碧い海と星降る夜に、今日も私は祈りばかりを届ける。
「悪いな榊。しばらくの間、隣の席のお前が天王寺の校舎案内役を担ってくれ。」
担任が急に職員室へ呼び出すから、何事かと思い廊下を走ってまで着たというのに、私と目があってそうそう担任はそんな事を言った。
「次、技術室に移動だろ。案内してやってくれ。」
「.....はあ....」
この人、周囲の人間の目を全く見ていないのだろうか。
その端麗な容姿に魅了され、天王寺くんに興味を持つクラスメイト達。そしてそれに反して、そんな事どうでもいいとでも言いたげな顔をする私。
どうせなら、天王寺くんの事すきすきしてる人たちにこんな役職回せばいいのに。
関係のない私を巻き込むのは、本当に勘弁してほしい。
まあでも、そんなやつと絡むなんて向こうもごめんなんだろうし、担任は担任で面倒な事に巻き込まれる事を避けたいのだろう。
舌打ちを必死に我慢した私は、そのまま無言で職員室の扉を勢いよく閉め教室へ足早に向かった。
[水平線]
「.....!えっと....」
「[漢字]榊[/漢字][ふりがな]さかき[/ふりがな]。技術室まで案内するからついてきて。」
ずんっと、彼の席の真ん前で仁王立ちになる。
あまり私について知られたくない...いや知ってほしくないから、できるだけ最小限の会話を意識して、私は言葉をぽつぽつ発していた。
「榊さん...!ありがとう。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。それは、あの顔がくしゃあっとなるタイプの笑い方。
そしてその笑顔は、わたしの心臓に数本の矢を突き刺すかのようなものだった。
その瞬間突然、体にずしりと重みがかかる。
そしてその全身に走った重みには、しっかり理由があった。
だって、私はその笑い方が____
「榊さん、今日の朝僕に学校まで案内してくれたよね...ありがとう、何回も。」
ああまた...その声すらも、りっくんに重ねてしまう。
発する声に、笑い方、歩き方。
何をしても、どう足掻こうとも。りっくんが、頭にこびりついて離れない。
離そうとしても、剥がそうとしても、取り消そうとしても、何をしても無駄だった。
もうなんだか、限界がそこまできてしまっているような気がする。
いつもは1日りっくんの事を頭に想像して、昔の事を思い出して...それだけで満足してたのに。
瓜二つ...は言い過ぎだったとしても、似た言動行動を持つ彼に、私はりっくんを自然と重ねてしまい、その度ずしりと体におもりが吊るされたような気持ちになる。
「...いいよ全然。もうチャイム鳴るから、行こう。」
薄く乾いた声を投げかけ、私は彼に体当りするようにしてその場をあとにした。
[水平線]
『そういえばひよ。』
冬場、午後5時過ぎの公園。
真夏の時とは大違いで、この時間帯ですら薄暗い景色になる...そんなタイミングで、りっくんは私にそう言った。
『なーにりっくん。』
あの頃はまだ小2とか小3の頃だったから、まだ公園で走り回って、ただただ楽しいだけの年頃だった。
赤い夕日がりっくんに反射して赤く見えていただけなのか、本当に赤らんでいたのかは今でもわからないけれど。
りっくんは物怖じず、堂々と。私に言葉を発した。
『お前引っ越すんだってな。』
その瞬間、私は自分の耳を疑った。"引っ越す"?
だって私は、そんな事両親から一言も聞かされていなかったから。
『....え?なに、どういう事?』
『は、お前知らなかったのか?』
その瞬間、りっくんも私と同じ、血の気の引いたような表情を浮かべていた。
引っ越す、って何?私、そんな事一ミリも聞かされてないよ。どうして?なんで?何があったの?いつから決めてたの?
