ぐる、
寿司屋に並ぶ二人の背中は、誰が見ても分かるほどに身長が不釣りっていた。
ひきつらせた表情の金平が肩を狭めて座っている。
もちろん、最初は寿司屋に行くことに乗り気ではない金平だったが、大男の熱烈な誘いに断るのも気が引けてしまい、渋々今に至る。
「では、富籤と出会ったのは何時ほどかね?」
「……えぇと、六年ほど前にですね__」
どうせ誰にも理解でされないだろうと思いながら、半ばやけくそで自分の過去を淡々と吐き出してみたのだが、大男の顔がどんどん感心の表情に様変わりしていく。
最初は嫌々話していたものの、話す口が止まらない。
「__そういう感じで、ぼくは富籤が好きになりましてね」
「……なるほど、命を救ってもらった存在という訳か……とても興味深い! もっと話を聞かせてくれないか?」
「……は、はい……! ぼくで良ければ」
自分の話を親身になって聞き入れてくれる大男を目の前に、金平はいつの間にか[太字]安心感[/太字]を覚えていた。
さらに深く話を続けてみれば、自分の失敗談など、寿司を食う暇さえあらず、会話の華は満開を迎えた
こんなに自分と話が合う人がいたとは、ずっと店に閉じこもり気味だったことを悔やむばかり。
「あなたとは尋常じゃないぐらい気が合いますね。名前を聞かせてもらっても?」
「勿論。私の名は [漢字][太字]櫻 滿願[/太字][/漢字][ふりがな]さくら みつねが[/ふりがな]。近くの剣道場の師範に就かせてもらっている」
人一倍大きい体格も、剣道の師範ならばそうおかしくもない。
こうして話にひと段落ついたと思い、金平はぬるくなったお茶に手を伸ばそうとする。
その時だった。
滿願の表情から笑みが消え、綻んでいた口元をびしっと整えた。
あまりにもいきなりだったものだから、金平はお茶に伸ばした手を引っ込める。
もしかして行儀が悪かったかな、と思っていたのも束の間。
「……さて、本題に移らせてもよろしいかな?」
「え?……別に構いませんけど」
金平の表情に緊張感が迫る。
「……[太字]富籤禁止令[/太字]。金平君ならすでに知ってるだろう」
「ああ……あれのことですか。そりゃ知ってますけど……」
「ならば話は早い。私も、富籤を無理やり禁じるこの法令が嫌で嫌で堪らなくてね……」
滿願は手をぶるぶると震わせて、感情のままに言葉を続ける。
「……だから、私は[下線]ある計画[/下線]を建てた! 今から金平君に話すことは、まだ誰にも口外していない。君の素晴らしき熱意を信じて、ここに話させてもらおう」
貫禄から成る圧倒感のせいか、金平の背筋が自然と伸び切る。
「人生の重さと計画の重さ、何度も私は天秤にかけた。そして、やっと傾いたんだ……君と出逢えたおかげでな」
滿願は手をぐっと握りしめる。
「富籤禁止令が出されてから、この町は死んだ……」
「これほど活気の失せた町に、誰が住みたいと思うか? もし住む者がいたとしても、縄張りを追い出された孤独な獣ぐらいだ」
「それでも……こんなところで生きる一人として、お偉方が作った理不尽には厳格でありたい」
「だから私は、この町を殺したお偉方どもに……」
[太字] 「本気で楯突く」[/太字]
場は静けさに包まれた。金平は言葉を失っている。
その余りにも大げさな大言は、金平の理解を得られるには至らなかった。
「すみません……こんな事、言いたくはないんですけど……」
金平は申し訳なさを全面に押し出しつつ、失礼ながらも現実的で辛辣な言葉を言い放つ。
「馬鹿ですか?」
「……何故そう思った?」
金平は、胸にじゃぶじゃぶ溜まっていた渾身の意見を、川の流れのように吐き流す。
「獄門ですよ……! 死ぬんですよ……! 命を賭けるようなことを実行するのならば、その命と値する結果を得られなければ、ただの犬死にです」
「……それは違うな」
滿願はぬるくなったお茶を前に、これまでの息忙しさを落ち着かせるような、深すぎるため息を吹きかけ、自らの意見を語り始めた。
「勿論、私一人だけで法令を変えれるなんて思っちゃいないさ……。ただ、先頭に立つことで、同じ志を持った者が集まり、新たな道を作る可能性もあるにはあるだろう?」
「……まあ、確かにあり得ますね。[下線]上手くいけば[/下線]……ですが」
滿願の話すおおそれた計画は、傍から見れば馬鹿の一言で終わる。
しかし、目の前の男なら[下線]やりかねないかも[/下線]。
金平が一番に感じたのは、端から根拠もない思い込みだ。
[大文字]櫻 滿願[/大文字]。彼が富籤復活に命を賭ける理由は、彼にしか分からない。
