クセの強い人外達は今日も学生寮に入り浸るようです。
「ん゛ー…あ゛ー、よく寝た……」
花の女子大生とは思えない、あるいは風邪でも引いたかのような、そんなクソヤバい声が寝室に響く。
この声を上げているのは誰かって?
そう、○○こと、[漢字]星海[/漢字][ふりがな]ほしうみ[/ふりがな] ●●です。
衝撃の入居日からおよそ半月、この町…[漢字]文夏[/漢字][ふりがな]あやか[/ふりがな]市の[漢字]渡界[/漢字][ふりがな]とかい[/ふりがな]町…における、○○らの学生寮生活は概ね問題無く過ぎていった。
と言うより、星月さんは用事がない限りほぼ話しかけてこない。
まぁ○○もあんまりムダな干渉って好きじゃないし、ちょうどいいんだが。
ベッドを出て一つ伸びをする。窓の外を見ると、すぐ隣の“渡界稲荷神社”の鳥居が見える。
だがよく晴れていて無性にムカついたので、カーテンをピシャリと閉めて最低限の着替えを済ませ、共用の居間に向かった。
ベーコンの脂がパチパチと跳ねる音がキッチンから聞こえる。うん、なかなか悪くない匂いだな。
なぜか寮母さんがいないのもあり、最近ではあの人が料理担当、○○が買い出しとゴミ捨て、それ以外は気になった時に気になった方、という具合だ。
まぁ、現在も女子棟男子棟共に一人ずつしか入居者がいないので、実質的に○○が女子棟担当、星月さんが男子棟担当だが。風呂場とか更衣室とかトイレとか、全部キッチリ分けてあるからな。
つまりまぁ、使ったヤツが責任持って片付けろって話。迷惑を掛けない程度ならば放っておいてもよし、という暗黙の了解で成り立っている、絶妙なバランスだ。
そしてなぜかは分からないが、トイレットペーパーやシャンプー、リンスなどの消耗品は勝手に補充されている。
その上、食料品代は封筒に入った状態で勝手に置かれている。なんて至れり尽くせり。
そのためお互い迷惑を掛けるコトも、掛けられるコトもなく平穏無事に過ごしているというワケだ。
眠い目を擦りながらテーブルに着くと、星月さんはとっくに朝食の用意を済ませていた。
「ああ、おはようございます。 今日は…一限から、ですか?」
「まぁ、そうですね… ベーコンエッグ、ありがとうございます。」
この人の料理は結構美味しい。とはいえ、「すっごく美味しい!最高!」ってレベルではないが。それでも、○○の母親よりかは多分上手だと思っている。
…いやまぁ、あの人が下手だったのかもしれないが。遺伝なのか何なのか知らないが、○○も料理は下手だし嫌いだ。
「……」
「………」
そう言えば、ジャム付きのパンは絶対にジャムを下にして落ちる、みたいな話があったな…などと下らない事を考えながら、残りわずかになったジャムを塗り、そのまま無言で食パンを咀嚼する。
広いテーブルの斜め向かいに座る星月さんは、ふりかけを掛けた白米だ。この二週間でだいぶ見慣れた、朝の光景。
ふと、ベーコンエッグに掛けるケチャップが少し遠いコトに気が付いた。
「あのー…ソコのケチャップ、取ってもらっても良いですか?」
「えっと…これ、ですか?」
「はい。…ありがとうございます。」
食パンと言えば、数日前に星月さんが焼いたパンが派手に焦げていた事があったな。
確かあの時は謝りながら○○に白米を渡して、焦げた食パンでフレンチトーストを作っていたし、きっと悪い人じゃないんだろう。
そう言えばこの人はいつもご飯ばかり食ってる気がする。食パンは苦手なのかもしれん。
まぁ実際分からなくはない。ちょっとパサパサしてるのとか、○○もあんま好きじゃないし。
「ああ、そう言えば。星海さん…今朝のニュース、見ましたか?」
「いえ、見てません。何かあったんですか?」
多分、見た方が早いですね…そう言った星月さんは、スマホの画面をこちらに向けた。
そのまま借りるのも申し訳ないので、リンクを送信して自分のスマホで開く。
どうも、この辺りのローカルニュースのまとめサイトみたいだな。
[斜体][明朝体]“文夏市で行方不明者多発 この二週間で既に23名が行方不明か”
トーキョーシティ郊外に位置する文夏市にて、行方不明者の発生が相次いでいます。
警察によりますと、行方不明者のほぼ全員が文夏市の住人、または、過去に住んでいた経験があるという事です。
また、行方不明者はいずれも若い男女に多く、拉致事件の可能性も含めて、市は注意を呼びかけています。[/明朝体][/斜体]
「文夏市って…ココ、ですよね……」
「はい。特に、渡界町の辺りで発生している行方不明の事件では… 被害者が全員、女性なので。伝えておいた方が良いかと思いまして……」
「あぁ、なるほど……」
猟奇殺人か何かでないと良いんだが…そう思いつつ、その他のニュース欄を見る。
不自然な死体発見…図書館跡地の不審人物……
へぇ、この辺りにプラネタリウムなんてあるのか。今度行ってみるかな…
って、よくよく見たらソコで投身自殺が発生している。うん、一気に行く気が失せた。
あとは不審火と…妙な夢の特集?
