エレフセリアの非行船
朝起きれば、耳を塞いで息を殺す。
まだ空が薄い青なくらい早い時間、トイレの小さい手洗い場で顔を洗い、ランドセルを背負う。
地面に這いつくばるようにして玄関まで行くと、こっそり重い扉を開ける。
前までお気に入りの遊びだったスパイごっこも、もうやらなくなってしまった。
あの時は知らなかったんだ。本当に見つからないことが、相手にされないことが、こんなにも苦しいことだなんて。
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僕──[漢字]森延想太[/漢字][ふりがな]もりのべそうた[/ふりがな]は、気がつくと息が切れていた。
重いベージュのリュックサックの肩紐がずり落ちたのも気にせず、はやる鼓動と上がる息を整え、下を向いていた顔をハッと起こす。
そこには、船があった。
周りの葉に溶け込むように広がった薄い常盤色の帆は、大樹のようだった。
何故こんな森の中に船が、という疑問が後から湧いてきたが、好奇心のようなものが勝ってしまいその船に触れた。
この船に見覚えはない。だが、すごく懐かしい気がする。
森の中にあるというのに苔一つ生えていない、綺麗な船だ。
というか、船は海にあるものではなかろうか。
そして、周りは木と植物が複雑に絡み合った謎の地だった。
「うっはー!……なんだこれ?」
急に甲高い声が聞こえて驚き、肩をびくりと震わせると、声の主はこちらに気がついたようだった。
振り向くと、その人は僕と同じクラスの少年だった。
いつも顔を負傷していて、どんな猛暑でも長袖長ズボン。圧倒的声量を誇るクラスの人気者、[漢字]林田驎太[/漢字][ふりがな]はやしだりんた[/ふりがな]だ。
驎太「あれ?森延じゃん!なんでこんなとこにいんの?」
想太「林田くん…いや、僕も何が何だかさっぱりで、気がついたらここに…」
知り合いの顔を見かけてホッとするのも束の間、常に落ち着きがない林田くんは船の方に近づきよじ登ろうとする。
想太「危ないって!」
驎太「ダイジョーブだよ〜ほれっ!」
運動神経の塊のような彼は、とっかかりを見つけると猿のようにひょいひょいと登っていく。
ただ、そのとっかかりが船に使用されている木材の間に挟まった小石というのが気がかりだ。
驎太「ほらほら〜!もうちょっとでつ──ギャァァァァ!!!!!」
想太「ウワァァァァァ!!!!!!!」
そんなことを思っていると林田くんは足を滑らせそのまま落下。
その真下にいる僕を巻き込み、苔と草が群生する地面に背中から衝突してしまった。
驎太「いててて…」
想太「だから言っただろ…」
つい強い口調になってしまった自分を戒めながら驎太の下敷きになっていると、上からふわふわした高い声が降ってきた。
「だ、大丈夫…?」
不安の色を顔に示す彼女は、茶色っぽい地毛を一つにまとめた上級生だった。