完全読み切り恋愛短編集
#1
アタラシイコイ。
「[漢字]風浦[/漢字][ふりがな]かざうら[/ふりがな][漢字]春[/漢字][ふりがな]しゅん[/ふりがな]です。よろしくお願いします。」
1年前、つまりわたしたちが高校2年生の頃。彼はこの学校に転校してきた。
他の男子と違うクールな雰囲気に、スラリときれいに伸びる手足。漆黒に染まった瞳と髪は、誰もが思わず二度見してしまうほどに美しいものだった。
風浦くんはたちまちクラスの人気者なったし、どの学年からも注目を浴びるような有名人のような存在にまでなったけど。
みんなに愛され、モテモテな風浦くんだけど。
わたしが愛して好きになったのは、彼の親友だった。
[水平線]
「はあ〜〜...今日もかっこいい....」
いつもわたしは見ていたし、気づいていた。
[漢字]横田[/漢字][ふりがな]よこた[/ふりがな]くんはいつも裏庭の花壇の水やりを欠かさずしていて、放課後にはクラスで飼育している金魚に餌をやったり、ムズかしい顔してひとりで日誌を書いていたり。
困っている人がいればすぐに助けるし、優しく微笑みかけてくれる。
特別目立つわけでもなんでもないけど、そんな優しい横田くんが、わたしはずっと好きだった。
風浦くんが転校してきて横田くんと仲良くなってから、横田くんは元々休み時間には読書をしていたけど、少しずつ外で体を動かすようになっている。
席に座って読書している横田くんも好きだけど、何より新しい彼を知れて嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「[漢字]胡桃[/漢字][ふりがな]くるみ[/ふりがな]ちゃん今日も大好きだね、横田くんの事。」
そう言って軽く笑ったのは、わたしの親友の[漢字]小冬[/漢字][ふりがな]こと[/ふりがな]ちゃん。
かわいくて小柄で、肩ぐらいに揃えられたミディアムヘアが特徴的な女の子。
「そうかなー?」と言ってまたちらりと横田くんの方を見ると、楽しそうに風浦くんと話をしていた。
そうやって誰かと楽しそうにしているのを見るだけでも、愛おしく感じてしまう。
「....そうだ!」
「え、どうしたの。」
すごく突発的で、後先すらも考えないような事だったとは思うけど。
「わたし今日、横田くんに告白する。」
言うまでもない。小冬ちゃんは、目を大きく見開いて心底驚いていた。
[水平線]
「......ごめん。卯月の事そういう対象で見てなかった。ていうか、今までのも全部そういう事だったの?」
放課後、横田くんを裏庭に呼び出してわたしは想いを打ち明けた。
けど、結果は全敗。予想はしてたけど、さすがに直接言い切られると胸がちくりと痛む。
「そういう事、って....?」
「今までのも全部そういう事?」なにが、どういう事...?
意図はわからないけれど、良いことを聞かされるのではない事くらいは、自分でもさすがにわかっていた。
そして、彼の目からハイライトが消えた事も同時にわかってしまう。
「いや...今まで裏庭で水やりしてた時とか、卯月手伝いにきたし、放課後も俺が餌やりしてるとこ、ずっと見てたじゃん。...そういうの、俺無理。」
何も、言葉にできなかった。
今目の前にいるのが、本当にわたしが好きになった横田くん?
あの優しい笑顔の横田くんとは対照的すぎて、今置かれている状況が飲み込もうにも飲み込めなかった。
だって横田くんは誰に対しても優しい人で、思いやりがある人で....
