完全読み切り恋愛短編集
なあ、[漢字]杏[/漢字][ふりがな]あん[/ふりがな]。
君は確かに、ここに居たんだ。
君は確かに、ここで笑っていたんだ。
君は確かに、ここで音を紡いでいたんだ。
君は確かに、ここで[漢字]杏[/漢字][ふりがな]あんず[/ふりがな]の花のように美しく生きていたんだ。
もう一度、俺と音楽を創ってほしい。俺とともに、音楽の道を歩み続けてほしい。
_______しかしその祈りが、もう届くことはない。
[水平線]
『[漢字]倫[/漢字][ふりがな]りん[/ふりがな]くん、やっぱり上手。』
杏はそう言って、ギターを引く手を止める。
腰辺りまできれいに伸ばされた薄桃色の髪の毛が、夜風に揺れた。
『杏のギターがあってこそだからな。』
『ふふっ、そう?わたしのギターだって、倫くんの歌があってこそだよ。』
俺と杏は、夜になったらこの公園で一緒に作詞したり作曲したり、時には杏のギターのメロディーに合わせて俺が歌ったりしている。
今日は久しぶりに、完成した曲を2人で合わせて演奏していた。
『...今度文化祭があるでしょ?それで先生がわたしと倫くんに出てパフォーマンスしてほしいって言ってるんだけど、どう?』
『文化祭?』
文化祭か...あまり出たいとは思わないな。
正直、俺は杏とこうしてマイペースに音楽を創り上げていくのが好きだから、他人にパフォーマンスを見せたいとは思わない。
杏は俺の歌を上手いと言ってくれているけど、それを杏以外の人たちがどう思うか分からないし、それに何より杏のギターを引く姿を他の奴らに見せたくないという気持ちが強かった。
でも......
『.....杏は、どう思う?出たいか?』
『興味はあるけど...倫くん、こういうの嫌いでしょ?倫くんが嫌なことやりたいとは思わないもん。』
そうか...杏は出たいと思っているか。
今までは軽いメロディーを作ってそれに歌を乗せていくという簡易的な曲作りをしていたため、きちんとした楽曲を用意できるかの不安もあるし、ちゃんと本番で実力を発揮できるのかは分からない。
でも、杏が挑戦してみたいと言っているんだ。
否定するわけがない。
『いや、出よう。』
『え?でも倫くん人前に出るの嫌でしょう?』
『杏が挑戦してみたい事は、俺も挑戦してみたいんだ。だから一緒に文化祭に出よう。』
倫くん〜〜〜!!と言って、杏は俺の肩にもたれかかってきた。
こうして、すぐ思っていることが表情や言動に出てくるところが小動物みたいでかわいいなと思う。
『どんな演出にしようか?スモークで足元を霧まみれにしてもかっこいいよね、あ、衣装は?ロックメインならダークな感じもいいし、明るい曲調の演出ならポップな感じのがいいよね!わー、考えることがたくさん!楽しい!』
音楽のことになると、杏は早口になる。
それだけ音楽を愛しているということだし、何より杏が心から楽しんで話してくれていることを感じられて嬉しい。
『曲作りは俺がするから、杏は演出考えてくれるか?』
『もちろん!すっごいの考えちゃうんだから!』
杏は笑みを浮かべて、座っているベンチに身を任せた。
少し沈黙が続いた頃、杏はこう言った。
『.....わたし、倫くんの歌が好きだよ。』
『.......は?』
何を言い出すかと思えば、杏はそう言ってにかっと笑う。
と同時に、彼女の目にうっすらと、キラキラ輝く雫のようなものが見えた気がした。
『倫くん。....倫くんは、歌い続けてね。何があっても絶対絶対、歌い続けて。その声で沢山の人を幸せにするんだよ。』
[水平線]
その会話を最後に、杏は帰らぬ人となった。
杏の両親の話によると、杏は朝、致死性不整脈で急死してしまったらしい。
心室細動を起こし、気がついた頃には杏の呼吸は絶えていたと聞いた。
この病気は本当に急に起こるものらしく、どうしたらいいのか分からず救急車を呼ぶことしかできなかった、応急処置を何もできなかった、と杏の両親たちは自分たちを相当追い込んでいた。
そのためもちろん文化祭の話はなかったことになったし、俺はあれ以来歌っていない。
杏が亡くなってからもう、2週間が経った。なのにまだ俺は立ち直れず、学校へすらまともに通えない。
なあ、杏。
俺はこれから、どうすればいい?
