クセの強い人外達は今日も学生寮に入り浸るようです。
夢を見た。
一面の銀世界で夢枕に立ってお告げをする、銀の狐の夢。確か○○の寮のすぐ近くの神社が、そんな伝承だったような?
けれども。段々と、段々と、自分の伝説が消えていって、最後には自分の存在すらも消えてしまうのではないかと、狐は退屈に感じていた。
だがどういうわけだか、どこか遠く異国に流れ着いて、最後には___?
分からない。
○○の意識は浮上する。尤も目覚めた時には、ただぼんやりとした輪郭しかその夢を覚えていなかったが。
「……なんか、キレイだな……」
辺りの風景に、思わず目を奪われる。大木にまとわりつく蔦も、そこに生る木の実も、なんだか初めて見たような気がする。もしかすると現実の植物じゃあないのかも。
向こうにはさめた赤で塗られた小さな家と、アンバランスな大鳥居。
ドサリと高いところから落ちたような感覚がしたが、不思議と痛みはない。手を握ったり開いたり、立ち上がったりはいつもの通りにできる。むしろ、慢性の肩凝りが何故か痛くなくなっているくらいだ。あと、なんか空気が美味い。
「あー……けど、やっぱヤだな……とっとと元凶見つけて出るしかないか。どうしたモンか……」
「おや? お褒めの言葉、どうもありがとうございます。ようこそ、私の[漢字]領域[/漢字][ふりがな]お店[/ふりがな]へ!」
「っ!!」
咄嗟に、後ろを振り返る。
ソコには、[漢字]銀の髪に赤い瞳の女性[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・[/ふりがな]が立っていた。
何かの動物……いや、楼さんのいう通りなら狐か? ともかく、ドクドクとうるさい○○の心臓とは正反対に、犬科の耳と尻尾のついた彼女は微笑んでいる。
見覚えのある顔だった。
格好こそ違えど、彼女の見た目はロボット工学の担当をしているあの教授そのものだ。けれども……
いや、だからこそ。
どうしようもなく不気味だった。
当然だがその見た目は、どこからどう見ても人外である。白い着物に焦茶の水引き、緩く垂れた赤い帯と、腰に下げられた扇。目の下には隈取りのように赤い線が引かれていて、涼やかな目元が一層引き立って見える。
だが、楼さんでさえ纏っている圧や重さ、空間そのものの支配力……とでも言ったらいいんだろうか? 特別感のようなソレが、妙に薄い。
言ってみれば、当たり前ではない格好の彼女を、どういうワケだか当たり前のモノだと錯覚しているのだ。
目が覚めたら呆れて笑うようなおかしな夢でも、夢の中にいる時はごく当たり前だと信じてしまう、あの感覚。
でもコレは現実だ。認めたくはないし、もっと言うなら今すぐにでも帰りたいが、そうはいかないしそのつもりもない。
言いようのない不気味さに思わず、身を固くして後退る。
「キミ、もしかして警戒してます? 別に大丈夫ですよ、取って喰らったりはしませんとも!」
「……じゃあ、聞きますが。なんで教授のカッコなんですか。」
だってそうだろう、意図的に真似てるならもっと、○○に近い人を選ぶハズだ。例えば親とか、存由夢先輩とか、師匠とか。あとは……いや、これ以上は辞めておくか。
ともかく普通こんな時、ちょっと授業を受けてる程度の教授の姿なんて取らなくないか? ってコト。だって、メリット無さそうだし。
そう思って聞いてみても、キョトン、と彼女は首を傾げる。どうやら真似ている自覚がないか……いや。あるいは当の本人だが、○○そのものに覚えがないのか?