「きもいから、そういうのやめて。」
高い高い屋上から、突き落とされたような気分になった。
[水平線]
「はあ......こんなつもりじゃ、なかったのにな......」
別に、どこかのお姫様みたいに綺麗に結ばれたかったわけでもなかったし、彼を自分のものにしたかったわけではない。
ただあの笑顔をずっと見つめていられるような距離がほしかった。
ただあの優しい気遣いをしている姿を眺めていられる距離がほしかった。
ただあの楽しそうに笑っている彼の言動行動が耳に入れられる距離がほしかった。
自分だけに見せてくれる姿がひとつでもあるとか、そういうものでよかった。
束縛しようと思って、沼らせようと思って告白したのではない。
もっといえば、自分の気持を知って、受け止めてくれるだけでもよかった。
それなのにあんな事言われちゃったら、もう、何も言えなくなる。
帰りの電車。
いつもなら横田くんの事を考えて、自分でも分かるくらいににやにやしながら窓際に背を寄せて立っていた。
「今日は横田くんのこんな姿を見れた!」「今日は横田くんがあの子に優しくしててちょっとだけヤキモチ妬いた!」とか、よくそんな事を考えながら毎日毎日通学していた事を思い出す。
けど、今日は違う。
後悔と悔しさと悲しさと怒りが同じ分量でまざった気持ちが、心を埋める。
それと同時に電車が大きく揺れて、かばんに付けているキーホルダーがぽろっと取れてしまった。
ああー、もう。ほんとに今日は何もかもうまくいかないな。
こらえて必死に我慢していた涙も、もう限界を迎える。
「.....卯月さん?」
だいすきだった人にフラれた20分後。
始めてきみと、コトバを交わした。
[水平線]
「...なるほど、あの[漢字]成也[/漢字][ふりがな]せいや[/ふりがな]が...」
どうやらあの時わたしはもう涙をこぼしていたみたいで、それに驚いた風浦くんが泣いているわたしをカフェに連れてきてくれていたらしい。
流れのままについさっきまでの出来事をはなし、気づけばヤケになってどんどん話を大きくしていた。
「ほんっと信じらんない...あれが自分の事好きな人に対する対応なの?おかしすぎる、なんで好きになったのかもう忘れた....」
「あはは、どんどん言うね。でも確かに、成也も卯月さんに対してその対応はないかもなあ....」
いざ風浦くんと会話してみると、案外楽なものだった。
最後までわたしの言葉を聞いてくれるし、ちゃんと頷いたり相槌をうってくれたりする。
小冬ちゃんや他の友だちと会話する時とはまた違った感覚で、風浦くんに言葉を伝えると、自分の心が開放されたような気分になった。
「じゃあ結局、成也は辛気臭い顔したまんま帰っちゃったんだ?」
「うん。今まで見たどの顔よりも、一番最低最悪な表情してた。」
本当にそれはその通りで、多分あれが横田くんの人を拒絶する時の顔なんだと思う。
けど、その"新しい顔"を知れても、今は嬉しくもなんともない。
「....じゃあもうさ、成也の事とか忘れて、1回俺と恋しちゃおうよ。」
「.....え?」
「俺と新しい恋、してみませんか?」
学校一の人気者で、モテモテな風浦くん。
その人気っぷりは異常なもので、男女ともからの信頼や人気は底を知らない。
そんな風浦くんは今、フラれた30分後の人間に「新しい恋」を提供する人でした_____!?
[水平線]
『とりあえず明日は、この駅集合で一緒に登校してみよう。エスコートは任せて、俺の得意分野だからね。』
昨日、結局1時間半ほど風浦くんと話し込んでしまっていた。
半分は横田くんの事、半分は"新しい恋"の事。
そして昨日の帰り際に、風浦くんはそんな事を言ってお会計だけしてすぐに去っていってしまった。
あれ、本気なのかな...
いや本気にしてるから今わたしここにいるんだけどね....
あと5分待って来なかったら学校行こう...遅刻するさすがに。
そんな事を思っていたら、遠くからものすごい勢いで走ってくる人影を見つけた。
うわあー、めっちゃ走るじゃんそんなに遅刻しそうなのかな。
遠目だからよくわからないけど、とにかく爆速な事はわかった。
.......あれでも待って、あれって....