やれやれ、変なニュースばっかだな。
「わざわざありがとうございます…気をつけておきますね。 星月さんも、お気をつけて。」
「…そうか、確かに男の被害者も全然出てましたね。」
○○はあまり女らしくないし、少なくともこの周辺で起こってる行方不明に関しては心配はいらないかもしれないが…
むしろ、この人の方が心配だな。
自分は大丈夫、なんて思ったまま、第一の被害者になるタイプな気がするんだが。いや、コレ失礼か。
「……」
「………」
その後はお互いに無言。なんか気まずいが仕方ないか。話す内容も今の所、特になくなってしまったからな。
そう、なんと未だに○○は怪異に出会していないのだ。コレは非常にありがたい。
なんせ、実際に会ってしまったらほぼ確実に失神するだろうからな、○○は。
だが星月さんに聞くと、「今日は血塗れの男が居ました。」だの、「この間は首の無いワンピースの幽霊が居ました。」だのとコレまた分かりやすいタイプを淡々と教えてくれるので、原因はどうも「星海●●はマジの0感」という一言で片付けられるらしい。
しかしあの人、○○の方から聞かない限りは起こった怪奇現象について、キッチリ口を噤んでいてくれるのだ。
つまり、まだ見てもいない怪奇現象の余計な情報でビビるコトもない。同居人としては、案外悪くなかったかもしれないな。
「ごちそうさまでした。…お先、失礼します。」
「あ、はい。えっと、僕は今日二限からなので…皿はこちらで、洗っておきます。」
「ありがとうございます。じゃあ、流して食洗機に入れておきますね。」
そう言って皿を片付け、部屋に戻る。パタ、パタ、パタ、と、廊下にスリッパの無機質な音が響く。
いつも通りに髪を整え、いつも通りに化粧をし、いつも通りに花粉症対策のマスクを準備して、いつも通りに外へと向かう。
そう言えば、ココの玄関には姿見が無い。
家では置いてあったから、なんだかミョーな感じがするな。
「えっと…『ジャムは切れていますが、○○の方で買っておきます』…っと。」
玄関に置いておいた連絡ノートに必要最低限を書き込み、外に出る。
清々しいまでの青空と、ザワザワとうるさい風。
いかにも春って感じだが…
生憎と、スギ花粉持ちにとっては厄介な敵でしかない。
あぁ嫌だ、ホントに憂鬱だ。マスク越しでも鼻がムズムズしてイラつく。
この稲荷神社の前だけは、なぜか空気が清浄なのが唯一の救いか。
とはいえ通りすぎたらどうせまた花粉まみれで、いっそのコト世の中のスギの木全てを片端からチェーンソーで切り倒したい…なんて衝動に駆られる。
まぁ、現実にそんな事できるワケもなし、アンガーマネジメントとやらで数秒考えるまでもなく諦めるのだが。
「今日も…花粉ヤバいんだろうな……」
あ、そうだ。せっかくちょっと余裕もって出たワケだし、お祈りぐらいしていくか。お賽銭お賽銭……とりあえず、100円ぐらいが相場か?
いや、ちょっと奮発して500円ぐらい入れておこう。家の近くの神社だし、いざ幽霊とか出た時に助けてくれるかもしれん。
…ソレ考えると、1000円ぐらいは入れてもいいかもな。なんてったって、家賃が月に二万で、バイト代にも全然余裕があるワケだし…なにより、食費が想定より掛かってないし。
よし、そうしよう。
神様仏様お稲荷様、この世の杉を絶滅させて下さい。そうすればなんでもします。死ねとか生贄よこせとか言われない限りは基本的に。
祈りが届いたのかは分からないが、御神木の銀杏の木が答えるようにわさわさと揺れた。
とはいえ…いくらなんでも無理だな。
よし、さっさと駅に行こう駅に。そんで大学の中に入ろう。大学の構内なら、キッチリカッチリ空気清浄機が効いてるし。
花の女子大生とは思えない、あるいは風邪でも引いたかのような、そんなクソヤバい声が寝室に響く。
この声を上げているのは誰かって?
