は、まさしく一枚の絵画そのものだ。
「―――ぐ、ぁ」
黄色に塗れて男は呻く。寝ていたのは十数秒か、数十秒か。男の頭は、それすら測れないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
彼は咄嗟に舌を噛んで、飛んで行こうとする意識を無理矢理体に縛り付ける。
手を試しに握ったり開いたりして徐々に覚醒を取り戻せば、程なくして服と――その下の腹に穴が開いているのに気が付いた。
「なん……じゃ、こりゃあ……ッ!」
大穴の空いた腹。そこから本来流れるべき血は流れていなかった。代わりに、周りにクローンの如く一点の違いもないキンポウゲ──その一輪が、腹を塞ぐように咲いている。
このキンポウゲは、血を吸って大きくなる。放っておけば内臓を侵食し、圧迫し、男性も養分の一部になるだろう。
彼の戦う本日の敵は、そんな奴だ。…男は意を決し、キンポウゲを腹から引き抜く。
「ぐうッ――!っが、はっ…はっ…」
引き抜いた途端、未だ濡れていなかった地すら、真っ赤に染め上げ始める。数秒もすれば、辺りは血の海という言葉が相応しいほどに、赤く赤く濡れていた。
痛みに悶え、まるで夏の犬が排熱しようと体を揺らすように、男は深く息をついている。
玉のような汗をその地に落とし、しかしそれよりも多く早く腹から流れる血を感じずにはいられない。
足掻く思いで地面を這いつくばり、自分と一緒に吹き飛ばされていたのか、地面に刺さった一本の刀を引き抜いた。
彼の髪色を反映したかのように紅い刀を引き抜けば、未だ霞む目で、地平に見える敵の姿を睨みつけた。
蔦をそのまま人型に歪めたかのような、禍々しい様相の植物。人間であるなら本来あるはずの両の目はなく、代わりに窪んだ眼窩には桃色の花が埋まっている。
――植物族、金鳳花怪人――どこかの特撮モノのようだが、だからと言って一切の手加減ができるほど、アレは弱いわけではない。
「……来る………?!『[漢字]延閃[/漢字][ふりがな]えんせん[/ふりがな]』ッ!」
起きたことに気が付いたか射程に入ったのか、遠く咲く金鳳花はツタを男に放った。
音を置き去りにするスピードを両の目で捉えつつ、男は自ら手に持った刀を振るう。
この世界には、一般的に『魔法』と呼ばれる概念がある。
自らの存在やその意義を是と置き、他すべての自然溢れる流れを非と置いて支配。己が完全に支配することのできる魔法領域を作り出し、流れる不可視の[漢字]資源[/漢字][ふりがな]リソース[/ふりがな]である『魔力』を用いることで、魔法領域に踏み込もうとする自然を異物として排除しようとするある種の防衛反応を力場として利用。増幅及び改竄を行い、自らの理想を叶える。
正に外法、物理を超越した超次元の技術。
一方、彼の鍛えた唯一の刃、超技術の別ある形…『気』。
プロセスは魔法と対を成す。
大自然に侵略しようとする意志が魔法なら、大自然と調和しその力を流用するのが『気』だ。
自然の力、意志そのもであることから、如何なる距離であろうと、如何なる敵であろうと[漢字]切れる[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。超自然の意思そのもの故に不可視、不可視故に不可避。不可避故に、絶対の剣。魔法に劣らない超技術と相成るのだ。これを、彼は『気』と呼んでいる。
…然し、気の技術は運用に於いて――彼のような卓越した技術を持たざる者に限っての話だが――現実的ではない。理由は二つ挙げられる。
一つは大自然の抵抗。魔法は自らが自然を異物として排除しようとする力場を利用して超能力を発揮していた。気の使用時はその逆――即ち大自然が使用者を異物として排除する力が働く。
その抵抗は魔法を使用した際にかかる負荷の約一○○倍。
結果、使用者自身は弱体化から逃れることはできず、その強い負荷から働く力は一瞬のみ。
水で薄まる毒のように、遠ければ遠いほど自分は大自然と調和することができるものの、近ければ近いほど強まる抵抗からそのメリットはあってないものとなる。――早い話が、気というものは使用者から遠ざかるほど強い刃となるのだ。