そしてその猛ダッシュだった人は、わたしの前でぴたりと止まった。
「卯月さんー!ごめんね遅くなって....!!」
驚きと戸惑いのあまり、うまく声が出なかった。
「風浦、くん.....」
ただ絞り出せたのは「昨日の本気だったんだ」その一言。
我ながら失礼だと思うし、急いでくれた人に対する態度でない事は自分でもわかる。
けどなぜか少し照れくさくて、わたしは彼から顔をそむけてしまった。
「え?逆に本気だと思われてなかった?あはは、悲しいなー。」
ううん、違うの。嬉しいの。
君が走ってきてくれて、嬉しいの。
こうやって君とまた話せる事が、嬉しい。
こんな事、死んでも風浦くんには言うつもりなんてないけど。
でもなぜか、悪い気はしなかった。
[水平線]
それからは電車に乗って、数十分ほど話しながら椅子に腰掛けていてた。
今までは席があいていたとしても窓際に立っていたから、座るのはかなり新鮮。
そしてわたしと風浦くんは、他愛もない話をしながら笑い合っていた。
「昨日返された中間テスト、何点だった?卯月さん頭良さそう。」
「数学は満点だった。理科も満点近かった気がする。」
わたしは理系が得意だけど、文系が大の苦手。
対する風浦くんは文系が得意だけど、理系が大の苦手。
確かにわたしと風浦くんは対象的な性格っぽかったけど、ここまで系統違うんだ...なんかさみしい。
「俺甘い食べ物好きなんだけど、卯月さんは食べ物何が好き?」
「....辛いの好き。」
「弟が二段ベッドの上から前落ちてさ。もーえげつなくて!卯月さんは?きょうだいとかいる?」
「うーん、きょうだいもいないしベッドじゃなくてわたしは布団派かな。」
思えば、電車に乗っている約30分間。
すべての会話は風浦くんが発端だった。
「待って、俺らなんでもかんでも真逆だね。」
そう言って、ぶはっと吹き出す風浦くん。
そんな姿を見ていると、自然と元気が出てくる。
多分、ただえさえ元から人を励ましたり元気づけたりする事が上手だと思うのに、そんなに眩しい笑顔を見せられると狂ってしまうほど胸がぎゅっとなる。
「あ、そうだ。今日はなにする?昨日みたいにカフェでもいいし、卯月さんがやりたい事しよう。」
「わたしが、やりたい事....?」
そんなの、特にない。
「....お、それは特になさそうな時の表情だね。」
「......」
「あはは、そんな死んだ目向けないで。じゃあ今日は、映画でも見に行こう。ホームルーム終わったら迎えに行くから待ってて。」
別に、死んだ目を向けたわけではないんだけど...ただ、図星をつかれてちょっと驚いただけ。
それにわたしと風浦くんは、同じクラスだ。
迎えにいくも何もないと思うんだけど....
いちいちツッコミをいれたくなるくらいには、わたしと風浦くんの仲はかなり深まっていた。
[水平線]
「卯月さん!」
ホームルームが終わって数秒後。
風浦くんは名前通り風のように爆速でわたしの席に向かってきた。
それも、にこにこと笑みを浮かべながら走ってきてくれたものだから、こちらまで嬉しくなってしまう。
今日は、映画だっけ。確か朝少しだけ話した気がする。
何の映画かも、どこの映画館かもわからないけど、それすらもわくわくした。
そして彼は口を開く。
でもそれは、いつもよりもおどおどとした口調で。
「あのさ、映画の事なんだけど、また別の機会でもいいかな...?」
そこまで言われて、わたしはわたしで感じ取りたくない何かを感じ取った。
......あ、これ、知ってる。
_____大切な人に離される時の感覚だ。
でもよく考えたら、そうだよね。
いっつも楽しそうに周囲の明るい人たちと笑ってるような人が、わたしみたいな教室の隅で読書してるような人といるなんて、おかしいもんね。
....風浦くん、他の人とどこか行く約束でもしたのかな。
しててもおかしくないよね。だって今日、わたしたち校内で一度も言葉を交わしてないし。