「だって、その姿。ブレンダ・アークライト教授……ですよね?」
「おや。もしや、人間として生活している時にどこかでお会いしましたか? でしたらすみません、ヒトの顔を一切覚えられないタチでして!」
からからと笑う彼女。それはまるで、笑うコトしかできない人形みたいな笑い方だった。
ったく、何から何まで夢みたいじゃないか。しかもどちらかと言えば、風邪の時に見る悪夢の類い。
「……ひとまずお願いしてみるんですが。」
「ハイ、なんでしょう?」
「あなた、ココに何人か攫ってるんですよね? ○○みたいに。」
「えぇ、まぁ。それが何か?」
悪びれる事もなく、ただ淡々と彼女は返答する。
交渉は……どうなんだろう、可能だと良いが。
まぁ、無理難題を吹っ掛けられたら退くしかないな。この場にはどうも、楼さんはいないみたいだし。
「えっと。その人たちって、解放してもらえたりしません?」
「? どうしてアナタがソレを願うんです? あぁ、関係者でもいましたか。」
決まってる。
「……単純に、こーゆーのって嫌いなんです。だから助けたいっていうか……言ってみれば、エゴですね。」
淡々と返す彼女に相変わらずの不気味さを覚えながら、負けじとこちらも粛々と返す。
……怯えを見せたら負けな気がする、なんとなくだが。
「まぁ、構いませんよ。他でもない[漢字]お客様[/漢字][ふりがな]キミ[/ふりがな]の願いですし、どの道飽きていたところです。」
あっさりと言われて拍子抜けする○○を嘲笑うように『それと、ココからは取引なのですが。』と、アークライト教授……いや、“狐”は言い放った。
きゅうと細められた瞳は、赤いハズなのに妙に昏い。
「何か、“願い”はありませんか?」
謳うような口調に続いたのは、『想い人を手に入れたいだとか、ライバルに勝ちたいだとか、学業で良い成績を修めたい、だとか……』といったありふれた願い。
だから、油断していた。
「或いは、[漢字]友人を助け出したい[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・[/ふりがな]だとか?」
『要は、世界を思う通りにする力は要りませんか? というコトですね!』そうあっけらかんと笑う彼女に、悪意は見られない。ただただ、そういうモノとして在るだけだった。
「ぁ……」
あぁ、フラッシュバックする。
『コッチは来なくて良いから! だから……』
『……しょうがないね。うん、しょうがない。だから、私が代わるよ。』
『待って……!!』
『私が勝手に決めたんだよ。だから●●は、気にしなくてもいいんだからね。』
“あの子”の笑顔が。
「……それは、まぁ、幾らでも。」
『私なら、ソレを叶えられます。』と、彼女は笑う。あぁクソ、揺さぶられる提案してくるな。
「……取引なんでしょう? 何が、要るんです?」
思わず、そう答えてしまった。
「えぇ。まあ代償は簡単ですよ、アナタの身体をください。デメリットは発生させませんし、良いと思いませんか?」
体……?
「いえ、私は道具作りが好きなのですが……材料が中々手に入りにくくて。」
「……っ!」
『材料』とか端的に言ってるが、ソレってつまり今の話を総合すると人体だよなぁ!?
[漢字]髑髏の飾り[/漢字][ふりがな]アステカ的なアレ[/ふりがな]とか、[漢字]人皮で装丁した本[/漢字][ふりがな]ルルイエ的なアレ[/ふりがな]とか!
あーマジで何なんだよもう!! せっかく覚悟決めたのに急にグロい話しないでくれないかなぁ!!!
