人外ダンスホール!
このわたしに目を遣るのは、絶世の美少年…なわけがない。目の前に鎮座しているのは、頭の大部分が羊皮紙で出来ているまさに異形と言った外見の持ち主だった。
何かを探っているのか、はたまた勝手に出ているだけなのかは知らないが、墨がタコやイカの触腕のように蠢いている。しかも目がこれまた無く、筆のようになっているため、形容しがたい不快感がわたしを襲った。
「どうしたのかな? 君は…ワタシを、呼んだようだったが。」
木の枝のように細身な彼の四肢は、異様に長くところどころ逆関節になり衝突事故に遭った人のよう。最早人間が感じる『不気味』を最大限まで集め、それを濃縮したのが彼だと感じてしまった。
「いえ…知り合いと、似た空気を感じたのです…ついつい、話しかけてしまいまして…ね。」
恐らくこれは、絡みに行けばマジに命を絶たれるヤツだろう。だが、そんな逆境でも飛び込んでいくのがわたしというもの。死にたいだとか死にたくないだとかそんなこたァどーでもいい…好奇心を満たせるものこそが正義であるのだ!
「フゥン? ビビって腰を抜かしたりはしないのか? …とてもとても、珍しいヒトのようだ。」
その瞳であろう筆先が、わたしを捉える。スナイパーがスコープからターゲットを狙う時のように正確で、つんとした視線が刺さってくる。
破れた本の表紙のようなものが無造作に羽を模り、背から生えていた。彼の皮膚には定期的に文字が浮かび上がり、そして消えていく。その文字を観察してみたが、どの文言も小説の一場面を切り取ったような作りをしている。
「…ビビるゥ? そんな事、する必要ないでしょう? 恐怖に腰を抜かして、逃げ惑う…そりゃあ、命の危機を感じれば誰だってそーします。きっとわたしもそーします。ですが…今はそんな場面ではないはずです。今は、『ただ図書館で他人と出会い話している』……………ただそれだけ。理解…出来ますね?」
長ったらしく語ってしまったが、彼の口角は上へと歪んでいた。恐ろしくもあり、美しくもある…蠱惑的という言葉が似合ってしまうのは、どういう事だろうか。
「…ああ、もちろんさ。だが…ワタシと出会ってビビらないヒトは初めてお目にかかったんだ。少し…君と話を交わしたいのだが……。」
彼はゆっくりとわたしの元へ歩き出す。古紙が擦れるような音が、また鳴り響いた。どうやらあの音は彼から出ているものらしい。歩く_____という言葉を使ったが、それは正確なんかではない。脚が…ないのだから。
脚があるはずの場所には無数の細い紙片の束が床に根を張るように垂れ下がり、地面に溶け込むようにしているのだから。それを例えるならば、お姫様が着るようなふわふわのドレスと言えば伝わるだろうか。
「…ええ、いいですよ…それで、どうされたんですか?」
「単刀直入に申し上げよう。君を、『小説』にしてしまいたい。」
わたしを小説にしたい…もしかすれば、わたしを殺してしまいたいと言っているのだろうか。そんなにもわたしが面白いヒトだと褒めてもらったように感じて、少しばかりテンションがあがってしまう。
「小説ゥ? わたしを登場人物にしてくれるんですか?」
彼は「少しばかり違うなァ。」とだけ前置きして、枝のように細く華奢な手をわたしの肩に乗せた。本当に男性か疑うような華奢さだが…まあ怪異だからこんなものか。
「君自体を、一つの本にしたいんだ。その皮膚で本の革表紙を作って……。」
歪んだ笑顔で、わたしの手を撫でた。するり、と小さな手が比較的大きなわたしの手を這う。その体温は、死人だと錯覚するほどに冷たかった。
「糸綴じの糸は、その髪で代用して…フフ。」
異常な職人気質、そんな言葉がわたしの脳裏を過る。黒い髪が彼の手に触れて、滝から零れ落ちる水のように流れた。彼の表情は相も変わらず明るいものであり、言葉として発している事と無邪気で中学生の青年が浮かべるような表情というギャップで頭が可笑しくなってしまいそうだ。