わたしはずっと小冬ちゃんとつっきりで、風浦くんは横田くんといつもと変わりなく笑い合っていた。
______そして気づけばわたしは、彼の前で二度目の涙を流してしまっていた。
「だから今日はその......って、卯月さん!?」
「......あ..」
やだ。
心做しか、またキーホルダーがカバンから外れる音が聞こえたような気がした。
もうやだ、最近本当に何もうまくいかない。
溢れた涙が、止まることはなかった。
「どうしたの卯月さん....あ、[漢字]見雪[/漢字][ふりがな]みゆき[/ふりがな]さんとか呼んできた方がいい?ちょっとまっててね、今呼んでくる..」
見雪さんとは小冬ちゃんの事で、今はちょうど職員室に呼び出しをくらっているタイミングだ。
「.......わかってたの。」
ここは教室だし、周囲の目もある。
誰が何を見ているかわからないし、一部終始を見ている人だっているはずだ。
できるだけ人目にはつきたくないし、目立ちたくもないけど、溢れ出る想いは止まらなかった。
「....わかってた、わたしと風浦くんは住む世界が違う事も、風浦くんは横田くんにフラれて物珍しかったわたしと軽い遊び感覚で一緒にいてくれてた事も。全部、全部わかってたんだよ.....」
涙も言葉も、止まらない。
「でもそれでも、嬉しかったの。男の子と2人でカフェにきたことなんてなかったし、誰かと一緒に電車に乗って通学なんて、夢のまた夢だった。それをひとつずつ叶えてくれる風浦くんは、わたしにとっての一番星。けどそれが、風浦くんを締め付けることになっちゃっててもおかしくないよね。」
「......えっ...?ちょ、待って。違う、俺は....」
何かを言おうとする風浦くんの声を遮って、わたしは口を動かし続けた。
「1日と半分くらいだったけど、楽しい時間をありがとう。今日の映画は、なしで大丈夫だから....わたし、小冬ちゃん迎えに行かなきゃだから....ばいばい。」
縁は切る。
それくらいの覚悟で、わたしは教室を飛び出した
____はずだった。
わたしの手が、風浦くんに掴まれたのは言うまでもない。
[太字]「あのさ、俺、卯月さんの事好きなんだけど。」[/太字]
「...........は?」
え、何?
風浦くん、今なんて言ったの?
「いやてか...ここまでして気づかれてなかったのは流石にショックだなあ....」
「え、か、風浦くん....?」
「俺がさ、卯月さんと始めて話した時、なんであの電車に乗ってたか知ってる?」
「.....え?」
確かに、どうして同じ電車に乗っていたんだろう。
風浦くんはサッカー部に入っていて、基本的にいつも帰るのは6時半をまわると言っていた。
話の辻褄が、思ったように合わない。
「卯月さんが、悲しいカオしてたの見たからだよ。」
「.......わたしが?」
どういう、こと....?
「部活中たまたま見てた校門出る卯月さんの表情が、いつもの百億倍暗かったのを俺が見過ごすわけないってわけ。だって俺、ずっと卯月さんの事好きだったから。」
今何が起こっているのかがよくわからなくて、また涙があふれかえった。
「悲しいカオした卯月さんを一人で帰らせるとかできなくて、部活抜けて走って卯月さんと同じ電車に乗り込んだ.....ってとこかな。」
「.......うそ...」
「あはは、嘘じゃないよ、ほんとだよ。」
そう言った彼の瞳と表情に、曇りは一切と言っていいほどに見えなかった。
「だから、今日告白しようと思って映画じゃなくて別のおしゃれなカフェ見つけたからそこ行こうとしてたんだけど.....まさか泣かれちゃうなんて思わなかったなあ。」
「.....ご、ごめんなさい.....」
そっか....
そうだよね、風浦くんが、人との約束を簡単に破るような人じゃない事なんてわかりきっていた。
だから.....だから、風浦くんを信じていたわたしは涙がこぼれたのかな.....
でも、それってつまり....