逆に魔法は抵抗を跳ね除ける、自らが抵抗しようとする力であるため、このデメリットを背負わない。遠ければ遠いほど抵抗力は薄まり、それ故気とは真逆に射程距離という概念が存在する。
もう一つの問題が、魔法で言うところの魔力。それをどう代用するのか、…という問題だ。
魔力は基本的に支配する方向にしか働かない。元からそういうモノとして作られたものであるからだ。気への代入はできない。
しかし、気は魔法とある種同じ方向に働く力――つまりは大自然への介入――を行っている。何の対価も払わずに介入することはできない。ならば、払うべき対価は何か。
魔力と反対方向に働く力を気とすれば、魔力が不可視であるならそれは可視であり、魔力が特別で個人差のある能力だとしたら――普遍的で特に個人差もない自らの一端、それを使用して力場の作成を行っていることになる。
端的に一言で言うなら、それは血だ。体内に駆け巡り、かつ自らと密接に関係している物体のうち一つ。気の本質は、血を染め上げて自らを失くし、溶け込む力なのだ。
その技術の結晶が、彼だけが持つ神業、『[漢字]延閃[/漢字][ふりがな]えんせん[/ふりがな]』。
不可視故に不可避、空間と自らを同時に割くことで得られる、絶対両断の剣。
それを受けた金鳳花は、自ら振るったツタや地面に生やしたキンポウゲごと上半身と下半身に分断された。
やったか、と思ったのも束の間。金鳳花はすっくと起き上がる。分断されたハズの下半身はすっかり元通りにくっついており、男による絶技の跡すら感じられない。
植物族の魔族は再生するのだ。あの陽が照る限り。…それは10年前の大戦で駆り出された、男を含めた兵全て。そして魔族の全ても知っていたことだった。[漢字]ああいうの[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]に出会った時のセオリーはいくつかある。影に誘い込む、引きずり出す。或いは夜に奇襲をかけ、或いは空が曇るまで待つ。兎にも角にも、太陽の光に触れさせないこと。それが重要となるのだ。
男と同じく常識の埒外の絶技を持った少女は、彼らに出会ったら魔法で即席の屋根を作り出し、焼き払う――とこの状況において、何の参考にもならない倒し方をしていた。
…いや、と男性は空を仰ぐ。どうしてやらなかったのか、どうして気が付かなったのか。頭の中には、確かに名案が浮かんでいた。
「『延閃』」
再び絶技を発動する。深紅の刀が不可視の気配を纏い、先まで飲み込んだのを確認した男性は、再び振り抜いた。今度は金鳳花にではない。
[漢字]空に浮かぶ[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]、[漢字]あの太陽に向けて[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・[/ふりがな]、上体を思い切り傾げるように切り裂いた。
直後、陽を光が飲み込んだ。いや、陽が自らを埋めるように輝いているのだ。
堕ちていく。後のことなんて知らないとばかりに、太陽が。
地面に影が落ちていく。揺れるキンポウゲに、もう助けないと言わんばかりに。
「誰かが言ってたが、太陽と地面までの距離は、光が七日間進んでいってようやく辿り着けるほどに遠いらしい。………俺に言わせりゃ、あれ嘘だな――『延閃』」
男は、血がしたたり落ちる腹の傷を左の手で抑えつつ、残った右手で刀を振るう。
五人いる[漢字]兵[/漢字][ふりがな]つわもの[/ふりがな]が一人、『[漢字]武士[/漢字][ふりがな]もののふ[/ふりがな]のジード』。無限に伸びる刃で全てを断ち切る彼は、輝く刃に何を見るのだろうか。
でも、我々は信じたいのだ。確かな答えがあると。
10年経とうと、100年経とうと、我ら一族が求めた希望は潰えはしない。消えやしない。
だからどうか、見つけてくれ。未来に生きる我が同胞たちよ。
[水平線]
地面を埋め尽くすほどに、キンポウゲが咲いていた。
毒の植物として名が知られるトリカブト。妖しく美しいその姿形とは大きく離れた、正に可憐の二文字が似合う、この河合らしい黄色い花は実のところトリカブトに近い種である。
――即ち、こちらもまた無視できない毒を持っている。此処は入ってはいけない毒の花園なのだ。