「インクの代わり…君の血はどうかな? まだ試した事がない故、どうなるかは分からないが…先駆者として、ワタシに身体を預けてくれ。」
こんな狂気的な事を口走っているのに、理性的でいてそして物腰柔らかな雰囲気を持ち合わせているのであっさりほだされてしまっても可笑しくはない。
恐怖を通り越して怒りを感じてきたなァ…怒りやらなんやらを感じる度、わたしはなぜだが冷静になってしまうという癖?のようなものがある。今も感情と理性がせめぎ合い、丁度五分五分ぐらいのところだ。あと怒りを通り越して性的興奮に陥る可能性がある。
「残念ですが…それは叶いっこありませんね。わたしは…『思いのままにされる』って事が一番嫌いなんです。端的に言ってしまえば…嫌だ、という事。分かりますね?」
「そうだねェ……確かにィ…君のような根性を持つものを殺すのは惜しい気がする…最近の人間は、希望が足りていなかったのさ。ドン底に突き落とされても、這い上がってやるって根性がね。」
どうやら…彼は希望という名の二文字を重要視するタイプの人間らしい。きっと彼からすれば小説に加えるスパイス程度のものになるだろう。絶望に陥り、絶望して悲しみ死するものも、それは人生で完成形ではあるが…真に美しいのは絶望を希望に塗り替えるその精神力だ、と言いたいのだろうか。
「決めた! ワタシは君を生かす事にしよう。君のような人物を小説に出来ないのは悔やまれるが…君に飽きてしまった際にそれは実現させていただこう。」
よっしゃあ生き残れた!!死ぬかと思った…スリルがあって気持ちはよかったがなァ…。
まあそんな事はどうでもよろしい。まずは…彼との対話を試みてみたい。どうやら大分理性的で、いきなり襲おうなどという思考回路は持ち合わせていないようだ。…いや、本当かな?先程までまあまあ物騒な事を口走っていたけれど……うん、怪異は信じちゃダメ、いつか食われる。マジで。可愛い命が没しちゃう。
「えっと…とりあえずは、友好を築くんですね…? じゃあ、名前は…。」
「カノさ。君は…姿見風化くんだったかな? 姿見くんと呼ばせていただこう。」
おい待てさらっとわたしの名を把握するんじゃない殺すぞ。まあ…怪異だし…これぐらいは出来なきゃ可笑しいのだろうが…それにしても個人情報を握られている事は気持ち悪い。カノさん…恐らくわたしより年下だ。顔面はな。人外だしもっと生きてるんだろうなあ。
「よろしくね、姿見くん…少しだけでも、仲良くしようではないか。」
…この人外。大分独特な人だな…他人見殺しにするタイプだろうなこの人外。これは下手をかませば死ぬな。気を付けておこう。
「あ。はいカノさん。よろしくお願いします。」
その言葉を聞いてにっこりと笑みを浮かべたあと、彼は「ところで、だが。」とだけ前置きを置いた。何か問い詰められるのかと、わたしはついつい身構えてしまう。
「君がワタシに話しかけた理由は…確か『知り合いと雰囲気が似ていたから』だったね。その知り合いとは誰かな? 気になるのだが…いつか合わせてくれるかい?」
柚さんが狙われてしまった。天真爛漫女子とサイコ小説家男子との掛け合いは気になるが、それにしても、だ。下手したら大怪獣バトルになる事間違いなしだし、何をしても柚さんかわたしは一般人に被害が出そうである。
うーん…まあいっか。柚さんは多分生きてるし、わたしはちょっと死後の世界に興味あるし、一般人はどうでもいいし。よし、大丈夫だ会わせよう。
「あ、はい…了解しました。」
そんなこんなで、人外×人外のドリームマッチが実現したのだが…やべえいつかが楽しみすぎるぜ。どっちも人外だからなぁ、多分万年暇だと思うけど…一応いつ行けるか柚さんに訊いておくか。え?カノさん?あの人多分いつでも来ると思う。これでよし!