「何回もしつこいと思うけど、改めて言わせて。」
そう言って、風浦くんはわたしをふわりと包み込むような笑みを浮かべた。
[太字]「卯月さん、好きです。俺と付き合ってください。」[/太字]
だいすきだった人にフラれて30分後に、始めてわたしは風浦くんと話した。
すごく変な人だなあと思ったけど、すごく....すごく優しい人だなあとも思った。
その底しれない優しさと明るい笑顔は、わたしをゆっくりと包み込むようにしてくれて。
「わたしも、風浦くんがすき...だいすき......」
そんなまぬけな返事しかできなかったけど、風浦くんは笑ってわたしを抱きしめた。
1年前、つまりわたしたちが高校2年生の頃。彼はこの学校に転校してきた。
他の男子と違うクールな雰囲気に、スラリときれいに伸びる手足。漆黒に染まった瞳と髪は、誰もが思わず二度見してしまうほどに美しいものだった。
風浦くんはたちまちクラスの人気者なったし、どの学年からも注目を浴びるような有名人のような存在にまでなったけど。
みんなに愛され、モテモテな風浦くんだけど。
わたしが愛して好きになったのは、彼の親友だった。
[水平線]
「はあ〜〜...今日もかっこいい....」
いつもわたしは見ていたし、気づいていた。
[漢字]横田[/漢字][ふりがな]よこた[/ふりがな]くんはいつも裏庭の花壇の水やりを欠かさずしていて、放課後にはクラスで飼育している金魚に餌をやったり、ムズかしい顔してひとりで日誌を書いていたり。
困っている人がいればすぐに助けるし、優しく微笑みかけてくれる。
特別目立つわけでもなんでもないけど、そんな優しい横田くんが、わたしはずっと好きだった。
風浦くんが転校してきて横田くんと仲良くなってから、横田くんは元々休み時間には読書をしていたけど、少しずつ外で体を動かすようになっている。
席に座って読書している横田くんも好きだけど、何より新しい彼を知れて嬉しい気持ちでいっぱいだった。
「[漢字]胡桃[/漢字][ふりがな]くるみ[/ふりがな]ちゃん今日も大好きだね、横田くんの事。」
そう言って軽く笑ったのは、わたしの親友の[漢字]小冬[/漢字][ふりがな]こと[/ふりがな]ちゃん。
かわいくて小柄で、肩ぐらいに揃えられたミディアムヘアが特徴的な女の子。
「そうかなー?」と言ってまたちらりと横田くんの方を見ると、楽しそうに風浦くんと話をしていた。
そうやって誰かと楽しそうにしているのを見るだけでも、愛おしく感じてしまう。
「....そうだ!」
「え、どうしたの。」
すごく突発的で、後先すらも考えないような事だったとは思うけど。
「わたし今日、横田くんに告白する。」
言うまでもない。小冬ちゃんは、目を大きく見開いて心底驚いていた。
[水平線]
「......ごめん。卯月の事そういう対象で見てなかった。ていうか、今までのも全部そういう事だったの?」
放課後、横田くんを裏庭に呼び出してわたしは想いを打ち明けた。
けど、結果は全敗。予想はしてたけど、さすがに直接言い切られると胸がちくりと痛む。
「そういう事、って....?」
「今までのも全部そういう事?」なにが、どういう事...?
意図はわからないけれど、良いことを聞かされるのではない事くらいは、自分でもさすがにわかっていた。
そして、彼の目からハイライトが消えた事も同時にわかってしまう。
「いや...今まで裏庭で水やりしてた時とか、卯月手伝いにきたし、放課後も俺が餌やりしてるとこ、ずっと見てたじゃん。...そういうの、俺無理。」
何も、言葉にできなかった。
今目の前にいるのが、本当にわたしが好きになった横田くん?
あの優しい笑顔の横田くんとは対照的すぎて、今置かれている状況が飲み込もうにも飲み込めなかった。
だって横田くんは誰に対しても優しい人で、思いやりがある人で....