……マズイ、露骨に取り乱してしまった。いや、ホントに叶う奇跡があるなら、死んだって別に悔いはないんだが。
恐る恐る顔を挙げると、目の前の彼女は、やはり面白そうにケタケタと笑っている。腹を抱えてひとしきり笑った後で、目に滲んだ涙をすっと拭って、彼女はこちらに向き直る。
「おそらくキミが想像してるモノとは違いますよ。例えば、人の心が読める硝子……当世風に言うならコンタクトレンズですか? そういったモノを作っています。キミのような誰かの願いを、叶える[漢字]道具[/漢字][ふりがな]キセキ[/ふりがな]を。」
「はぁ……」
「というワケで。キミの体、丸ごと私にもらえません? 結構トクベツなんですよ、キミ。」
人外が約束を守る保証もないのに、それでも惹かれる○○がいる。
だって、だって。“あの子”は、○○のせいで……
「あぁ、心配はいりません。同じ見た目で同じ機能の代用ボディを用意しますから、魂さえ移せば今まで通り暮らせますとも!」
アッサリと。拍子抜けするほど、まるで明日の朝食はパンを食べるんだと言うくらい簡単に、彼女はそう宣った。
だからこそ、何かが妙に引っ掛かる。
あぁダメだ、普段より思考がボヤけている。
こんな時、普段の○○はどう答えるっけ。一も二もなく力を求めるのか、容赦なく突っぱねるのか、ソレすらも思い出せない。
「ホラホラ、一期一会と言うでしょう? 良いチャンスだとは思いませんか? アナタには願いがあるんでしょう?」
『それにキミがお客様でないなら、私もお願いを聞くワケにいかなくなってしまうのですが……』なんて、彼女は言ってのける。
そのままそっと手を伸ばして、○○の首筋をするりと撫でた。一カ月前、楼さんに噛まれた跡のある鎖骨の周辺を。
普段ならきっと払い除けていただろう。ざわりとした感触が、人ならざるモノへの拒絶反応のように警鐘を鳴らしただろう。
だが、抵抗する気も起きなくて。頷いても良いな、なんて思い始めたその途端。
「おや? 誰か、見ていますね?」
ふと、彼女はあらぬ方向を見てそう言った。
直後何かに弾かれたように、“狐”は手を引っ込める。入れ替わるようにバチバチと、ネックレスから紫電が走る。
楼さんに渡された雫型のソレは、網膜が痛くなるほどに強く光り、彼女を弾いた紫電はそのまま○○にも痛みを与えてくる。
思わず手で顔を覆うが、光がおさまった今も視界はホワイトアウトしたままだ。
……そう言えば、ココに来てから初めて痛みを感じたような?
そう思うか思わないかのうちに、目の前で黒い何かが集まって人型をとり、カチャリと大振りなピアスの音がする。
「あーあ、ホント情けねぇこった。」
この一カ月で大分聞き慣れた、やや神経を逆撫でするような……それでいてこちらを落ち着かせるような、耳障りだけは良いテノール。
「助け出すとか言ってたのはどーすんです? アンタ一人犠牲になればーとか、ソレ助けたって言わねぇんですケド。」
相も変わらずの皮肉と共に、白いパーカーの背中で銀の長髪が揺れる。チラチラと見え隠れするインナーカラーは、眩しいくらいの金色だ。
「……楼、さん。」
「はいはぁい。アンタのボディーガードがキッチリカッキリ助けに参りましたよっと。後で代金は請求しますんで、覚悟しとくコト。」
ようやく笑顔を削ぎ落とし『もう少しで手に入ったのに』と残念がる“狐”。
対する楼さんも態度だけはいつも通りに、油断なく○○の前で黒いナイフのようなモノを構えている。
「やっぱり、理解できません。どうやら、交渉は決裂のようですね? 何故です? キミにデメリットはありませんよ?」
「それ、は……」
少し言葉に詰まる。やっぱ惜しいモノは惜しい、当然だ。
けれども、痛みで少しだけ冴えた頭で、よくよく考えてみると。
まったく○○も“あの子”も、両方を馬鹿にしているとしか思えない発言じゃないか。
仮に○○の命が代償だ、と言うのなら、もしかすると呑んでいたかもしれない。というか、間違いなく呑んでいた。
だが命の代償が命ですらなく、ただ漫然とこの先も日々を送るコトが許される、だって?
そんなの、心底馬鹿げている。だってもしそうなら、“あの子”が命を張ってまで助けてくれたコトが、ただの無駄な行為になってしまうじゃないか。
「……いや、良いんです。○○は、そんな[漢字]願い[/漢字][ふりがな]道具[/ふりがな]には頼らない!」
『そうですか』と残念そうに、彼女は呟く。
「何故なのか理解はできませんが。ソレもまた、人間の面白いトコロですとも。」
「面白いとか、言えないような話ですよ。」
彼女は目を見張る。
それじゃあ___反撃の、狼煙だ。
一面の銀世界で夢枕に立ってお告げをする、銀の狐の夢。確か○○の寮のすぐ近くの神社が、そんな伝承だったような?
