ぐる、
「あの、ぼく、当たったみたいです……」
薄汚い身なりの子供が札を片手に木箱の前まで飛び出してきた。
男か女かも分からない風貌に、誰しもが目を見開かせた。
もちろん、それは目の前の神主たちも同じだった。
恐る恐るも、側にいた木箱持ちの神主が声をかける。
「……坊主、当たったのか? ……それじゃ、おれについてこい」
真っ先に出てきた神主がこっちに手を仰がせた。
子供は周りの目を気にしながらも、神主のあとへくっついていき、寺院へお邪魔する。
寺院、それは気品の有り余る神聖な場所。
畳作りの床に、日焼けした木の柱、全ての箇所が魅力に満ち溢れている。
自分なんかがここに居て良いのかと申し訳なさがありつつも、子供はいつの間にか寺院に魅入ってしまっていた。
そんな時に「まあ、座りな」と神主から言われたものだから、虚をつかれてしまった子供はおとなしく畳に崩れ座る。
神主も遅れて、畳に[漢字]脛[/漢字][ふりがな]すね[/ふりがな]を付けて座り込む、第一声は神主からはじまった。
「[漢字]当籤[/漢字][ふりがな]とうせん[/ふりがな]おめでとう。
……と言いたいのはおれとしても山々なんだが、まず、名を教えてくれないか?」
神主は優しく問いかける。
「えっと…………え…………あ………」
喉を小刻みに震わせながらも子供は言葉を紡ごうとする。
しかし、子供の名前を聞けることは叶わない願いに終わった。
なぜならば、子供が突然気を失ったかのようにばったりと倒れてしまったからだ。
「お……おい、しっかりしろ!」
じっくりと見てみれば顔色が悪く、額に熱を帯びている。
まさか[下線]風邪でも引いたのか。[/下線]
神主は急いで、寺院に一枚しかない綿の詰まった掛け布団を子供に被せたり、ふうふう冷ました熱いお茶を飲ませたりしてやった。
こうして、子供を看病していくうちに、ついに子供の震えが終わりを告げる。
その頃になれば、神主の疲弊は頂点まで達していた。
それでも、子供の命を救えたので、神主にとっては安堵の嵐。
布団の中でついに目を覚ましてくれた子供の姿を見て、神主は言った。
「……なあ、目を覚ましたところ悪いんだが、おまえ、家族いるのか?」
子供の顔がこわばった
それは残酷な内容だった。
「…………いま……せん。みんな、[下線]流されました[/下線]……」
子供によると、元々遠い山村で家族と暮らしていたそうなのだが、類を見ない大水害に遭ってしまい、命からがらここまで逃げてきたらしい。
「そうかい。だったら行く宛ないんだろ? ここで泊まってきな」
「……い、いいんですか!? こんな、ぼくなんかに……」
「いいんだ、いいんだ! ここで野に突き出して知らん振りするほど、おれも鬼じゃねぇよ」
「……ありがとうございます!!」
子供は思わず、まんまるの目から涙がこぼれ落ちた。
人の温かさが詰まった大粒の涙。
涙に濡れた布団は塩辛い匂いに包まれていた。
■ ■ ■ ■
聞いてみれば子供は[太字][漢字]金平[/漢字][ふりがな]きんぺい[/ふりがな][/太字]という名前らしい。
寺院に引き取られた金平の成長は、まさに止まることを知らなかった。
金平は、同じ年頃の子供よりも圧倒的に物覚えが早く、人一倍頭が良くなり、僅か十三の年で経営について勉め始めた。
普通の人なら三年はかかるであろう内容を、その頭の良さからなんと一年で学び修めてしまったほど。
これだけでも凄いというのに、お金の計算もとんでもなく早い。
繊細な指使いから紡がれるお金の分別は、まるで楽器を弾いているみたいだ。
そして時は経ち、金平にも独り立ちの時が訪れた。
「そんじゃ、親御さんに恥かかねぇよう、がんばれよ」
神主は金平の肩に手を置いた。
「はい! [太字]世のため人のため[/太字]を心懸けて、恥のない人生を送らせていただきます!」
これで最後かと思えば、思ったより短い時間と云えよう。
別れはいずれやってくる。
感謝と少しの心残りを胸に秘めながら、一人の少年、金平が町に放たれた。
