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一期一会は過去の話の経験値

#1


「なあ、今の瞬間ってさ、将来振り返ったときに“経験値”になるのかな?」

そう言ったのは、春木だった。
大学の最終講義が終わった帰り道、構内のベンチに腰を下ろしながら、缶コーヒーのプルタブを引くときに、ふと漏らした。

俺はその言葉にうまく返せなかった。

「いや、なんかさ。今って“今”じゃん。全然、何にも見えてない感じ。でも、数年後にこの日を思い出すと、“あれがターニングポイントだった”とか言うかもしれないじゃん。」

「そんなにドラマチックな人生か?」

「ドラマにしたいやん、どうせなら。」

春木の言葉には、いつも少し冗談が混じってる。でも、その奥には本音が隠れている。俺はその癖を知っていた。高校からの付き合いだから。

「誰かと会って、話して、笑って、別れて。そんときは“何か”って思ってなくても、時間が経つと“すげぇ”って思う瞬間、あるじゃん。」

「あるな。」

「そういうの、経験値って言っていいよな。」

俺は笑った。春木は、いつもそうだ。
当たり前のことを、ちょっと捻って表現する。
でもその捻れ方が、俺には心地よかった。

最後に会ったのは、その一週間後。
卒業式の日だった。
春木は式のあと、「ちょっと旅に出るわ」って言って、スマホも消して、SNSもやめて、どこかに消えた。

三年が過ぎた。

就職して、忙殺されて、休日は寝るか酒を飲むか。
気づいたら、春木の声を思い出すことも減っていた。

でも今日、駅のホームで、不意に似た声を聞いた。

「なあ、今の瞬間って、いつか“経験値”になると思う?」

振り向くと、違う誰かだった。
けど、その声で思い出した。

あのベンチの午後。
あの缶コーヒーの音。
あの他愛のない会話。

そして、あいつの言葉。

一期一会は、未来のための出会いじゃない。
それは過去の自分にしか残らない、小さな宝物だ。

俺は今、それを確かに持っている。
春木は、俺の中でちゃんと“経験値”になっている。

缶コーヒーを買って、ひとくち飲む。
少しぬるい。けど、悪くない。

春木、元気か。
あのときの話、今なら少しだけ分かる気がするよ。

作者メッセージ

「一期一会」という言葉は、よく聞くけれど、その重みは出会いが終わったあとにしかわからないのかもしれません。
この物語が、あなたの過去の誰かとの記憶をそっと照らすような、小さな光になれたなら嬉しいです。
いつか、あの一瞬が“経験値だった”と気づくその日まで――どうか、大切に。

月影

2025/05/14 20:18

月影 ID:≫ 5iUgeXQ3Vbsck
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