けれども。段々と、段々と、自分の伝説が消えていって、最後には自分の存在すらも消えてしまうのではないかと、狐は退屈に感じていた。
だがどういうわけだか、どこか遠く異国に流れ着いて、最後には___?
分からない。
○○の意識は浮上する。尤も目覚めた時には、ただぼんやりとした輪郭しかその夢を覚えていなかったが。
「……なんか、キレイだな……」
辺りの風景に、思わず目を奪われる。大木にまとわりつく蔦も、そこに生る木の実も、なんだか初めて見たような気がする。もしかすると現実の植物じゃあないのかも。
向こうにはさめた赤で塗られた小さな家と、アンバランスな大鳥居。
ドサリと高いところから落ちたような感覚がしたが、不思議と痛みはない。手を握ったり開いたり、立ち上がったりはいつもの通りにできる。むしろ、慢性の肩凝りが何故か痛くなくなっているくらいだ。あと、なんか空気が美味い。
「あー……けど、やっぱヤだな……とっとと元凶見つけて出るしかないか。どうしたモンか……」
「おや? お褒めの言葉、どうもありがとうございます。ようこそ、私の[漢字]領域[/漢字][ふりがな]お店[/ふりがな]へ!」
「っ!!」
咄嗟に、後ろを振り返る。
ソコには、[漢字]銀の髪に赤い瞳の女性[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・・[/ふりがな]が立っていた。
何かの動物……いや、楼さんのいう通りなら狐か? ともかく、ドクドクとうるさい○○の心臓とは正反対に、犬科の耳と尻尾のついた彼女は微笑んでいる。
見覚えのある顔だった。
格好こそ違えど、彼女の見た目はロボット工学の担当をしているあの教授そのものだ。けれども……
いや、だからこそ。
どうしようもなく不気味だった。
当然だがその見た目は、どこからどう見ても人外である。白い着物に焦茶の水引き、緩く垂れた赤い帯と、腰に下げられた扇。目の下には隈取りのように赤い線が引かれていて、涼やかな目元が一層引き立って見える。
だが、楼さんでさえ纏っている圧や重さ、空間そのものの支配力……とでも言ったらいいんだろうか? 特別感のようなソレが、妙に薄い。
言ってみれば、当たり前ではない格好の彼女を、どういうワケだか当たり前のモノだと錯覚しているのだ。
目が覚めたら呆れて笑うようなおかしな夢でも、夢の中にいる時はごく当たり前だと信じてしまう、あの感覚。
でもコレは現実だ。認めたくはないし、もっと言うなら今すぐにでも帰りたいが、そうはいかないしそのつもりもない。
言いようのない不気味さに思わず、身を固くして後退る。
「キミ、もしかして警戒してます? 別に大丈夫ですよ、取って喰らったりはしませんとも!」
「……じゃあ、聞きますが。なんで教授のカッコなんですか。」
だってそうだろう、意図的に真似てるならもっと、○○に近い人を選ぶハズだ。例えば親とか、存由夢先輩とか、師匠とか。あとは……いや、これ以上は辞めておくか。
ともかく普通こんな時、ちょっと授業を受けてる程度の教授の姿なんて取らなくないか? ってコト。だって、メリット無さそうだし。
そう思って聞いてみても、キョトン、と彼女は首を傾げる。どうやら真似ている自覚がないか……いや。あるいは当の本人だが、○○そのものに覚えがないのか?