そう、○○こと、[漢字]星海[/漢字][ふりがな]ほしうみ[/ふりがな] ●●です。
衝撃の入居日からおよそ半月、この町…[漢字]文夏[/漢字][ふりがな]あやか[/ふりがな]市の[漢字]渡界[/漢字][ふりがな]とかい[/ふりがな]町…における、○○らの学生寮生活は概ね問題無く過ぎていった。
と言うより、星月さんは用事がない限りほぼ話しかけてこない。
まぁ○○もあんまりムダな干渉って好きじゃないし、ちょうどいいんだが。
ベッドを出て一つ伸びをする。窓の外を見ると、すぐ隣の“渡界稲荷神社”の鳥居が見える。
だがよく晴れていて無性にムカついたので、カーテンをピシャリと閉めて最低限の着替えを済ませ、共用の居間に向かった。
ベーコンの脂がパチパチと跳ねる音がキッチンから聞こえる。うん、なかなか悪くない匂いだな。
なぜか寮母さんがいないのもあり、最近ではあの人が料理担当、○○が買い出しとゴミ捨て、それ以外は気になった時に気になった方、という具合だ。
まぁ、現在も女子棟男子棟共に一人ずつしか入居者がいないので、実質的に○○が女子棟担当、星月さんが男子棟担当だが。風呂場とか更衣室とかトイレとか、全部キッチリ分けてあるからな。
つまりまぁ、使ったヤツが責任持って片付けろって話。迷惑を掛けない程度ならば放っておいてもよし、という暗黙の了解で成り立っている、絶妙なバランスだ。
そしてなぜかは分からないが、トイレットペーパーやシャンプー、リンスなどの消耗品は勝手に補充されている。
その上、食料品代は封筒に入った状態で勝手に置かれている。なんて至れり尽くせり。
そのためお互い迷惑を掛けるコトも、掛けられるコトもなく平穏無事に過ごしているというワケだ。
眠い目を擦りながらテーブルに着くと、星月さんはとっくに朝食の用意を済ませていた。
「ああ、おはようございます。 今日は…一限から、ですか?」
「まぁ、そうですね… ベーコンエッグ、ありがとうございます。」
この人の料理は結構美味しい。とはいえ、「すっごく美味しい!最高!」ってレベルではないが。それでも、○○の母親よりかは多分上手だと思っている。
…いやまぁ、あの人が下手だったのかもしれないが。遺伝なのか何なのか知らないが、○○も料理は下手だし嫌いだ。
「……」
「………」
そう言えば、ジャム付きのパンは絶対にジャムを下にして落ちる、みたいな話があったな…などと下らない事を考えながら、残りわずかになったジャムを塗り、そのまま無言で食パンを咀嚼する。
広いテーブルの斜め向かいに座る星月さんは、ふりかけを掛けた白米だ。この二週間でだいぶ見慣れた、朝の光景。
ふと、ベーコンエッグに掛けるケチャップが少し遠いコトに気が付いた。
「あのー…ソコのケチャップ、取ってもらっても良いですか?」
「えっと…これ、ですか?」
「はい。…ありがとうございます。」
食パンと言えば、数日前に星月さんが焼いたパンが派手に焦げていた事があったな。
確かあの時は謝りながら○○に白米を渡して、焦げた食パンでフレンチトーストを作っていたし、きっと悪い人じゃないんだろう。
そう言えばこの人はいつもご飯ばかり食ってる気がする。食パンは苦手なのかもしれん。
まぁ実際分からなくはない。ちょっとパサパサしてるのとか、○○もあんま好きじゃないし。
「ああ、そう言えば。星海さん…今朝のニュース、見ましたか?」
「いえ、見てません。何かあったんですか?」
多分、見た方が早いですね…そう言った星月さんは、スマホの画面をこちらに向けた。
そのまま借りるのも申し訳ないので、リンクを送信して自分のスマホで開く。
どうも、この辺りのローカルニュースのまとめサイトみたいだな。
[斜体][明朝体]“文夏市で行方不明者多発 この二週間で既に23名が行方不明か”
トーキョーシティ郊外に位置する文夏市にて、行方不明者の発生が相次いでいます。
警察によりますと、行方不明者のほぼ全員が文夏市の住人、または、過去に住んでいた経験があるという事です。
また、行方不明者はいずれも若い男女に多く、拉致事件の可能性も含めて、市は注意を呼びかけています。[/明朝体][/斜体]
「文夏市って…ココ、ですよね……」
「はい。特に、渡界町の辺りで発生している行方不明の事件では… 被害者が全員、女性なので。伝えておいた方が良いかと思いまして……」
「あぁ、なるほど……」
猟奇殺人か何かでないと良いんだが…そう思いつつ、その他のニュース欄を見る。
不自然な死体発見…図書館跡地の不審人物……
へぇ、この辺りにプラネタリウムなんてあるのか。今度行ってみるかな…
って、よくよく見たらソコで投身自殺が発生している。うん、一気に行く気が失せた。
あとは不審火と…妙な夢の特集?