杏なしで、どう生きていけば良い?
分からない。本当に何も、わからなくなった。
「倫。杏ちゃんのお母さんがあんたに用があるっていらしてるわ。」
そう言って、母親は俺の部屋へずかずかと入ってきた。
ノックくらいしろよ。
その言葉を発することすらもできず、俺はふらふらとベッドから立ち上がった。
......ん?待て、今母さん、杏のお母さんって言ったか?
「おい、今なんて...」
「だから、杏ちゃんのお母さんがあんたに用があるってわざわざいらしてくれたのよ。さっさと行きなさい。」
え.....何だ、何かあったのか?
焦って階段を一気に駆け下りると、穏やかな表情を浮かべた杏の母さんが居た。
「久しぶりね、倫くん。」
「あ.....お、お久しぶりです。」
あの日、杏の母さんはこれでもかというくらいに涙を流していて、いつもの穏やかな雰囲気からは想像もできないほどだった。
でも今は違う。
いつもの、杏の母さん。
「ごめんなさいね、急に来てしまって。どうしても...倫くんに渡したいものがあるの。」
そう言って手渡されたものは、白い封筒だった。
よく見るとそこには、「倫くんへ」と、杏の丁寧な字で記されている。
「え...これって.....」
「...致死性不整脈には、サインがあってね。杏はきっとそれを分かっていて...自分の死期が近づいていたのを感じていたんだと思うわ。それを分かった上で、これを受け取って欲しいの。」
サイン.....
「分かりました。....ありがとう、ございます。」
「...倫くんは、何も気負っちゃだめよ。じゃあ体に気をつけてね。お邪魔しました。」
そう言って、杏の母さんは帰っていってしまった。
手元に残ったのは、「倫くんへ」と書かれた封筒だけ。
俺はその場で開封し、中身を確認する。
すると中には、丁寧に半分に折られた一枚の紙が入っていた。
光に透かして見えた文字は、またもや「倫くんへ」という字だった。
もしかしてこれは___
そう思って半分に折られた紙を広げると、とても丁寧な字で杏の書いた短い文章が綴られていた。
『倫くんへ
倫くん、音楽を辞めないで。
これから先も、ずっとずっと、歌い続けて。
倫くんの歌が好きだよ。
その歌で、たくさんの人を幸せにして。
倫くん、大好きだよ。』
「....杏........」
杏の母さんの言葉が蘇る。
そうか、杏は自分がもうすぐ居なくなってしまうと分かっていたのか。
じゃあ文化祭の提案をしてきたのは....最後まで、音楽を楽しみたかったから?
いつまで生きられるかわからないのにどこまでも音楽を楽しもうとする杏は、最後まで本当に立派だった。
そして俺のために、この手紙を残してくれた。
ということは、何か意図があるはずなんだ。
『音楽を辞めないで』
『歌で人を幸せにして』
確か杏は、生きている間も俺にそう言ってくれた。
杏がそう言うなら、俺は音楽を辞めない。音楽で、生きていく。
歌で人を幸せにする、か......