「だって、その姿。ブレンダ・アークライト教授……ですよね?」
「おや。もしや、人間として生活している時にどこかでお会いしましたか? でしたらすみません、ヒトの顔を一切覚えられないタチでして!」
からからと笑う彼女。それはまるで、笑うコトしかできない人形みたいな笑い方だった。
ったく、何から何まで夢みたいじゃないか。しかもどちらかと言えば、風邪の時に見る悪夢の類い。
「……ひとまずお願いしてみるんですが。」
「ハイ、なんでしょう?」
「あなた、ココに何人か攫ってるんですよね? ○○みたいに。」
「えぇ、まぁ。それが何か?」
悪びれる事もなく、ただ淡々と彼女は返答する。
交渉は……どうなんだろう、可能だと良いが。
まぁ、無理難題を吹っ掛けられたら退くしかないな。この場にはどうも、楼さんはいないみたいだし。
「えっと。その人たちって、解放してもらえたりしません?」
「? どうしてアナタがソレを願うんです? あぁ、関係者でもいましたか。」
決まってる。
「……単純に、こーゆーのって嫌いなんです。だから助けたいっていうか……言ってみれば、エゴですね。」
淡々と返す彼女に相変わらずの不気味さを覚えながら、負けじとこちらも粛々と返す。
……怯えを見せたら負けな気がする、なんとなくだが。
「まぁ、構いませんよ。他でもない[漢字]お客様[/漢字][ふりがな]キミ[/ふりがな]の願いですし、どの道飽きていたところです。」
あっさりと言われて拍子抜けする○○を嘲笑うように『それと、ココからは取引なのですが。』と、アークライト教授……いや、“狐”は言い放った。
きゅうと細められた瞳は、赤いハズなのに妙に昏い。
「何か、“願い”はありませんか?」
謳うような口調に続いたのは、『想い人を手に入れたいだとか、ライバルに勝ちたいだとか、学業で良い成績を修めたい、だとか……』といったありふれた願い。
だから、油断していた。
「或いは、[漢字]友人を助け出したい[/漢字][ふりがな]・・・・・・・・・[/ふりがな]だとか?」
『要は、世界を思う通りにする力は要りませんか? というコトですね!』そうあっけらかんと笑う彼女に、悪意は見られない。ただただ、そういうモノとして在るだけだった。
「ぁ……」
あぁ、フラッシュバックする。
『コッチは来なくて良いから! だから……』
『……しょうがないね。うん、しょうがない。だから、私が代わるよ。』
『待って……!!』
『私が勝手に決めたんだよ。だから●●は、気にしなくてもいいんだからね。』
“あの子”の笑顔が。
「……それは、まぁ、幾らでも。」
『私なら、ソレを叶えられます。』と、彼女は笑う。あぁクソ、揺さぶられる提案してくるな。
「……取引なんでしょう? 何が、要るんです?」
思わず、そう答えてしまった。
「えぇ。まあ代償は簡単ですよ、アナタの身体をください。デメリットは発生させませんし、良いと思いませんか?」
体……?
「いえ、私は道具作りが好きなのですが……材料が中々手に入りにくくて。」
「……っ!」
『材料』とか端的に言ってるが、ソレってつまり今の話を総合すると人体だよなぁ!?
[漢字]髑髏の飾り[/漢字][ふりがな]アステカ的なアレ[/ふりがな]とか、[漢字]人皮で装丁した本[/漢字][ふりがな]ルルイエ的なアレ[/ふりがな]とか!
あーマジで何なんだよもう!! せっかく覚悟決めたのに急にグロい話しないでくれないかなぁ!!!