■ ■ ■ ■
「__まあ、そんな感じで、ぼくは富籤を心から愛しているんです」
茅葺き屋根の建物から金平が顔を覗かせた。
店の外では一人のお客が腕を組みながら静聴している。
「……そうかそうか。あんたも大変だったんだねェ」
腕を組んで静かに頷く様子を見て、金平はふっと息を落とす。
「それはそうとして……どうです? 札を買う気にはなりました?」
「……ん〜ちょっと待ってくれよ。今、悩んでんだから……」
店の前で熟考しているお客の姿が金平の眉を鋭くさせた。
「あのですね……ここで悩むぐらいなら、来る道中で決めといてくれないと! ぼくにもやることがありますから、効率が悪くなります」
十五の年ばかりの少年が語るのは[太字]効率[/太字]。
彼は自前の頭の良さで、あれこれ多彩な趣味に挑戦しようとしているため、自分の時間が人のせいで失われるのは彼にとって不服すぎた。
まるで狂気と思われる程の積極性、それが今の金平である。
「あ〜もう分かった分かった!! 二枚だ、二枚くれ!! とびっきり当たりやすいやつ!!」
効率効率と[漢字]急[/漢字][ふりがな]せ[/ふりがな]かされたお客が、なんとか振り絞って出てきた注文を叫び散らす。
金平はやっとかと、いかにも不満な態度と共に手を差し出した。
「札二枚、銀二十四[漢字]匁[/漢字][ふりがな]もんめ[/ふりがな]です」
お客は銀色の小判を六枚支払う。
金平が琴を弾くような手さばきで銀を数え終えると、二枚の札をお客に手渡した。
この札は[漢字]富札[/漢字][ふりがな]とみふだ[/ふりがな]と云い、富籤に使うものだ。
表面には墨で番号が書かれている。
それもそうだが、この通り。
富籤に命を救われた金平は、当たりやすい札を客に売る、見徳屋なる店を営んでいた。
彼にとっては、これも効率を考えての選択。
[太字]愛してないことを仕事にするより、愛していることで仕事をしたい[/太字]、極まった効率重視の思想、これが金平の基盤である。
「よーし。そいじゃ、また宜しくな!」
お客は札を懐に入れて、元気にその場を立ち去っていく。
「ご贔屓に〜……」
金平は棒をなぞるような声で見送り、そそくさと店の中に戻っていった。
これで当分客は来ないだろう、と思った金平は[下線]ある作業[/下線]に取り掛かる。
床に敷かれた大量の和紙に面向かい、筆を執った。
[小文字](ここ最近の結果から見るに、今は松の弐壱百番代、梅の阡番代が当たりやすくなっているらしい……いや、でも竹の伍壱拾番代にも目が離せないな……)
[/小文字]
専門用語を呪文のように呟きながら、金平は和紙に富籤の予想を書きなぐる。
書かれる文字は狭苦しいほかなく、一枚の和紙に空白を残さないその執念は、金平の性格をこれでもかと表していた。
同時に、和紙は金平の仕事道具であり、遺産だ。
金平が予想を書き終えると、さっきまで明るかったはずの日はとっくに沈んでいた。
やはりお客は来なかったな、といらぬ予想を的中させてしまっては心に変な靄が湧く。
金平は店仕舞の準備を済ませ、藁のすだれを下ろそうとした。
その時だった。
「……恵んでください……恵んでください」
どこからか呻くような言葉が聞こえた。
金平に嫌な身震いが起きる。
恐る恐る外を覗いてみれば、薄汚い服装の物乞いが、のそのそと大通りを歩いていた。
金平は自然とその物乞いに目を奪われる。
もし、富籤に出会ってなかったら、あんな未来もありえたのかもしれない。
(…………)
見て見ぬふりをした方が効率が良いのだろう。
しかし、[太字]世のため人のため[/太字]、気づけば金平は動いていた。
店の奥から、銭が大量に詰まった銭差しを掘り出し、大通りに放り投げる。
そして、そのあとは知らん、と言わんばかりにすだれを閉ざした。
(……何も見てない……)
目の前にいた物乞いに自分を重ねてしまい、自然と胸が押し付けられるような感覚が起きる。
いつの間にか、あの頃のように膝に顔を押し付けながら、苦しさと共に眠りに落ちた。