しかし、何かがあったのだろう。恩を返したい程に大事な事が。
それに、金平はこの計画を聞いたときから、心がそわそわして落ち着かない気分に陥っていた。
感情に溺れそうな自分に落ち着けと嘆願しながら、寿司を口に入れる。
そんな時に言われたのは、衝撃の一言。
「君も楯突くか?」
「う、[太字]げほっ、げほっ![/太字]」
まさかそんなことを言われるとは思わず、喉に米がひっかかり噎せてしまった金平。
「はっはっは。そんなに寿司が不味かったか?」
冗談交じりに笑う滿願を尻目に、金平はお茶を流し込んで答えた。
「……いえいえ、美味しい話にまごついてしまっただけです。それで、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「……その計画、ぼくにも出来ますか?」
金平の心は、重心さえも安定しない天秤みたいにぐらぐらと揺れていた。
富籤に命を救われた金平にとって、心の底でずっと待ち侘びていたのは彼の存在だったのかもしれない。
「勿論。ただし、先の見えない計画だ。君も若いだろう、[太字]命、賭けるか?[/太字]」
二人が望むのは富籤の復活のみ。
富籤が禁止されてから、先の見えない深淵を歩き続けた金平の前にもついに見えてきた復活の兆しを逃すわけにはいかない。
まるで人生負け無しな武士のように、又は殺し合いが日常な獣のように、金平は歯を剥き出しながら笑みを浮かべた。
「無論。たった十五の命くらい、[太字]『賭け』の為ならなんのその[/太字]」
たった十五の子供が強情っぱる様子は、滿願に大きな笑いを誘った。
「はっはっは! 成る程、じつに心強い仲間ができたものだよ!」
大きい肩を揺らしながら笑う滿願と、少し恥ずかしそうにする金平。
二人がお茶を持った。
「さあさあ、同じ志を持つ[太字]ぐる[/太字]共に[太字]乾杯![/太字]」
「かんぱーい!」
[水平線]
[明朝体][太字]かうて、あかつき浮きる頃
人情あふるる寿司屋より。
博徒のあらまし、めでたしと。
稚児なつかしくも、ほいなりと。
師範めづりに、あはれがる。
[太字]ぐる[/太字]、此処に生まれたり。[/太字][/明朝体]
[水平線]
ひきつらせた表情の金平が肩を狭めて座っている。
もちろん、最初は寿司屋に行くことに乗り気ではない金平だったが、大男の熱烈な誘いに断るのも気が引けてしまい、渋々今に至る。
「では、富籤と出会ったのは何時ほどかね?」
「……えぇと、六年ほど前にですね__」
どうせ誰にも理解でされないだろうと思いながら、半ばやけくそで自分の過去を淡々と吐き出してみたのだが、大男の顔がどんどん感心の表情に様変わりしていく。
最初は嫌々話していたものの、話す口が止まらない。
「__そういう感じで、ぼくは富籤が好きになりましてね」
「……なるほど、命を救ってもらった存在という訳か……とても興味深い! もっと話を聞かせてくれないか?」
「……は、はい……! ぼくで良ければ」
自分の話を親身になって聞き入れてくれる大男を目の前に、金平はいつの間にか[太字]安心感[/太字]を覚えていた。
さらに深く話を続けてみれば、自分の失敗談など、寿司を食う暇さえあらず、会話の華は満開を迎えた
こんなに自分と話が合う人がいたとは、ずっと店に閉じこもり気味だったことを悔やむばかり。
「あなたとは尋常じゃないぐらい気が合いますね。名前を聞かせてもらっても?」
「勿論。私の名は [漢字][太字]櫻 滿願[/太字][/漢字][ふりがな]さくら みつねが[/ふりがな]。近くの剣道場の師範に就かせてもらっている」
人一倍大きい体格も、剣道の師範ならばそうおかしくもない。
こうして話にひと段落ついたと思い、金平はぬるくなったお茶に手を伸ばそうとする。
その時だった。
滿願の表情から笑みが消え、綻んでいた口元をびしっと整えた。
あまりにもいきなりだったものだから、金平はお茶に伸ばした手を引っ込める。
もしかして行儀が悪かったかな、と思っていたのも束の間。
「……さて、本題に移らせてもよろしいかな?」
「え?……別に構いませんけど」
金平の表情に緊張感が迫る。
「……[太字]富籤禁止令[/太字]。金平君ならすでに知ってるだろう」
「ああ……あれのことですか。そりゃ知ってますけど……」
「ならば話は早い。私も、富籤を無理やり禁じるこの法令が嫌で嫌で堪らなくてね……」
滿願は手をぶるぶると震わせて、感情のままに言葉を続ける。