咲く花たちは知っているのか知らないのか――それは定かではないが、事実太陽に照らされたこの花畑も不自然さが溢れている。
男が一人、真黄色に咲いたキンポウゲの花畑で呻いていた。
背後に接した土の壁は、まるで大きな力で叩きつけられたかの如く、放射状に罅割れている。
男の寄りかかっている背後の壁。何より、男の腹から流れ地面を濡らした血糊が、事の重大さを演出していた。
幻想的な黄色の花畑と、そこで血を流しながら倒れる男。その[漢字]意外性[/漢字][ふりがな]ギャップ[/ふりがな]は、まさしく一枚の絵画そのものだ。
「―――ぐ、ぁ」
黄色に塗れて男は呻く。寝ていたのは十数秒か、数十秒か。男の頭は、それすら測れないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
彼は咄嗟に舌を噛んで、飛んで行こうとする意識を無理矢理体に縛り付ける。
手を試しに握ったり開いたりして徐々に覚醒を取り戻せば、程なくして服と――その下の腹に穴が開いているのに気が付いた。
「なん……じゃ、こりゃあ……ッ!」
大穴の空いた腹。そこから本来流れるべき血は流れていなかった。代わりに、周りにクローンの如く一点の違いもないキンポウゲ──その一輪が、腹を塞ぐように咲いている。
このキンポウゲは、血を吸って大きくなる。放っておけば内臓を侵食し、圧迫し、男性も養分の一部になるだろう。
彼の戦う本日の敵は、そんな奴だ。…男は意を決し、キンポウゲを腹から引き抜く。
「ぐうッ――!っが、はっ…はっ…」
引き抜いた途端、未だ濡れていなかった地すら、真っ赤に染め上げ始める。数秒もすれば、辺りは血の海という言葉が相応しいほどに、赤く赤く濡れていた。
痛みに悶え、まるで夏の犬が排熱しようと体を揺らすように、男は深く息をついている。
玉のような汗をその地に落とし、しかしそれよりも多く早く腹から流れる血を感じずにはいられない。
足掻く思いで地面を這いつくばり、自分と一緒に吹き飛ばされていたのか、地面に刺さった一本の刀を引き抜いた。
彼の髪色を反映したかのように紅い刀を引き抜けば、未だ霞む目で、地平に見える敵の姿を睨みつけた。
蔦をそのまま人型に歪めたかのような、禍々しい様相の植物。人間であるなら本来あるはずの両の目はなく、代わりに窪んだ眼窩には桃色の花が埋まっている。
――植物族、金鳳花怪人――どこかの特撮モノのようだが、だからと言って一切の手加減ができるほど、アレは弱いわけではない。
「……来る………?!『[漢字]延閃[/漢字][ふりがな]えんせん[/ふりがな]』ッ!」
起きたことに気が付いたか射程に入ったのか、遠く咲く金鳳花はツタを男に放った。
音を置き去りにするスピードを両の目で捉えつつ、男は自ら手に持った刀を振るう。
この世界には、一般的に『魔法』と呼ばれる概念がある。
自らの存在やその意義を是と置き、他すべての自然溢れる流れを非と置いて支配。己が完全に支配することのできる魔法領域を作り出し、流れる不可視の[漢字]資源[/漢字][ふりがな]リソース[/ふりがな]である『魔力』を用いることで、魔法領域に踏み込もうとする自然を異物として排除しようとするある種の防衛反応を力場として利用。増幅及び改竄を行い、自らの理想を叶える。
正に外法、物理を超越した超次元の技術。
一方、彼の鍛えた唯一の刃、超技術の別ある形…『気』。
プロセスは魔法と対を成す。
大自然に侵略しようとする意志が魔法なら、大自然と調和しその力を流用するのが『気』だ。
自然の力、意志そのもであることから、如何なる距離であろうと、如何なる敵であろうと[漢字]切れる[/漢字][ふりがな]・・・[/ふりがな]。超自然の意思そのもの故に不可視、不可視故に不可避。不可避故に、絶対の剣。魔法に劣らない超技術と相成るのだ。これを、彼は『気』と呼んでいる。
…然し、気の技術は運用に於いて――彼のような卓越した技術を持たざる者に限っての話だが――現実的ではない。理由は二つ挙げられる。
一つは大自然の抵抗。魔法は自らが自然を異物として排除しようとする力場を利用して超能力を発揮していた。気の使用時はその逆――即ち大自然が使用者を異物として排除する力が働く。