「きもいから、そういうのやめて。」
高い高い屋上から、突き落とされたような気分になった。
[水平線]
「はあ......こんなつもりじゃ、なかったのにな......」
別に、どこかのお姫様みたいに綺麗に結ばれたかったわけでもなかったし、彼を自分のものにしたかったわけではない。
ただあの笑顔をずっと見つめていられるような距離がほしかった。
ただあの優しい気遣いをしている姿を眺めていられる距離がほしかった。
ただあの楽しそうに笑っている彼の言動行動が耳に入れられる距離がほしかった。
自分だけに見せてくれる姿がひとつでもあるとか、そういうものでよかった。
束縛しようと思って、沼らせようと思って告白したのではない。
もっといえば、自分の気持を知って、受け止めてくれるだけでもよかった。
それなのにあんな事言われちゃったら、もう、何も言えなくなる。
帰りの電車。
いつもなら横田くんの事を考えて、自分でも分かるくらいににやにやしながら窓際に背を寄せて立っていた。
「今日は横田くんのこんな姿を見れた!」「今日は横田くんがあの子に優しくしててちょっとだけヤキモチ妬いた!」とか、よくそんな事を考えながら毎日毎日通学していた事を思い出す。
けど、今日は違う。
後悔と悔しさと悲しさと怒りが同じ分量でまざった気持ちが、心を埋める。
それと同時に電車が大きく揺れて、かばんに付けているキーホルダーがぽろっと取れてしまった。
ああー、もう。ほんとに今日は何もかもうまくいかないな。
こらえて必死に我慢していた涙も、もう限界を迎える。
「.....卯月さん?」
だいすきだった人にフラれた20分後。
始めてきみと、コトバを交わした。
[水平線]
「...なるほど、あの[漢字]成也[/漢字][ふりがな]せいや[/ふりがな]が...」
どうやらあの時わたしはもう涙をこぼしていたみたいで、それに驚いた風浦くんが泣いているわたしをカフェに連れてきてくれていたらしい。
流れのままについさっきまでの出来事をはなし、気づけばヤケになってどんどん話を大きくしていた。
「ほんっと信じらんない...あれが自分の事好きな人に対する対応なの?おかしすぎる、なんで好きになったのかもう忘れた....」
「あはは、どんどん言うね。でも確かに、成也も卯月さんに対してその対応はないかもなあ....」
いざ風浦くんと会話してみると、案外楽なものだった。
最後までわたしの言葉を聞いてくれるし、ちゃんと頷いたり相槌をうってくれたりする。
小冬ちゃんや他の友だちと会話する時とはまた違った感覚で、風浦くんに言葉を伝えると、自分の心が開放されたような気分になった。
「じゃあ結局、成也は辛気臭い顔したまんま帰っちゃったんだ?」
「うん。今まで見たどの顔よりも、一番最低最悪な表情してた。」
本当にそれはその通りで、多分あれが横田くんの人を拒絶する時の顔なんだと思う。
けど、その"新しい顔"を知れても、今は嬉しくもなんともない。
「....じゃあもうさ、成也の事とか忘れて、1回俺と恋しちゃおうよ。」
「.....え?」
「俺と新しい恋、してみませんか?」
学校一の人気者で、モテモテな風浦くん。
その人気っぷりは異常なもので、男女ともからの信頼や人気は底を知らない。
そんな風浦くんは今、フラれた30分後の人間に「新しい恋」を提供する人でした_____!?
[水平線]
『とりあえず明日は、この駅集合で一緒に登校してみよう。エスコートは任せて、俺の得意分野だからね。』
昨日、結局1時間半ほど風浦くんと話し込んでしまっていた。
半分は横田くんの事、半分は"新しい恋"の事。
そして昨日の帰り際に、風浦くんはそんな事を言ってお会計だけしてすぐに去っていってしまった。
あれ、本気なのかな...
いや本気にしてるから今わたしここにいるんだけどね....
あと5分待って来なかったら学校行こう...遅刻するさすがに。
そんな事を思っていたら、遠くからものすごい勢いで走ってくる人影を見つけた。
うわあー、めっちゃ走るじゃんそんなに遅刻しそうなのかな。
遠目だからよくわからないけど、とにかく爆速な事はわかった。
.......あれでも待って、あれって....