それじゃあ、もう一度探しに行こうか…すっかり、体力が減ってしまった気もするが。
何かを探っているのか、はたまた勝手に出ているだけなのかは知らないが、墨がタコやイカの触腕のように蠢いている。しかも目がこれまた無く、筆のようになっているため、形容しがたい不快感がわたしを襲った。
「どうしたのかな? 君は…ワタシを、呼んだようだったが。」
木の枝のように細身な彼の四肢は、異様に長くところどころ逆関節になり衝突事故に遭った人のよう。最早人間が感じる『不気味』を最大限まで集め、それを濃縮したのが彼だと感じてしまった。
「いえ…知り合いと、似た空気を感じたのです…ついつい、話しかけてしまいまして…ね。」
恐らくこれは、絡みに行けばマジに命を絶たれるヤツだろう。だが、そんな逆境でも飛び込んでいくのがわたしというもの。死にたいだとか死にたくないだとかそんなこたァどーでもいい…好奇心を満たせるものこそが正義であるのだ!
「フゥン? ビビって腰を抜かしたりはしないのか? …とてもとても、珍しいヒトのようだ。」
その瞳であろう筆先が、わたしを捉える。スナイパーがスコープからターゲットを狙う時のように正確で、つんとした視線が刺さってくる。
破れた本の表紙のようなものが無造作に羽を模り、背から生えていた。彼の皮膚には定期的に文字が浮かび上がり、そして消えていく。その文字を観察してみたが、どの文言も小説の一場面を切り取ったような作りをしている。
「…ビビるゥ? そんな事、する必要ないでしょう? 恐怖に腰を抜かして、逃げ惑う…そりゃあ、命の危機を感じれば誰だってそーします。きっとわたしもそーします。ですが…今はそんな場面ではないはずです。今は、『ただ図書館で他人と出会い話している』……………ただそれだけ。理解…出来ますね?」
長ったらしく語ってしまったが、彼の口角は上へと歪んでいた。恐ろしくもあり、美しくもある…蠱惑的という言葉が似合ってしまうのは、どういう事だろうか。
「…ああ、もちろんさ。だが…ワタシと出会ってビビらないヒトは初めてお目にかかったんだ。少し…君と話を交わしたいのだが……。」
彼はゆっくりとわたしの元へ歩き出す。古紙が擦れるような音が、また鳴り響いた。どうやらあの音は彼から出ているものらしい。歩く_____という言葉を使ったが、それは正確なんかではない。脚が…ないのだから。
脚があるはずの場所には無数の細い紙片の束が床に根を張るように垂れ下がり、地面に溶け込むようにしているのだから。それを例えるならば、お姫様が着るようなふわふわのドレスと言えば伝わるだろうか。
「…ええ、いいですよ…それで、どうされたんですか?」
「単刀直入に申し上げよう。君を、『小説』にしてしまいたい。」
わたしを小説にしたい…もしかすれば、わたしを殺してしまいたいと言っているのだろうか。そんなにもわたしが面白いヒトだと褒めてもらったように感じて、少しばかりテンションがあがってしまう。
「小説ゥ? わたしを登場人物にしてくれるんですか?」
彼は「少しばかり違うなァ。」とだけ前置きして、枝のように細く華奢な手をわたしの肩に乗せた。本当に男性か疑うような華奢さだが…まあ怪異だからこんなものか。
「君自体を、一つの本にしたいんだ。その皮膚で本の革表紙を作って……。」
歪んだ笑顔で、わたしの手を撫でた。するり、と小さな手が比較的大きなわたしの手を這う。その体温は、死人だと錯覚するほどに冷たかった。
「糸綴じの糸は、その髪で代用して…フフ。」
異常な職人気質、そんな言葉がわたしの脳裏を過る。黒い髪が彼の手に触れて、滝から零れ落ちる水のように流れた。彼の表情は相も変わらず明るいものであり、言葉として発している事と無邪気で中学生の青年が浮かべるような表情というギャップで頭が可笑しくなってしまいそうだ。