杏、好きだ。この世の何よりも1番、愛している。
愛する人を失った痛みは、もう二度と消えることはない。
けれどそれを、何度も音楽の力でかき消そうとすることはできる。
「杏、ありがとう....」
涙を拭い、俺は前を向いた。
[水平線]
「1位は.......[漢字]京極[/漢字][ふりがな]きょうごく[/ふりがな][漢字]倫[/漢字][ふりがな]りん[/ふりがな]!」
そう名前を呼ばれた瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。
そして同時に、この大きな会場内から黄色い歓声が勢いよく上がる。
俺はあの日、大手事務所の主催するサバイバルオーディション番組への応募を決意した。
正直音楽を辞めないでいる事は俺の精神的にもしんどかったし、音楽から離れたいとさえ思ってしまった夜もある。
けれど、だめなんだ。
これは、杏との約束。愛しい人との、最後の約束。
そのまま一次選考、二次選考、最終選考まで残り、ついに地上波で放送されるオーディション本編まで出場できることになり。
計3回の順位発表式でも、何の奇跡かずっと1位をキープし続け、最終評価のパフォーマンスでも1位を獲得し、今デビューが確定した。
「.....みなさん、たくさんの応援をありがとうございました。僕がここまで残り続けて、こんなに素敵な景色をこの目で見られているのは、本当に本当に皆さんのおかげです。ありがとうございます!」
そう言って、上段の一番高い1位の席へ座った。
関係者席を見ると、そこには母さん、父さん、まさかの杏の母さんまでもが涙を流しながらその場に座っていた。
「杏......」
気がつけばそう言葉を漏らしていて、薄い涙が頬をつたる。
俺が最後目にした杏も...涙を流していたな。
なあ、杏。
俺は、君と音楽を創り続けたい、音楽の道を歩み続けてほしいと願った。
けれどその祈りはもう届くことは二度とないし、君の姿も声も顔も、何もかも目にすることはできない。
分かっている、分かりきっている。
だから俺は、君に歌を届け続けるよ。
どんな困難な道が待っていようと、どんな困難な目に遭おうとも。
『倫くんは、優しいね。』
ふいに、そう杏の声が聞こえたような気がした。
そういえば杏は...あんずの花が好きだったな。
あんずの花の花言葉は、『乙女のはにかみ』。
杏の生きた日々は、まるであんずの花のように愛らしい笑みを浮かべるとても美しいものだった。
ありがとう、杏。
愛しい人。
俺はこれからも、君に歌を届け続ける。
君は確かに、ここに居たんだ。
君は確かに、ここで笑っていたんだ。
君は確かに、ここで音を紡いでいたんだ。
君は確かに、ここで[漢字]杏[/漢字][ふりがな]あんず[/ふりがな]の花のように美しく生きていたんだ。
もう一度、俺と音楽を創ってほしい。俺とともに、音楽の道を歩み続けてほしい。
_______しかしその祈りが、もう届くことはない。
[水平線]
『[漢字]倫[/漢字][ふりがな]りん[/ふりがな]くん、やっぱり上手。』
杏はそう言って、ギターを引く手を止める。
腰辺りまできれいに伸ばされた薄桃色の髪の毛が、夜風に揺れた。
『杏のギターがあってこそだからな。』
『ふふっ、そう?わたしのギターだって、倫くんの歌があってこそだよ。』
俺と杏は、夜になったらこの公園で一緒に作詞したり作曲したり、時には杏のギターのメロディーに合わせて俺が歌ったりしている。
今日は久しぶりに、完成した曲を2人で合わせて演奏していた。
『...今度文化祭があるでしょ?それで先生がわたしと倫くんに出てパフォーマンスしてほしいって言ってるんだけど、どう?』
『文化祭?』
文化祭か...あまり出たいとは思わないな。
正直、俺は杏とこうしてマイペースに音楽を創り上げていくのが好きだから、他人にパフォーマンスを見せたいとは思わない。
杏は俺の歌を上手いと言ってくれているけど、それを杏以外の人たちがどう思うか分からないし、それに何より杏のギターを引く姿を他の奴らに見せたくないという気持ちが強かった。
でも......