そしてその猛ダッシュだった人は、わたしの前でぴたりと止まった。
「卯月さんー!ごめんね遅くなって....!!」
驚きと戸惑いのあまり、うまく声が出なかった。
「風浦、くん.....」
ただ絞り出せたのは「昨日の本気だったんだ」その一言。
我ながら失礼だと思うし、急いでくれた人に対する態度でない事は自分でもわかる。
けどなぜか少し照れくさくて、わたしは彼から顔をそむけてしまった。
「え?逆に本気だと思われてなかった?あはは、悲しいなー。」
ううん、違うの。嬉しいの。
君が走ってきてくれて、嬉しいの。
こうやって君とまた話せる事が、嬉しい。
こんな事、死んでも風浦くんには言うつもりなんてないけど。
でもなぜか、悪い気はしなかった。
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それからは電車に乗って、数十分ほど話しながら椅子に腰掛けていてた。
今までは席があいていたとしても窓際に立っていたから、座るのはかなり新鮮。
そしてわたしと風浦くんは、他愛もない話をしながら笑い合っていた。
「昨日返された中間テスト、何点だった?卯月さん頭良さそう。」
「数学は満点だった。理科も満点近かった気がする。」
わたしは理系が得意だけど、文系が大の苦手。
対する風浦くんは文系が得意だけど、理系が大の苦手。
確かにわたしと風浦くんは対象的な性格っぽかったけど、ここまで系統違うんだ...なんかさみしい。
「俺甘い食べ物好きなんだけど、卯月さんは食べ物何が好き?」
「....辛いの好き。」
「弟が二段ベッドの上から前落ちてさ。もーえげつなくて!卯月さんは?きょうだいとかいる?」
「うーん、きょうだいもいないしベッドじゃなくてわたしは布団派かな。」
思えば、電車に乗っている約30分間。
すべての会話は風浦くんが発端だった。
「待って、俺らなんでもかんでも真逆だね。」
そう言って、ぶはっと吹き出す風浦くん。
そんな姿を見ていると、自然と元気が出てくる。
多分、ただえさえ元から人を励ましたり元気づけたりする事が上手だと思うのに、そんなに眩しい笑顔を見せられると狂ってしまうほど胸がぎゅっとなる。
「あ、そうだ。今日はなにする?昨日みたいにカフェでもいいし、卯月さんがやりたい事しよう。」
「わたしが、やりたい事....?」
そんなの、特にない。
「....お、それは特になさそうな時の表情だね。」
「......」
「あはは、そんな死んだ目向けないで。じゃあ今日は、映画でも見に行こう。ホームルーム終わったら迎えに行くから待ってて。」
別に、死んだ目を向けたわけではないんだけど...ただ、図星をつかれてちょっと驚いただけ。
それにわたしと風浦くんは、同じクラスだ。
迎えにいくも何もないと思うんだけど....
いちいちツッコミをいれたくなるくらいには、わたしと風浦くんの仲はかなり深まっていた。
[水平線]
「卯月さん!」
ホームルームが終わって数秒後。
風浦くんは名前通り風のように爆速でわたしの席に向かってきた。
それも、にこにこと笑みを浮かべながら走ってきてくれたものだから、こちらまで嬉しくなってしまう。
今日は、映画だっけ。確か朝少しだけ話した気がする。
何の映画かも、どこの映画館かもわからないけど、それすらもわくわくした。
そして彼は口を開く。
でもそれは、いつもよりもおどおどとした口調で。
「あのさ、映画の事なんだけど、また別の機会でもいいかな...?」
そこまで言われて、わたしはわたしで感じ取りたくない何かを感じ取った。
......あ、これ、知ってる。
_____大切な人に離される時の感覚だ。
でもよく考えたら、そうだよね。
いっつも楽しそうに周囲の明るい人たちと笑ってるような人が、わたしみたいな教室の隅で読書してるような人といるなんて、おかしいもんね。
....風浦くん、他の人とどこか行く約束でもしたのかな。
しててもおかしくないよね。だって今日、わたしたち校内で一度も言葉を交わしてないし。
わたしはずっと小冬ちゃんとつっきりで、風浦くんは横田くんといつもと変わりなく笑い合っていた。
______そして気づけばわたしは、彼の前で二度目の涙を流してしまっていた。
「だから今日はその......って、卯月さん!?」
「......あ..」
やだ。
心做しか、またキーホルダーがカバンから外れる音が聞こえたような気がした。