動揺が隠せず、私はどんどん不安になってきた。
そして一つ、重大な事を思い出す。
『......真央!』
『....は?何、真央って。』
真央。
それは、私が近所でこっそりと飼っていた野良猫の事である。
家の近くでぐったりしていて、通り過ぎようにも身体が拒否反応を起こし、結局家から段ボールと手編みのマフラーを持ってきて真央の寝床を作る始末。
『ごめんりっくん、私真央見に行かないと...また詳しい事教えて、また明日ねりっくん!』
『あ、ちょっと待て...俺はお前に言いてー事が_______
「....さん」
午後1時20分。もうあと10分もしない内にチャイムは鳴り、教室は途端と動物園のようになる。
重いたまぶたを無理やり引き上げ、ぱっと顔を上げると、りっくんの顔が目に入った。
「.....榊さん...!」
えっ、り、りっくん....!?何、どういう事、今何が起こって...
「あ...よかった、起きて。」
......ああ、ただの夢か。
りっくんに似ている天王寺くんが、りっくんに見えてしまう現象。これはもう慣れっこも同然だ。
はあ.....どうして今こんなタイミングでりっくんの夢なんか見ちゃうんだろ、私...
目が冴えて、頬杖から顔が滑り落ちる。
そしてその数秒後、クラスの8割ほどが私を見ている事が分かった。
その理由は、先生の表情がすべてを物語っていることも一目瞭然である。
「榊お前...私の授業で寝るとはどういう事かわかっているのか!!」
あー...そういえばこの授業、平山の授業だったな。
平山とは社会教師で、よくある優しいおじいさん先生なんてものとは全くかけ離れている、バリバリアラサー教師という感じの男性教師だ。
そしてこの平山、何を勘違いしているのかは全く知らないが、とにかくプライドが高い。
自分の授業が世界一...いや宇宙一とでも思っているんだろう。こんな風に、寝てる生徒がいればしつこくいちゃもんを付けてくるという、なんとも面倒くさい教師だ。
まったく、どうしてこんな人間が教員免許を取得できるのだろうか、謎で仕方がない。
そして私は、これになにか応答することは負けだと思っている。
何を言ってもこのプライドの塊野郎には効かないだろうし、無駄な労力の消費だ。
黙ってときが過ぎるのを待つのが一番だと、最近学んだ。
「問に答えろ榊!聞いているのか!!」
ひたすら無視、無視、無視。
大きい独り言だなあと、私は一人彼を嘲笑っていた。
「.......はっ、お前そんなんだから、テストの点数も学年最下位なんだよ!!」
苛立ちが最大限にまで達した平山は、ついに私の学歴を暴露.....していない。というか、私は最下位なんかじゃない。
はあほんと、何言ってんだこいつ、アホなんだろうか。
______だが平山のその発言に何を思ったのか、天王寺くんが立ち上がった。
「......教師として、その発言はいかがなものかと思われます。」
そして平山は、目を大きく見開き手に持っていたチョークを真正面から落とした。
....え、そこまで?
と思いちらりと横を見ると、彼はとんでもない鬼の形相で平山を睨んでいた。
ついさっき私に見せた、くしゃりとした笑顔と正反対すぎる表情を浮かべる彼に、クラスメイトたちもその雰囲気に圧倒されていた。
そして彼は、お構いなしとでも言いたげなまま、言葉を次々と発していった。
「まず、その態度を改めた方が良いと思われます。プライドの塊が、平山先生の体全身に埋め込まれているわけではないと僕は信じているのであえて何も口出しはしませんが、"周囲からの目"。これをお忘れになられると、後々とんでもない事になるのが想像できませんか?まずまずの話ですが___
「っ、天王寺くん、ストップ....!もういいよありがとう。」
このままだと、私のせいで天王寺くんが悪い印象を与えられてしまう。
あまり言いたくはないけど、これも全部、天王寺くんのせいなんだからね.....
