二次創作
# 秘密厳守のマネージャー .
「はい、今日のスケジュール確認します。午前中はスタジオでレコーディング、午後は雑誌の独占取材、夕方から生配信リハ。各自、担当箇所を再確認しておいてください。では次に〜〜 」
蓮の声は、無駄な感情を一切含まない。
VOICING本社の会議室で、いれいすのメンバーたちは普段通り分かりやすくまとめられたレジを片手に蓮の言葉に耳を傾けていた。
彼女がマネージャーになって三ヶ月。
まるで精密機械のように完璧なスケジュール管理と、どんなトラブルにも動じない冷静な対応は、メンバーからの頼を確立していた。
特に、以前のマネージャーが何度かやらかしていた杜撰な管理体制を知る彼らにとって、蓮はまさに救世主だった。
「氷室さん、今日のレコーディングちょっと不安なとこあるんだけどさ.....後で個別で相談しても大丈夫そ?」
りうらさんが遠慮がちに尋ねてくる。
「構いません。レコーディング後スタジオで待っていますから、寄ってくださいね。」
蓮は即答した。
顔色一つ変えず、淡々と答える蓮に、彼は無邪気な笑顔で「ありがと!」と明るく返す。
その日も、蓮は朝から晩まで駆け回った。
レコーディングスタジオでは、メンバーの歌唱指導に熱が入るディレクターとの間に立ち、スムーズな進行を促す。
雑誌の取材では、メンバーの個性が最大限に引き出されるよう、質問内容の調整にも細心の注意を払った。
そして、生配信リハでは技術スタッフとの連携を密にし、配備トラブルがないか隅々までチェックした。
休憩時間、蓮は給湯室で一人、淹れたてのコーヒーを飲んでいた。
束の間の静寂。スマートフォンの画面に表示された、今月の給与額を見て、小さく息を吐く。
やはり、この高額ギャラは、彼女の努力に見合うものだ。
このためなら、多少の無理も、性別を偽る不便さも、全て飲み込める。
( 少しでも、家族のために... )
ロック画面に表示される家族写真をちらりと見やり、誰かの気配がして電源を切った。
「あれ、氷室さん、こんなとこにいたんか」
背後から声をかけられる。
振り返ると、そこにはいふさんが立っていた。
彼は湯気のたつマグカップを片手に、蓮の横にあった椅子に腰掛ける。
「ただの休憩です」
蓮は簡潔に答えた。
「そっか。なんかさ、氷室さんっていつも完璧やから、たまには息抜きしてるんか?って心配になるわ」
いふさんは冗談めかして言った。
蓮は表情を変えず、「仕事の一環です」とだけ答えた。
「そっかそっか。でもさ、俺らは氷室さんがおらんとマジでアカンから。これからも頼むで、相棒!」
いふさんはにこやかに笑い、蓮の肩をポン、と叩いた。
その瞬間、蓮の心臓がまた、僅かに跳ねる。
「相棒」。
それは、蓮がこれまで一度もかけられたことのない言葉だった。
仕事で関わる人間は、皆「氷室さん」と呼ぶ。
同僚からは「氷室」、上司からは「君」。
だが、「相棒」という言葉は、まるで長年の友人のように、蓮の心を軽く揺らした。
蓮は顔には出さなかったが、その言葉に微かな動揺を覚えた。
高額なギャラと引き換えに手に入れたこの仕事。
感情は不要。
ただ、プロとして徹するだけ。
そう、自分に言い聞かせてきたはずなのに。
「.....プロとして、当然の業務です」
蓮は動揺を隠し、普段通りの声で答えた。
いふは「やっぱクールやなー!」と笑ったが、蓮の視線は、無意識のうちに彼の横顔を捉えていた。
その瞬間、蓮の心の中で、高額なギャラという明確な目的とは異なる、小さな波紋が広がり始めていた。