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彼方の星の物語

#1

日暮硯が「やっぱりエイプリル・フールは下らない」と思う話。

 ああ、今日は厄日だ。
 部屋を出た途端、その賑わいで理解した。

 そう言えば今日の日付は4/1で、エイプリル・フールとかって言ったっけな。嘘を吐いても許される、だっけ。

 下らない。
 本当に下らない。

 どいつもこいつも揃いも揃って、たかがイベント如きで浮かれて馬鹿みたい。
 ぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、気持ち悪い生き方してるくせに。
 ただただ生きてるだけで幸せそうにしてるってのが…

 心の底から、理解できない。

 だからこんな時は、みんなまとめて死ねばいいとさえ思う。いや、いつもそうか。
 ああそうだ、当たり前だけど自分自身も含めて。
 だってそうだろう。本来はこの喧騒こそが、社会的な生き物として正しい姿の筈だ。
 正直全く尊敬できないし、気持ち悪いとしか思えないけど。

 そんなわたしの名前は[漢字]日暮[/漢字][ふりがな]ひぐらし[/ふりがな] [漢字]硯[/漢字][ふりがな]すずり[/ふりがな]。アッシュフォート魔法学校…あちこちのエリートが集まるような名門校であり、魔法の専門校…に通う二年生。好きなものは本、嫌いなものは何もかも全て。
 頭でっかちのどうしようもない偏屈で愚者、塵も同然の社会生活不適合者。それが、日暮硯という人間だ。

 学校のレベルが上がれば、少しはこの気持ち悪さを共有できる生き物がいるかと思ってここに来たけど、最初の内はそんな事は無かった。
 ただただ毎日毎日、猫か何かみたいにあちこちに跳ねてうざったい上にどうにも格好の悪いブルーグレーのグラデーションが掛かった銀色の髪を櫛で馬鹿らしく必死に整えて、どうにかこうにか世界全ての気持ち悪さを我慢して生きていただけ。
 それでも、うず高く積み上がった本でできた心の壁の先に、土足でずかずかと踏み入ってきたあいつら…その中でも特にとあるツンツン頭…のせいで、少しは外に目を向けるようになった。

 …そんなわけで最近は、これでも多少はマシになったんだけど。
 それでもやっぱり、こんなイベントの時は吐き気がしてしょうがない。

「…やっぱり、帰ろ。」

 そう呟いて、ふと立ち止まる。見えてしまった教室の中には、楽しそうに談笑する[漢字]クラスメイト[/漢字][ふりがな]理解できない奴ら[/ふりがな]がいた。
 そうだ、何もわざわざこのタイミングで外出する必要なんてこれっぽっちも無いんだ。
 むしろ、なんで今日わざわざ部屋から出ようと思ったのか、自分でも不思議なくらい。
 図書館はもう目の前だけど、静かに背を向けて歩き出す。
 本ならまだ何冊かは読んでいないのが部屋にあった筈だ。なんなら二回目、三回目を読んだっていい。そう思った矢先、ポンと肩を叩いてきた奴がいた。
 …気持ち悪い、そう思って咄嗟に振り返る。

「よぉ、硯じゃねーか!何してんだー?」
「…なんだ、月姫か。さっさと帰ってよ。こっちも帰るとこだから。」

 そこに居たのは[漢字]火威[/漢字][ふりがな]ひおどし[/ふりがな] [漢字]月姫[/漢字][ふりがな]つき[/ふりがな]。こんな名前だが男。
 同年代の中でもそれなりに小柄な自分よりは辛うじて少し高い、たったそれぐらいの身長。背が低い、と言われる事も、名前が女のようだと言われる事も嫌いらしい。まぁ、どうでもいいけど。
 なんて思いながらも相も変わらずツンツンと逆だった馬鹿みたいな茶髪を見たくなくて、つい、と目を逸らす。
 そう、なぜなら。
 こいつはこんな塵屑が外に目を向ける原因になった奴らの一人…もっと言えば、主たる原因だからだ。そんなこちらの気分など気にかけず、「んー?まー細けぇこたぁ良いだろうがよー。」などと宣うから、つい食い気味に「良くない。」と返してしまった。

「そーか?とりあえず、ちょっと行きてートコがあんだ。付き合えよ。」
「行かない。あと背中叩かないで。」

 距離が近いんだよこの馬鹿。しかも、事あるごとに連れ出そうとしてくる。
 この間なんか、ドア越しに呼ばれて返事しなかったら妹の陽と一緒に部屋のドアを蹴破った。
 おまけにその蛮行の理由を聞いたら「中で倒れてんじゃねーかと思ってよー!いやー、ブジで良かったぜー!」とかほざいてた。ほんと、手の付けようが無い。
 まぁ、そんなんでもなきゃ一生話す事はないような人種だけど。

「いやー、お前が好きそうな本見つけたんだけどよー。売ってんのがちょっと遠いんだよなー。」
「話を勝手に進めないでくれるかな。第一、好きそうってどういう基準で判断したわけ?」
「んー、直感? けどよー、ケッコー自信あんぜー?」