意を決して、私は負けゾーンへ飛び込んだ。
「私の成績、この学校に入学してからずっと首席です。真逆です。眠気が襲うのも風邪薬の副作用で、事前に私、貴方に言いにいきました。生徒の声もまともに聞かず、わざわざ黒歴史も同然化とした情報をクラスメイトの前で堂々と口に出す....最低ですね、貴方。」
もう、こいつの事を平山先生と呼ぶことはないのだろう。
「このことは、学校及び教育委員会に訴えさせてもらいます。どうやら私以外にも、多くの被害者がいるようなので....」
あいつはもう何も言えなくなったのか、ただただ持参のチョークを箱に戻す作業を繰り返していた。
そして私は、先程の自分の発言を深く後悔する事となる。
担任が急に職員室へ呼び出すから、何事かと思い廊下を走ってまで着たというのに、私と目があってそうそう担任はそんな事を言った。
「次、技術室に移動だろ。案内してやってくれ。」
「.....はあ....」
この人、周囲の人間の目を全く見ていないのだろうか。
その端麗な容姿に魅了され、天王寺くんに興味を持つクラスメイト達。そしてそれに反して、そんな事どうでもいいとでも言いたげな顔をする私。
どうせなら、天王寺くんの事すきすきしてる人たちにこんな役職回せばいいのに。
関係のない私を巻き込むのは、本当に勘弁してほしい。
まあでも、そんなやつと絡むなんて向こうもごめんなんだろうし、担任は担任で面倒な事に巻き込まれる事を避けたいのだろう。
舌打ちを必死に我慢した私は、そのまま無言で職員室の扉を勢いよく閉め教室へ足早に向かった。
[水平線]
「.....!えっと....」
「[漢字]榊[/漢字][ふりがな]さかき[/ふりがな]。技術室まで案内するからついてきて。」
ずんっと、彼の席の真ん前で仁王立ちになる。
あまり私について知られたくない...いや知ってほしくないから、できるだけ最小限の会話を意識して、私は言葉をぽつぽつ発していた。
「榊さん...!ありがとう。」
彼はそう言って、ふわりと笑う。それは、あの顔がくしゃあっとなるタイプの笑い方。
そしてその笑顔は、わたしの心臓に数本の矢を突き刺すかのようなものだった。
その瞬間突然、体にずしりと重みがかかる。
そしてその全身に走った重みには、しっかり理由があった。
だって、私はその笑い方が____
「榊さん、今日の朝僕に学校まで案内してくれたよね...ありがとう、何回も。」
ああまた...その声すらも、りっくんに重ねてしまう。
発する声に、笑い方、歩き方。
何をしても、どう足掻こうとも。りっくんが、頭にこびりついて離れない。
離そうとしても、剥がそうとしても、取り消そうとしても、何をしても無駄だった。
もうなんだか、限界がそこまできてしまっているような気がする。
いつもは1日りっくんの事を頭に想像して、昔の事を思い出して...それだけで満足してたのに。
瓜二つ...は言い過ぎだったとしても、似た言動行動を持つ彼に、私はりっくんを自然と重ねてしまい、その度ずしりと体におもりが吊るされたような気持ちになる。
「...いいよ全然。もうチャイム鳴るから、行こう。」
薄く乾いた声を投げかけ、私は彼に体当りするようにしてその場をあとにした。
[水平線]
『そういえばひよ。』
冬場、午後5時過ぎの公園。
真夏の時とは大違いで、この時間帯ですら薄暗い景色になる...そんなタイミングで、りっくんは私にそう言った。
『なーにりっくん。』
あの頃はまだ小2とか小3の頃だったから、まだ公園で走り回って、ただただ楽しいだけの年頃だった。
赤い夕日がりっくんに反射して赤く見えていただけなのか、本当に赤らんでいたのかは今でもわからないけれど。
りっくんは物怖じず、堂々と。私に言葉を発した。
『お前引っ越すんだってな。』
その瞬間、私は自分の耳を疑った。"引っ越す"?
だって私は、そんな事両親から一言も聞かされていなかったから。
『....え?なに、どういう事?』
『は、お前知らなかったのか?』
その瞬間、りっくんも私と同じ、血の気の引いたような表情を浮かべていた。
引っ越す、って何?私、そんな事一ミリも聞かされてないよ。どうして?なんで?何があったの?いつから決めてたの?
動揺が隠せず、私はどんどん不安になってきた。
そして一つ、重大な事を思い出す。
『......真央!』
『....は?何、真央って。』
真央。
それは、私が近所でこっそりと飼っていた野良猫の事である。
家の近くでぐったりしていて、通り過ぎようにも身体が拒否反応を起こし、結局家から段ボールと手編みのマフラーを持ってきて真央の寝床を作る始末。
『ごめんりっくん、私真央見に行かないと...また詳しい事教えて、また明日ねりっくん!』
『あ、ちょっと待て...俺はお前に言いてー事が_______
「....さん」
午後1時20分。もうあと10分もしない内にチャイムは鳴り、教室は途端と動物園のようになる。
重いたまぶたを無理やり引き上げ、ぱっと顔を上げると、りっくんの顔が目に入った。
「.....榊さん...!」
えっ、り、りっくん....!?何、どういう事、今何が起こって...