やれやれ、変なニュースばっかだな。
「わざわざありがとうございます…気をつけておきますね。 星月さんも、お気をつけて。」
「…そうか、確かに男の被害者も全然出てましたね。」
○○はあまり女らしくないし、少なくともこの周辺で起こってる行方不明に関しては心配はいらないかもしれないが…
むしろ、この人の方が心配だな。
自分は大丈夫、なんて思ったまま、第一の被害者になるタイプな気がするんだが。いや、コレ失礼か。
「……」
「………」
その後はお互いに無言。なんか気まずいが仕方ないか。話す内容も今の所、特になくなってしまったからな。
そう、なんと未だに○○は怪異に出会していないのだ。コレは非常にありがたい。
なんせ、実際に会ってしまったらほぼ確実に失神するだろうからな、○○は。
だが星月さんに聞くと、「今日は血塗れの男が居ました。」だの、「この間は首の無いワンピースの幽霊が居ました。」だのとコレまた分かりやすいタイプを淡々と教えてくれるので、原因はどうも「星海●●はマジの0感」という一言で片付けられるらしい。
しかしあの人、○○の方から聞かない限りは起こった怪奇現象について、キッチリ口を噤んでいてくれるのだ。
つまり、まだ見てもいない怪奇現象の余計な情報でビビるコトもない。同居人としては、案外悪くなかったかもしれないな。
「ごちそうさまでした。…お先、失礼します。」
「あ、はい。えっと、僕は今日二限からなので…皿はこちらで、洗っておきます。」
「ありがとうございます。じゃあ、流して食洗機に入れておきますね。」
そう言って皿を片付け、部屋に戻る。パタ、パタ、パタ、と、廊下にスリッパの無機質な音が響く。
いつも通りに髪を整え、いつも通りに化粧をし、いつも通りに花粉症対策のマスクを準備して、いつも通りに外へと向かう。
そう言えば、ココの玄関には姿見が無い。
家では置いてあったから、なんだかミョーな感じがするな。
「えっと…『ジャムは切れていますが、○○の方で買っておきます』…っと。」
玄関に置いておいた連絡ノートに必要最低限を書き込み、外に出る。
清々しいまでの青空と、ザワザワとうるさい風。
いかにも春って感じだが…
生憎と、スギ花粉持ちにとっては厄介な敵でしかない。
あぁ嫌だ、ホントに憂鬱だ。マスク越しでも鼻がムズムズしてイラつく。
この稲荷神社の前だけは、なぜか空気が清浄なのが唯一の救いか。
とはいえ通りすぎたらどうせまた花粉まみれで、いっそのコト世の中のスギの木全てを片端からチェーンソーで切り倒したい…なんて衝動に駆られる。
まぁ、現実にそんな事できるワケもなし、アンガーマネジメントとやらで数秒考えるまでもなく諦めるのだが。
「今日も…花粉ヤバいんだろうな……」
あ、そうだ。せっかくちょっと余裕もって出たワケだし、お祈りぐらいしていくか。お賽銭お賽銭……とりあえず、100円ぐらいが相場か?
いや、ちょっと奮発して500円ぐらい入れておこう。家の近くの神社だし、いざ幽霊とか出た時に助けてくれるかもしれん。
…ソレ考えると、1000円ぐらいは入れてもいいかもな。なんてったって、家賃が月に二万で、バイト代にも全然余裕があるワケだし…なにより、食費が想定より掛かってないし。
よし、そうしよう。
神様仏様お稲荷様、この世の杉を絶滅させて下さい。そうすればなんでもします。死ねとか生贄よこせとか言われない限りは基本的に。
祈りが届いたのかは分からないが、御神木の銀杏の木が答えるようにわさわさと揺れた。
とはいえ…いくらなんでも無理だな。
よし、さっさと駅に行こう駅に。そんで大学の中に入ろう。大学の構内なら、キッチリカッチリ空気清浄機が効いてるし。