腕は塩辛い匂いに包まれていた。
薄汚い身なりの子供が札を片手に木箱の前まで飛び出してきた。
男か女かも分からない風貌に、誰しもが目を見開かせた。
もちろん、それは目の前の神主たちも同じだった。
恐る恐るも、側にいた木箱持ちの神主が声をかける。
「……坊主、当たったのか? ……それじゃ、おれについてこい」
真っ先に出てきた神主がこっちに手を仰がせた。
子供は周りの目を気にしながらも、神主のあとへくっついていき、寺院へお邪魔する。
寺院、それは気品の有り余る神聖な場所。
畳作りの床に、日焼けした木の柱、全ての箇所が魅力に満ち溢れている。
自分なんかがここに居て良いのかと申し訳なさがありつつも、子供はいつの間にか寺院に魅入ってしまっていた。
そんな時に「まあ、座りな」と神主から言われたものだから、虚をつかれてしまった子供はおとなしく畳に崩れ座る。
神主も遅れて、畳に[漢字]脛[/漢字][ふりがな]すね[/ふりがな]を付けて座り込む、第一声は神主からはじまった。
「[漢字]当籤[/漢字][ふりがな]とうせん[/ふりがな]おめでとう。
……と言いたいのはおれとしても山々なんだが、まず、名を教えてくれないか?」
神主は優しく問いかける。
「えっと…………え…………あ………」
喉を小刻みに震わせながらも子供は言葉を紡ごうとする。
しかし、子供の名前を聞けることは叶わない願いに終わった。
なぜならば、子供が突然気を失ったかのようにばったりと倒れてしまったからだ。
「お……おい、しっかりしろ!」
じっくりと見てみれば顔色が悪く、額に熱を帯びている。
まさか[下線]風邪でも引いたのか。[/下線]
神主は急いで、寺院に一枚しかない綿の詰まった掛け布団を子供に被せたり、ふうふう冷ました熱いお茶を飲ませたりしてやった。
こうして、子供を看病していくうちに、ついに子供の震えが終わりを告げる。
その頃になれば、神主の疲弊は頂点まで達していた。
それでも、子供の命を救えたので、神主にとっては安堵の嵐。
布団の中でついに目を覚ましてくれた子供の姿を見て、神主は言った。
「……なあ、目を覚ましたところ悪いんだが、おまえ、家族いるのか?」
子供の顔がこわばった
それは残酷な内容だった。
「…………いま……せん。みんな、[下線]流されました[/下線]……」
子供によると、元々遠い山村で家族と暮らしていたそうなのだが、類を見ない大水害に遭ってしまい、命からがらここまで逃げてきたらしい。
「そうかい。だったら行く宛ないんだろ? ここで泊まってきな」
「……い、いいんですか!? こんな、ぼくなんかに……」
「いいんだ、いいんだ! ここで野に突き出して知らん振りするほど、おれも鬼じゃねぇよ」
「……ありがとうございます!!」
子供は思わず、まんまるの目から涙がこぼれ落ちた。
人の温かさが詰まった大粒の涙。
涙に濡れた布団は塩辛い匂いに包まれていた。
■ ■ ■ ■
聞いてみれば子供は[太字][漢字]金平[/漢字][ふりがな]きんぺい[/ふりがな][/太字]という名前らしい。
寺院に引き取られた金平の成長は、まさに止まることを知らなかった。
金平は、同じ年頃の子供よりも圧倒的に物覚えが早く、人一倍頭が良くなり、僅か十三の年で経営について勉め始めた。
普通の人なら三年はかかるであろう内容を、その頭の良さからなんと一年で学び修めてしまったほど。
これだけでも凄いというのに、お金の計算もとんでもなく早い。
繊細な指使いから紡がれるお金の分別は、まるで楽器を弾いているみたいだ。
そして時は経ち、金平にも独り立ちの時が訪れた。
「そんじゃ、親御さんに恥かかねぇよう、がんばれよ」
神主は金平の肩に手を置いた。
「はい! [太字]世のため人のため[/太字]を心懸けて、恥のない人生を送らせていただきます!」
これで最後かと思えば、思ったより短い時間と云えよう。
別れはいずれやってくる。
感謝と少しの心残りを胸に秘めながら、一人の少年、金平が町に放たれた。
■ ■ ■ ■