その抵抗は魔法を使用した際にかかる負荷の約一○○倍。
結果、使用者自身は弱体化から逃れることはできず、その強い負荷から働く力は一瞬のみ。
水で薄まる毒のように、遠ければ遠いほど自分は大自然と調和することができるものの、近ければ近いほど強まる抵抗からそのメリットはあってないものとなる。――早い話が、気というものは使用者から遠ざかるほど強い刃となるのだ。
逆に魔法は抵抗を跳ね除ける、自らが抵抗しようとする力であるため、このデメリットを背負わない。遠ければ遠いほど抵抗力は薄まり、それ故気とは真逆に射程距離という概念が存在する。
もう一つの問題が、魔法で言うところの魔力。それをどう代用するのか、…という問題だ。
魔力は基本的に支配する方向にしか働かない。元からそういうモノとして作られたものであるからだ。気への代入はできない。
しかし、気は魔法とある種同じ方向に働く力――つまりは大自然への介入――を行っている。何の対価も払わずに介入することはできない。ならば、払うべき対価は何か。
魔力と反対方向に働く力を気とすれば、魔力が不可視であるならそれは可視であり、魔力が特別で個人差のある能力だとしたら――普遍的で特に個人差もない自らの一端、それを使用して力場の作成を行っていることになる。
端的に一言で言うなら、それは血だ。体内に駆け巡り、かつ自らと密接に関係している物体のうち一つ。気の本質は、血を染め上げて自らを失くし、溶け込む力なのだ。
その技術の結晶が、彼だけが持つ神業、『[漢字]延閃[/漢字][ふりがな]えんせん[/ふりがな]』。
不可視故に不可避、空間と自らを同時に割くことで得られる、絶対両断の剣。
それを受けた金鳳花は、自ら振るったツタや地面に生やしたキンポウゲごと上半身と下半身に分断された。
やったか、と思ったのも束の間。金鳳花はすっくと起き上がる。分断されたハズの下半身はすっかり元通りにくっついており、男による絶技の跡すら感じられない。
植物族の魔族は再生するのだ。あの陽が照る限り。…それは10年前の大戦で駆り出された、男を含めた兵全て。そして魔族の全ても知っていたことだった。[漢字]ああいうの[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]に出会った時のセオリーはいくつかある。影に誘い込む、引きずり出す。或いは夜に奇襲をかけ、或いは空が曇るまで待つ。兎にも角にも、太陽の光に触れさせないこと。それが重要となるのだ。
男と同じく常識の埒外の絶技を持った少女は、彼らに出会ったら魔法で即席の屋根を作り出し、焼き払う――とこの状況において、何の参考にもならない倒し方をしていた。
…いや、と男性は空を仰ぐ。どうしてやらなかったのか、どうして気が付かなったのか。頭の中には、確かに名案が浮かんでいた。
「『延閃』」
再び絶技を発動する。深紅の刀が不可視の気配を纏い、先まで飲み込んだのを確認した男性は、再び振り抜いた。今度は金鳳花にではない。
[漢字]空に浮かぶ[/漢字][ふりがな]・・・・・[/ふりがな]、[漢字]あの太陽に向けて[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・[/ふりがな]、上体を思い切り傾げるように切り裂いた。
直後、陽を光が飲み込んだ。いや、陽が自らを埋めるように輝いているのだ。
堕ちていく。後のことなんて知らないとばかりに、太陽が。
地面に影が落ちていく。揺れるキンポウゲに、もう助けないと言わんばかりに。
「誰かが言ってたが、太陽と地面までの距離は、光が七日間進んでいってようやく辿り着けるほどに遠いらしい。………俺に言わせりゃ、あれ嘘だな――『延閃』」
男は、血がしたたり落ちる腹の傷を左の手で抑えつつ、残った右手で刀を振るう。
五人いる[漢字]兵[/漢字][ふりがな]つわもの[/ふりがな]が一人、『[漢字]武士[/漢字][ふりがな]もののふ[/ふりがな]のジード』。無限に伸びる刃で全てを断ち切る彼は、輝く刃に何を見るのだろうか。
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