もうやだ、最近本当に何もうまくいかない。
溢れた涙が、止まることはなかった。
「どうしたの卯月さん....あ、[漢字]見雪[/漢字][ふりがな]みゆき[/ふりがな]さんとか呼んできた方がいい?ちょっとまっててね、今呼んでくる..」
見雪さんとは小冬ちゃんの事で、今はちょうど職員室に呼び出しをくらっているタイミングだ。
「.......わかってたの。」
ここは教室だし、周囲の目もある。
誰が何を見ているかわからないし、一部終始を見ている人だっているはずだ。
できるだけ人目にはつきたくないし、目立ちたくもないけど、溢れ出る想いは止まらなかった。
「....わかってた、わたしと風浦くんは住む世界が違う事も、風浦くんは横田くんにフラれて物珍しかったわたしと軽い遊び感覚で一緒にいてくれてた事も。全部、全部わかってたんだよ.....」
涙も言葉も、止まらない。
「でもそれでも、嬉しかったの。男の子と2人でカフェにきたことなんてなかったし、誰かと一緒に電車に乗って通学なんて、夢のまた夢だった。それをひとつずつ叶えてくれる風浦くんは、わたしにとっての一番星。けどそれが、風浦くんを締め付けることになっちゃっててもおかしくないよね。」
「......えっ...?ちょ、待って。違う、俺は....」
何かを言おうとする風浦くんの声を遮って、わたしは口を動かし続けた。
「1日と半分くらいだったけど、楽しい時間をありがとう。今日の映画は、なしで大丈夫だから....わたし、小冬ちゃん迎えに行かなきゃだから....ばいばい。」
縁は切る。
それくらいの覚悟で、わたしは教室を飛び出した
____はずだった。
わたしの手が、風浦くんに掴まれたのは言うまでもない。
[太字]「あのさ、俺、卯月さんの事好きなんだけど。」[/太字]
「...........は?」
え、何?
風浦くん、今なんて言ったの?
「いやてか...ここまでして気づかれてなかったのは流石にショックだなあ....」
「え、か、風浦くん....?」
「俺がさ、卯月さんと始めて話した時、なんであの電車に乗ってたか知ってる?」
「.....え?」
確かに、どうして同じ電車に乗っていたんだろう。
風浦くんはサッカー部に入っていて、基本的にいつも帰るのは6時半をまわると言っていた。
話の辻褄が、思ったように合わない。
「卯月さんが、悲しいカオしてたの見たからだよ。」
「.......わたしが?」
どういう、こと....?
「部活中たまたま見てた校門出る卯月さんの表情が、いつもの百億倍暗かったのを俺が見過ごすわけないってわけ。だって俺、ずっと卯月さんの事好きだったから。」
今何が起こっているのかがよくわからなくて、また涙があふれかえった。
「悲しいカオした卯月さんを一人で帰らせるとかできなくて、部活抜けて走って卯月さんと同じ電車に乗り込んだ.....ってとこかな。」
「.......うそ...」
「あはは、嘘じゃないよ、ほんとだよ。」
そう言った彼の瞳と表情に、曇りは一切と言っていいほどに見えなかった。
「だから、今日告白しようと思って映画じゃなくて別のおしゃれなカフェ見つけたからそこ行こうとしてたんだけど.....まさか泣かれちゃうなんて思わなかったなあ。」
「.....ご、ごめんなさい.....」
そっか....
そうだよね、風浦くんが、人との約束を簡単に破るような人じゃない事なんてわかりきっていた。
だから.....だから、風浦くんを信じていたわたしは涙がこぼれたのかな.....
でも、それってつまり....
「何回もしつこいと思うけど、改めて言わせて。」
そう言って、風浦くんはわたしをふわりと包み込むような笑みを浮かべた。
[太字]「卯月さん、好きです。俺と付き合ってください。」[/太字]
だいすきだった人にフラれて30分後に、始めてわたしは風浦くんと話した。
すごく変な人だなあと思ったけど、すごく....すごく優しい人だなあとも思った。
その底しれない優しさと明るい笑顔は、わたしをゆっくりと包み込むようにしてくれて。
「わたしも、風浦くんがすき...だいすき......」
そんなまぬけな返事しかできなかったけど、風浦くんは笑ってわたしを抱きしめた。
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