「__まあ、そんな感じで、ぼくは富籤を心から愛しているんです」
茅葺き屋根の建物から金平が顔を覗かせた。
店の外では一人のお客が腕を組みながら静聴している。
「……そうかそうか。あんたも大変だったんだねェ」
腕を組んで静かに頷く様子を見て、金平はふっと息を落とす。
「それはそうとして……どうです? 札を買う気にはなりました?」
「……ん〜ちょっと待ってくれよ。今、悩んでんだから……」
店の前で熟考しているお客の姿が金平の眉を鋭くさせた。
「あのですね……ここで悩むぐらいなら、来る道中で決めといてくれないと! ぼくにもやることがありますから、効率が悪くなります」
十五の年ばかりの少年が語るのは[太字]効率[/太字]。
彼は自前の頭の良さで、あれこれ多彩な趣味に挑戦しようとしているため、自分の時間が人のせいで失われるのは彼にとって不服すぎた。
まるで狂気と思われる程の積極性、それが今の金平である。
「あ〜もう分かった分かった!! 二枚だ、二枚くれ!! とびっきり当たりやすいやつ!!」
効率効率と[漢字]急[/漢字][ふりがな]せ[/ふりがな]かされたお客が、なんとか振り絞って出てきた注文を叫び散らす。
金平はやっとかと、いかにも不満な態度と共に手を差し出した。
「札二枚、銀二十四[漢字]匁[/漢字][ふりがな]もんめ[/ふりがな]です」
お客は銀色の小判を六枚支払う。
金平が琴を弾くような手さばきで銀を数え終えると、二枚の札をお客に手渡した。
この札は[漢字]富札[/漢字][ふりがな]とみふだ[/ふりがな]と云い、富籤に使うものだ。
表面には墨で番号が書かれている。
それもそうだが、この通り。
富籤に命を救われた金平は、当たりやすい札を客に売る、見徳屋なる店を営んでいた。
彼にとっては、これも効率を考えての選択。
[太字]愛してないことを仕事にするより、愛していることで仕事をしたい[/太字]、極まった効率重視の思想、これが金平の基盤である。
「よーし。そいじゃ、また宜しくな!」
お客は札を懐に入れて、元気にその場を立ち去っていく。
「ご贔屓に〜……」
金平は棒をなぞるような声で見送り、そそくさと店の中に戻っていった。
これで当分客は来ないだろう、と思った金平は[下線]ある作業[/下線]に取り掛かる。
床に敷かれた大量の和紙に面向かい、筆を執った。
[小文字](ここ最近の結果から見るに、今は松の弐壱百番代、梅の阡番代が当たりやすくなっているらしい……いや、でも竹の伍壱拾番代にも目が離せないな……)
[/小文字]
専門用語を呪文のように呟きながら、金平は和紙に富籤の予想を書きなぐる。
書かれる文字は狭苦しいほかなく、一枚の和紙に空白を残さないその執念は、金平の性格をこれでもかと表していた。
同時に、和紙は金平の仕事道具であり、遺産だ。
金平が予想を書き終えると、さっきまで明るかったはずの日はとっくに沈んでいた。
やはりお客は来なかったな、といらぬ予想を的中させてしまっては心に変な靄が湧く。
金平は店仕舞の準備を済ませ、藁のすだれを下ろそうとした。
その時だった。
「……恵んでください……恵んでください」
どこからか呻くような言葉が聞こえた。
金平に嫌な身震いが起きる。
恐る恐る外を覗いてみれば、薄汚い服装の物乞いが、のそのそと大通りを歩いていた。
金平は自然とその物乞いに目を奪われる。
もし、富籤に出会ってなかったら、あんな未来もありえたのかもしれない。
(…………)
見て見ぬふりをした方が効率が良いのだろう。
しかし、[太字]世のため人のため[/太字]、気づけば金平は動いていた。
店の奥から、銭が大量に詰まった銭差しを掘り出し、大通りに放り投げる。
そして、そのあとは知らん、と言わんばかりにすだれを閉ざした。
(……何も見てない……)
目の前にいた物乞いに自分を重ねてしまい、自然と胸が押し付けられるような感覚が起きる。
いつの間にか、あの頃のように膝に顔を押し付けながら、苦しさと共に眠りに落ちた。
腕は塩辛い匂いに包まれていた。