「インクの代わり…君の血はどうかな? まだ試した事がない故、どうなるかは分からないが…先駆者として、ワタシに身体を預けてくれ。」
こんな狂気的な事を口走っているのに、理性的でいてそして物腰柔らかな雰囲気を持ち合わせているのであっさりほだされてしまっても可笑しくはない。
恐怖を通り越して怒りを感じてきたなァ…怒りやらなんやらを感じる度、わたしはなぜだが冷静になってしまうという癖?のようなものがある。今も感情と理性がせめぎ合い、丁度五分五分ぐらいのところだ。あと怒りを通り越して性的興奮に陥る可能性がある。
「残念ですが…それは叶いっこありませんね。わたしは…『思いのままにされる』って事が一番嫌いなんです。端的に言ってしまえば…嫌だ、という事。分かりますね?」
「そうだねェ……確かにィ…君のような根性を持つものを殺すのは惜しい気がする…最近の人間は、希望が足りていなかったのさ。ドン底に突き落とされても、這い上がってやるって根性がね。」
どうやら…彼は希望という名の二文字を重要視するタイプの人間らしい。きっと彼からすれば小説に加えるスパイス程度のものになるだろう。絶望に陥り、絶望して悲しみ死するものも、それは人生で完成形ではあるが…真に美しいのは絶望を希望に塗り替えるその精神力だ、と言いたいのだろうか。
「決めた! ワタシは君を生かす事にしよう。君のような人物を小説に出来ないのは悔やまれるが…君に飽きてしまった際にそれは実現させていただこう。」
よっしゃあ生き残れた!!死ぬかと思った…スリルがあって気持ちはよかったがなァ…。
まあそんな事はどうでもよろしい。まずは…彼との対話を試みてみたい。どうやら大分理性的で、いきなり襲おうなどという思考回路は持ち合わせていないようだ。…いや、本当かな?先程までまあまあ物騒な事を口走っていたけれど……うん、怪異は信じちゃダメ、いつか食われる。マジで。可愛い命が没しちゃう。
「えっと…とりあえずは、友好を築くんですね…? じゃあ、名前は…。」
「カノさ。君は…姿見風化くんだったかな? 姿見くんと呼ばせていただこう。」
おい待てさらっとわたしの名を把握するんじゃない殺すぞ。まあ…怪異だし…これぐらいは出来なきゃ可笑しいのだろうが…それにしても個人情報を握られている事は気持ち悪い。カノさん…恐らくわたしより年下だ。顔面はな。人外だしもっと生きてるんだろうなあ。
「よろしくね、姿見くん…少しだけでも、仲良くしようではないか。」
…この人外。大分独特な人だな…他人見殺しにするタイプだろうなこの人外。これは下手をかませば死ぬな。気を付けておこう。
「あ。はいカノさん。よろしくお願いします。」
その言葉を聞いてにっこりと笑みを浮かべたあと、彼は「ところで、だが。」とだけ前置きを置いた。何か問い詰められるのかと、わたしはついつい身構えてしまう。
「君がワタシに話しかけた理由は…確か『知り合いと雰囲気が似ていたから』だったね。その知り合いとは誰かな? 気になるのだが…いつか合わせてくれるかい?」
柚さんが狙われてしまった。天真爛漫女子とサイコ小説家男子との掛け合いは気になるが、それにしても、だ。下手したら大怪獣バトルになる事間違いなしだし、何をしても柚さんかわたしは一般人に被害が出そうである。
うーん…まあいっか。柚さんは多分生きてるし、わたしはちょっと死後の世界に興味あるし、一般人はどうでもいいし。よし、大丈夫だ会わせよう。
「あ、はい…了解しました。」
そんなこんなで、人外×人外のドリームマッチが実現したのだが…やべえいつかが楽しみすぎるぜ。どっちも人外だからなぁ、多分万年暇だと思うけど…一応いつ行けるか柚さんに訊いておくか。え?カノさん?あの人多分いつでも来ると思う。これでよし!
それじゃあ、もう一度探しに行こうか…すっかり、体力が減ってしまった気もするが。