『.....杏は、どう思う?出たいか?』
『興味はあるけど...倫くん、こういうの嫌いでしょ?倫くんが嫌なことやりたいとは思わないもん。』
そうか...杏は出たいと思っているか。
今までは軽いメロディーを作ってそれに歌を乗せていくという簡易的な曲作りをしていたため、きちんとした楽曲を用意できるかの不安もあるし、ちゃんと本番で実力を発揮できるのかは分からない。
でも、杏が挑戦してみたいと言っているんだ。
否定するわけがない。
『いや、出よう。』
『え?でも倫くん人前に出るの嫌でしょう?』
『杏が挑戦してみたい事は、俺も挑戦してみたいんだ。だから一緒に文化祭に出よう。』
倫くん〜〜〜!!と言って、杏は俺の肩にもたれかかってきた。
こうして、すぐ思っていることが表情や言動に出てくるところが小動物みたいでかわいいなと思う。
『どんな演出にしようか?スモークで足元を霧まみれにしてもかっこいいよね、あ、衣装は?ロックメインならダークな感じもいいし、明るい曲調の演出ならポップな感じのがいいよね!わー、考えることがたくさん!楽しい!』
音楽のことになると、杏は早口になる。
それだけ音楽を愛しているということだし、何より杏が心から楽しんで話してくれていることを感じられて嬉しい。
『曲作りは俺がするから、杏は演出考えてくれるか?』
『もちろん!すっごいの考えちゃうんだから!』
杏は笑みを浮かべて、座っているベンチに身を任せた。
少し沈黙が続いた頃、杏はこう言った。
『.....わたし、倫くんの歌が好きだよ。』
『.......は?』
何を言い出すかと思えば、杏はそう言ってにかっと笑う。
と同時に、彼女の目にうっすらと、キラキラ輝く雫のようなものが見えた気がした。
『倫くん。....倫くんは、歌い続けてね。何があっても絶対絶対、歌い続けて。その声で沢山の人を幸せにするんだよ。』
[水平線]
その会話を最後に、杏は帰らぬ人となった。
杏の両親の話によると、杏は朝、致死性不整脈で急死してしまったらしい。
心室細動を起こし、気がついた頃には杏の呼吸は絶えていたと聞いた。
この病気は本当に急に起こるものらしく、どうしたらいいのか分からず救急車を呼ぶことしかできなかった、応急処置を何もできなかった、と杏の両親たちは自分たちを相当追い込んでいた。
そのためもちろん文化祭の話はなかったことになったし、俺はあれ以来歌っていない。
杏が亡くなってからもう、2週間が経った。なのにまだ俺は立ち直れず、学校へすらまともに通えない。
なあ、杏。
俺はこれから、どうすればいい?
杏なしで、どう生きていけば良い?
分からない。本当に何も、わからなくなった。
「倫。杏ちゃんのお母さんがあんたに用があるっていらしてるわ。」
そう言って、母親は俺の部屋へずかずかと入ってきた。
ノックくらいしろよ。
その言葉を発することすらもできず、俺はふらふらとベッドから立ち上がった。
......ん?待て、今母さん、杏のお母さんって言ったか?
「おい、今なんて...」
「だから、杏ちゃんのお母さんがあんたに用があるってわざわざいらしてくれたのよ。さっさと行きなさい。」
え.....何だ、何かあったのか?
焦って階段を一気に駆け下りると、穏やかな表情を浮かべた杏の母さんが居た。
「久しぶりね、倫くん。」
「あ.....お、お久しぶりです。」
あの日、杏の母さんはこれでもかというくらいに涙を流していて、いつもの穏やかな雰囲気からは想像もできないほどだった。
でも今は違う。
いつもの、杏の母さん。
「ごめんなさいね、急に来てしまって。どうしても...倫くんに渡したいものがあるの。」
そう言って手渡されたものは、白い封筒だった。
よく見るとそこには、「倫くんへ」と、杏の丁寧な字で記されている。
「え...これって.....」
「...致死性不整脈には、サインがあってね。杏はきっとそれを分かっていて...自分の死期が近づいていたのを感じていたんだと思うわ。それを分かった上で、これを受け取って欲しいの。」
サイン.....