「あ...よかった、起きて。」
......ああ、ただの夢か。
りっくんに似ている天王寺くんが、りっくんに見えてしまう現象。これはもう慣れっこも同然だ。
はあ.....どうして今こんなタイミングでりっくんの夢なんか見ちゃうんだろ、私...
目が冴えて、頬杖から顔が滑り落ちる。
そしてその数秒後、クラスの8割ほどが私を見ている事が分かった。
その理由は、先生の表情がすべてを物語っていることも一目瞭然である。
「榊お前...私の授業で寝るとはどういう事かわかっているのか!!」
あー...そういえばこの授業、平山の授業だったな。
平山とは社会教師で、よくある優しいおじいさん先生なんてものとは全くかけ離れている、バリバリアラサー教師という感じの男性教師だ。
そしてこの平山、何を勘違いしているのかは全く知らないが、とにかくプライドが高い。
自分の授業が世界一...いや宇宙一とでも思っているんだろう。こんな風に、寝てる生徒がいればしつこくいちゃもんを付けてくるという、なんとも面倒くさい教師だ。
まったく、どうしてこんな人間が教員免許を取得できるのだろうか、謎で仕方がない。
そして私は、これになにか応答することは負けだと思っている。
何を言ってもこのプライドの塊野郎には効かないだろうし、無駄な労力の消費だ。
黙ってときが過ぎるのを待つのが一番だと、最近学んだ。
「問に答えろ榊!聞いているのか!!」
ひたすら無視、無視、無視。
大きい独り言だなあと、私は一人彼を嘲笑っていた。
「.......はっ、お前そんなんだから、テストの点数も学年最下位なんだよ!!」
苛立ちが最大限にまで達した平山は、ついに私の学歴を暴露.....していない。というか、私は最下位なんかじゃない。
はあほんと、何言ってんだこいつ、アホなんだろうか。
______だが平山のその発言に何を思ったのか、天王寺くんが立ち上がった。
「......教師として、その発言はいかがなものかと思われます。」
そして平山は、目を大きく見開き手に持っていたチョークを真正面から落とした。
....え、そこまで?
と思いちらりと横を見ると、彼はとんでもない鬼の形相で平山を睨んでいた。
ついさっき私に見せた、くしゃりとした笑顔と正反対すぎる表情を浮かべる彼に、クラスメイトたちもその雰囲気に圧倒されていた。
そして彼は、お構いなしとでも言いたげなまま、言葉を次々と発していった。
「まず、その態度を改めた方が良いと思われます。プライドの塊が、平山先生の体全身に埋め込まれているわけではないと僕は信じているのであえて何も口出しはしませんが、"周囲からの目"。これをお忘れになられると、後々とんでもない事になるのが想像できませんか?まずまずの話ですが___
「っ、天王寺くん、ストップ....!もういいよありがとう。」
このままだと、私のせいで天王寺くんが悪い印象を与えられてしまう。
あまり言いたくはないけど、これも全部、天王寺くんのせいなんだからね.....
意を決して、私は負けゾーンへ飛び込んだ。
「私の成績、この学校に入学してからずっと首席です。真逆です。眠気が襲うのも風邪薬の副作用で、事前に私、貴方に言いにいきました。生徒の声もまともに聞かず、わざわざ黒歴史も同然化とした情報をクラスメイトの前で堂々と口に出す....最低ですね、貴方。」
もう、こいつの事を平山先生と呼ぶことはないのだろう。
「このことは、学校及び教育委員会に訴えさせてもらいます。どうやら私以外にも、多くの被害者がいるようなので....」
あいつはもう何も言えなくなったのか、ただただ持参のチョークを箱に戻す作業を繰り返していた。
そして私は、先程の自分の発言を深く後悔する事となる。