「坊っちゃーん。言われてた通り、掃除してきましたけど･･･逆に散らかっちゃいましたー」


「なんで掃除して散らかるんだ！？」


女性にして低く、男性に高い中性的な声が、屋敷に響いた。

＿＿＿＿＿＿＿＿場所は、[漢字]英国[/漢字][ふりがな]イギリス[/ふりがな]。

世界でも有数な財閥であるアラリック財閥の跡継ぎ息子、デイン。齢十歳。

煌めく金髪に碧眼を持っており、まだ幼い肢体を高級そうな仕立ての良い服に身を包んでいる。白とベージュ色のシンプルな服装の中で、アクアマリンが嵌められたループタイが美しい輝きを放っていた。

そんな幼い後継者である彼には、専属メイドがいる。

それが目の前の女性だ。


「全く、私は掃除は出来ないと何度も言ったじゃないですかー」


メイドにしては気安い口調でそう言う女性。

光を反射して輝くウルフヘアの白髪に、闇のように暗く黒い瞳。不健康そうに見える白い肌と合わせると、黒基調のクラシカルメイド服がよく映える。黒のリボンなどのシンプルな飾りが施されたヘッドドレスが、美しい白髪の中で存在を主張している。

気怠げな表情が目立つ女性だが、その顔立ちは美しく、端正だ。

中性的に整った顔には、黒の丸縁眼鏡があり、女性の印象は気怠げなものから理知的なものへと変化させる。


「掃除に関しては私は専門外ですよっと」


女性はそう言いながら、純白のエプロンについた汚れを払う。

デインは呆れながら女性をジト目で見つめた。


「そもそも、僕は掃除を頼んだつもりはないぞ･･･」


「あれれ？そうでしたっけ？勘違いでしたねー」


女性はそう言いながら、反省してないだろうと思えるヘラヘラとした笑顔を浮かべた。

女性の名は、ライラ。

デインが六歳の頃に、屋敷に仕え始めた年齢不詳の謎めいた女性だ。

ライラは自分を見て呆れているデインを見ると、ケラケラと笑う。


「鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔してますよ？坊っちゃん」


「うるさい。オマエが変な事をするからだ。オマエのせいで、いつも他の使用人に面倒が行くと、父様も言っていたぞ」


「あはは、ダンナ様がそう言っていたんですね。でも、私はあの人に従う気はさらさら無いので、無駄な文句ですね」


ライラはそう言いながら、掌を合わせてにっこりと笑う。

デインには、ライラが何故この屋敷に、そして自分に仕えているのかがよく分からなかった。こう見えてもライラは掃除以外は何でも完璧に出来るメイドだ。

過去にライラ本人に聞いた事があるが、「坊っちゃんにはまだ早いですよ」と言われ、はぐらかされてしまった。

父に聞いても同じ結果しか返ってこなかった。屋敷の使用人も、ライラの事は全くと言っていい程知らない。


ライラは自分の情報は全く明かさない。その代わりか、どうでも良い情報は簡単に教えてくれるのだ。

例えば、どの煙草が好きだとか、身長とかは教えてくれる。だが、出身地や年齢などは何度聞いても教えてはくれない。

いつも、ヘラヘラとした笑顔を浮かべる彼女だが、そのような質問をした時だけは必ず、感情が抜けきったような表情をする。

だが、デインはどうしても気になり、ライラに一度だけ聞いた事があった。

その質問は、屋敷の誰もしてこなかった質問だ。




＿＿＿＿「ライラは、何故この屋敷に仕えているのか」＿＿＿＿




そう聞いた時のライラの表情を見て、デインは酷く驚いた。

＿＿＿＿いつもは笑顔な彼女が、少し悲しそうに、儚げな笑みを浮かべたからだ。

そして、ライラは自分の表情を見て目を見開いているデインの頭を優しく撫でると、囁くような声で言ったのだった。


「今の坊っちゃんが、知る必要はございません」