「分かりました。....ありがとう、ございます。」
「...倫くんは、何も気負っちゃだめよ。じゃあ体に気をつけてね。お邪魔しました。」
そう言って、杏の母さんは帰っていってしまった。
手元に残ったのは、「倫くんへ」と書かれた封筒だけ。
俺はその場で開封し、中身を確認する。
すると中には、丁寧に半分に折られた一枚の紙が入っていた。
光に透かして見えた文字は、またもや「倫くんへ」という字だった。
もしかしてこれは___
そう思って半分に折られた紙を広げると、とても丁寧な字で杏の書いた短い文章が綴られていた。
『倫くんへ
倫くん、音楽を辞めないで。
これから先も、ずっとずっと、歌い続けて。
倫くんの歌が好きだよ。
その歌で、たくさんの人を幸せにして。
倫くん、大好きだよ。』
「....杏........」
杏の母さんの言葉が蘇る。
そうか、杏は自分がもうすぐ居なくなってしまうと分かっていたのか。
じゃあ文化祭の提案をしてきたのは....最後まで、音楽を楽しみたかったから?
いつまで生きられるかわからないのにどこまでも音楽を楽しもうとする杏は、最後まで本当に立派だった。
そして俺のために、この手紙を残してくれた。
ということは、何か意図があるはずなんだ。
『音楽を辞めないで』
『歌で人を幸せにして』
確か杏は、生きている間も俺にそう言ってくれた。
杏がそう言うなら、俺は音楽を辞めない。音楽で、生きていく。
歌で人を幸せにする、か......
杏、好きだ。この世の何よりも1番、愛している。
愛する人を失った痛みは、もう二度と消えることはない。
けれどそれを、何度も音楽の力でかき消そうとすることはできる。
「杏、ありがとう....」
涙を拭い、俺は前を向いた。
[水平線]
「1位は.......[漢字]京極[/漢字][ふりがな]きょうごく[/ふりがな][漢字]倫[/漢字][ふりがな]りん[/ふりがな]!」
そう名前を呼ばれた瞬間、俺は膝から崩れ落ちてしまった。
そして同時に、この大きな会場内から黄色い歓声が勢いよく上がる。
俺はあの日、大手事務所の主催するサバイバルオーディション番組への応募を決意した。
正直音楽を辞めないでいる事は俺の精神的にもしんどかったし、音楽から離れたいとさえ思ってしまった夜もある。
けれど、だめなんだ。
これは、杏との約束。愛しい人との、最後の約束。
そのまま一次選考、二次選考、最終選考まで残り、ついに地上波で放送されるオーディション本編まで出場できることになり。
計3回の順位発表式でも、何の奇跡かずっと1位をキープし続け、最終評価のパフォーマンスでも1位を獲得し、今デビューが確定した。
「.....みなさん、たくさんの応援をありがとうございました。僕がここまで残り続けて、こんなに素敵な景色をこの目で見られているのは、本当に本当に皆さんのおかげです。ありがとうございます!」
そう言って、上段の一番高い1位の席へ座った。
関係者席を見ると、そこには母さん、父さん、まさかの杏の母さんまでもが涙を流しながらその場に座っていた。
「杏......」
気がつけばそう言葉を漏らしていて、薄い涙が頬をつたる。
俺が最後目にした杏も...涙を流していたな。
なあ、杏。
俺は、君と音楽を創り続けたい、音楽の道を歩み続けてほしいと願った。
けれどその祈りはもう届くことは二度とないし、君の姿も声も顔も、何もかも目にすることはできない。
分かっている、分かりきっている。
だから俺は、君に歌を届け続けるよ。
どんな困難な道が待っていようと、どんな困難な目に遭おうとも。
『倫くんは、優しいね。』
ふいに、そう杏の声が聞こえたような気がした。
そういえば杏は...あんずの花が好きだったな。
あんずの花の花言葉は、『乙女のはにかみ』。
杏の生きた日々は、まるであんずの花のように愛らしい笑みを浮かべるとても美しいものだった。
ありがとう、杏。
愛しい人。
俺はこれからも、君に歌を届け続ける。