 …だと思った。本当に下らない。何がしたいのか分からない。
 それに、こいつが見つけた本を仮にこちらが気に入ったとしても、こいつに何のメリットがあるって言うんだろう。
 …うん、多分無い。と言うより、間違いなく無い。ならきっと何か、裏がある筈だ。

 つまり関わらない方がいい。そう結論づけて、後ろを向いて歩き出す。

「ちょオイ!待てって言ってんだろーが!!」
「あんたは『行きたい所がある』とは行ったけど、『待て』とは言ってない。じゃあね。」

 本当に今日は厄日だ、苛々する。
 厄介な奴には絡まれるし、変なイベントで意味もなく楽しそうにしてる理解できない奴らを見る羽目になった。
 こんな時、よく思うんだ。

 世の中の全部全部、何かどうしようもないような終わり方で壊れてしまえばいいって。
 決して自分自身の手で壊したいわけじゃない。
 でも、ただただ無くなってほしい。
 もしそうなったなら、きっととても楽だ。この気持ち悪さから、永遠におさらばできる。

「あー、じゃあ今から言うわー!一緒に行きてーし、ちょっと待てよー!」
「嫌だ。着いてこないで。」

 ああ、気持ち悪い。耐えられない。気持ち悪い。正気の沙汰じゃない。気持ち悪い。えずいてしまいそうだ。気持ち悪い。馬鹿馬鹿しい。気持ち悪い。理解できない。気持ち悪い。蟲みたいだ。気持ち悪い。不愉快だ。気持ち悪い。不可解だ。気持ち悪い。不気味だ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……

 目の前が眩んで、ふと足を止める。その瞬間、あいつに追いつかれてしまった。
 件の馬鹿はこちらを一目見るや否や、「どーしたオイ!すげー顔色悪ぃぞ!!」と言って手を掴んだ。

「…なんでもない。話しかけないで。」

 その手を、乱暴に振り払う。
 ぐわり、と視界が揺れる。
 小汚い廊下が近づいていく。
 ああ、思考すら満足に働かない。
 ただただ、何もかも全てが気持ち悪い。

「オイ!!」

 心配そうな色を貼り付けてこちらを見る、鋭い赤の三白眼が気持ち悪い。
 小柄な割にしっかりと強い安定感を伴ってこちらを支える、この両の手が気持ち悪い。
 くらくらと揺れる視界の中を目一杯に映る、見慣れたネクタイが気持ち悪い。

 ただそれだけを頭に浮かべて、ただそれだけを五感で感じる。
 ああ、本当に嫌になる。

 こんな風に他人に迷惑ばかりかける自分が嫌だ。
 こんな風に満足な礼すらも言えない自分が嫌だ。

 いっその事消えてしまいたい。願わくば、こんな塵など初めから居なかったかのように跡形もなく。

「保健室連れてくぜ。オレぁ雑だし多分揺れるからよー、キッチリ捕まっとけ。」

 その言葉に呆気に取られていると、ひょいと支える手が下に回る。
 そのまま「んじゃ、持ち上げるぜー。」と、いつもの間延びした口調でなんでもない事のように言い放つ。
 数秒もしない内に、視点がいつもより少しだけ高くなった。
 普段なら、「離せ」と言っていただろう。でも、今日は少しだけ嘘を吐いても良いような気がした。

「…あんた、意外と力あるんだ。」
「オレだって鍛えてんだぜー?本気になりゃお前一人ぐらい、小指の先でちょいだからなー!」

 むしろ軽すぎんだよなー、と独り言のように呟いたそれは、ばっちりと聞こえてしまっている。
 その響きが今まで以上に理解できなくて気持ち悪くて、そのお返しとばかりに「でも目線はあまり変わらない」と言ってみた。

「オイコラ良い加減にしやがれー。落とすぞー。」
「嘘だよ。エイプリル・フール。」

 そう言うと一瞬目を見開いて、すぐにくしゃっとした笑顔になった。あの見透かすような目が閉じて、少し安心する。それと同時に、どこかで勿体ないなと感じた自分が気持ち悪い。

「おう、オレも嘘だぜー。さすがに病人相手にキレたり落としたりしねーよ。」

 あぁそうだ、保健室行ってなんでも無かったらよー。本屋行こうぜー。
 まぁ、偶には行ってあげてもいいよ。
 なんだよそりゃ。上から目線じゃねーか?
 だから何?なんか悪いの?

 そんなどこにでもあるような会話をしながら、ひょいと軽々しく抱えられたまま、大して揺れもせず廊下が流れていく。

 ああ、やっぱり。
 やっぱり、エイプリル・フールは下らない。

作者メッセージ

エイプリル・フールに書いてテラーにぶん投げてたモノです。
まぁ今のうちにこっちにも投げておくか…と思いまして。

2025/05/10 20:40

Ruka(るか) ID:≫ 6plUcmQRaF.2Y
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