……マズイ、露骨に取り乱してしまった。いや、ホントに叶う奇跡があるなら、死んだって別に悔いはないんだが。
恐る恐る顔を挙げると、目の前の彼女は、やはり面白そうにケタケタと笑っている。腹を抱えてひとしきり笑った後で、目に滲んだ涙をすっと拭って、彼女はこちらに向き直る。
「おそらくキミが想像してるモノとは違いますよ。例えば、人の心が読める硝子……当世風に言うならコンタクトレンズですか? そういったモノを作っています。キミのような誰かの願いを、叶える[漢字]道具[/漢字][ふりがな]キセキ[/ふりがな]を。」
「はぁ……」
「というワケで。キミの体、丸ごと私にもらえません? 結構トクベツなんですよ、キミ。」
人外が約束を守る保証もないのに、それでも惹かれる○○がいる。
だって、だって。“あの子”は、○○のせいで……
「あぁ、心配はいりません。同じ見た目で同じ機能の代用ボディを用意しますから、魂さえ移せば今まで通り暮らせますとも!」
アッサリと。拍子抜けするほど、まるで明日の朝食はパンを食べるんだと言うくらい簡単に、彼女はそう宣った。
だからこそ、何かが妙に引っ掛かる。
あぁダメだ、普段より思考がボヤけている。
こんな時、普段の○○はどう答えるっけ。一も二もなく力を求めるのか、容赦なく突っぱねるのか、ソレすらも思い出せない。
「ホラホラ、一期一会と言うでしょう? 良いチャンスだとは思いませんか? アナタには願いがあるんでしょう?」
『それにキミがお客様でないなら、私もお願いを聞くワケにいかなくなってしまうのですが……』なんて、彼女は言ってのける。
そのままそっと手を伸ばして、○○の首筋をするりと撫でた。一カ月前、楼さんに噛まれた跡のある鎖骨の周辺を。
普段ならきっと払い除けていただろう。ざわりとした感触が、人ならざるモノへの拒絶反応のように警鐘を鳴らしただろう。
だが、抵抗する気も起きなくて。頷いても良いな、なんて思い始めたその途端。
「おや? 誰か、見ていますね?」
ふと、彼女はあらぬ方向を見てそう言った。
直後何かに弾かれたように、“狐”は手を引っ込める。入れ替わるようにバチバチと、ネックレスから紫電が走る。
楼さんに渡された雫型のソレは、網膜が痛くなるほどに強く光り、彼女を弾いた紫電はそのまま○○にも痛みを与えてくる。
思わず手で顔を覆うが、光がおさまった今も視界はホワイトアウトしたままだ。
……そう言えば、ココに来てから初めて痛みを感じたような?
そう思うか思わないかのうちに、目の前で黒い何かが集まって人型をとり、カチャリと大振りなピアスの音がする。
「あーあ、ホント情けねぇこった。」
この一カ月で大分聞き慣れた、やや神経を逆撫でするような……それでいてこちらを落ち着かせるような、耳障りだけは良いテノール。
「助け出すとか言ってたのはどーすんです? アンタ一人犠牲になればーとか、ソレ助けたって言わねぇんですケド。」
相も変わらずの皮肉と共に、白いパーカーの背中で銀の長髪が揺れる。チラチラと見え隠れするインナーカラーは、眩しいくらいの金色だ。
「……楼、さん。」
「はいはぁい。アンタのボディーガードがキッチリカッキリ助けに参りましたよっと。後で代金は請求しますんで、覚悟しとくコト。」
ようやく笑顔を削ぎ落とし『もう少しで手に入ったのに』と残念がる“狐”。
対する楼さんも態度だけはいつも通りに、油断なく○○の前で黒いナイフのようなモノを構えている。
「やっぱり、理解できません。どうやら、交渉は決裂のようですね? 何故です? キミにデメリットはありませんよ?」
「それ、は……」
少し言葉に詰まる。やっぱ惜しいモノは惜しい、当然だ。
けれども、痛みで少しだけ冴えた頭で、よくよく考えてみると。
まったく○○も“あの子”も、両方を馬鹿にしているとしか思えない発言じゃないか。
仮に○○の命が代償だ、と言うのなら、もしかすると呑んでいたかもしれない。というか、間違いなく呑んでいた。
だが命の代償が命ですらなく、ただ漫然とこの先も日々を送るコトが許される、だって?
そんなの、心底馬鹿げている。だってもしそうなら、“あの子”が命を張ってまで助けてくれたコトが、ただの無駄な行為になってしまうじゃないか。
「……いや、良いんです。○○は、そんな[漢字]願い[/漢字][ふりがな]道具[/ふりがな]には頼らない!」
『そうですか』と残念そうに、彼女は呟く。
「何故なのか理解はできませんが。ソレもまた、人間の面白いトコロですとも。」
「面白いとか、言えないような話ですよ。」
彼女は目を見張る。
それじゃあ___反撃の、狼煙だ。