「……だから、私は[下線]ある計画[/下線]を建てた! 今から金平君に話すことは、まだ誰にも口外していない。君の素晴らしき熱意を信じて、ここに話させてもらおう」
貫禄から成る圧倒感のせいか、金平の背筋が自然と伸び切る。
「人生の重さと計画の重さ、何度も私は天秤にかけた。そして、やっと傾いたんだ……君と出逢えたおかげでな」
滿願は手をぐっと握りしめる。
「富籤禁止令が出されてから、この町は死んだ……」
「これほど活気の失せた町に、誰が住みたいと思うか? もし住む者がいたとしても、縄張りを追い出された孤独な獣ぐらいだ」
「それでも……こんなところで生きる一人として、お偉方が作った理不尽には厳格でありたい」
「だから私は、この町を殺したお偉方どもに……」
[太字] 「本気で楯突く」[/太字]
場は静けさに包まれた。金平は言葉を失っている。
その余りにも大げさな大言は、金平の理解を得られるには至らなかった。
「すみません……こんな事、言いたくはないんですけど……」
金平は申し訳なさを全面に押し出しつつ、失礼ながらも現実的で辛辣な言葉を言い放つ。
「馬鹿ですか?」
「……何故そう思った?」
金平は、胸にじゃぶじゃぶ溜まっていた渾身の意見を、川の流れのように吐き流す。
「獄門ですよ……! 死ぬんですよ……! 命を賭けるようなことを実行するのならば、その命と値する結果を得られなければ、ただの犬死にです」
「……それは違うな」
滿願はぬるくなったお茶を前に、これまでの息忙しさを落ち着かせるような、深すぎるため息を吹きかけ、自らの意見を語り始めた。
「勿論、私一人だけで法令を変えれるなんて思っちゃいないさ……。ただ、先頭に立つことで、同じ志を持った者が集まり、新たな道を作る可能性もあるにはあるだろう?」
「……まあ、確かにあり得ますね。[下線]上手くいけば[/下線]……ですが」
滿願の話すおおそれた計画は、傍から見れば馬鹿の一言で終わる。
しかし、目の前の男なら[下線]やりかねないかも[/下線]。
金平が一番に感じたのは、端から根拠もない思い込みだ。
[大文字]櫻 滿願[/大文字]。彼が富籤復活に命を賭ける理由は、彼にしか分からない。
しかし、何かがあったのだろう。恩を返したい程に大事な事が。
それに、金平はこの計画を聞いたときから、心がそわそわして落ち着かない気分に陥っていた。
感情に溺れそうな自分に落ち着けと嘆願しながら、寿司を口に入れる。
そんな時に言われたのは、衝撃の一言。
「君も楯突くか?」
「う、[太字]げほっ、げほっ![/太字]」
まさかそんなことを言われるとは思わず、喉に米がひっかかり噎せてしまった金平。
「はっはっは。そんなに寿司が不味かったか?」
冗談交じりに笑う滿願を尻目に、金平はお茶を流し込んで答えた。
「……いえいえ、美味しい話にまごついてしまっただけです。それで、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「……その計画、ぼくにも出来ますか?」
金平の心は、重心さえも安定しない天秤みたいにぐらぐらと揺れていた。
富籤に命を救われた金平にとって、心の底でずっと待ち侘びていたのは彼の存在だったのかもしれない。
「勿論。ただし、先の見えない計画だ。君も若いだろう、[太字]命、賭けるか?[/太字]」
二人が望むのは富籤の復活のみ。
富籤が禁止されてから、先の見えない深淵を歩き続けた金平の前にもついに見えてきた復活の兆しを逃すわけにはいかない。
まるで人生負け無しな武士のように、又は殺し合いが日常な獣のように、金平は歯を剥き出しながら笑みを浮かべた。
「無論。たった十五の命くらい、[太字]『賭け』の為ならなんのその[/太字]」
たった十五の子供が強情っぱる様子は、滿願に大きな笑いを誘った。
「はっはっは! 成る程、じつに心強い仲間ができたものだよ!」
大きい肩を揺らしながら笑う滿願と、少し恥ずかしそうにする金平。
二人がお茶を持った。
「さあさあ、同じ志を持つ[太字]ぐる[/太字]共に[太字]乾杯![/太字]」
「かんぱーい!」
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[明朝体][太字]かうて、あかつき浮きる頃
人情あふるる寿司屋より。
博徒のあらまし、めでたしと。
稚児なつかしくも、ほいなりと。
師範めづりに、あはれがる。
[太字]ぐる[/太字]、此処に生まれたり。[/太字][/明朝体]
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